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友情編

第5話「『作者の思想は乗ってていい』って言ったって、だってお前の思想キモイんだもん」

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『そんな作品ばかり描いていたら、そんな人間になるよ?』

 中学一年生の頃。美術の授業中に、女性の教師が僕にそう言ってきたのを今も覚えている。
 授業の内容は『仮面をデザインする』というモノだった。全生徒に白い、石膏でできた仮面を配られて、それに各人思い思いに色を描いたり花をデコレーションしたりして、自分だけの作品を作る……というものだった。

 僕は当時(いや、今もだが)厨二病真っ只中で、倫理観も極めて歪んでいたと思う。別に人を殺したいとかそんなことを言っていたわけではないのだけど、やはり、周りとは異なる感性を持っている……とは思っていた。
 そんな僕が美術の時間に作った仮面は、左半分は晴れ渡るような綺麗な青空を描き、右半分には黒を下地に血だらけになった顔を描くという、なんとも不気味なデザインになった。実は今も気に入ってはいるのだけど。

 僕はその作品を『人間』と名付けた。人というのは、これほどまでに性格の表裏が激しいのだ――という意味を込めたからだ(今は少し考え方が変わったのだが)。

 僕は『自由にデザインしろ』と言われたから、自由にデザインした。しかし僕たちの先生は、僕の作品を明確に否定した。

『捻くれている』、『もっと明るい物を』、『これは良くない』と。
 おおよそ僕は、可愛げのない感性だったのだろうと思う。それは事実だったし、彼女の言葉は、一切、間違いではない。
 世界には、『持ってはいけない考え方がある』と察したのはこの頃だった。しかし僕はこれに疑問を感じてしまった。
 無論持つべきでない考え方もある。これ自体は事実だろう。ナチス・ドイツは『より優秀な遺伝子を残し、国益にならぬ無能な遺伝子は徹底的に排除せよ』と色々な人を殺し回った。この惨劇の根本にあったのが、優生学という概念だ。

 しかし、僕の持つ考え方は、果たして持っても良いのか、ならないのか、どちらに分類されるのだろうか。僕は今でもよくよく疑問に感じてしまう。

 姫川が読んでくれたスプラッターゴーストは、実の所、『人よりも幽霊の方が怖いのではないか』という理屈から着想を得た。しかしこの作品は徐々に、『なぜ人を殺してはいけないのか』という問いかけへと変貌していった。
 悲しきかな。僕はこれに対して、こんな答えを持っている。

『別に、人は殺してもいいものではある』

 果たしてこれは、問題があるのだろうか。


◇ ◇ ◇ ◇


【主人公の台詞で、「親だからと言って、無条件に尊敬されると思ってはいけない」というセリフがありましたが、作者様がいかに頭が悪いかがよくわかるセリフでした。まず母親とは言えただの人間です。それなのに母親に『理想の母親像』を求めるその古い考えに吐き気がしました。あなたのようなホモソ的考えを持つ人間が世の母親達を追い詰めていることを自覚して下さい。あなたのような人間がいるから虐待が減らないのです。まあ明らかにオタクっぽい、30代になっても経験のなさそうな性犯罪者予備軍には理解できないかも知れませんが。】

 僕は久々に送られてきた感想に思わず舌打ちをした。
 極めて底辺のドマイナーな作者故に送られてくる感想は比較的人を貶す内容ではなく、むしろ『性癖に刺さりました』『面白かったです』というのが多いのだが、そんな僕にまさかこんな感想が届くとは思わなかった。ウキウキとしながら感想欄を開いた自分がバカらしくなる。

 そも、いつの間にか話が母親に母親らしさを求めている、という物にすり変わっているが、これは『両親』という意味で書いた「親」だ。もっと言うなら親という立場そのものであり、そこに性別という概念はない。
 それに作中の描写からして、『人として最低限のマナーや礼節を弁えないのなら子供からも嫌われる』という意味であることは読み解けるはずなのに、なぜこのセリフ一つでこういう解釈をするのだろうか。人は物事を都合が良い方向に捉えるものだが、この人にとってこの解釈の方が都合が良かったのか。あるいは変な考え方に触れすぎて思考回路がもつれてしまったのか。
 作品というのは作品全体で何かを表現するのであって、この言葉一つで全てを決めつけるのは大いに違う。主人公たちの一貫した生き方だとか、考え方がどのように変化したのかだとか、世界観はどうなのかとか。これは純文学であろうが、ライトノベルであろうが同じことだ。

 僕はため息を吐いて、作者用のページを閉じた。この手の輩は絡むと面倒だと相場は決まっているので無視をするに限る(というかこの人、よく僕の作品見つけたな。この手の人ってそこまで探そうとはしないと思うのだが)。

 モヤモヤとした気持ちに引きずられていると、突然スマホが呼出音を流し始め、僕の親友である『青山四郎あおやましろう』の名前を出した。

「もしもし、四郎?」
『お、真白。今日暇?』
「めっちゃ暇」
『よかったらボウリング行かね? みんなも来るんだけど』
「ん、いいよ」
『オッケ。コンビニで待ってて。迎えに行くから』

 そうして電話が切れる。僕はボディバッグの中に財布と携帯充電器を入れて立ち上がる。

「よし、行くか」

 そうして部屋の扉を開け、玄関の外へと出てから。

「……あ、スマホ忘れた」

 僕はまた自室へと戻った。なにやってるんだ一体。


◇ ◇ ◇ ◇


 ガコンガコンとピンがボールに押し飛ばされる。目の前にいる、短い茶髪の男、四郎はガッツポーズをしながら僕たちの元へとやって来た。

「いえーい! またストライク! これでターキー」
「ヤバすぎだろ! これ200イケるんじゃね?」
「結構現実的になってきたな」
「クッソ、絶対負けんからな」

 四郎含め4人の男が楽しそうに笑いながら言う。僕は視線を上の方に向け、吊り下げられたテレビの画面を見て笑っていた。

 ――まずい。5投目でまだ30点だ。これはもうみんなには勝てないな。

「おい、次真白だぞ。早く投げろよ!」
「わかってるよ」

 傍らに座ったツーブロックの髪形をした男、木下敦史きのしたあつしが調子よさそうに僕に笑いかける。僕はボールを持って、深く息を吐き、焦る気持ちを整えた。

 そして前に踏み出し、狙いを定めて腕を振る。
 1歩、2歩、3歩。足運びがうまく行ったのを確認しながら、力を込めず、まっすぐ前に投げる。しかしその直後に手元が狂い、レーンに沿い直線に進むはずだったボールは見事に斜めの軌道を描いて進んでいった。
 カコン、と音がし、端っこのピンが2、3個吹き飛んでいく。見事なまでにしょうもない。僕は余りの結果に思わず笑ってしまった。

「やらかした」
「大丈夫だって、次キメればスペアだから」

 敦史がそう言って笑う。僕は戻ってきたボールを手に取り、そして先ほどと同じように投げ、今度は足の踏み出し方を間違えてあらぬ方向へとボールが転がった。

 そして先ほどと同じような場所へと滑り込み、見事に1ピンも倒せなかった。僕は「クソ!」と言って笑い、後ろの敦史が「やらかした!」と言ってウェイウェイと笑った。

「どんまい」
「ん」

 特にこれと言って手を加えていない、背の高い黒髪の男、天草賢治あまくさけんじが僕に話しかけてくる。彼は僕の短い返事を聞くと、手に持ったスマートフォンに目を移し、ソシャゲのイベントへと興じた(僕も同じゲームをしている)。

 と、しばらくして、ガコンガコンと音が響き、僕はそれに思わず前を見る。と、見事なストライクを叩き出した筋肉質な男、吉田勇次郎よしだゆうじろうが、先の四郎に向けて「ざまあみろ」とでも言わんとするような表情で彼に近づいた。

「うっしゃ見たか! これで俺もターキー」
「お前マジでやめろよ! もうちょっと休ませてくれって!」
「そうやって疲れてミスれ!」
「クッソ!」

 四郎が笑いながら言う。既に彼らに追いつくことを諦めた僕は2人のやり取りをケラケラと苦笑交じりに見ていた。いや、どうなってるんだ一体。
 そうしてボウリングを続けていき、四郎と勇次郎の戦いは、四郎の勝利で幕を閉じた(ちなみに最下位は案の定僕だった)。
 ボウリングを終えた後、僕たちは唯一車を持っている四郎の運転で自宅へと送られ、それぞれの家へと帰った。



 ――彼らは僕の友人だ。中学、あるいは高校時代からの付き合いで、今もたまにこうして集まり、楽しい時間を共有している。
 5人グループのうち3人がオタクで2人が陽キャというこの組み合わせはなかなかに珍妙にも思えたが、しかし僕たちは意外にもバランス良く平然と付き合えていた。
 おおよそ、陽キャだとか陰キャだとか、オタクだとかオタクじゃないかとか、そうした分類を適応する時代はとっくの昔に終わっているのだろう。僕はこのバランスの良さが、僕たちだけの特異なものではなく、世間一般にとっても当たり前になっているであろう気風を感じていた。

 本当に、良い友達だ。全員を親友と呼んでも、差支えが無い。1人1人が個性を持った人格者であることもそうだが、何よりも、彼らは『異常』と呼べる僕とも対等に付き合ってくれている。僕にとってはそれが何よりも感謝できることだった。
 僕は今なお異常であることは間違いないが、一方で、普通の感性を持った普通の人間だとも言えるだろう。そうであれた理由は間違いなく彼ら含め友人たちのおかげで、そしておそらく、彼らがいなければ、僕はともすれば気狂いした人間として、みじめにクラスや社会の隅で埃のように消えていただろう。

 僕は間違いなく、僕の親友達彼らに人間にしてもらえたのだ。だから僕は、心の底から彼らに感謝しているし、こいつらとの関係が一生続けばと思っている。

 友達の定義を聞かれれば、僕は答えられない。しかしその問いに対して、僕は即答で、彼らを指し示すだろう。
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