言霊の魔造師~低ランクパーティさえ追放された劣等の僕が、オリジナルの魔術で英雄になるまでの話~

オニオン太郎

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第7話『フィオナ・レインフォード 3』

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 その後、エルはフィオナに1週間もの間つきまとわれた。どうやら彼女はエル・ウィグリーという男に尊敬の念を抱いてしまったらしく、エルは向けられる期待と、彼女が持つ誇大したエル・ウィグリー像に疲弊する毎日を送っていた。


「エルさん、今日はどこで修行ですか! 私は今日もついて行きますよ!」


 ギルドの掲示板の前でフィオナがエルに鼻息を荒くして話しかけてくる。どことなく犬の尻尾が見えそうな気がする彼女にエルはため息をついてしまった。


「あの、えっと、フィオナさん。一応言うけど、僕は決してあなたの師匠じゃないんですよ? そんな、まるで弟子みたいに話されても……」

「いえ、もちろんそれは存じています! だから私、必死にあなたについて、あなたから学んで、力をつけてみせます! それに、エルさんはなんだかんだ力の使い方を教えようとしてくれますし!」


 ――本当は教えたくない、と思っているなんて知ったら彼女はどんな顔をするのだろうか。エルは内心で自分に毒を吐きながら、彼女の勢いに圧倒され、言いなりになる他なくなっていた。

 彼女はそれを謙虚と捉えてしまっているらしい。実際は自信がなく、ただただ周りに付き従っているだけだ。常に無能という立場にいつづけたエルは、自分の判断や言葉は全て間違ったものだという認識を持っていたのだ。


 ――と。


「おい、見ろよ。劣等同士がパーティー組んでるぜ」


 近くにいる冒険者が、自分を見てこそこそと話をしていた。


「まあ、お似合いってもんだろ。所詮雑魚は雑魚とつるむものさ」

「ちげーねーな。クックック……」


 ――不快、だ。ああした、蔑むような、嘲笑うような、そんな話し方と、あの目は。エルは話をする冒険者たちを見て禍々とした感情を抱いてしまう。

 ――だめだ、落ち着け。父さんが言っていただろ。他人を指差して笑うようなやつは、所詮格下だって。格下を相手にしてしまったら、その時点で僕も同類だって。

 エルはなんとか怒りを抑え、大きく深呼吸をした。気持ちが落ち着く、頭の中の熱が空気とともに吐き出されていくようだ。


「……エルさん」


 フィオナが話しかけてくる。エルはもう一度、大きく深呼吸をしてから、「どうか、しましたか?」と話しかけた。


「アイツら、エルさんのことバカにしてますよ。……その、良いのですか? ……あなたなら、やり返して、見返すことも出来ると思いますが」

「……気にしなくていいよ。あんなの、相手にしない方がいい」


 エルはなんとか平静を保ちながらフィオナに言った。フィオナは少し、納得していないような表情をしながら、「……はい」と小さく呟いた。


「さ、今日もクエストに行こう。……僕だって、この魔術をより研鑽したいんだ」


 そうしてエルは、Dランクの依頼書を掲示板から剥がした。


◇ ◇ ◇ ◇


 エルとフィオナは、再度グリムの森でフォレストラビットを相手に魔術の試し打ちをしていた。

 エルからしてみれば、もうフォレストラビットを相手に言霊の魔術を試すことにはあまり価値はない。しかし、未だ魔術を扱えていないフィオナがいる以上、下手に危険なモンスターを相手にすることはできない。エルはフィオナがひたすらに「壊れろ」と叫んでいるのを、黙って見ていた。


「……エ、エルさん……私はいつになったらこの魔術が使えるのですか?」

「え、えっと……その、魔力が体の中を流れる感覚を覚えたら、その後に進めるのだろうけど……きっとその段階で止まってるんです、よね」

「ふえぇ……だってだって、魔力ってそもそも人間の中には存在しないじゃないですか。それが体の中を流れる感覚……なんて言うけど、それしようと思ったら共鳴で魔力を借りてこないといけないじゃないですか。なのに共鳴は使わないって、結構その、意味がわかんないって言うか、矛盾してると思うんですけど……」

「い、いや……そうじゃないんだ。えっと、なんて、言えば、いいのですかね。その、前提を疑わないといけないっていうか……」


 エルはつい遠回しな言い方をしてしまった。1週間、この説明は何度もしたのだが、どうしても「そもそも人間には魔力があるのだ」とは言い切れなかったのだ。

 なにせ自分の言葉は、前提を覆す言葉だ。そう易々と信じられるものではないし、受け入れられるものでもない。だとしたら説明をしようにも納得させられない。

 ならば、魔力が上手く扱える感覚を先に身につけさせるほうが良いのだろうが……。エルは考え込んでしまい、頭をガリガリと掻いた。


「え、えっと……きょ、共鳴の時にですね。ほら、体の中に、魔力が流れて、それで魔術が扱えますよね? それと根本的には、同じ、と言うか……」

「……やっぱり、共鳴ができないと使えないのですか?」

「い、いや、僕だって共鳴は苦手、ですし。だから、その、使えなくても、できると言えばできます。感覚を身につけるためのたとえ話と、言うか……」

「やっぱりかぁ。結局、共鳴の感覚があること前提なんですよね……」


 フィオナはそう言ってため息を吐いた。エルは彼女の言葉が疑問に思い、思わず追求してしまった。


「それ、ど、どういうことですか?」


 と。フィオナの表情が、露骨に曇った。彼女は風に揺れる髪をかきあげると、憂いの見える微笑みで、エルに言葉を返した。


「私――共鳴、できないんですよ。一切」

「えっ――」

「なんか、凄く稀なんですけど、いるらしいんですよ。世界には。――共鳴が、一切合切できない人。共鳴不全とか、そんな名前の病名まで付いてる。だから、みんなが共鳴で100の魔力を借りてこられるとしたら、私はそれが0なんです。0.1とかじゃなくて、0なんです。だから、共鳴の感覚って、どうしてもわかんないんですよね」

「――そんな、ことが」

「それを知ったのが、チェイン・アームズに入った後。勉強はできたから入ること自体、なんとかなったけど、それが明らかになった途端に除籍を言い渡されました。向いていないから、諦めろって。騎士になるよりも、普通に働いた方が幸せになれるって。
 ……そんな簡単に諦められるわけないでしょ。私はそれでも、夢を叶えたいの。
 だからあなたに付いてきた。共鳴の反応がない魔術――。もしもそれを使えるようになったら、私の人生は、大きく変わるかもしれない。……淡い期待でも、縋るしかなかったんです」


 エルは何も言えなくなった。その姿に、無意識に自分を重ねてしまったからだ。

 いや。彼女の場合は自分よりも恵まれていない。自分はわずかではあるが共鳴ができたのだ。彼女の場合はそれがそもそも、根本的にできない。
 この歳で、どれだけの挫折を経験したのだろうか。エルはそう思うと、安易に何かを言う気には、なれなかった。


「あー、あー! 辛気臭くなっちゃった。ダメ、これじゃあ未来も切り開けないわ。行きましょう、エルさん! ……私、頑張りますので!」


 彼女は本当に朗らかに笑った。大丈夫、この先にもきっと何かがある、頑張れば、頑張れば何かがあるのだ、と。

 ――ダメだ。その先へは、行っちゃいけない。エルは心の中で叫び――しかし、それが声に出ることはなかった。
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