愛と友情は紙一重!|キュンとしないのになぜか尊い、陰キャ同士の捻くれた純愛ヒューマンドラマ

オニオン太郎

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サブストーリー2【私は弁えない】

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 目の前で行く手を阻む女。周囲を取り囲む男たち。私は、今の状況に心底焦り切っていた。

 後ろを振り返ると、憎々しく私を睨みつける田中がいる。その両サイドには、切迫した面持ちの漫研部員のオタク共が、カメラを構え立っている。


「お――お前ら、狂ってんだろ。女の子一人を寄って集って取り囲んでって、こんなの犯罪じゃんか」

「お前を黙らせるためだよ。田中君から話を聞いた感じ、お前はいざとなると『女』を使って逃げたり被害者面をする輩だと思った。後で喚き散らされても面倒くさいから、今日一日、裏でお前を追って、田中君に何が起きていたのかを説明できるようにしていたんだ。……お前が『デート』って言っていた瞬間も、音声付きでカメラに収めてある。お前が彼に気があったのは、誰から見ても明白だ」


 眼鏡のもじゃもじゃ頭が私に言う。私は奥歯を噛み締め、後ろへ一歩、二歩と下がる。

 と。私の背後で、「酷いよ」と、幽霊みたいな声が響いた。


「松田さん、覚えているよ。3,4か月前の同窓会にも出てたよね。昔から、あまりいい噂の無い子だったけど……他人を脅して、食事やブランド品をたかるなんて、いくらなんでも正気じゃないよ」


 私が後ろを振り向くと、鬼戸川がこちらを禍々しい目で睨みつけていた。


「昨日、全部聞いたよ。悠くん、凄く申し訳なさそうに私に謝ってたよ。悪いのはアンタなのに。アンタも、女の子ならわかるでしょ? 男の人はね、こういう立場が女性より悪いの。それを利用して良い様に使うなんて、まともな子なら思い付きさえしないよ」


 一歩、また一歩と、鬼戸川は私に迫って来る。私は一歩後ろへと下がり、そして、背後にいる三人の男の気配に、それ以上後ずさる事も出来ず、迫る圧から逃れられずに。


「こんなのはね、わざわざ言わなくてもいい常識なの。聞いててずっと意味がわからなかったよ。アンタみたいな人間が、ガチで存在しているなんて。どうりで、世の中犯罪が無くならないわけだよ」

「な、なんだよ、人を犯罪者みたいに。別に、大したことねぇだろ。ちょっと奢ってもらったり、プレゼントもらう位、誰だってしてもらうだろ。それをお前――」

「アンタのは奢りでもなければプレゼントでもないよ! 脅迫なんだよ!」


 鬼戸川は私の言葉にぎゃんと大声で喚き散らしてきた。


「そう言うのはね、相手が納得して、『別にいい』って思うからやってもらえるんだよ! それをアンタは、わ、私と悠くんの関係を人質にして、無理矢理迫ったんだよ!」

「あ、ハァ? いや、その、合意……合意だっただろ! だって、何も言わなくても金出してくれてたし! 大体、男だったら無理矢理払わねぇとかだってできたはずなのに、それしなかったってことは、それは結局合意なんだよ! 無理矢理なんかじゃ――」

「そんなわけないでしょ! なんでそんな意味のわからない理屈でまくしたてられるの? 自分がなにやったか、わかってるの?」

「う、うるせぇ! なんだよ、くどくどくどくど、情けねぇ! 男ならもっとスカッとしてろよ!」

「そうやっていちいち性別を引き合いに出して、自分を正当化しないでよ! 卑怯だよ、そう言うの! 立場の違いで金品を要求するなんて、人として恥ずべき事だよ!」


 鬼戸川は止まろうとしなかった。とてつもない怨嗟と迫力を感じて、私はまた一歩後ろへ下がって、そして、ふと田中の方へと振り返る。


「あ――た、田中! お前、どうなんだよ! 本当の所、私と一緒にいて楽しかったんだろ! だって、お前、私が階段で転びそうになった時、助けてくれたし! 嫌いな奴助けるとか普通しないだろ! その後もなんだかんだ会ってくれたし! コイツより私の方が顔良いし! わかってんだよ、男なんてみんなそうなんだろ! 自分の彼女が地味で垢抜けねぇブ女だから、私と付き合ってくれてたんだろ! なんとか言ったらどうなんだよ!」


 私が懇願するように彼に言うと、田中は、すりつぶされたゴキブリでも見るかのように、私を見下し吐き出した。


「そんなわけねぇだろ」


 私は彼から返ってきた言葉に、「あっ、」と声を詰まらせて、動きを固める。


「お前、マジでどういう思考回路してたらそうなるんだよ。普通に考えればわかるだろ。お前みたいなのに付きまとわれて、迷惑しねぇ人間はいないって」

「っ……そ、そこまで言わなくても……」

「言うに決まってるだろ。昨日、音々とのデートドタキャンしろって言われた時、俺が何考えてたかわかるか?
 ――いくらなんでも、気持ち悪すぎる。あん時、なんとなくお前がどういう気持ちなんか察してしまって、マジで、どういう理屈でそうなっているのか、意味がわからなかった。最初からやべぇ奴だっては思ってたけど、ここまで頭のネジが飛んだ奴だとは思ってなかったよ」


 私はぽかんと、彼からの言葉を受けて立ち尽くしてしまった。

 なんだよ、それ。それがアンタの本音だったの?

 ちょっと、待てよ。じゃあ私は、私の気持ちは一体なんだったんだよ。
 ふざけんな。これじゃあまるで、私の方が頭がおかしいみたいじゃねぇか。
 なんだよ。なんなんだよその目は。化け物でも見るような目しやがって。電車で叫んでる異常者でも見ているかのような顔しやがって。

 ふざけんな。ふざけんな。私は、私は何もおかしくないだろ。私は呼吸を小刻みに震わせ、徐々に、徐々に息を切らして、


「――な、なんだよ。まさか、お前、私がアンタのこと、好きだったって思ってんの?」


 私は、笑顔を吊り上げて、彼の言葉を嗤って見せた。


「そんなわけないだろ。ちょっと遊んでやろうって思っただけだっつの。それを、お前、察したって、バカじゃねぇの? アンタみたいなキモイオタクを好きになる女なんかいないっつの。よほどキモイ奴じゃない限り。なに勘違いしてんだよ。キモイんだよ。そういう所が、マジで、キモイって言われるんだよ!」


 そうだ。私は別に、コイツのことなんか好きになっていない。

 こっちが遊んでいただけだ。ちょっと、それで、熱くなっちまっただけだ。

 それだけのことで、別に、なにもおかしくなんかない。それをコイツが、勝手に勘違いしただけだ。

 私はこんな奴、好きだったわけじゃない。こんな奴を好きになるなんて、ありえない。


 何度も、何度も、頭の中で繰り返した。そうやって、自分の気持ちを、何度も何度も再確認した。

 私はおかしくない。私はおかしくない。おかしいのはお前らだ。気持ち悪いのはお前らだ。
 大体、そうだろ。こんな人通りのない場所で、女を連れ込んで、男で囲んで。こいつらはそう言うことをする異常者で、犯罪者なんだ。
 お前らみたいな異常者の言う言葉なんか、全部頭がおかしいに決まってる。
 お前らなんか誰も信用しない。だって、お前らは異常者なんだから。

 常識も弁えられない人間が、真っ当な顔して生きてるんじゃねぇよ。心の中で吐き捨て、私は、自分の中の気持ちを、確固たる物にしていく。


「……キッッッモ」


 と、途端。私の背後で、鬼戸川が、ゲロでも吐くように私に言った。

 私は声に反応して、後ろを振り向くと。鬼戸川は、嫌悪でも、怒りでもない表情で、私を、ただ見下していた。

 とてつもない違和感のある表情だった。敢えてそれを表現するのなら、“哀れみ”と言うのが一番近かった。

 怒りも、憎悪も、嫌悪感ですらも通り過ぎてしまった状態。およそ人間じゃない存在に対して向けるような、数ある感情の中でも、きっと、最上位にあるような、見下しの目。

 私は鬼戸川のその感情を察した途端、何か、自分の中の感情が大きく爆発して、「おい」と声を震わせてしまった。


「なんだよ、その目。なんでアンタみたいなクソ陰キャが、私にそんな目を向けるんだよ」


 私は鬼戸川を睨みつける。だけど、彼女は一切動じずに、変わらず哀れんだ目で、私を見下していた。


「ふざけんなよ。お前、調子に乗ってんじゃねぇぞ。アンタみたいな、世間の中心にもいられねぇカスが、私にそんな目を向けんなよ」


 だけど鬼戸川は、その目をやめなかった。あまつさえコイツは、肩を落として、大きく、深く、ため息まで吐いて見せた。

 その瞬間に、私は奥歯を噛み締めて、


「なんだよテメェ、その態度!」


 鬼戸川に向けて、勢いよく掴みかかっていた。

 途端、「おい!」と、後ろで男共の声がした。私はそれに構わず、鬼戸川の胸倉を掴む。

 けど、その瞬間、鬼戸川は私の顔を手でつかんで、ガッと私を引き離した。


「やめた方がいいよ。体格が全然違うんだから」


 細い体のどこにそんなパワーがあるんだ、と言う位の力だった。私はすぐに後ろへとよたよた下がって、そのままつまずいて尻もちを着いた。


「……ねえ、もう、やめよう? なんかさ、どうでもよくなっちゃったよ」


 鬼戸川は、呆れた顔で、私以外の面子に淡々と言った。

 いや、ふざけんな。こんなところで終われるかよ。私がそう思って、立ち上がろうとした瞬間、ゆっくりと、田中が私の目の前に立って、そして、大きくため息を吐いた。


「……そうだな。こんな、顔以外の全部がブサイクな女、相手にするだけ無駄だよ」


 田中は鬼戸川の手を取りつつ、もはや私なんか眼中にない感じで、目線を私から切った。

 その瞬間に、思い出してしまった。鬼戸川やコイツが見せた目が、一体何なのかを。

 ――あの時と同じだ。中学生の頃付き合っていた彼氏と別れた、あの瞬間と。

 ――いや。それだけじゃない。私は、この目を、何度も見ている。

 付き合っていた彼氏から。仲の良かった友人から。親から。先生から。誰かわからないクラスメイトから。

 この目をした後は、決まって、みんな、私のことを見限った。最低限の会話はしてくれるけれど、どこか壁があって、まるで、こう言っているようだった。


『ああ、コイツはもう、ダメだ』


 そんな、諦めと言うよりかは、拒絶に近い反応。もう自分たちの領域に、コイツは絶対に入らせないという、強固な諦観。

 ――やめろよ。そんな目を、私に、向けるんじゃねぇよ。私は彼からの視線に息を切らすと、やがて、恐怖に駆られるように走り出した。

 頭の中がパニックになった。嫌な事をいくつも思い出してしまって、感情がもう限界だった。

 心の中で叫びながら、私は走った。だけど、後ろからは、もう、誰の話し声も聞こえては来なかった。
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