愛と友情は紙一重!|キュンとしないのになぜか尊い、陰キャ同士の捻くれた純愛ヒューマンドラマ

オニオン太郎

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友情編

第10話「男とか女とかオタクとか聞いて真っ先に浮かぶイメージ像は大体間違い。そう考えていた方が都合が良い」

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 大学構内で、私は河野と由希を連れて部室へと向かっていた。

 どうにも気が重い。今日はやたらとため息が出てしまい、その度由希から、「詩子、そんな、無理しなくてもいいって」と言われた。


「無理はしなくっちゃならないのよ。少なくとも今は」

「じゃあなんでお前、ため息なんか……」

「嫌だからに決まってんでしょ。でもね、なんとなーく、嫌でもこれはやっておかなきゃならねぇって思うんだよ」

「うーん……そんなことはないと思うけどなあ」


 由希が悩ましげに私に言う。私は心の中で、『まあ、そりゃあそうだけどさ』と、由希の発言に同意を示していた。

 確かに、河野との仲直りを果たしたのだし、それ以上に何かが必要かと言えば必要じゃない。漫研に行きたくないのであれば幽霊部員になればいいだけだし、由希の言葉は間違っていない。

 だけど、私はどうしても、この手順を踏んで起きたかった。

 河野と仲違いを起こした最大の原因は私だ。だけど、その原因の中に、このサークルでの私という立場は必ず影響している。

 だとしたら、ここでそうしたしがらみを取っ払わなければ、私はいつかまた、河野と向き合えなくなってしまうだろう。私はなんとなくのそんな予感に突き動かされていた。
 なにせ、人間とは弱い生き物だ。私がそれほどに意志の強い人間であるなら、私は今の時点でダイエットに成功してこのむっちり体型からおさらばしていることだろう。

 とどのつまり、これには儀式的な意味合いしか無いのだ。あのサークルと向き合って、今までの自分と向き合って、本当の自分を見せつけるという禊を行わねば、どうも踏ん切りが悪いのだ。
 
 葬式と同じようなものだ。死者はモノを言わないし、科学が発達した現代において、魂も天国も地獄も輪廻転生も到底信じられたモンじゃあないが、だからと言って弔いに価値が無いのかと言えばそうではない。アレは一種の皮切りで、それを境に何かを変えていくことに意味がある。少なくとも私は、ああした儀式をそういうものだと捉えていた。


 ふと。私は前を向き歩いていると、人混みの中で、こちらを見やっている男がいるのに気が付いた。


「……げっ、」


 私は思わずだみった声を出す。

 視線の先にいたのは、吉田だ。脂ぎった顔でじっとこちらを見ていて、私はそれに何か恐怖心を抱いた。

 と。由希が私の視線に気が付いたようで、すっと私の前に立って、奴の視界から私が見えなくなるようにした。
 どことなく背中から重みを感じる。私は由希が友達であることを重々頼もしく思った。


「……消えた」

「え?」

「アイツ、いなくなったわ。こっちチラチラ見ながら、なんかどっか行った」


 由希の言葉に私は不安が増す。すると彼女は、「大丈夫。アイツがなんかしてきたら、私がまもっから」と言った。

 おお……相変わらずのイケメンだ。コイツ、いざって時になると本当にカッコイイんだよね。
 お○ぱいの付いたイケメンというか。ガチでパワータイプなこともあって、マジでなんとでもできてしまいそうだからより一層そんな感じがする。コイツと過ごしてきて、何度図らずの胸きゅんをしたことか。


「……ま、今は消えたんだから、それでいっか」


 由希はそう言ってまた私の隣に並んだ。私は彼女を頼もしく思いながら、また廊下を歩き始めた。
 やはり、暴力は最強だ。こちらの方がパワーに優れていると知るだけで、こんなにも心に余裕ができるのだから。


◇ ◇ ◇ ◇


 私は2人と共に、漫研部のサークル室前に来ていた(部なのかサークルなのかハッキリしろというツッコミは今は置いておく)。


 もうこの時点で恐怖心は指数関数的にどんどん上がりしている。背中から冷や汗が出ているような、灼熱の冷気で焼かれているかのような感触が自分の心に走り、私はカチコチと表情を固めていた。


「……姫川」


 と。私の隣の河野が、不安そうな表情で私の方を見た。


「その……大丈夫?」

「……大丈夫かどうかで言やぁ大丈夫じゃない。けど、今更引き下がるわけにもいかんのよ」

「……そうだね。……頑張って」

「はっ! 言われずともよ! うおっしゃ、行くぞおめーら! 覚悟はいいか? 私は、その、できてるっ!」


 よくわからないテンションのまま引き戸に手をかけ、一瞬躊躇ってから、『オラァ!』と心の中で叫んでドアを勢い良く開ける。ガシンと言う音が部室内にこだまして、私はその勢いのまま「みんな、ひっさしぶりー!」とうるさく言いながら部室に入る。

 と、2人の男が私の方をキョトンとした顔で見つめてきた。1人は少し頭がチリついている中肉中背で、もう1人は、細身で片目が隠れている平均的な身長の奴だ。私は2人の様子にビクつきながらも、この室内に、ある男の姿が見えないことを疑問に思い、チリついた頭の男に首を傾げて尋ねた。


「……部長。吉田は?」

「えっ? あ、ああ……まあ、今日はいないかな」


 部長が困惑したように言う。と、前髪で片目が隠れた男、田中が私の後ろを指さして、面倒臭そうな調子で尋ねてきた。


「なあ、姫川さん。後ろの人、なに?」

「え? あ、ああ、河野だけど……」

「いや、誰じゃなくてなにって聞いてるの。彼、どうしてここにいるの?」


 私は言葉端をつつかれて少しイラッとした。しかしまあ怒るわけにはいかない。私はぴくぴくと笑顔を引き攣らせて、「えっと」と説明をしようとした。

 と。部長が「とりあえず、みんな入ってよ」と河野と由希に呼びかけた。それを聞いて2人はゆっくりと部室に入り、そして河野が部屋のドアを閉めた。

 部長がそれを確認して、「よし」と声を出す。由希が私の隣にすっと立ったところで、部長が話の口火を切った。


「ごめんね、姫川さん。ちょっと……ややこしいことになってるけど、まあ、色々だし、うん。今は都合がいいかな」


 部長は特にこれといって私に対する言及もないままに話しを始めた。私は彼の様子に「え?」と内心驚いてしまい、呆然と彼の話を聞き続けた。


「まずちょっと聞きたいんだけど、えっと……河野くん、だっけ?」

「あ、はい」

「はいって、同学年だしタメ口でいいよ」

「ああ、えっと……今のはなんか、出ちゃっただけというか。気にしなくていいよ」

「……なるほど、まあ、そう言うこともあるか。
 それで、聞きたいことなんだけど、河野くんはどうして、今日ここに来たの?」


 河野が部長に聞かれ、なにやら納得したように「あー」と声をあげた。


「姫川についてきてって言われて」

「……それは、前にここであったことを聞いて?」

「え? いや、何があったかは、詳しくは知らないけど……」

「……え、そうなの? 僕はてっきり……」


 私はなんの支障もなく進んでいく話に「ちょ、ちょっと!」と思わず割り込んでしまった。


「え、待って部長。な、なんかないの? ほら、その、私がいつもとキャラが違うとか!」

「ああ、まあ、確かにいつもと違うけど、別にそれ以上は。特に触れなくてもいいかなって」

「い、いやいやいや! だって、私、友達だけど男連れて来てんのよ!? え、何も思わないの?」

「うーん……まあ、うん。別に」

「えええええええ……!?」


 私は部長の淡白な反応に仰け反ってしまった。と、その瞬間、田中が一際大きなため息を吐いて、「姫川さんさぁ」と私に言ってきた。


「もしかしてだけど、俺たちが君に対して、吉田みたいなキモイ認識持ってたと思った?」

「えっ……?」

「うっわ。自意識過剰かよ。あのさ、吉田は知らないけど、俺たち……俺は別に、君のそういうの気にしたことないから」

「うえっ……」

「あとさ、オタク受け狙ってるんならぶりっ子するのやめた方がいいよ。結構勘違いしてる奴いるけど、かわいけりゃいいってわけでもないから」


 えええええええええ……!? 私は田中の言い様にショックを受けて何も言えなくなった。


「田中くん、やめなよ。あんまし人にキツい物言いはするもんじゃない」

「いやだってさ、部長。なんかムカつくじゃん。……いやまあ、T○○tterでなんか『オタクにも色々いるんです!』とか噛み付いてくるオタクみたいできめーなとは思うけど」

「言いたいことはわかるけど、それにしたって物言いがあるだろ。女の子だぞ」

「男女平等」


 私は2人のやり取りを聞き更に精神的に追い詰められていった。

 なんだこれ。つまるところ、アレか? 私は自分の勘違いでヒメヒメしてたってことか?

 ヤバい。さすがにこれはキツい。田中は明確には言わなかったが、間違いなく『あ、コイツキモいな』って思ってる。なんとなく物言いがそんな感じだった。

 ぬぐおわぁ……! うまく言えないが、御歳20歳にしてとんでもない黒歴史が爆誕してしまった気がする。

 やだ、もう。死にたい。この場から逃げ出した。私はガクリとその場に膝をついた。


「ちょっと、話を元に戻そう」


 と、河野が手をパンと叩いて部長と田中に話を振った。結構ないい音がなり、2人の会話がそこでぴたりと止まる。


「それで、僕がここに来たことについて、何が聞きたかったんだい? あと、差し支えがなければでいいのだけど、姫川に何があったのか聞かせてもらえないかな?」

「あ、ああ。えっと、その前にだけど、姫川さん。言っても大丈夫?」


 部長が私の方を見て尋ねる。私は、まあ、特に気にすることも無いしと思って「うん」と普通に受け答えた。


「それじゃあ。えっと、まあ、なんだろう。……吉田がさ、ちょっと、姫川さんにヤバいセクハラしたんだよね」

「えっ」

「いやまあ、女の子だしさ。そういうこと言ってくる男子がいるってだけでも怖いと思うんだよ。それでそんなことがあったから、具体的な男友達の君についてきてもらったのかなって思って」

「……なるほど。そんなことが……。…………うわ、なんというか、言葉が出ないな」


 河野は珍しく嫌悪感に満ち満ちた表情をしていた。今まで見たことない表情だ。おそらく、とてつもない汚さのトイレの濡れた便器に座った時か、さもなくばゴキブリを素足で踏み潰した時でしかこんな表情は見られない。


「…………それで、まあ。部長としてはだけど、さすがにそんなことまであったら、あの子を置いておくわけにもいかなくなってね。これがちょっと、姫川さんにも伝えたかった事なんだけど。吉田、追い出したよ。サークルから」


 部長はそう言って私の方へと目を移した。私は部長の言葉に驚いて、「えっ!?」と少し大きめの声をあげてしまった。


「お、追い出したって、じゃあアイツもうメンバーじゃないの!?」

「ん。まあ、正直いつかはこうなると思ってたんだよ。アイツ、こんなこと言ったらあれだけど、性格酷いからさ」

「ま、まあ、私もぶっちゃけアイツ嫌いだけど……」

「だろうね。特に姫川さんは。……今まではグレーだったから対応ができなかったけど、今回は行くところまで行っちゃったから。姫川さんからしたら、ようやくと言った方がいいかもしれない。いや、本当、ごめん。今まで放ったらかしにして」


 部長がそう言って手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げた。

 対応が遅かったと言えばまあ、そうなのかもしれないが。私が部長の立場ならその選択はなかなかしたいものでは無いし、なにより、アイツは明らかにそういう一面を覗かせてはいたが、私も取り繕って避けてたりしてたし、触らせはしないようにしていたので明らかな『アウト』が(結果的にだが)出なかったので、重たい対応が取りづらいのも仕方がないだろう。

 こうした人の感情や各人の認識の問題は、ハッキリとした証拠が出せないのでなかなか対応が難しい。しかし公平性を期するとはそういうことなのだ(河野の小説では『こういう時、人権は多くの人にとって迷惑なものになる』なんて表現をしていた)。


「いや、別にいいよ。むしろ今回追い出したことの方が英断だって私は思うけど」

「ごめんね。……まあでも、なんか、いじめてるみたいであまりいい気はしないんだよね……」


 部長がそう言って肩を落とすと、河野が「いじめられても仕方の無い性格の奴もいるよ。まあいじめはそれでも良くないけど、今回は単なる対応だから大丈夫だと思うよ」と部長のフォローに回った。

 突然の発言だった上に、結構ディープなことだったが故にみんなが黙り込む。河野は「ごめん」と小さく言うと、部長は「い、いや、別にいいよ」と言い、田中に至っては「俺は河野くんの意見に賛成だけど」と言った。

 …………。なんか、こうして見ると、このサークルって問題だらけの部じゃ無かったんだな。私はふと、自分の認識が恥ずかしくなってきた。

 そう言えば、私は心のどこかで彼らのことを『所詮オタクだし』という目線で見ていた気もする。吉田という存在が大きすぎて、他のメンバーも同じようなものと考えてしまっていたのだろう。

 ふと、私は河野の言葉を思い出す。

『どんな人間も、所詮人間でしかない』

 とどのつまり、河野が言いたかったのは、こういうことなのだろう。彼らは間違いなく『オタク』だが、それは決して『オタクという生き物』という訳では無い。

 オタクである前に、彼らも人間だ。そりゃあ多少偏りは出るかもしれないが、それでも人間というのは複雑で、色々な奴がいる……というだけなのだろう。

 ようは、男と女みたいなものだ。傾向はあるが、こうとは決め付けられない。傾向を念頭に入れた判断は良いとして、傾向を事実と決め付けてしまうのは、人間相手のコミュニケーションにおいて大きな支障が出てしまう。

 ……当たり前のことなのに、随分と前から知っていることなのに、私はどうして、こんな間違いを。私はまた、殊更に自分が恥ずかしく思った。


 ふと、その瞬間だった。

 突然、部室のドアが勢い良く開いた。私は、その強い音に驚き思わず身をびくりと震わせる。

 入り口の前には――吉田航平が、目を爛々と怒らせて立っていた。
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