愛と友情は紙一重!|キュンとしないのになぜか尊い、陰キャ同士の捻くれた純愛ヒューマンドラマ

オニオン太郎

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サブストーリー2【私は弁えない】

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 逃げ出した先の飲み屋街で、私は息を切らしてふらふらと歩いていた。

 目には涙が溜まっていて、ぐずぐずと鼻水も垂れてきている。せっかく頑張った化粧も汗で汚れてしまっていて、気分も見た目も最悪な状態だった。

 頭の中では、さっきの出来事がやたらとフラッシュバックして、『クソ、クソ、クソ』と苛立ちがただ反復している。何かを殴りつけたい衝動に駆られながら、だけど、外にいる手前、何かを蹴り飛ばしたりするわけにもいかず、悶々と彷徨っている。

 家に帰ってしまえばそれで良いのだろうが、どうにも、そんな気持ちにもならない。何の物件も入っていない空きビルの壁にもたれて、大きくため息を吐いていると、ふと、私の耳に、聞き覚えのある声が入ってきた。


「この辺りにさ、珍しい雑貨屋があるんだよね。結構高いんだけど、どれもセンスが良くてね、」


 ――この声は。私はハッと顔を上げて、ビルの角から聞こえたその声を追って、急いで走り出す。


「悠司!」


 知らず知らずのうちに表情が笑っていた。そうして角を曲がり、そこにいるであろう彼氏の方へと目を向けると、

 そこには、確かに、私の彼氏である悠司が立っていた。――隣に、知らない女を連れて。


「――あ、真紀……!?」


 悠司は、現れた私に酷く動揺しているようだった。彼の隣に立つ綺麗な女性は、「え? ちょっと、誰、この人?」と、悠司に訝しむような目を向けていて。


「――悠司。だ、誰だよ、お前、その女」


 私は瞳を揺らして、自らの恋人へと尋ねる。しかし悠司は、しばしぽかんと私を見つめてから、隣の女の腕を引き、「行こう」と私に背中を向けた。


「ちょっ――ちょ、待てって!」


 私は急いで走り、悠司たちの前に出る。そして恋人を睨みつけ、私は歯を食いしばり彼に迫った。


「お前、待てよ。誰だよ、その女。ま、まさか、お前、浮気か?」

「だ――誰だよ、お前。なんだよ、いきなり話しかけてくんなよ。気味悪いな。い、行くぞ、千秋。変な奴に構うな」


 悠司が隣の女の腕を引くと、彼女は、「ちょっ、まっ――痛い、待って!」と、悠司の手を勢いよく振り払った。


「待って、悠司。説明して。ねえ、この人、なんでアンタのこと知ってるの?」


 女性が悠司に迫る。悠司は瞳を揺らすと、「だから、知らんって! あ、頭おかしい奴だろ、普通に!」と、焦り狂ったように大声をあげる。


「知らないって、何言ってんだよ! お前、この前私と一緒に遊びに行ったじゃん! どういうことだよ、なんでお前、私に黙って知らない女と――」


 いや。もう、答えなんて分かりきっていた。だけど、脳がそれを、全力で否定していた。

 私の恋人は――私に黙って、他の女と付き合っていたのだ。全身が冷えていくのを感じながら、だけど私は、どうしても、彼から「違う」という言葉を引き出したくて、縋るように迫る。

 と。どうやら、隣にいた女も、事情を察したらしい。途端に悠司を睨みつけ、勢いよくビンタをすると、彼女は「最低!」と言いながら、そのまま背中を向けて去っていった。


「ま、待て、千秋! 誤解だ、俺の話を――」


 だけど、女性は止まることなく、そのまま建物の角へと消えて行った。私はぽかんとして、呆然と2人の様子を見続けることしかできず。

 ――と。その瞬間、「お前、」と、悠司が、今までに聞いたことのないくらい、怖い声を出した。

 ビクリと、体が震えた。だけど、肉体は全く反応してくれなかった。

 最悪な事態を予見した、その瞬間に。悠司は、私の予想通りに、私の胸倉を掴んで、そのまま強い力で、私を空きビルの中へと連れ込んだ。


「ッ、ゆう、じ――」

「ざっっっけんじゃねぇぞクソアマ!!!! テメェ、なんでよりにもよって今日なんだよ!!! 俺はな、この日のために金貯めて、今夜辺り、千秋にプロポーズしようとしてたんだよ!!!! 指輪も買ったのに、なんで、なんで――」


 悠司が片方の手で私の首を絞めて来る。私はパニックになって、溺れたように口をパクパクとさせながら、彼の言葉に反論した。


「なん、で、って――お、お前が、浮気したのが、悪いんじゃ……!」

「黙れッ! バカで考え無しのクソ女の癖に、口答えしてんじゃねぇよ! 飯奢ってやれば股開く、都合のいいま○こでしかねぇ癖に、何俺の人生めちゃめちゃにしてんだよ!」


 悠司が一層強い剣幕で私を責め立てる。私が息もできずに「うあ――あっ、」と呻いていると、悠司は「なんとか言えよ、このクソアマ!」と怒鳴りながら、勢いよく私の腹を殴りつけた。

 内臓がキリキリと叫びをあげるのが、瞬く間に全身に伝わった。腹を抑えて倒れ込みたくなるほどの吐き気がせり上がったけど、私の首を絞める手は、そんなことを許してくれず。


『お前さぁ、自分が愛されてるって思ってるかもしんねぇけど、それただ都合良く利用されてるだけだから』


 ――ああ、クソ。なんで、今、この言葉を思い出すんだよ。

 これじゃあ、アイツの言っていたことが本当のようじゃないか。それじゃあ結局、私がただ、バカをやらかして、それで、当然のようにこうなっているって言われているようじゃないか。

 ふざけんな。なんで、なんで私がこんな目に遭わなきゃならないんだ。

 どうして私ばかりが、こんな不幸な目に遭わなきゃいけない。おかしいだろ、こんなの。世の中、不公平じゃないか。

 お前が浮気したのが悪いのに。なんで私が殴られているんだよ。

 結局、結局男なんて、みんな、こうなんだ。暴力を使えば女なんか言いなりに出来るから、こうやって、理不尽なことばかりしやがるんだ。

 ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。私は徐々に遠のいていく意識の中、がむしゃらに自分の首を絞める手を握り、


「お前、マジで一回死ねよ! なあ! 死ね! お前が現れなきゃ、こんなことにはならなかったんだから! 責任取って、マジで、死ねよ! ほら! 死ね! 死ね!」


 ――ヤバい。ヤバい。マジで、死ぬ。誰か、助けて。

 目から涙がこぼれて、足から力が抜ける。視界が絶望で染まって、もうダメだと思った、その瞬間だった。


「――何やってんだよ、お前!」


 誰か、女の声が聞こえた。聞き覚えがあるのかないのか、微妙だったけれど、何か、記憶の片隅に引っかかる声だった。

 かと思えば。私を押さえ込んでいた悠司が突然引きはがされ、そのままビルの外へと投げ出された。

 私はガクリと膝を着いて、流れ込んでくる酸素に大きく咳き込んだ。

 川から上がったかのようにぜぇぜぇと空気を貪る。目から涙を流しながら、ビルの外へと目を向けると、そこには、金髪の、長身の女がいた。

 ――アイツ、天音じゃん。

 中学時代の同級生。以前食堂で絡んだ、気持ち悪い性癖を持った精神異常者。

 ソイツの隣には、おどおどとしている、黒い髪をした、結構オシャレな雰囲気の、知らない女がいる。


「ちょっ、由希! や、ヤバいって! 警察、警察!」

「下がってろ心春! 前出るとアブねぇ!」


 天音は手で心春とか言う女を後ろに下げると、目の前にいる男をきつく睨みつけた。


「――なんだよ、お前。いきなりなにすんだよ」


 悠司はゆらりと天音の方を向いて、ギラギラとした視線を向ける。天音は口を一文字に結んで腕を軽く前に出すと、膝を軽く曲げ、わかりやすく喧嘩の体勢に入った。


「お前、なんだよ。関係ねぇだろ。女の癖に、いきなりしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ」


 天音は何も言わなかった。強い敵意と警戒心で、ただじっと、悠司を睨みつけているばかりで。


「なんとか言えっての、このクソアマァ!」


 悠司は叫びながら、拳を握って、天音に駆け出した。私は「ちょっ――!」と、思わず天音に手を伸ばす。

 だけど、天音は、私の予想に反して、殴り掛かってきた悠司の拳を簡単にいなすと、同時にカウンターのパンチを彼の鼻頭に打ち込んだ。


「ぐえぇっ……!」


 悠司が鼻を抑えてよたよたと下がる。途端、天音は「素人が」と吐き捨てると、そのまま勢いよく後ろ向きに回り、そして、高く上げた踵を悠司のこめかみにぶち込んだ。

 悠司がぐるぐると回転しながら地面に沈む。天音は何食わぬ顔で首をぐるぐると回し、地面とぴくぴくとしている悠司にゆっくりと歩み寄った。


「おい、意識飛んでねぇだろ。聞けよ、クソ野郎」


 天音は悠司の髪を掴むと、ぐっと頭を持ち上げ、彼をエビ反りのような姿勢にさせた。


「ひっ、ひぃぃっ……!」

「何があったかわかんねーけどさぁ。女子相手に男が暴力とか、カスもいい所だかんな。次同じ事してみろよ、テメェにぶら下がってる小汚ねぇ遺伝子ぶっ潰して、二度とガキ作れねぇ体にしてやっからな」


 天音はそう言うと、男の髪を放した。ガン、と顔がコンクリートにぶつかって、悠司は「ぐえっ」とまた情けない声をあげると、途端、慌てて立ち上がって、鼻血を流しながら「ひぃぃぃ!」と逃げ出した。

 ――や、やべぇ。なんだ、今の。私はありえない情景にぽかんとして、ぺたんと地面に座り込んだまま固まってしまう。

 と。天音がこちらへと目を向け、ゆっくりと近づいてきた。私は恐怖心で「ひいっ!」と後退り、ビルの壁に背中を付ける。


「なんもしねぇから。ほら」


 天音はそう言いながら私に手を差し伸べた。私はしばらくきょとんとして、差し出された手と、彼女の顔とを交互に見つめた。

 そして私は、出された手を恐る恐る掴むと、天音はぐっと私の手を引っ張り、「よいしょ」と私を立たせた。

 コイツ、女の癖に男みてぇな力してやがる。私はまたしても、目の前の女にゾクリとしてしまった。


「ん。大丈夫か? 頭とか、痛くないか?」

「あ……えと、はい……」

「ん。なんかちょっとでも異常があったら病院行けな。何があるか、わかんねぇから」


 天音は私の肩をポンポンと叩くと、そのまま私に背中を向けた。

 ――いや、ちょっと、待てよ。私はそう思うと、「ちょっと!」と、天音にそのまま話しかけた。


「……な、なんで、助けたの?」

「あ?」


 天音は首を傾げながら私を振り向く。私は、心底意味が分からないと言っているような彼女にぽかんとして、更に彼女に尋ねた。


「だ、だって、お前――お前、私が誰か、わかってんだろ」

「…………。……まあ」

「じゃ、じゃあ――! ……意味、わかんねぇよ。なんで、私のことなんか。助ける義理とかねぇだろ。どう考えても面倒だし」

「……あのさぁ。こういうの見て、助けないわけにもいかないだろ。義理とかなんだとか、そんなんじゃないって。体が勝手に動いただけ」


 天音は肩を竦めて言うと、「じゃあな」と私に背中を向け、そのまま、もう一人の女の方へと歩いていった。


「ちょっと、誰、あの人? 知り合い?」

「ん――まあ、前に、ちょっと、な」


 天音は笑いながら、隣の女と共に去ってしまった。

 私はただ茫然と、それを見過ごすことしかできなかった。
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