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第29話『リネアとフィオナ 1』
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「ねえ、リネア」
フィオナは女子寮の管理人から与えられた部屋の中で、隣に座るリネアへと声をかけた。
ふかふかとした上質なベッドに座っているリネアは、同じくベッドに座ったフィオナに「なに?」と聞き返す。フィオナはすると、何も無い部屋の中で、管理人から受け取ったおもちゃで遊ぶ少女、フィリアを見つめ呟いた。
「エルさんたちが言っていた事情って、なんだろう」
「…………わかんない。わかんないから、今はそれについて考えたって仕方ないわよ。こういう時は黙って指示を待つ。私は師匠からそう教わったわ」
「そっか。……けど、どうしても気になるの。だって、リネアも攻撃を受けたでしょ?
凄い怖かった。あんな魔術見たことない。……いや、正確にはアレも、きっと魔術じゃないけど。とにかく、もしもエルさんがいなかったら、私たちは間違いなく全滅していた。今頃は死んでいるか、人攫いのアジトに連れ去られているか。……もしもエルさんたちが、あんな奴らとまた戦うことになったらって、考えると」
フィオナは不安を醸しうつむく。リネアが「フィオナ……」と小さく呟いた後、彼女の肩に手を置き、天井へと目を移した。
「大丈夫。そうなったらきっと、師匠もいる。あの人ならきっと、えっと……エル、さん? も、守ってくれるよ」
「……そう、ね。師匠は……確かに、強いよ。精神力もケタ違い。だけど、私……」
フィオナはそう言い、そして脳裏にあの仮面を外した男の表情を思い浮かべた。
今思い出しても背筋が凍るようだ。恐怖で全身の力がなくなる、吐き気が喉をせり上がり嗚咽する。リネアが「大丈夫、フィオナ!?」と肩に手を触れる。フィオナは「大丈夫」と呟いて、気を落ち着けた。
「…………とにかく、今回の件は侮っちゃダメなの。師匠がどれだけ強くたって、エルさんがどれだけ頼りになったって、安心しちゃダメ。……なんとなく、そんな気がするわ」
「……フィオナ……」
「リネア。……私、やっぱり怖いよ。あんなこと、もう、たくさん……」
フィオナは人攫いに襲われた時の記憶を思い起こした。
あと一歩、あと一歩で純潔を散らすところだった。男の悪意に満ちた表情が、頭蓋の中から自分の脳を圧迫し、破壊していくようだった。
……けれども。なんで今、あの時のことを思い出すのだろう? フィオナはふと、そんな疑問を持った。
「――フィオナ」
と。リネアが立ち上がり、そして自分に手を差し出した。
「訓練所、行きましょう。それで、1回運動しようよ。
ずっとモヤモヤが消えない時は、いっそ暴れてスッキリする。そっちの方が、気持ちが楽になるよ?」
「…………うん、そうね。そう、しようか」
どうにも結論の出ない考えが脳を侵し。フィオナはそれから逃れるために、リネアの手を取り立ち上がった。
◇ ◇ ◇ ◇
「っっはあああああああ!!!!!!」
リネアが叫び、縄の結ばれた柱を木刀で叩く。フィオナはそれを感嘆とした眼差しで眺めていた。
やっぱり、リネアは凄い。魔術もそうなのだが、リネアは武術に関しても一級品の力を持っている。
武術は魔術の添え物と言われてはいるが、だからと言って実力に関わっていないわけではない。大概、特にこのエンチャントの魔術に関しては、魔術に優れた者は武術にも優れている。
柱を叩いた瞬間の大きな音が辺りへ響く。巨大な波が周囲を薙ぎ倒すような迫力がフィオナを襲った。
「す……すごい、あのお姉ちゃん……」
と、自分も行きたい、と言って訓練場までついてきたフィリアが体を震わせて呟いた。剣を振るう時の迫力に気圧されたようだ、しかしその表情は、恐怖というより羨望の眼差しの方が強い。
「すごいよね。リネアはね、師匠の下で指導を受けている子たちの中でも一番強いんだよ。勉強もできて戦闘も強くて、努力家で性格も良くてしかもかわいい。本当、羨ましいこと限りないよ」
「お姉ちゃんと、あのお姉ちゃんは友達なの?」
「うん。友達……というより、親友ね。ライバル、でもいいかな。まあ、差は圧倒的だけどね」
「……お姉ちゃんより、あの人の方が強いの?」
「――うん。悔しいけど、リネアの方が私より、何倍も凄い。正直、嫉妬しちゃうし、うらめしくも思うよ。けど――それでもやっぱり、リネアはリネアなんだなって思うよ」
「……? よくわかんないや」
「複雑な心模様って奴だよ。まあ、君も少し年をとるとわかるよ」
フィリアが首を傾げる。
まあ、わかんないよね。フィオナは心の中で呟き、肩を落として微笑んだ。
「ね、フィオナ」
フィオナは突然の声にリネアの方を向き、「どうしたの?」と肩を竦める。リネアは息を切らし汗の浮かんだ笑みをこちらへ向けると、木刀の剣先を突きつけた。
「あんたさ、魔術が使えるようになったって言ってたよね? ――ちょっと、見せてみてよ」
「……え? でもリネア、私たしか、あの戦いの最中に使ってたよ?」
「あー……ほら、私あの時死にかけだったから。覚えてないんだ。ねえ、見せてよ、ちょっと。成長したって言う私の親友を、ちょっと見てみたいんだ」
リネアが笑った。フィオナはほんの少しだけ間を開けた後、口の端を上げて「うん!」と明るい声を出した。
「えっと、じゃあ、空打ちだけど……」
そしてフィオナは腰に挿した剣を抜き、そして目を閉じて小さく呟き出した。
「『――風よ、唸りを上げて舞い上がれ。ライジング・ストーム!!』」
そしてフィオナは下段に構えた剣を振り上げた。瞬間に渦を巻いた風圧が空へと駆け上がっていき、周囲にある土や埃を巻き上げ消えていく。
「っとと、こんな感じだよ。まあ今のはちょっと適当だったけど」
「えっ――ほ、本当に魔術じゃん。す、すごいよフィオナ! どうやって共鳴を克服したの!?」
「あはは、克服した――とは言えないかな。別の方法を見つけたんだ。エルさんが、教えてくれた。それを私が色々試して、今の技を会得したんだ。えへへ、凄いでしょ!」
「うん、凄いよ。――本当に、うん」
――あれ? フィオナは瞬間、リネアの笑顔に違和感を覚えた。
なんでだろう。笑っているのに、笑っていないみたいだ。過ぎ去る風のような直感は、彼女の中に黒い塵を積もらせた。
「す、すごいすごい!」
しかし、そんな刹那的な感情も、次いで聞こえた声に掻き消されてしまった。フィオナの使った魔術を見たフィリアが目を輝かせて大層興奮した様子でぴょんぴょんと跳ねていたのだ。
「お姉ちゃん、今のすっごいかっこよかった! なんていうか、こう、ぶわーってなって、強そうだった!」
「……ありがと、フィリアちゃん。んふふ、そう言われるとなんだか、強くなれた気がするわね!」
フィオナは鼻高々と言った感じで胸を張った。
ふと、フィオナはリネアのことが気になり、彼女の方を向く。リネアは変わりなく、ニコニコとしながらこちらを見つめていた。
「――リネア」
フィオナはそして微笑み、彼女にゆっくりと手を伸ばした。
「あのね、よかったらだけど……また、一緒に手合わせしようよ。私が今、どれだけ成長したか確かめたいんだ。……リネアとの差が、どれくらいなのか……」
フィオナが笑う。リネアはニコニコとした表情を変えることなく。
「…………ごめんね、フィオナ。実はちょっと、私、疲れてて。ほら、今日は色々と大変だったから」
フィオナは少し彼女の表情を怪しく思った。
――なんでだろう。なぜか、やっぱり、笑っていない。しかしフィオナがその表情の意図を読む前に、リネアは「それじゃあ、私、ちょっと休んでくるね」と言って歩き始めた。
「――あ、」
フィオナはどういうわけか彼女から発せられる圧に気圧され声が出せなくなった。
なんとも言えない奇妙な不快感だけが残り。フィオナは、ゆっくりと歩き去るリネアを見つめていた。
フィオナは女子寮の管理人から与えられた部屋の中で、隣に座るリネアへと声をかけた。
ふかふかとした上質なベッドに座っているリネアは、同じくベッドに座ったフィオナに「なに?」と聞き返す。フィオナはすると、何も無い部屋の中で、管理人から受け取ったおもちゃで遊ぶ少女、フィリアを見つめ呟いた。
「エルさんたちが言っていた事情って、なんだろう」
「…………わかんない。わかんないから、今はそれについて考えたって仕方ないわよ。こういう時は黙って指示を待つ。私は師匠からそう教わったわ」
「そっか。……けど、どうしても気になるの。だって、リネアも攻撃を受けたでしょ?
凄い怖かった。あんな魔術見たことない。……いや、正確にはアレも、きっと魔術じゃないけど。とにかく、もしもエルさんがいなかったら、私たちは間違いなく全滅していた。今頃は死んでいるか、人攫いのアジトに連れ去られているか。……もしもエルさんたちが、あんな奴らとまた戦うことになったらって、考えると」
フィオナは不安を醸しうつむく。リネアが「フィオナ……」と小さく呟いた後、彼女の肩に手を置き、天井へと目を移した。
「大丈夫。そうなったらきっと、師匠もいる。あの人ならきっと、えっと……エル、さん? も、守ってくれるよ」
「……そう、ね。師匠は……確かに、強いよ。精神力もケタ違い。だけど、私……」
フィオナはそう言い、そして脳裏にあの仮面を外した男の表情を思い浮かべた。
今思い出しても背筋が凍るようだ。恐怖で全身の力がなくなる、吐き気が喉をせり上がり嗚咽する。リネアが「大丈夫、フィオナ!?」と肩に手を触れる。フィオナは「大丈夫」と呟いて、気を落ち着けた。
「…………とにかく、今回の件は侮っちゃダメなの。師匠がどれだけ強くたって、エルさんがどれだけ頼りになったって、安心しちゃダメ。……なんとなく、そんな気がするわ」
「……フィオナ……」
「リネア。……私、やっぱり怖いよ。あんなこと、もう、たくさん……」
フィオナは人攫いに襲われた時の記憶を思い起こした。
あと一歩、あと一歩で純潔を散らすところだった。男の悪意に満ちた表情が、頭蓋の中から自分の脳を圧迫し、破壊していくようだった。
……けれども。なんで今、あの時のことを思い出すのだろう? フィオナはふと、そんな疑問を持った。
「――フィオナ」
と。リネアが立ち上がり、そして自分に手を差し出した。
「訓練所、行きましょう。それで、1回運動しようよ。
ずっとモヤモヤが消えない時は、いっそ暴れてスッキリする。そっちの方が、気持ちが楽になるよ?」
「…………うん、そうね。そう、しようか」
どうにも結論の出ない考えが脳を侵し。フィオナはそれから逃れるために、リネアの手を取り立ち上がった。
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「っっはあああああああ!!!!!!」
リネアが叫び、縄の結ばれた柱を木刀で叩く。フィオナはそれを感嘆とした眼差しで眺めていた。
やっぱり、リネアは凄い。魔術もそうなのだが、リネアは武術に関しても一級品の力を持っている。
武術は魔術の添え物と言われてはいるが、だからと言って実力に関わっていないわけではない。大概、特にこのエンチャントの魔術に関しては、魔術に優れた者は武術にも優れている。
柱を叩いた瞬間の大きな音が辺りへ響く。巨大な波が周囲を薙ぎ倒すような迫力がフィオナを襲った。
「す……すごい、あのお姉ちゃん……」
と、自分も行きたい、と言って訓練場までついてきたフィリアが体を震わせて呟いた。剣を振るう時の迫力に気圧されたようだ、しかしその表情は、恐怖というより羨望の眼差しの方が強い。
「すごいよね。リネアはね、師匠の下で指導を受けている子たちの中でも一番強いんだよ。勉強もできて戦闘も強くて、努力家で性格も良くてしかもかわいい。本当、羨ましいこと限りないよ」
「お姉ちゃんと、あのお姉ちゃんは友達なの?」
「うん。友達……というより、親友ね。ライバル、でもいいかな。まあ、差は圧倒的だけどね」
「……お姉ちゃんより、あの人の方が強いの?」
「――うん。悔しいけど、リネアの方が私より、何倍も凄い。正直、嫉妬しちゃうし、うらめしくも思うよ。けど――それでもやっぱり、リネアはリネアなんだなって思うよ」
「……? よくわかんないや」
「複雑な心模様って奴だよ。まあ、君も少し年をとるとわかるよ」
フィリアが首を傾げる。
まあ、わかんないよね。フィオナは心の中で呟き、肩を落として微笑んだ。
「ね、フィオナ」
フィオナは突然の声にリネアの方を向き、「どうしたの?」と肩を竦める。リネアは息を切らし汗の浮かんだ笑みをこちらへ向けると、木刀の剣先を突きつけた。
「あんたさ、魔術が使えるようになったって言ってたよね? ――ちょっと、見せてみてよ」
「……え? でもリネア、私たしか、あの戦いの最中に使ってたよ?」
「あー……ほら、私あの時死にかけだったから。覚えてないんだ。ねえ、見せてよ、ちょっと。成長したって言う私の親友を、ちょっと見てみたいんだ」
リネアが笑った。フィオナはほんの少しだけ間を開けた後、口の端を上げて「うん!」と明るい声を出した。
「えっと、じゃあ、空打ちだけど……」
そしてフィオナは腰に挿した剣を抜き、そして目を閉じて小さく呟き出した。
「『――風よ、唸りを上げて舞い上がれ。ライジング・ストーム!!』」
そしてフィオナは下段に構えた剣を振り上げた。瞬間に渦を巻いた風圧が空へと駆け上がっていき、周囲にある土や埃を巻き上げ消えていく。
「っとと、こんな感じだよ。まあ今のはちょっと適当だったけど」
「えっ――ほ、本当に魔術じゃん。す、すごいよフィオナ! どうやって共鳴を克服したの!?」
「あはは、克服した――とは言えないかな。別の方法を見つけたんだ。エルさんが、教えてくれた。それを私が色々試して、今の技を会得したんだ。えへへ、凄いでしょ!」
「うん、凄いよ。――本当に、うん」
――あれ? フィオナは瞬間、リネアの笑顔に違和感を覚えた。
なんでだろう。笑っているのに、笑っていないみたいだ。過ぎ去る風のような直感は、彼女の中に黒い塵を積もらせた。
「す、すごいすごい!」
しかし、そんな刹那的な感情も、次いで聞こえた声に掻き消されてしまった。フィオナの使った魔術を見たフィリアが目を輝かせて大層興奮した様子でぴょんぴょんと跳ねていたのだ。
「お姉ちゃん、今のすっごいかっこよかった! なんていうか、こう、ぶわーってなって、強そうだった!」
「……ありがと、フィリアちゃん。んふふ、そう言われるとなんだか、強くなれた気がするわね!」
フィオナは鼻高々と言った感じで胸を張った。
ふと、フィオナはリネアのことが気になり、彼女の方を向く。リネアは変わりなく、ニコニコとしながらこちらを見つめていた。
「――リネア」
フィオナはそして微笑み、彼女にゆっくりと手を伸ばした。
「あのね、よかったらだけど……また、一緒に手合わせしようよ。私が今、どれだけ成長したか確かめたいんだ。……リネアとの差が、どれくらいなのか……」
フィオナが笑う。リネアはニコニコとした表情を変えることなく。
「…………ごめんね、フィオナ。実はちょっと、私、疲れてて。ほら、今日は色々と大変だったから」
フィオナは少し彼女の表情を怪しく思った。
――なんでだろう。なぜか、やっぱり、笑っていない。しかしフィオナがその表情の意図を読む前に、リネアは「それじゃあ、私、ちょっと休んでくるね」と言って歩き始めた。
「――あ、」
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