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恋人編
第4話「未熟者ほど喧嘩が絶えない」①
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◇まえがき
今回の話には極めて悪辣な差別表現が含まれているため、閲覧の際はご留意ください。
私と真白は、彼の部屋の前で佇んでいた。
中から声が聞こえるとか、そんなことはない。だけど、先のこともあって、どことない気まずさがドアの隙間から漏れ出ているような、そんな気がした。
「詩子? 大丈夫?」
隣に立つ真白が、私に声を掛けてくる。私は「全然、大丈夫」と、苛立った声で受け答えた。
――大丈夫。大丈夫だ。ただちょっと、文句を言ってやるだけだ。私は奥歯を噛み締めると、ドアノブに手をかけ、ゆっくり、ゆっくりと扉を開けた。
部屋に入り、リビングに行くと、真白の一家は、揃いも揃って気まずそうな様子で座り込んでいた。私は彼らの姿を見ると、無性に腹の底が煮えくり返るような、そんな気持ちにさせられた。
「真白!」
と、真白のお母さんが立ち上がって、私たちの方へと来る。そして彼女が真白の手に触れるのを、私は横目で見ていた。
「ごめんね、喧嘩なんかして。アンタからすれば、迷惑だったよね」
「あっ……別に、僕は……。でも、詩子がいたんだから、本当、配慮して欲しいって言うか……」
真白がこちらをちらりと見て、お母さんの方も、私に目を向ける。私はそんな中で、我慢ができず、声を震わせた。
「――お話が、あります」
私の言葉を聞き、真白の家族が全員こちらへと目を移した。私は一気に視線が集中したことで、少しばかり気圧されてしまうが、それでも声を紡いで、自分の言いたいことを言う。
「あの……こんなことを、私の立場から言うのは、出過ぎているとは思いますが。……あなたたち、一体どういう神経してるんですか?」
私の言葉で、一家が一気にざわざわとし始めるのを感じた。真白が隣から、「詩子? その、どうしたの?」と、恐る恐ると言った感じで声を掛けてくる。
だけど、私はもう止められなかった。
「話、聞きました。真白から。さっきの件。……確かに、先に手を出したって意味では、真白にも非はあります。でも、だからって、手を出されたって仕方のない事だって、あると思うんですよ、私は」
私が声を震わせると、真白のお兄さんが、「あ?」と、露骨に不機嫌な様子を醸し始めた。
「えっ、ちょっと待ってください。それ、俺のことですか?」
「アンタだけじゃないですよ。この家族、全員に言ってるんです」
私はハッキリと、足を震わせながらも言い放った。真白のお母さんが「え?」と呟き、お父さんが私から目を逸らす。
「聞きましたよ。アンタ、真白に私と別れるよう迫ったんでしょ? いくら兄弟だからって、やり過ぎだと思うんですよ、そう言うの」
私が真白のお兄さんを睨むと、彼はイライラと舌打ちをすると、立ち上がり、真白の元へと近寄って来た。
「おい、クソガリ。お前、まさか話したのか? おかしいだろ、他人にそう言うこと言うの。お前マジでやめろよ、家族の評判落とすこと言うとか、常識無いんじゃねぇのかお前?」
一歩一歩にじり寄って来る兄に、真白は「うっ、」と気圧され半歩足を退ける。私はしかし、そんな真白と兄との間に割り込んで、兄の顔をギロリと睨みつける。
「常識無いのはお前だよ。家族の評判落とすなって、だったらまず、お前がそうならないための努力をすべきだろうが」
「……ちょっと、邪魔なんで。どいてください」
「嫌。どいたらアンタ、また真白殴るだろ」
私は真白の兄を睨みつけ、足で床を踏みしめる。真白の兄は「ッチ」と舌打ちをしてから、ため息を吐き、かなり怒った様子で私に言って来た。
「あのですね。これ、ウチの家の問題なんで。あなた、所詮他人ですよね? だったら、ウチの問題にしゃしゃり出て来ないでくれますか?」
「いや、こっちは恋人殴られてるんですよ。突っかかりもするでしょ、そりゃあ」
「いやだから、そう言う所が非常識だって言ってるんですよ。大体、先に手を出したのはアッチなんだぞ? それをなんだよ、被害者面して話しやがって。どーせ、『僕はこんなに酷いことをされたの、僕何も悪いことしてないのに』って、そんな感じのこと言われたんでしょ? マジでいつまでもいつまでも甘ちゃんなんだからよぉ、このクソガリは」
「そんなこと言われてないっての。真白はアンタに先に手ぇ出したこと、ちゃんと反省していたし」
「は? 反省したからって許すんですか? それはいくらなんでも甘すぎでしょ。お前さぁ、恋人だからって贔屓し過ぎじゃない? これだから女ってのはさぁ」
な、なんだコイツ。なんか、異様にムカつくな。私は真白の兄に徐々に鬱憤が溜まっていった。
許すって、そう言う話じゃないだろ。お前がいくらなんでもやり過ぎだって話をしているんだよ。
と言うか、そうやって威圧感出して人に近付くんじゃねぇよ。怖いだろうが。私は奥歯を噛み締めて、真白の兄を睨みつける。
「私、さっき言ったでしょ。確かに、先に手ぇ出したのは真白が悪いって」
「なに? じゃあもうそれで終わりなのに、まだなんか文句あるの?」
「だから、だからって、アンタはやり過ぎだし、それに、殴られたって仕方のないことだってあるでしょって言ってんの」
「なんだよ。言葉で勝てないからって手を出すのが仕方ないって、おかしいでしょ。本当、感情でしか物を考えられない女っぽい考え方だな」
「だから、そう言う所だって……」
「つーか、おかしくない? アンタさ、先に手を出したソイツが悪いってわかってるんでしょ? なのに突っかかってくるって、ただのキチガイじゃん。お前さ、自分で自分のこと論破してるんだって気付いてないの?」
「ッ、だから、そう言う……」
「あー、もうわかったから。はいはいはい、お前がバカで低脳な知的障害者ってのはもう理解したから。いいよなぁ、女はバカでも生きてけるからさぁ。本当、女に生まれたこと、感謝した方がいいぞ?」
こ、コイツ……! コイツ……! 私は拳を握り締めてプルプルと震えた。
いや。もう、これはもう、誰がどう見ても殴ってもいいだろ。相手がヤクザだったら今頃海に沈められてるぞ。
「お前、お前、マジでふざけんなって。話、聞けよ」
「うっわ、話聞けてねぇのはテメェだろこのアスペ女が。つーか、なに怒ってるんだよ? 正論言われて怒るとか、マジで異常じゃん。病院行った方がいいぞ? ガリもまあてんかん持ちだけど、やっぱガイジを選ぶ女もガイジだな。だからそんな気持ち悪い服着てるんだろ。自分を客観視出来てねぇんだよ。本当、マジで気持ち悪い」
「お前、いい加減黙れよ。なんだよお前、マジで」
「マジでお前さ、クソガリなんかと結婚しない方がいいぞ? 俺らみたいな、バカな親から生まれてきたガキがさ、また子供を作るって、それがどんだけ罪なんかマジで考えた方がいいって。お前みたいなガイジとてんかん持ちのガリから生まれたガキとか、絶対幸せにならねぇから。自分の子供に苦行を強いるとか、まともな親ならそんなことしねぇからな」
途端、私はプツンと来てしまった。勢いよく手を振り上げて、思い切り、コイツの顔面を叩こうとした。
その瞬間、私の後ろにいた真白が、私を押し退けて、自分の兄貴に掴みかかった。
「お前、いい加減にしろ。さっきも言っただろ、詩子をバカに……」
その瞬間、真白の兄貴は、躊躇なく真白の顔面を殴り付けた。
真白が手を離して、ヨタヨタと後ろに下がる。私も真白の体に巻き込まれて、「きゃっ!」と尻もちを着いてしまう。
「なんだよお前、女の前だからってカッコつけやがって。いきなり掴みかかるとか、マジでふざけんなよ。そう言う所がてんかんって言われんだろうが」
真白は私の上に乗ったまま、「ぐっ、」と鼻から出た血を拭う。途端、真白の母親が、「ちょっと、正斗!」と、私たちの前に立った。
「アンタ、また殴って! 姫川さん巻き込んでるじゃない! いい加減にしなさいよ!」
「だから、そっちが先に手を出したんだって」
「アンタが必要以上に言うからでしょ!」
私たちと兄との間に挟まった母親が大声をあげる。真白は私の上から退いて、「大丈夫?」と声をかけてくる。私は「大丈夫、」と彼に返事をする。
と。真白の兄貴が、「はっ」と、真白を見下し鼻で笑った。
「バカだな、お前。彼女の前だからってカッコつけようとしやがって。結局負けてるし、彼女傷付けてるし、ダセェだけじゃん」
「ッ……!」
「女の前でイキるからこうなるんだよ。せいぜいこれで勉強して、次からは調子乗らねぇことだな」
私は知らず知らずのうちに顎に力が入っていた。
クソ。日本の法律が許すのなら、今すぐバットでも持ってきて、コイツの頭をかち割ってやるのに。
マジで、マジで、殺意しか沸かない。ここまでムシャクシャさせられる奴は初めて見た。なんなんだコイツ、こんな奴が、マジのガチでリアルに存在するのか?
私は興奮して、呼吸を荒くする。と、真白も同じように息を乱して、やがて、大声で喚き散らかした。
「……お前ら、出て行け!」
それは、いつか電車の中で見せたような、とんでもない叫び声だった。私はそれを間近で浴びて、思わず耳を塞いでしまう。
「帰れ、早く! 今すぐ、出ていけ! 帰れ、消えろ!」
それでも、真白の声は私の手を貫通して鼓膜に届いた。
あの真白が、こんな子供っぽい言葉しか吐けなくなるなんて。だけど私は、彼のこの状態に対して、何も異常さを覚えなかった。こうなってしまうだけの気持ちを、私も味わっているからだ。
「……正斗、早く来なさい。もう帰るわよ」
真白の母親が、兄に声を掛ける。真白の兄貴は、呆れたようにため息を吐いた後、「邪魔」とわざとらしく真白を蹴り、そのまま玄関を出て行った。
後を追うように、真白の父親と、そして母親が付いて行く。
取り残された私たちは、何とも言えない敗北感の中、ただ、ギリギリと歯を食いしばった。
◇あとがき
今回の表現について
真白の家族は、作者の一家をモデルに描いています。
真白の兄の言動は、作者の兄をモデルに作っています(実際の兄は、詩子と言う『他人』がいる状況であのような言動をする人間ではありませんが)。
あの悪辣さをどう表現しようか考えた結果、何も配慮せずにストレートに描くのが一番だと考え、今回の描写になりました。
ちなみに、作者はマジモンの発達障害者ですが、正斗の放った言葉は大体全部言われています。
傷付いた方もいるかもしれませんが、表現のひとつとしてどうか柔らかく見てください。
今回の話には極めて悪辣な差別表現が含まれているため、閲覧の際はご留意ください。
私と真白は、彼の部屋の前で佇んでいた。
中から声が聞こえるとか、そんなことはない。だけど、先のこともあって、どことない気まずさがドアの隙間から漏れ出ているような、そんな気がした。
「詩子? 大丈夫?」
隣に立つ真白が、私に声を掛けてくる。私は「全然、大丈夫」と、苛立った声で受け答えた。
――大丈夫。大丈夫だ。ただちょっと、文句を言ってやるだけだ。私は奥歯を噛み締めると、ドアノブに手をかけ、ゆっくり、ゆっくりと扉を開けた。
部屋に入り、リビングに行くと、真白の一家は、揃いも揃って気まずそうな様子で座り込んでいた。私は彼らの姿を見ると、無性に腹の底が煮えくり返るような、そんな気持ちにさせられた。
「真白!」
と、真白のお母さんが立ち上がって、私たちの方へと来る。そして彼女が真白の手に触れるのを、私は横目で見ていた。
「ごめんね、喧嘩なんかして。アンタからすれば、迷惑だったよね」
「あっ……別に、僕は……。でも、詩子がいたんだから、本当、配慮して欲しいって言うか……」
真白がこちらをちらりと見て、お母さんの方も、私に目を向ける。私はそんな中で、我慢ができず、声を震わせた。
「――お話が、あります」
私の言葉を聞き、真白の家族が全員こちらへと目を移した。私は一気に視線が集中したことで、少しばかり気圧されてしまうが、それでも声を紡いで、自分の言いたいことを言う。
「あの……こんなことを、私の立場から言うのは、出過ぎているとは思いますが。……あなたたち、一体どういう神経してるんですか?」
私の言葉で、一家が一気にざわざわとし始めるのを感じた。真白が隣から、「詩子? その、どうしたの?」と、恐る恐ると言った感じで声を掛けてくる。
だけど、私はもう止められなかった。
「話、聞きました。真白から。さっきの件。……確かに、先に手を出したって意味では、真白にも非はあります。でも、だからって、手を出されたって仕方のない事だって、あると思うんですよ、私は」
私が声を震わせると、真白のお兄さんが、「あ?」と、露骨に不機嫌な様子を醸し始めた。
「えっ、ちょっと待ってください。それ、俺のことですか?」
「アンタだけじゃないですよ。この家族、全員に言ってるんです」
私はハッキリと、足を震わせながらも言い放った。真白のお母さんが「え?」と呟き、お父さんが私から目を逸らす。
「聞きましたよ。アンタ、真白に私と別れるよう迫ったんでしょ? いくら兄弟だからって、やり過ぎだと思うんですよ、そう言うの」
私が真白のお兄さんを睨むと、彼はイライラと舌打ちをすると、立ち上がり、真白の元へと近寄って来た。
「おい、クソガリ。お前、まさか話したのか? おかしいだろ、他人にそう言うこと言うの。お前マジでやめろよ、家族の評判落とすこと言うとか、常識無いんじゃねぇのかお前?」
一歩一歩にじり寄って来る兄に、真白は「うっ、」と気圧され半歩足を退ける。私はしかし、そんな真白と兄との間に割り込んで、兄の顔をギロリと睨みつける。
「常識無いのはお前だよ。家族の評判落とすなって、だったらまず、お前がそうならないための努力をすべきだろうが」
「……ちょっと、邪魔なんで。どいてください」
「嫌。どいたらアンタ、また真白殴るだろ」
私は真白の兄を睨みつけ、足で床を踏みしめる。真白の兄は「ッチ」と舌打ちをしてから、ため息を吐き、かなり怒った様子で私に言って来た。
「あのですね。これ、ウチの家の問題なんで。あなた、所詮他人ですよね? だったら、ウチの問題にしゃしゃり出て来ないでくれますか?」
「いや、こっちは恋人殴られてるんですよ。突っかかりもするでしょ、そりゃあ」
「いやだから、そう言う所が非常識だって言ってるんですよ。大体、先に手を出したのはアッチなんだぞ? それをなんだよ、被害者面して話しやがって。どーせ、『僕はこんなに酷いことをされたの、僕何も悪いことしてないのに』って、そんな感じのこと言われたんでしょ? マジでいつまでもいつまでも甘ちゃんなんだからよぉ、このクソガリは」
「そんなこと言われてないっての。真白はアンタに先に手ぇ出したこと、ちゃんと反省していたし」
「は? 反省したからって許すんですか? それはいくらなんでも甘すぎでしょ。お前さぁ、恋人だからって贔屓し過ぎじゃない? これだから女ってのはさぁ」
な、なんだコイツ。なんか、異様にムカつくな。私は真白の兄に徐々に鬱憤が溜まっていった。
許すって、そう言う話じゃないだろ。お前がいくらなんでもやり過ぎだって話をしているんだよ。
と言うか、そうやって威圧感出して人に近付くんじゃねぇよ。怖いだろうが。私は奥歯を噛み締めて、真白の兄を睨みつける。
「私、さっき言ったでしょ。確かに、先に手ぇ出したのは真白が悪いって」
「なに? じゃあもうそれで終わりなのに、まだなんか文句あるの?」
「だから、だからって、アンタはやり過ぎだし、それに、殴られたって仕方のないことだってあるでしょって言ってんの」
「なんだよ。言葉で勝てないからって手を出すのが仕方ないって、おかしいでしょ。本当、感情でしか物を考えられない女っぽい考え方だな」
「だから、そう言う所だって……」
「つーか、おかしくない? アンタさ、先に手を出したソイツが悪いってわかってるんでしょ? なのに突っかかってくるって、ただのキチガイじゃん。お前さ、自分で自分のこと論破してるんだって気付いてないの?」
「ッ、だから、そう言う……」
「あー、もうわかったから。はいはいはい、お前がバカで低脳な知的障害者ってのはもう理解したから。いいよなぁ、女はバカでも生きてけるからさぁ。本当、女に生まれたこと、感謝した方がいいぞ?」
こ、コイツ……! コイツ……! 私は拳を握り締めてプルプルと震えた。
いや。もう、これはもう、誰がどう見ても殴ってもいいだろ。相手がヤクザだったら今頃海に沈められてるぞ。
「お前、お前、マジでふざけんなって。話、聞けよ」
「うっわ、話聞けてねぇのはテメェだろこのアスペ女が。つーか、なに怒ってるんだよ? 正論言われて怒るとか、マジで異常じゃん。病院行った方がいいぞ? ガリもまあてんかん持ちだけど、やっぱガイジを選ぶ女もガイジだな。だからそんな気持ち悪い服着てるんだろ。自分を客観視出来てねぇんだよ。本当、マジで気持ち悪い」
「お前、いい加減黙れよ。なんだよお前、マジで」
「マジでお前さ、クソガリなんかと結婚しない方がいいぞ? 俺らみたいな、バカな親から生まれてきたガキがさ、また子供を作るって、それがどんだけ罪なんかマジで考えた方がいいって。お前みたいなガイジとてんかん持ちのガリから生まれたガキとか、絶対幸せにならねぇから。自分の子供に苦行を強いるとか、まともな親ならそんなことしねぇからな」
途端、私はプツンと来てしまった。勢いよく手を振り上げて、思い切り、コイツの顔面を叩こうとした。
その瞬間、私の後ろにいた真白が、私を押し退けて、自分の兄貴に掴みかかった。
「お前、いい加減にしろ。さっきも言っただろ、詩子をバカに……」
その瞬間、真白の兄貴は、躊躇なく真白の顔面を殴り付けた。
真白が手を離して、ヨタヨタと後ろに下がる。私も真白の体に巻き込まれて、「きゃっ!」と尻もちを着いてしまう。
「なんだよお前、女の前だからってカッコつけやがって。いきなり掴みかかるとか、マジでふざけんなよ。そう言う所がてんかんって言われんだろうが」
真白は私の上に乗ったまま、「ぐっ、」と鼻から出た血を拭う。途端、真白の母親が、「ちょっと、正斗!」と、私たちの前に立った。
「アンタ、また殴って! 姫川さん巻き込んでるじゃない! いい加減にしなさいよ!」
「だから、そっちが先に手を出したんだって」
「アンタが必要以上に言うからでしょ!」
私たちと兄との間に挟まった母親が大声をあげる。真白は私の上から退いて、「大丈夫?」と声をかけてくる。私は「大丈夫、」と彼に返事をする。
と。真白の兄貴が、「はっ」と、真白を見下し鼻で笑った。
「バカだな、お前。彼女の前だからってカッコつけようとしやがって。結局負けてるし、彼女傷付けてるし、ダセェだけじゃん」
「ッ……!」
「女の前でイキるからこうなるんだよ。せいぜいこれで勉強して、次からは調子乗らねぇことだな」
私は知らず知らずのうちに顎に力が入っていた。
クソ。日本の法律が許すのなら、今すぐバットでも持ってきて、コイツの頭をかち割ってやるのに。
マジで、マジで、殺意しか沸かない。ここまでムシャクシャさせられる奴は初めて見た。なんなんだコイツ、こんな奴が、マジのガチでリアルに存在するのか?
私は興奮して、呼吸を荒くする。と、真白も同じように息を乱して、やがて、大声で喚き散らかした。
「……お前ら、出て行け!」
それは、いつか電車の中で見せたような、とんでもない叫び声だった。私はそれを間近で浴びて、思わず耳を塞いでしまう。
「帰れ、早く! 今すぐ、出ていけ! 帰れ、消えろ!」
それでも、真白の声は私の手を貫通して鼓膜に届いた。
あの真白が、こんな子供っぽい言葉しか吐けなくなるなんて。だけど私は、彼のこの状態に対して、何も異常さを覚えなかった。こうなってしまうだけの気持ちを、私も味わっているからだ。
「……正斗、早く来なさい。もう帰るわよ」
真白の母親が、兄に声を掛ける。真白の兄貴は、呆れたようにため息を吐いた後、「邪魔」とわざとらしく真白を蹴り、そのまま玄関を出て行った。
後を追うように、真白の父親と、そして母親が付いて行く。
取り残された私たちは、何とも言えない敗北感の中、ただ、ギリギリと歯を食いしばった。
◇あとがき
今回の表現について
真白の家族は、作者の一家をモデルに描いています。
真白の兄の言動は、作者の兄をモデルに作っています(実際の兄は、詩子と言う『他人』がいる状況であのような言動をする人間ではありませんが)。
あの悪辣さをどう表現しようか考えた結果、何も配慮せずにストレートに描くのが一番だと考え、今回の描写になりました。
ちなみに、作者はマジモンの発達障害者ですが、正斗の放った言葉は大体全部言われています。
傷付いた方もいるかもしれませんが、表現のひとつとしてどうか柔らかく見てください。
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