愛と友情は紙一重!~オタサーの姫と非モテ童貞陰キャオタクがパコパコするまでの物語~

オニオン太郎

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友情編

第5話「『作者の思想は乗ってていい』って言ったって、だってお前の思想キモイんだもん」②

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『なぜ人を殺してはいけないのか。正しく答えるなら、そこに理由は無い。殺してはいけない理由が無いということは、殺しても良いということになる』


 私は河野の書いた『スプラッター×ゴースト』の第5章を読み、体が芯の底から震え上がるのを感じた。

 展開はクライマックス。この作品の悪役である、人間の殺人鬼兼退魔師が彼に言った、『人は殺しても良い』という台詞に対し、主人公が返答をするシーンだった。

 主人公が今しがた言ったのは悪役の理屈だ。私は認められないと感じていた一方、この理屈に少しだけ……いや、大層な納得をしていた。

 私たちは『なぜ人を殺してはいけないのか』というその問いかけに、おおよそ、納得のいく答えを出すことができない。

 法律を理由にあげれば「無法地帯なら良いんだね」と言われ、相手に痛みを与えるからと言えば「痛覚のない人間は殺しても良いのだね」と言われ、天国や地獄の話をすればまたこれも「じゃあそれがそもそもあるのかどうか証明して見せてよ」と言われれば押し黙るしかない。

 小賢しいクソガキはこの問答が如何に難しく、返答に困る物なのかを理解している。だからこそこの言葉を言って大人を困らせることが多々ある。それは言わば困っている姿を見て楽しみたいという嗜虐心からであり、そして今回の悪役も、同じ理由からこの台詞を主人公に投げかける。

 そうして悩み、辿り着いた1つの結論。それがこれより、彼の口から紡がれるのだ。


『じゃあなんで僕たちが殺してはいけないと言うのか。それは、僕たちが殺されたくないからであり、そして、殺したくないからだ』


 私の中にビリビリとした衝撃が流れる。こんなちっぽけなスマートフォンから流れてくる電流が、私の中の細胞全てを呼び起こし、変貌させるかのような衝撃だった。


『僕たちは人間であるが故に、死にたくないと思っている。そしてだからこそ、誰かを手にかけたくないと思っている。
 そこにあるのは自分、そして相手の尊厳を大切にしたいという想いだ。お前のような他人の痛みを愉しむ人間には理解できない、人間としての感情だ。
 来い、この畜生め。神さま仏さまが僕を裁こうとも、僕は必ず、貴様という罪を裁いてやる』


 お……おおおおおお!!!

 主人公の啖呵を読み切り、私はゾクゾクとした感情に体を支配された。

 今まで人を簡単に殺してきて、自分を非人間と定義し続けていた彼だからこそ、むしろ、この台詞に重みがある。
 第1章より、彼は自分が胸を張って『人間だ』と言えるように努力をしてきた。周りを理解し、人の心を理解しようと。

 この台詞は、ある意味でその全ての集約とも言えるモノだった。ここに至るまでの全てが、明確に、ここに向けて作られてきたのだとわかるような。そんな、とてつもない展開だった。

 第5章最後の戦闘を読み終え、そのまま私はエピローグまで読み終えた。どうやら、この物語はここで幕を閉じるようだ。私は覚めぬ興奮とほとばしる余韻に、ベッドの上でぐったりとした。

 ……やっべー。やっぱりアイツ天才だわ。なんでプロじゃないの?

 私はしばらく天井を見つめて、これまでの描写にどういう意味があったのかをグルグルと考える。いや、考えようとしているというより、考えてしまう。それほどまでにこの物語は興味をそそられるものだった。

 壮大な物語ではなかったが、たったの5章で、主人公やヒロインの過去を明かし、因縁を説明し、その上で流れるように伏線を回収しラストへ至るそれは、さながら巻数の少ない名作漫画を読んでいるかのようだった。

 ……きっと、感想も凄いモノが付いているんじゃないだろうか。私はふと気になって、作品の感想欄を開いた。

 そして私は、すぐにその行動を後悔することになる。

 1番新しく投稿された感想が、とどのつまり、河野真白という1人の人間に対する、誹謗中傷だったからだ。それも物語の内容を極めて履き違えている、最低最悪な。


◇ ◇ ◇ ◇


 某日、私は河野を誘いカラオケへと来ていた。

 男女狭い個室で2人きりとあらば即座にセク口スとは言うが(言わない)、残念ながら(残念ではないが)それは私たちには当てはまらない。そも、河野は私を『女性』としては意識しつつも、『恋愛対象』としては意識していない。絶妙な距離感を保ったまま、うまいこと『友人』として付き合ってくれている。私はそれが嬉しかった。というより、楽でよかった。

 河野が某バンドの曲を歌い終え(お世辞にも上手くない)、ソファーに座り込む。表示された点数は75点、河野が軽く舌打ちをして「まったく音程が合わない」と呟いた。コイツでもこういう態度取るんだ。


「まあこの人たち難しいしね」

「できれば歌えるようになりたい。というか姫川、君上手すぎないか? どうやったらこんなに歌えるの?」

「……勘?」

「才能人め。羨ましい」

「アハハ……よく言われる」

「イヤミか貴様」


 河野の笑みに私は笑う。上手いこと使ってきたなそのネタ。


「あ、そういえばさ、河野」


 私はふと、なんとなしに河野に話題を振った。


「私、この間スプラッターゴースト読み終えたよ」

「お……おお、ありがとう。……まさか読み切ってもらえるとは」

「いやあ、落とすべきところに落としたなって感じがしたよ。なんっていうか、主人公の物語が終わったんだなって感じがすごいして。ラストの台詞凄いしびれたよ。『なぜ人を殺してはいけないのか』に対して、理由を答えるんじゃなくて、『殺したくない』っていう、単純な思いで反論したの」

「ああ、アレか。……うん。アレはまあ、僕の人間観だな。昔、ネットの友人と、『感情論でもなく、法律などを持ち出すこともなく、なぜ人を殺してはいけないのかという理由を合理的に答えろ』って話になってね」

「なんっつー話題よ」

「まあたまにそういう哲学的な話になることもあるよ。それでまあ、みんな理由を答えるのだけど、全部論破されてね。僕はそこでふと考えて、こう思ったんだ。『無理じゃね?』って」

「ほうほう」

「例えば、大概の宗教は『殺しは罪』って定められている。これがなぜなのか、進化心理学の考え方を応用すると、『殺されたくないから』ってなると思ったんだよね。これが個人的には、ビンゴで。文化は案外と合理的な理由で作られる。とすれば、宗教として、教義として、殺しを絶対的な罪とすれば、倫理としてすり込めば、殺しを止める大きな力になるって思ってね。だから僕たちは、殺したくないと思うし、その根源は、殺されたくないという感情だって」

「なるほど。……あれ? だとするとあのわかりやすいサイコの考え方って、どうなんだろう?」

「どうなんだろう、か。うん、僕が捉えた意味で考えると、君はやっぱり、鋭いね。
 そうだね。僕が正式に回答を用意するなら、彼もまた、ただの人間でしかないって結論になるね。いわばこれは価値観の違いだ」

「ううん……だとすると、やっぱり、あの回答って、どうなんだろうね」

「うん。理屈を突き詰めると、そうなってしまう。だから『殺しても良い』と言わざるを得ないんだ。だって野生の世界に法律はないし、天国や地獄も無いからね。少なくとも僕にとっては。とにかく、善悪はあくまで人間が人間のために規定した概念だ。一昔前では人を殺すことが正義だった時代が確かにあるんだ、信じられないけど。そう考えると、これはどうしようもない、現実的な回答になると思っている」

「アンタそんなことどこで学んだのよ」

「学んだって言うより自分で考えたんだ。はだしの〇ンを読んで」

「はへ~」


 まあでもわかる気がする。私もアレ読んで思ったのって、「こういう時代、価値観があって、当時の人たちにはこれが正義だったんだな」ってことだったから。案外と、歴史の教科書や漫画から学べることはたくさんあるのだ。あくまで考えてればだけど。


「……アンタって本当、こんなこと言うとアレだけど、理屈屋だよね」

「うん。自覚している。よくないところだ」

「なんで?」

「理屈っぽい人間って、なんかキモくない?」

「わかるけど悪くはないでしょ。だいたい、アンタの理屈は私好きよ?」

「なんで?」

「アンタの根っこが見える。ほら、言うじゃん。人間は都合のいい生き物だって。私思うのよ、人間ってきっと、自分にとって都合のいい理屈を練り上げるんだって。その答えに行き着くために。
 人を殺してはいけない。そこに理屈の証明ができないからこそ、殺しても良いと結論付けて、それでもそこで終わらず滅茶苦茶ながらも納得できる反論をした。それはアンタが、無理をしてでもそこに行きたかったからこそ出た言葉よ。そう考えると、ああ、コイツやっぱり良い奴だなって思う」


 私はけらけらと笑いながら言い切る。すると、河野は見事に黙り切ってしまい、気まずい無言の間ができてしまった。

 私は少ししてから、自分が何を言ったのかを自覚し赤くなる。なんだ私、すっげーキモイぞ。


「いや、何だ。……うん、気にしないで」

「いやまあ、気になるよ。……でも、ありがとう。実は少し、気持ちが落ちててね」

「ん? なんかあったの?」

「あ……いや、なんだろう。別に、個人的なこと」

「――あ、わかった。クソみたいな感想送られてきたから?」

「えあっ……」

「おービンゴっぽい。へえ、河野大先輩でも、ああいうのでしぼむことがあるんかあ」

「んー……うん。まあ、うん」

「まあでも、私もアレ見たときすっごいイラッてきたからねえ。ていうかさあ、アイツ本当、なんもわかってないよね。どうやったらあんな頭の悪い解釈できるんだろ。だいたい、親がどうとか言ってたけど、主人公の家庭環境考えたらああいう価値観持つのはしゃーないだろって思うわ。退魔師としての力を与えるために虐待レベルの教育を受けて、精神的にねじれ上がっちゃって、それでも『親のことを尊敬してます!』とか言い出したら、んなもんむしろ心配になるわ。どう考えても洗脳教育じゃん、そんなの」

「……まあ、確かに」

「だからあんな感想は無視でいいよ。暴言まで吐いてくるとか、普通じゃないもん。常識が足りてない。特にアンタの場合、そういうの困るでしょ?」

「――うん。僕は、まあ、自分の思想を、物語に詰め込むところがあるからね。あんまりよくないのだけど。でもだからこそ、自由に書いて、世に出すのは楽しいし――それを止められるのは、僕からすれば、声を奪われることと同じだ」

「でしょ? 作者はどんな意見も聞いて実にすべきって意見もあるだろうけど、私はそうは思わないよ。そういうのの中には純粋な悪意もあるし、ていうかそれ言う奴ほど悪意ばっかりなことが多いよ。人間って言うのは、自分に都合のいい理屈を使うモノだから。
 実になる意見を言える人ほどなぜか相手を気遣ってくれるものだと思う。アンタみたいに」

「……気を使うというか、対人関係における最低限のマナーなんだけどな」

「それをできない奴が世の中にはたくさんいるってことよ」


 私はそう言って端末をいじり、自分が歌いたい曲を予約する。なんか妙にリズムの取りづらい太鼓のイントロが流れ始める。


「まあ話がまじめになり過ぎたし、休憩は終わりってことで」

「それで流す曲がコレか?」

「陽キャとつるむにはネタ曲を知っていなければならなかった……」

「半分趣味だろ」

「半分じゃなくて8割ね。私は下ネタ大好きだから。身内でしかやらないけど」


 そうして私は、どうしても自分の声に合わないこの曲を歌い始めた。
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