116 / 117
恋人編
第4話「未熟者ほど喧嘩が絶えない」 ②
しおりを挟む
真白の家族がいなくなった後。私と真白は、部屋の中で、気まずい雰囲気で過ごしていた。
会話がまったく無く、外を走る車の音と、互いの息遣いだけが部屋に響く。居心地の悪さはあったが、どうにも、心がささくれ立って、私は部屋から出る気になれなかった。
頭の中では、先の真白のお兄さんが放った言葉の数々がこだましていた。接着剤の付けられたガムのように頭から離れなくて、私はそれにますますイライラが募ってしまった。
――ああ、クソ。モヤモヤが止まらない。なんなんだよ、あの男。
と言うか。何よりも、一番最悪なのは、私の言いたい事を、何一つ言えなかったことだ。
あの男の調子に乗せられて、つい言いたい言葉が全て頭から抜け落ちてしまった。本当は、真白の父親にも、母親にも、ちゃんと言っておきたかったことがあったのに。
なんでこんなにもモヤモヤするのか。その理由は、明白だった。
私は、ちゃんとアイツらとけじめを付けられなかったのだ。だけど、今更どうしようもなくて、心が徐々に死んでいくのを感じる。
「――ごめん、詩子」
と、真白が突然に声を出した。この静寂な雰囲気を打ち壊してくれる声に、私はハッと顔を上げて、「いや、アンタが悪いわけじゃないし」と、ややぶっきらぼうな調子で返す。
「大体、なんなんだよアイツ。人の話も聞かねぇで、ガイジだのてんかんだの……! 言葉選びのモラルが終わってるんだよ! 何よりあの他人のこと見下して、自分が正しいって面してる所が死ぬほどムカつく! あそこまで会話が成り立たねぇ奴、始めてだわ、マジで……!」
「……兄貴は、なんと言うか……あんな感じなんだよ。人を怒らせる天才と言うか。ネットの世界でも一際クソを煮詰めたような人間しか言わない悪口を、平然と日常生活で使ってきやがるから」
真白は肩を落として、大きくため息を吐いた。彼の様子からして、どうやら日常的にあんな感じらしい。
なんと言うか、ああいう奴、マジでいるんだな。ツイ○ターのクソリプ位にしか存在しないと思っていたが。
「……アンタ、よくあんなのと一緒に生活できるね……」
「怒らせなければ、暴力も暴言も飛んでこないから。僕も部屋からあまり出ないし、関わることがないから、そこまで気にならないんだよ。まさか、詩子がいるのにああなるとは思わなかったけど」
真白はまたため息を吐いてうつむいた。そりゃあ、あんなことが起きれば、何度もこうなるのは仕方がない。
「……僕が君を家族に会わせたくなかったのは、こう言うことだったんだ。どう考えても厄介事になるのが目に見えてたから……」
「……私のこと、『知らない』って言ったのもそう言うことだったのか。……うわぁ、なんて言うか……」
本当に、言葉では表せない。あの家族は、あまりにも問題がありすぎだ。
あの状況で何もしようとしないばかりか、私を利用してその場から逃げ出そうとした父親。旦那がアレだとは言え、人前で大声で叱り付けたり、すぐに感情が爆発するヒステリックな母親。
そして何よりも、暴漢を絵に描いたような理不尽の塊である兄。
真白の一家は、まさしく、機能不全家族と言わざるを得なかった。むしろ、どうしてこんな崩壊した家族の中で、コイツと言うまともな人間が育ったのか、果てしなく疑問に思う。
「……あ、詩子」
と、私が色々と考えていると、真白が私に話しかけて来た。私は彼の方へと顔を向け、続きの言葉を聞く。
「その……ちょっと、言いたいことがあって」
「……なに?」
「詩子も、今日みたいなことは、もう、やめて欲しいんだ」
今日みたいなこと……? 私は真白の言葉が思い当たらず、少し目線を上に向けて、一日の出来事を思い浮かべる。
と、真白は私が思い至っていないことを察したらしく、「アポなしで来たこと」と、少し肩を落としながら言った。
「あ、ああ……。……それは、ごめん」
「うん。突然来られると、今日みたいなことになりかねないから。……今度から、気を付けて欲しい」
真白は私から目を逸らしながら、少しキツイ口調で言った。
――そりゃ、そうだよな。私は真白の言葉に頷いた。
そもそも、この出来事だって、私が軽率にコイツの家に来なければ起きなかった話だ。いつかは出会うこともあっただろうが、出会い方が違えば、この結果にはならなかっただろう。
恋人だし、半年も付き合っているんだし、まあいいか、と、少しラインを測り違えてしまった。私は自分の行いを恥じて、もう一度、「ごめんね、本当に」と謝罪した。
真白はただ一言、「うん。わかってくれれば、大丈夫」と優しく言ってくれた。私は少しだけ、彼の態度に心が落ち着くのを感じた。
「……やっぱり、詩子は凄いよね」
「え?」
「今みたいな時にさ。ちゃんと反省して、ちゃんと謝れるのって、意識していないと思うけど、本当は凄いことなんだよ。……僕の家族は、誰も出来ない」
私は真白の言葉で、「あっ、」と声を漏らした。
なんとなくその言葉で、私は彼の家庭環境を想像できてしまって、また目を逸らす。気まずい雰囲気がどんよりと流れて、また部屋に居づらくなってしまう。
「……ごめん、詩子。今日はもう、帰った方がいいと思う」
「……うん。そうする。……ごめんね、迷惑かけて」
「それは、こっちの台詞だよ。……遊びに来てくれたのに、本当にごめんね」
「いやいや。アンタのせいじゃないから。……そんじゃあ、また明日」
私はそう呟きながら、ゆっくりと立ち上がる。真白は「うん。また明日」と私に返す。
真白は、見送りには来なかった。こんな雰囲気なのだから仕方がないと、私も何も思わず、そのまま玄関から出ていく。
がらんと、私と真白の間の扉が、重々しく閉まった。
◇ ◇ ◇ ◇
――夜。詩子が帰ってから、僕は特にやることもなく、部屋の中で呆然としていた。
動画も、アニメも、漫画も、小説も、なにもする気が起きなかった。食事を取ろうと言う気も起きず、お腹がすいてぐるぐると音が鳴る中でも、僕は机の前に座り込んで、何の気無しにTwit○erをいじる。
と、そんなことをしていると。突然スマホのアラームが鳴り響き、何者かから電話がかかって来た。
画面に表示された名前は、『母親』だった。僕はため息を吐いてから、応答ボタンを押して、母親からの電話に出る。
『真白? 今日、どうだった?』
母さんは不安げな色の声で、僕にそう言ってきた。僕は重々しく、「別に、どうもしないよ」と返事をする。
『今日はごめんね、うるさくしちゃって。あの後、お兄ちゃんにも言っておいたから』
「別に、もういいよ。……それで、どうしたの?」
『あ……いや、どうも。ちょっと、心配だったから』
僕は母さんからの言葉でため息を吐いた。
理不尽なため息にも思えるかもしれない。だけど、僕は母さんに、「用がない時は電話をしないで欲しい」と以前に伝えていた。
理由は単純で、母さんからの電話は、とにかく長くなりがちなのだ。どれだけ短くても10分、長ければ2時間も電話で拘束されてしまう。
大学に入って一年目の頃は、それが毎日かかって来た。だから「いい加減にしろ」と、必要な時以外は電話を掛けないよう言いつけたのだ。
もっとも、今日の電話は、まあ、理解できるけど。僕は電話の向こうに、「それじゃあ、切るね?」とぶっきらぼうに伝える。
と、
『待って。話したいことがあるの』
母親は、そう言って僕を呼び止めた。僕は「なに?」と、面倒臭いなと言う雰囲気を醸しながら聞き返す。
『今日会った、あの子のことだけど』
ああ、やっぱりか。僕は殊更面倒臭いことになるぞと内心で呟いて、「詩子のこと?」と話しを促す。
『そうそう。……真白。悪いことは言わないから、あの子はやめておきなさい』
僕は母親の言葉を聞いて、思わず「はぁ?」と答えてしまった。
またか。またこの流れか。僕はため息を吐いてから、自分の母親にうんざりと言い返す。
「あのさ。なんでそんなこと言うの? 僕が誰と付き合うかなんて、僕の勝手だと思うけど」
『だって、あの子、明らかにおかしいじゃない。あの、なんか……ピンクにゴテゴテした服? とか。ちゃんとした人はあんな服着ないわよ』
「僕もその辺は確かに変だと思うけど、それ以上は何も思っていないよ。アイツの趣味なんだから、好きにさせればいいじゃないか」
『いくらなんでも趣味が悪いわよ。私、ああいう服着ている人見たことあるけど、大体変な人だったよ? もう本当、社会の常識が欠片も無いような。自分勝手だし、でも文句言われるとすぐに泣きじゃくるし』
「確かに大方あの格好の人ってそんな感じらしいけど、詩子は違うよ。アイツはちゃんと、真っ当な常識や感性を持ってるよ」
『いや。どう考えても変よ。だって、普通彼氏の親に説教しようなんて思う?』
僕は母親がかなり不機嫌なのを察して、思わず舌打ちをしてしまった。途端に母さんは、『なに、今の舌打ち?』と突っかかって来て、僕は「別に」と言い返す。
『あ、そう。大体ね、あんな20かそこらの若造が、人の親に盾突こうって言うのがおかしいじゃない。普通義理の親には敬意を示すものでしょ?』
「あのさぁ、母さん。ウチはそう言われても仕方ないことをしたでしょ? だから、言われてもしょうがないよ」
『は? なに? 私が間違ってるの?』
またこれだ。僕は母親の言い分にまた舌打ちをして、ハッキリと、「うん。今回は、こっちが悪い」と言い切った。
『ああ、そう。はいはい、ごめんなさい。でもね、それでもやっぱり、言い方って言う物があるでしょう?』
「いや、母さん。ごめんなさい、じゃなくてさ」
『なに? ごめんなさいじゃなくてなんなの?』
「いやだから。それこそ、言い方だって。思ってないでしょ、絶対。ごめんって」
『思ってるわよちゃんと。私はその上で、あの態度はなんなの、って言っているんであって」
僕は母親の言い分にまたため息を吐いた。
本当に、いつもいつも、すぐこれだ。父さんが話を逸らすとすぐにツッコミを入れる癖に、やっていることは自分も変わりない。
謝ったのだからそれでいいだろう、と、不良の中学生と同じ感性でいる。だから反省もしないし、改善しようとも思っていない。そしてまた同じことを繰り返す。
こうなった時のパターンは、大体同じだ。そんなことは、わかっているけど。
「母さん、あのね。詩子は真っ当な事を言っていたよ。アレは全部兄貴が悪いでしょ」
『お兄ちゃんが悪いのはそうだけど。でも、私にまで突っかかろうとしてたじゃない、あの子。あの状況で、なんでそんなことしようって思うの?』
「いやだから。詩子だって思うことがあったんだよ。アイツ、割と言いたいことはハッキリ言うタイプだから」
『彼氏の親なんだから、もうちょっと遠慮しなさいよ。そういう常識がない時点で、あの子はヤバいよ。どうせ家の事とか、何もしていないんでしょ?』
……あー。それは、確かに。僕は母親からの指摘に、そのまま「あー、まあ、そうだろうけど」と受け答えてしまった。
『え? ……あの子の家、行ったことあるの?』
「え? ……ま、まあ、あるけど。いや、何もしてないからね?」
『そう言う話じゃなくて。どうだったの、部屋とか?』
うわぁ。僕は、親が尋問モードに入ったことに辟易として、肩を落とした。
面倒臭いな。僕はその思いを心の内にしまいつつ、「いや。まあ、確かに、綺麗じゃなかったけどさ」と、親からの言葉に素直に受け答えてしまう。
『……ちょっと、真白。アンタ、あの子に伝えておきなさい。来週、またそっち行くって』
「は? え、なんで?」
『いいから。それじゃあ、お願いね』
「は? え、はぁ!? ちょっと、待って!」
僕は呼びかけたが、すぐに電話がぷつりと切れてしまった。
――うっわ。僕は苦々しく顔を歪めて、「どうしようかな」と呟いた。
会話がまったく無く、外を走る車の音と、互いの息遣いだけが部屋に響く。居心地の悪さはあったが、どうにも、心がささくれ立って、私は部屋から出る気になれなかった。
頭の中では、先の真白のお兄さんが放った言葉の数々がこだましていた。接着剤の付けられたガムのように頭から離れなくて、私はそれにますますイライラが募ってしまった。
――ああ、クソ。モヤモヤが止まらない。なんなんだよ、あの男。
と言うか。何よりも、一番最悪なのは、私の言いたい事を、何一つ言えなかったことだ。
あの男の調子に乗せられて、つい言いたい言葉が全て頭から抜け落ちてしまった。本当は、真白の父親にも、母親にも、ちゃんと言っておきたかったことがあったのに。
なんでこんなにもモヤモヤするのか。その理由は、明白だった。
私は、ちゃんとアイツらとけじめを付けられなかったのだ。だけど、今更どうしようもなくて、心が徐々に死んでいくのを感じる。
「――ごめん、詩子」
と、真白が突然に声を出した。この静寂な雰囲気を打ち壊してくれる声に、私はハッと顔を上げて、「いや、アンタが悪いわけじゃないし」と、ややぶっきらぼうな調子で返す。
「大体、なんなんだよアイツ。人の話も聞かねぇで、ガイジだのてんかんだの……! 言葉選びのモラルが終わってるんだよ! 何よりあの他人のこと見下して、自分が正しいって面してる所が死ぬほどムカつく! あそこまで会話が成り立たねぇ奴、始めてだわ、マジで……!」
「……兄貴は、なんと言うか……あんな感じなんだよ。人を怒らせる天才と言うか。ネットの世界でも一際クソを煮詰めたような人間しか言わない悪口を、平然と日常生活で使ってきやがるから」
真白は肩を落として、大きくため息を吐いた。彼の様子からして、どうやら日常的にあんな感じらしい。
なんと言うか、ああいう奴、マジでいるんだな。ツイ○ターのクソリプ位にしか存在しないと思っていたが。
「……アンタ、よくあんなのと一緒に生活できるね……」
「怒らせなければ、暴力も暴言も飛んでこないから。僕も部屋からあまり出ないし、関わることがないから、そこまで気にならないんだよ。まさか、詩子がいるのにああなるとは思わなかったけど」
真白はまたため息を吐いてうつむいた。そりゃあ、あんなことが起きれば、何度もこうなるのは仕方がない。
「……僕が君を家族に会わせたくなかったのは、こう言うことだったんだ。どう考えても厄介事になるのが目に見えてたから……」
「……私のこと、『知らない』って言ったのもそう言うことだったのか。……うわぁ、なんて言うか……」
本当に、言葉では表せない。あの家族は、あまりにも問題がありすぎだ。
あの状況で何もしようとしないばかりか、私を利用してその場から逃げ出そうとした父親。旦那がアレだとは言え、人前で大声で叱り付けたり、すぐに感情が爆発するヒステリックな母親。
そして何よりも、暴漢を絵に描いたような理不尽の塊である兄。
真白の一家は、まさしく、機能不全家族と言わざるを得なかった。むしろ、どうしてこんな崩壊した家族の中で、コイツと言うまともな人間が育ったのか、果てしなく疑問に思う。
「……あ、詩子」
と、私が色々と考えていると、真白が私に話しかけて来た。私は彼の方へと顔を向け、続きの言葉を聞く。
「その……ちょっと、言いたいことがあって」
「……なに?」
「詩子も、今日みたいなことは、もう、やめて欲しいんだ」
今日みたいなこと……? 私は真白の言葉が思い当たらず、少し目線を上に向けて、一日の出来事を思い浮かべる。
と、真白は私が思い至っていないことを察したらしく、「アポなしで来たこと」と、少し肩を落としながら言った。
「あ、ああ……。……それは、ごめん」
「うん。突然来られると、今日みたいなことになりかねないから。……今度から、気を付けて欲しい」
真白は私から目を逸らしながら、少しキツイ口調で言った。
――そりゃ、そうだよな。私は真白の言葉に頷いた。
そもそも、この出来事だって、私が軽率にコイツの家に来なければ起きなかった話だ。いつかは出会うこともあっただろうが、出会い方が違えば、この結果にはならなかっただろう。
恋人だし、半年も付き合っているんだし、まあいいか、と、少しラインを測り違えてしまった。私は自分の行いを恥じて、もう一度、「ごめんね、本当に」と謝罪した。
真白はただ一言、「うん。わかってくれれば、大丈夫」と優しく言ってくれた。私は少しだけ、彼の態度に心が落ち着くのを感じた。
「……やっぱり、詩子は凄いよね」
「え?」
「今みたいな時にさ。ちゃんと反省して、ちゃんと謝れるのって、意識していないと思うけど、本当は凄いことなんだよ。……僕の家族は、誰も出来ない」
私は真白の言葉で、「あっ、」と声を漏らした。
なんとなくその言葉で、私は彼の家庭環境を想像できてしまって、また目を逸らす。気まずい雰囲気がどんよりと流れて、また部屋に居づらくなってしまう。
「……ごめん、詩子。今日はもう、帰った方がいいと思う」
「……うん。そうする。……ごめんね、迷惑かけて」
「それは、こっちの台詞だよ。……遊びに来てくれたのに、本当にごめんね」
「いやいや。アンタのせいじゃないから。……そんじゃあ、また明日」
私はそう呟きながら、ゆっくりと立ち上がる。真白は「うん。また明日」と私に返す。
真白は、見送りには来なかった。こんな雰囲気なのだから仕方がないと、私も何も思わず、そのまま玄関から出ていく。
がらんと、私と真白の間の扉が、重々しく閉まった。
◇ ◇ ◇ ◇
――夜。詩子が帰ってから、僕は特にやることもなく、部屋の中で呆然としていた。
動画も、アニメも、漫画も、小説も、なにもする気が起きなかった。食事を取ろうと言う気も起きず、お腹がすいてぐるぐると音が鳴る中でも、僕は机の前に座り込んで、何の気無しにTwit○erをいじる。
と、そんなことをしていると。突然スマホのアラームが鳴り響き、何者かから電話がかかって来た。
画面に表示された名前は、『母親』だった。僕はため息を吐いてから、応答ボタンを押して、母親からの電話に出る。
『真白? 今日、どうだった?』
母さんは不安げな色の声で、僕にそう言ってきた。僕は重々しく、「別に、どうもしないよ」と返事をする。
『今日はごめんね、うるさくしちゃって。あの後、お兄ちゃんにも言っておいたから』
「別に、もういいよ。……それで、どうしたの?」
『あ……いや、どうも。ちょっと、心配だったから』
僕は母さんからの言葉でため息を吐いた。
理不尽なため息にも思えるかもしれない。だけど、僕は母さんに、「用がない時は電話をしないで欲しい」と以前に伝えていた。
理由は単純で、母さんからの電話は、とにかく長くなりがちなのだ。どれだけ短くても10分、長ければ2時間も電話で拘束されてしまう。
大学に入って一年目の頃は、それが毎日かかって来た。だから「いい加減にしろ」と、必要な時以外は電話を掛けないよう言いつけたのだ。
もっとも、今日の電話は、まあ、理解できるけど。僕は電話の向こうに、「それじゃあ、切るね?」とぶっきらぼうに伝える。
と、
『待って。話したいことがあるの』
母親は、そう言って僕を呼び止めた。僕は「なに?」と、面倒臭いなと言う雰囲気を醸しながら聞き返す。
『今日会った、あの子のことだけど』
ああ、やっぱりか。僕は殊更面倒臭いことになるぞと内心で呟いて、「詩子のこと?」と話しを促す。
『そうそう。……真白。悪いことは言わないから、あの子はやめておきなさい』
僕は母親の言葉を聞いて、思わず「はぁ?」と答えてしまった。
またか。またこの流れか。僕はため息を吐いてから、自分の母親にうんざりと言い返す。
「あのさ。なんでそんなこと言うの? 僕が誰と付き合うかなんて、僕の勝手だと思うけど」
『だって、あの子、明らかにおかしいじゃない。あの、なんか……ピンクにゴテゴテした服? とか。ちゃんとした人はあんな服着ないわよ』
「僕もその辺は確かに変だと思うけど、それ以上は何も思っていないよ。アイツの趣味なんだから、好きにさせればいいじゃないか」
『いくらなんでも趣味が悪いわよ。私、ああいう服着ている人見たことあるけど、大体変な人だったよ? もう本当、社会の常識が欠片も無いような。自分勝手だし、でも文句言われるとすぐに泣きじゃくるし』
「確かに大方あの格好の人ってそんな感じらしいけど、詩子は違うよ。アイツはちゃんと、真っ当な常識や感性を持ってるよ」
『いや。どう考えても変よ。だって、普通彼氏の親に説教しようなんて思う?』
僕は母親がかなり不機嫌なのを察して、思わず舌打ちをしてしまった。途端に母さんは、『なに、今の舌打ち?』と突っかかって来て、僕は「別に」と言い返す。
『あ、そう。大体ね、あんな20かそこらの若造が、人の親に盾突こうって言うのがおかしいじゃない。普通義理の親には敬意を示すものでしょ?』
「あのさぁ、母さん。ウチはそう言われても仕方ないことをしたでしょ? だから、言われてもしょうがないよ」
『は? なに? 私が間違ってるの?』
またこれだ。僕は母親の言い分にまた舌打ちをして、ハッキリと、「うん。今回は、こっちが悪い」と言い切った。
『ああ、そう。はいはい、ごめんなさい。でもね、それでもやっぱり、言い方って言う物があるでしょう?』
「いや、母さん。ごめんなさい、じゃなくてさ」
『なに? ごめんなさいじゃなくてなんなの?』
「いやだから。それこそ、言い方だって。思ってないでしょ、絶対。ごめんって」
『思ってるわよちゃんと。私はその上で、あの態度はなんなの、って言っているんであって」
僕は母親の言い分にまたため息を吐いた。
本当に、いつもいつも、すぐこれだ。父さんが話を逸らすとすぐにツッコミを入れる癖に、やっていることは自分も変わりない。
謝ったのだからそれでいいだろう、と、不良の中学生と同じ感性でいる。だから反省もしないし、改善しようとも思っていない。そしてまた同じことを繰り返す。
こうなった時のパターンは、大体同じだ。そんなことは、わかっているけど。
「母さん、あのね。詩子は真っ当な事を言っていたよ。アレは全部兄貴が悪いでしょ」
『お兄ちゃんが悪いのはそうだけど。でも、私にまで突っかかろうとしてたじゃない、あの子。あの状況で、なんでそんなことしようって思うの?』
「いやだから。詩子だって思うことがあったんだよ。アイツ、割と言いたいことはハッキリ言うタイプだから」
『彼氏の親なんだから、もうちょっと遠慮しなさいよ。そういう常識がない時点で、あの子はヤバいよ。どうせ家の事とか、何もしていないんでしょ?』
……あー。それは、確かに。僕は母親からの指摘に、そのまま「あー、まあ、そうだろうけど」と受け答えてしまった。
『え? ……あの子の家、行ったことあるの?』
「え? ……ま、まあ、あるけど。いや、何もしてないからね?」
『そう言う話じゃなくて。どうだったの、部屋とか?』
うわぁ。僕は、親が尋問モードに入ったことに辟易として、肩を落とした。
面倒臭いな。僕はその思いを心の内にしまいつつ、「いや。まあ、確かに、綺麗じゃなかったけどさ」と、親からの言葉に素直に受け答えてしまう。
『……ちょっと、真白。アンタ、あの子に伝えておきなさい。来週、またそっち行くって』
「は? え、なんで?」
『いいから。それじゃあ、お願いね』
「は? え、はぁ!? ちょっと、待って!」
僕は呼びかけたが、すぐに電話がぷつりと切れてしまった。
――うっわ。僕は苦々しく顔を歪めて、「どうしようかな」と呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる