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恋愛編

第12話「20歳なのに童貞の男はヤバい」③

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「あ! これ見たことある!」


 私はそう言って、金網に吊るされた女の子のキャラクターを手に取った。

 水色の、マッシュルームヘアのような髪型をしていて、片目が隠れているメイド服のキャラクター。最近見た、主人公の男子高校生(引きこもり)が異世界に行ってやたらと死にまくるアニメのヒロインの一人だ。

 私がそれに興味を示すと、真白はわかりやすく目を見開いた。どうやら、私がこの作品を知っていることに驚いているらしい。


「あ、〇ム……リ〇ロ知ってるの?」

「うん。真白、この前カラオケ行った時これの主題歌歌ってたじゃん。それで、気になって見てみた」

「へ、へぇ……」


 真白は少し小恥ずかしいような、それでいてどこか喜んでいるかのような、そんな表情をしていた。

 実際のところ、真白が歌っていたから気になった……というのは、やや語弊がある。正しく言えば、『真白と会話の接点を作るために見た』だ。

 イン〇タでもこのキャラクターはちょいちょいと見たし、ツイ〇ターではこのキャラクターをアイコンにしている痛々しい奴もいた(たぶん中高生だが)。だから存在は知っていたのだが、正直アニメはよくわからないしで見る気にはならなかった。

 とは言え、趣味が合わないというのは、男子へのアピールとしては最悪と言っても良い。そうしてあのアニメに手を出してみたのだが、『会話の種になれば』と思って見始めたにしては、予想以上に面白かった。

 ただ、個人的には話が暗すぎる気がしたが。見ていて胃が痛くなるというか、どうしても目が離せなくなるような悲痛さが作品から溢れていて、正直最後まで見るのがしんどかった(面白くはあったのだが)。


「この子かわいかったよね。最後まで主人公を見放さないでいてくれてさ」

「ん、正直メインヒロインより人気な印象だね。まあ、第三章はコイツが本当に救いになったからね。主人公からしても、視聴者からしても。本当、キャラクターの役割って言うのをきっちり持っていて、とんでもなく感心した覚えがあるよ」

「この子との会話だけで一話まるまる使ったもんね。あの時の主人公、見てるの辛かった」

「アイツはね。うん。でも、あの人間らしさというか、醜さがあの作品の醍醐味だから。まあ、僕はビール飲めないけど、世の中にはあの苦味と炭酸が良いって言う人はいるし。そう言う感じ」

「あれ、真白ビール飲めないの?」

「ビールというか、お酒全般が正直。アルコールの味、苦手だし、炭酸嫌いだし。あと、僕凄く弱くてさ」

「へ~。缶一本で酔う感じ?」

「あー……一本どころか、えっと、氷結のロング缶……あれの三分の一で酔ったよ」

「弱いってレベルじゃないんよそれもう」


 私はけらけらと笑った。

 いい感じだ。こうやって、相手が好きな何かに乗っかっておけば、とりあえずこうやって楽しく話ができる。恋愛における、もはや常識と言っても良いテクニックだろう。

 それに、こうやって新しい趣味を見つけることは、単純に自分のためにもなる。私はアニメなんて、正直、「気持ちの悪いオタクが現実逃避のために美少女で萌え萌えするモノ」くらいに思ってなくもなかったが、実際見てみると、物凄く深い人間性が描かれていたり、単純に面白かったりする。

 あのアニメにハマってからは、他にも似たような作品を探したり、別のジャンルのアニメを見てみたりもしてみた。今では普通に私もオタクと呼んで良いのではないか、と言える程度には作品を見ている。


「というか、清水、なろう系見るんだね」

「なろう系?」

「あー、アレ元々ネットの小説が原作でね。そのサイトの名前が『小説家になろう』だから、そこから取って、なろう系」

「あーね。ネットの小説か……。真白ももしかして、何か投稿してたりするの?」

「あー、いや。僕は、見てるだけ」


 真白はそう言うと、金網にかけられたラバーストラップを手に取った。先のアニメに登場した、金髪の小さい女の子のキャラクターだ。

 意外だ。コイツなら書いていたりしててもおかしくないって思ってたのに。私は少し「へー」と言いながら、手に取った〇ムのストラップを戻した。


「でも、なろう系、全部好きなわけじゃないんよね。正直、無理だった物もあった」

「……まあ、アニメ化している物でもピンからキリまであるからね」

「ていうか、あらすじ大体同じだよね」

「それがまあなろう系の特徴だからね」


 私が笑いながらそんなことを言っていると、真白は「お、刑〇姫」と呟いて、近くの棚にあったキーホルダーを手に取った。

 これも知ってる。真白がやっているから、私も始めてみたスマホのゲームだ。王冠を被った金髪の女性がアイコンになっている奴。

 その中に登場する、黒い髪で、日本のお姫様のような服を着た、いかにもというオタクキャラだ。なんか適当にガチャを引いたら出てきた奴。

 どことなく清楚な雰囲気があって、しかも胸もデカい。私は真白がそれを手に取ったのを見て――

 ――コイツ、どことなく「アイツ」に似てるな。そう思った瞬間、反射的に真白からキーホルダーを取り上げてしまった。


「えっ」


 真白が私の方を見てキョトンとする。私は自分の行動にハッとして、しかし、沸き上がる不快感を隠すこともできず、やや口を尖らせながらキーホルダーを棚に戻した。


「真白、そろそろ移動しよ?」

「え? あ、ああ……うん。わかった」


 真白は少し首を傾げながら、私が急かすのに合わせ歩き始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


 その後私たちは、私の運転する軽自動車を使って、映画館やゲームセンター、洒落た雑貨のある店などを回った。

 デートは私が真白に合わせる形だったが、結構、それなりには楽しめた。それに、真白は決して自分勝手だったわけじゃなくて、どこに行っても、どこか私が楽しめるように気遣ってくれていた。

 そうして楽しい時間を過ごし、夕陽が地平線に沈む頃合になった。私と真白は、町から離れた、広い公園の高台に登って、ゆっくりと消えていく夕陽を眺めていた。


「すごい、綺麗だよ真白!」

「ん、うん。風情があるね」


 真白は夕陽を眺めながら、恍惚としたように微笑んでいた。

 良い雰囲気だ。最後の最後で、自分の行きたい所を選んだかいがあった気がする。私は吹き抜ける風に髪を揺らしながら、真白の隣に立ち、鉄柵に身を預けながらそう思った。


「……ねえ、真白」


 と。私は真白に話しかける。真白はすると、「ん?」と言って、夕陽から私に視線を移した。


「なんで、私がここに来たか、わかる?」


 私は真白の方を見ないで、そうと問いかける。真白は少し悩むように頭を掻き、「わかんない」と、実に素直な返答をした。

 私は鉄柵から体を起こして、真白の方へと向き合う。そして、一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてから、目を開けて、その問いの答えを明かした。


「――ここ、元カレに連れてきてもらった所なの」


 私が言うと、真白は一瞬目を見開いて、そして困惑したように視線を落とした。そして彼は、確認するように、「元カレって、この前ゲーセンで会った?」と聞き、私はそれに、黙ってうなずいた。

 真白が黙り込む。私は、少しだけ心の中に淀みができるのを感じながら、しかし彼の目を見て微笑み、先の言葉を言っていく。


「アイツとの思い出、もう全部クソなんだけどさ。……でも、ここが綺麗だったって言うのは、覚えてた。だから、上書きしたかったの。アイツとの思い出を、アンタとの思い出でさ」


 真白がまた困惑したように目を伏せる。私はそれでも、真白に言葉を連ねていった。


「――覚えてる? 真白。一年くらい前にさ、アンタが、私に連絡してきた時のこと」


 私は真白に言葉を投げ、そして、あの時の事を思い出していた。

 今でも鮮明に覚えている。私はあの時、お腹の中にいた子供を堕ろすか悩んでいて、その時の心の辛さで、家にじっと引きこもっていた。

 何日考えても答えは出なかった。そうこうしているうちに、中絶までの期限が迫って来ていて、とにかく、強い焦りと、しかし何もできない無為さに心が押し潰されそうだった。

 その時の経験が影響して、とてつもない男性嫌悪に苛まれていたと思う。あの時の私は本当にどうかしていて、無為さを誤魔化すためにネットに入り浸って、愚痴と鬱憤をまき散らして、それで貰えるいいねだけが、自分の心の拠り所にもなっていたと思う。

 でも、それでも目の前に問題があり続ける以上、心が晴れることはない。そんな中で、私はいつも通りに、鬱憤をまき散らして、LI〇Eに「死にたい」という投稿をした。

 そしたら、真白が声をかけてきたのだ。なんで彼が声をかけてきたのかは、おおよそ察することができた。


「――あの時の私、最低だったよね。アンタのLI〇E見て、こっちから電話かけた癖に、第一声が、『なんでお前なんだよ』だったから」


 誰からも反応が返ってこない状況。ツイ〇ターでなら、変な団体の人間が慰めてきてくれたけれど、しょせんローカルな人間としか関係の無い世界では、こんなものか、とどこか寂しい想いもした。

 そんな中で、唯一反応してくれたのが、友達でも何でもない、私が盛大に傷付けて、嘲笑った、一人の男だったのだ。

 私は意味が分からなくなって、それで、真白に電話をかけた。なんであんな行動に出たのかは今でもわかっていないが、おそらく、「そういう状態」にまで追い詰められていたのだろう。

 そして私は、真白に考え付く限りの罵詈雑言を並べた。「キモイ」とか、「お前なんかが」とか、「なんでまた、私なんかに関わってくるんだよ」とか。

 自分が何をしていて、何に悩んでいるのかは打ち明けなかった。話せば、バカにされると思ったからだ。何より、真白には、私に憎悪を並べる動機がある。そういうこともあって、自分の弱みを見せるわけにはいかなかったのだ。

 だけど真白は、私の憎悪を受け止めて、それでも、こう言ってみせた。


『なにか、大変なことがあったんだね』


 不満を言う訳でもなく、私の攻撃に反撃をするわけでもなく、アイツは、私の感情に寄り添うことを選んでくれたのだ。
 あり得ないと思った。私を殴る理由こそあれど、慰める理由なんてないはずだ。加えて真白は、私の身に何があったのかを、敢えて、聞こうとはしなかった。

 私の感情は、あの一言で決壊した。とにかく辛いという話をして、死にたいという話をして、何度も何度も声をあげて泣きながら、真白に言葉をぶつけ続けた。
 溜まっていた感情を始めて全て吐き出せた気がした。何時間にもわたって、一方的に話す私の言葉を、真白はしっかりと受け止めてくれて、それが私にとって、どれほど嬉しかったか。

 私はそれで、真白に、こう質問した。


『死にたいって思ったら、アンタなら一体どうする?』


 と。

 真白はそれに対して、あまりに驚くような返答をした。


『正直、自殺をすることを、責められる道理は無いと思う』


 アイツは、私の言葉に同意をしたのだ。さらにアイツは、それを補強するかのように、私にこうと言葉を浴びせた。


『自殺を否定するのは、本当に死にたいって思った事が無い人間のエゴだと思う』
『だって、僕も、小学生の頃に、首を吊ってるから』


 あまりの衝撃に言葉を失った。だって、アレだけ長い間、幼馴染として一緒にいたのに、まさか、真白がそんなことをしていたなんて、夢にも思わなかったからだ。

 生まれてきても、不幸になるだけだったら、最初から死んでいた方がマシだったと思う――と、真白のその言葉は、しかし、どういうわけか、私の心には、救いにも思えた。

 私がどうして堕ろす選択をしたかと言えば、間違いなく、彼のその哲学が理由だったと思う。賛否はあるかもしれないが――それでも、どんな形であれ、私が一歩を踏み出せたのは、真白がいたからなのだ。


「正直、色々、後悔はあるけど。でもさ、私が、自分の意思で選択ができたのは、間違いなく、アンタがいたからだよ、真白」

「……」

「だから、ずっとアンタのことが気になってたの。正直さ、好きだからって理由じゃないけど。でも、アンタが私のために、どうしてあそこまでしてくれたのか、ずっとわからなかったから。それに、あの時、ごめんねって、言い忘れたから」

「……」

「――ねえ、真白。私さ、やっぱり、アンタが好き。自分の人生に必要なんだって、ハッキリとわかるから。……だから、真白。私と、付き合って」


 私はそして、雰囲気と勢いに乗って、真白の手を両の手でギュッと包み込んだ。

 真白が顔を赤くして、こちらを見つめる。私は彼の表情を上目遣いで覗き込み、彼が私に応えてくれるのを祈りながら、殊更に、包み込んだ手を強く握り絞めた。

 ――と。真白は、ごくりと一度唾を飲みこむと。


「――ごめん。僕はそれでも、君の気持ちには、応えられない」


 視線を逸らしながら、申し訳なさそうにそうと答えた。


「――そっか」


 私は残念な気持ちになりながら、真白から手を放す。そうして、一度大きくため息をつくと、


「わかった。まだ、保留ってことにしておくから。……アンタのいい所は、こういう時、真剣に悩んでくれるところだよ。だから、待ってる。そんで、いつか、絶対に、『好き』って言わせてみせるから」


 私は真白に笑顔を向ける。と、真白はそれでも、私の方へ目を向けはしなかった。


「――真白。次、いつ会える? 明日は?」

「……明日は、バイトがあるから」

「じゃあ、明後日! 火曜日は、どう?」

「火曜日は――。えっと、その……僕も、ちょっと、一人になりたいから。だから、その日は……」

「じゃあ水曜! その日なら、どう?」

「あ、えっと、ば、バイトは、無いけど、さ……」

「じゃあ決まり! 水曜日、楽しみにしてるね!」


 私は真白の予定を無理矢理に取り付ける。真白はまだ顔を赤くしながら、しかし、黙り込んで目を伏せていた。

 大丈夫だ。彼が何も言わないのなら、それは『了承』だ。だって真白は、いつだって私の予定に合わせてくれていたから。

 私は、取り決めた予定に少しだけ浮かれながら、真白に背を向け、登った高台の階段を降り始めた。
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