6 / 21
あいつは……
しおりを挟む
授業終了の鐘が鳴ると同時、俺はラキアの元へと寄ろうとした。
ラキアは既に弁当箱を取り出し、教室から出ようとしている。ここで話しかけられなかったら、しばらくチャンスが無くなるだろう。
「ラキア……」
呼びかけた瞬間に、俺の前に何人かの生徒が集まってきた。まあ、肌の色が赤かったり、角が生えていたりと明らかに人外だ。
「なあ、お前なんでこんな場所にいんの?」
「人間のくせに魔界にいられるってどーいうことだよ?」
ぶいぶいと質問攻めしてくるなこいつら。俺が困り果てると、教師が「やめなさい、あなたたち」と会話に割って入ってきてくれた。
「この人は、少し事情があってここにいるのだよ。なに、あの人間達とは全く違う、いわば無害な人間だ。何もしてこない人を無闇に攻撃してはいけないと、お母さんから教わらなかったのかい?」
「……先生がそういうなら仕方ないよな」
生徒達はそう言うと各々の席へと戻り始めた。
俺はそれを確認すると、ラキアがどこに行ったのかを探し始める。
――まあ、もう教室にはいないよな、そりゃ。俺はどんよりと肩を落とした。
「……あなたが、カツヒトさんですね? 話は伺っています。私はユキアスと言います。以後、お見知りおきを」
「あ、ああ、どうも……」
こいつ、案外と物腰が柔らかいな。ゴミみたいな目は俺の勘違いなのだろうか?
……いや、勘違いじゃない。こいつ、物腰柔らかなのは確かだが、その実内心では人を見下してやがる。俺はユキアスの恐ろしさに背筋が凍った。
「……ラキアさんの保護者でしょうか?」
「あ? ……ま、まあ、今回は一応、そうなるっすね」
「ふむ……。少し、外しませんかね? 話したいことがあります」
ユキアスはそう言うと、教室から出ようとドアに向かって歩き始めた。俺は「ちょ」と慌てながら、その後ろを追い、廊下へと飛び出た。
木で作られた床を歩き、ギシギシという音をその身で感じる。やがて、人目につかなそうな静かな教室の前まで来ると、ユキアスはため息をつきながら語り始めた。
「正直な話、ラキアさんには困っています」
な、何を言い出すんだ突然こいつは?
「今回の私の授業を見てわかったと思いますが、彼女は成績が悪いです。勉学だけではありません、武術も魔術も、何もかもが悪いです。はっきりと言えば落ちこぼれ……このままでは、将来さえ怪しいです」
「おいおい待てよ、なんであいつのことに俺が関係するんっすか? 事情もよくわかんねーうちの話なのに、どうかしてるって」
「今日はあなたが保護者です。……魔王様は忙しく、このような話ができません。ですので、代わりに伝えてもらえれば、と」
「……意味わかんねー。まあ、いいけど」
「それでは、話の続きをさせてもらいますが……。私が気になるのは、あの子、家でどれだけ勉強をしているのでしょうか?」
俺は「あ?」と返してしまった。
質問の意味はわかる。あいつが頑張ってないからこうなってるんだ、だから頑張らせろ。俺は、昔腐るほど聞いてきたその言葉が予見できた瞬間、大きく嘆息した。
「あのな、先生。俺はあいつのこと、わからねーけど……勉強は、しっかりやってたっすよ? 昨日だって、ずっとノートにかじりついてたし」
「あなたはつきっきりで彼女が勉強している様を見たのでしょうか?」
「いや、見てねーっすけど……」
「なら、わからないわけですね」
結局その結論に行くんなら、質問なんてすんじゃねーよ。俺は不機嫌に頭をかいた。
「私はですね、あの子に力が無いのは大した事をしていないからだと思ってるのですよ。魔王の娘だというのに、そのプレッシャーも理解せず、ただ遊んでいるだけ。魔王様を貶す訳ではありませんが、正直、それを放っておく彼も私はどうかと思います。今こうしてあなたに迷惑をかけているのも、元をたどれば――」
「黙れよ」
俺は反射的にそう答えていた。
「何が『わからないわけ』だよ。てめぇ、あいつが昨日どんだけ予習で頭悩ませてたか知ってんのかよ? なにが『わかってない』だ、てめぇの方はたったそれだけもわかってねぇじゃねーか。文字通り何も知らねー癖に、適当な考え押し付けんじゃねーよ!」
声はいつの間にか大きくなっていた。荒く、威嚇するように凄んだ声。それがどれだけしょぼくれてるかはわかってるが、だからと言って叫ばずにはいられなかった。
ユキアスはしばらく俺を睨みつけ、大きく嘆息して肩を落とした。
「まったく、やっぱりですね。頭の悪い人には、頭の悪い人が集まる。これはこの世の真理ですね」
「あ?」
「バカにはなりたくないと言ってるのですよ、私は。ラキアさんもそうですが、あなたも大層なバカです。見ていて反吐が出ます。もっと私や、私の娘のように、聡明に過ごしていただきたいですね」
「てめぇの娘ってのは、あのエリーナとか言うクソガキか?」
「人の娘をクソガキ扱いですか。これは、教育がなってませんね。あなたは特に敬語もおかしいですし」
「はっ! ガキ使ってマウント取りに行くようなクズに言われる筋合いはねーよ」
「マウント?」
「ああ。ラキアが答えられなかった問題を、てめー、エリーナに答えさせてたろ。ようは、俺の娘の方がすげーんだって見せつけてるってことだろ?
ラキアの何が気に入らなくてんなことしてるかは知らねーけどよ。てめぇの素晴らしい教育を自慢したけりゃ、もっと別の方法でやりな」
俺は思ったことを全て言い切った。と……
「く、ふふふ……」
突然ユキアスは吹き出し、終いには「はっはっは!」と大声をあげ笑い出した。
「何を言い出すかと思えば、まったく見当違いなことを。あなたの空想を吐露して満足ですか、そうですか。
あれは純粋にたまたま、そうなっただけですよ。私も意図していないところでした、不快にさせたのなら謝ります。
しかし、いささか心外ですね。私が他人より優位に立つためにあんなことをした、そんなふうに受け取られるのは。あなた――ひねくれた目をしてますね?」
うるせぇよ。俺は大きく舌打ちをすると、ユキアスに背を向け歩き出した。
「どこへ行くのです?」
「てめぇと話をすんのは嫌なんだよ。じゃあな、俺はもう帰る」
「おや? 言い返せないからですかね?」
「ガキのお守りに付き合ってる暇はねーっつってんだ」
歩き、歩き、歩く。何歩か足を踏み出したところで、俺は「おい!」とユキアスを振り返り、奴を睨みつけた。
「ラキアはてめぇが思ってるような奴じゃねぇ。結果も出す! ……そんじゃあな」
俺は頭をかいて、イライラしながら歩き出す。
後ろからユキアスが吹き出す声が聞こえた気がした。俺は一度舌打ちすると、「クソ」と小さく呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
結局ラキアは見つからず、俺は自分の部屋へと帰宅した。
一度大きく息を吐いてからベッドを思い切り殴る。
全くない手応えと、しょぼくれた「ボスン」という音。俺は、この怒りは収まらないと悟り、自暴自棄になったようにベッドに寝転がった。
何にイライラしているのかと言われたら、あいつのムカつく面だと答える。ただ、なんでイライラしているのかと聞かれたら、俺はなぜかわからなかった。
ラキアのことを馬鹿にされたから? だとしたら変だ。あいつはムカつくクソガキで、あいつがどんな生活をしていようが、例え劣等感に支配されていようが、俺には関係ないからだ。だが、俺はそれでも、ユキアスのラキアへの言葉が許せなかった。
ちくしょう。わけがわからねぇ。俺は頭をガリガリかいて、「あー!」と悶えていた。
「……ああ、魔王の奴にあの話、伝えねーとな……。ったく、娘をバカにされたなんてどう言やいいんだよ……」
俺は大きく息を吐きながら立ち上がる。とぼとぼと歩きながら、俺は魔王がいるであろう部屋にまで向かった。
魔王の部屋は一言で言えば「執務室」だ。広い空間の中心に、大きくて豪奢でご立派な机と椅子があって、書き作業はここでやってるのだとわかった。その傍らには、1つの小さな机があり、その前後に小さな椅子が置いてある。来客用か?
魔王はあの悪魔かなにかみたいな顔には明らかに不釣り合いな、小さな銀縁メガネをかけて、机で作業をしていた。その姿はなかなかおかしかったが、俺は今、笑える気がしなかった。
「ぬ? カツヒトではないか。むぐぅ……今日は貴様が来ると思っていたから、普段は着けぬメガネを着け、笑いを取ろうと思ったのだが……」
それネタだったのかよ。俺はあまりのくだらなさに肩を落とした。
「むぅ。鼻ヒゲメガネの方が良かったみたいだ。まあ良い。
それで、カツヒト。ラキアの様子はどうだった?」
俺はそれを聞かれて、一度大きくため息をついた。
「――それが、よ」
俺は、ユキアスから言われた事を余すことなく伝えた。魔王はそれにただ頷くだけで、最後まで、質問の一つもせずに聞ききった。
「……と、いうわけだ。正直、話したくなかった。娘がディスられてんのを見るのは嫌だと思うからよ」
だが、話さなかったからと言ってそれで問題が解決するわけじゃない。
結局、ラキアの問題ということで終わる話。あいつの問題なのだから、あいつに何とかしてもらうしかないのだ。俺はもう1度、深くため息をついた。
「――話は、よくわかった。むぐぅ、ラキアは毎日勉強に武術に魔術にと頑張っているのだが……しかし、何分成果が出ないのだよ」
「よくあることだ。頑張っても結果が出ないなんざ、俺がいた世界じゃざらだったぜ。……そりゃあもう、どんだけやっても、ちょっとした壁さえ乗り越えられないなんてな」
「ふむ? ……まあ、ラキアの話に戻すが――。
我はどうすればいいと思う?」
それを俺に聞くんじゃねーよ。俺は頭をかいた。
「簡単だろ。あいつの勉強とか、手伝ってやればいいんだよ。魔王なんだから、それくらいできるだろ?」
「いや……それは、ならん。ラキアは娘であり、次期魔王になるやもしれん。我が手を貸したのでは、あの子のためにならぬ。……壁というのは、自分で乗り越えるからこそ価値があるのだ」
「あ?」
俺は口を開けたまま閉じられなかった。こいつ、なんて言った?
「いやいや、おま、娘のことだぞ? 1人じゃどうにもできねー時に支えるのが親なんじゃねーのかよ? お前にはその力があるんだから、しっかりと――」
「力があるからこそ、ダメなのだ。我は……自分で言うのもなんだが、強大すぎる。そんな我が施しをすれば、壁を乗り越えるのも容易くなる。それでは、他の魔王候補にとって不平等だ。何よりラキアには、自分の力で壁を乗り越える強さを身につけてほしい。だから――我には、何もできぬ」
俺は呆れて物も言えなかった。魔界の連中ってのは、全員面倒な奴ばかりなのか?
俺は大きく嘆息すると、踵を返し、部屋の出口へと向かった。魔王が「カツヒト、どこへ行く?」と尋ねてくる。俺はそれに答えることなく、部屋を出て、扉を勢いよく閉めた。
ラキアは既に弁当箱を取り出し、教室から出ようとしている。ここで話しかけられなかったら、しばらくチャンスが無くなるだろう。
「ラキア……」
呼びかけた瞬間に、俺の前に何人かの生徒が集まってきた。まあ、肌の色が赤かったり、角が生えていたりと明らかに人外だ。
「なあ、お前なんでこんな場所にいんの?」
「人間のくせに魔界にいられるってどーいうことだよ?」
ぶいぶいと質問攻めしてくるなこいつら。俺が困り果てると、教師が「やめなさい、あなたたち」と会話に割って入ってきてくれた。
「この人は、少し事情があってここにいるのだよ。なに、あの人間達とは全く違う、いわば無害な人間だ。何もしてこない人を無闇に攻撃してはいけないと、お母さんから教わらなかったのかい?」
「……先生がそういうなら仕方ないよな」
生徒達はそう言うと各々の席へと戻り始めた。
俺はそれを確認すると、ラキアがどこに行ったのかを探し始める。
――まあ、もう教室にはいないよな、そりゃ。俺はどんよりと肩を落とした。
「……あなたが、カツヒトさんですね? 話は伺っています。私はユキアスと言います。以後、お見知りおきを」
「あ、ああ、どうも……」
こいつ、案外と物腰が柔らかいな。ゴミみたいな目は俺の勘違いなのだろうか?
……いや、勘違いじゃない。こいつ、物腰柔らかなのは確かだが、その実内心では人を見下してやがる。俺はユキアスの恐ろしさに背筋が凍った。
「……ラキアさんの保護者でしょうか?」
「あ? ……ま、まあ、今回は一応、そうなるっすね」
「ふむ……。少し、外しませんかね? 話したいことがあります」
ユキアスはそう言うと、教室から出ようとドアに向かって歩き始めた。俺は「ちょ」と慌てながら、その後ろを追い、廊下へと飛び出た。
木で作られた床を歩き、ギシギシという音をその身で感じる。やがて、人目につかなそうな静かな教室の前まで来ると、ユキアスはため息をつきながら語り始めた。
「正直な話、ラキアさんには困っています」
な、何を言い出すんだ突然こいつは?
「今回の私の授業を見てわかったと思いますが、彼女は成績が悪いです。勉学だけではありません、武術も魔術も、何もかもが悪いです。はっきりと言えば落ちこぼれ……このままでは、将来さえ怪しいです」
「おいおい待てよ、なんであいつのことに俺が関係するんっすか? 事情もよくわかんねーうちの話なのに、どうかしてるって」
「今日はあなたが保護者です。……魔王様は忙しく、このような話ができません。ですので、代わりに伝えてもらえれば、と」
「……意味わかんねー。まあ、いいけど」
「それでは、話の続きをさせてもらいますが……。私が気になるのは、あの子、家でどれだけ勉強をしているのでしょうか?」
俺は「あ?」と返してしまった。
質問の意味はわかる。あいつが頑張ってないからこうなってるんだ、だから頑張らせろ。俺は、昔腐るほど聞いてきたその言葉が予見できた瞬間、大きく嘆息した。
「あのな、先生。俺はあいつのこと、わからねーけど……勉強は、しっかりやってたっすよ? 昨日だって、ずっとノートにかじりついてたし」
「あなたはつきっきりで彼女が勉強している様を見たのでしょうか?」
「いや、見てねーっすけど……」
「なら、わからないわけですね」
結局その結論に行くんなら、質問なんてすんじゃねーよ。俺は不機嫌に頭をかいた。
「私はですね、あの子に力が無いのは大した事をしていないからだと思ってるのですよ。魔王の娘だというのに、そのプレッシャーも理解せず、ただ遊んでいるだけ。魔王様を貶す訳ではありませんが、正直、それを放っておく彼も私はどうかと思います。今こうしてあなたに迷惑をかけているのも、元をたどれば――」
「黙れよ」
俺は反射的にそう答えていた。
「何が『わからないわけ』だよ。てめぇ、あいつが昨日どんだけ予習で頭悩ませてたか知ってんのかよ? なにが『わかってない』だ、てめぇの方はたったそれだけもわかってねぇじゃねーか。文字通り何も知らねー癖に、適当な考え押し付けんじゃねーよ!」
声はいつの間にか大きくなっていた。荒く、威嚇するように凄んだ声。それがどれだけしょぼくれてるかはわかってるが、だからと言って叫ばずにはいられなかった。
ユキアスはしばらく俺を睨みつけ、大きく嘆息して肩を落とした。
「まったく、やっぱりですね。頭の悪い人には、頭の悪い人が集まる。これはこの世の真理ですね」
「あ?」
「バカにはなりたくないと言ってるのですよ、私は。ラキアさんもそうですが、あなたも大層なバカです。見ていて反吐が出ます。もっと私や、私の娘のように、聡明に過ごしていただきたいですね」
「てめぇの娘ってのは、あのエリーナとか言うクソガキか?」
「人の娘をクソガキ扱いですか。これは、教育がなってませんね。あなたは特に敬語もおかしいですし」
「はっ! ガキ使ってマウント取りに行くようなクズに言われる筋合いはねーよ」
「マウント?」
「ああ。ラキアが答えられなかった問題を、てめー、エリーナに答えさせてたろ。ようは、俺の娘の方がすげーんだって見せつけてるってことだろ?
ラキアの何が気に入らなくてんなことしてるかは知らねーけどよ。てめぇの素晴らしい教育を自慢したけりゃ、もっと別の方法でやりな」
俺は思ったことを全て言い切った。と……
「く、ふふふ……」
突然ユキアスは吹き出し、終いには「はっはっは!」と大声をあげ笑い出した。
「何を言い出すかと思えば、まったく見当違いなことを。あなたの空想を吐露して満足ですか、そうですか。
あれは純粋にたまたま、そうなっただけですよ。私も意図していないところでした、不快にさせたのなら謝ります。
しかし、いささか心外ですね。私が他人より優位に立つためにあんなことをした、そんなふうに受け取られるのは。あなた――ひねくれた目をしてますね?」
うるせぇよ。俺は大きく舌打ちをすると、ユキアスに背を向け歩き出した。
「どこへ行くのです?」
「てめぇと話をすんのは嫌なんだよ。じゃあな、俺はもう帰る」
「おや? 言い返せないからですかね?」
「ガキのお守りに付き合ってる暇はねーっつってんだ」
歩き、歩き、歩く。何歩か足を踏み出したところで、俺は「おい!」とユキアスを振り返り、奴を睨みつけた。
「ラキアはてめぇが思ってるような奴じゃねぇ。結果も出す! ……そんじゃあな」
俺は頭をかいて、イライラしながら歩き出す。
後ろからユキアスが吹き出す声が聞こえた気がした。俺は一度舌打ちすると、「クソ」と小さく呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
結局ラキアは見つからず、俺は自分の部屋へと帰宅した。
一度大きく息を吐いてからベッドを思い切り殴る。
全くない手応えと、しょぼくれた「ボスン」という音。俺は、この怒りは収まらないと悟り、自暴自棄になったようにベッドに寝転がった。
何にイライラしているのかと言われたら、あいつのムカつく面だと答える。ただ、なんでイライラしているのかと聞かれたら、俺はなぜかわからなかった。
ラキアのことを馬鹿にされたから? だとしたら変だ。あいつはムカつくクソガキで、あいつがどんな生活をしていようが、例え劣等感に支配されていようが、俺には関係ないからだ。だが、俺はそれでも、ユキアスのラキアへの言葉が許せなかった。
ちくしょう。わけがわからねぇ。俺は頭をガリガリかいて、「あー!」と悶えていた。
「……ああ、魔王の奴にあの話、伝えねーとな……。ったく、娘をバカにされたなんてどう言やいいんだよ……」
俺は大きく息を吐きながら立ち上がる。とぼとぼと歩きながら、俺は魔王がいるであろう部屋にまで向かった。
魔王の部屋は一言で言えば「執務室」だ。広い空間の中心に、大きくて豪奢でご立派な机と椅子があって、書き作業はここでやってるのだとわかった。その傍らには、1つの小さな机があり、その前後に小さな椅子が置いてある。来客用か?
魔王はあの悪魔かなにかみたいな顔には明らかに不釣り合いな、小さな銀縁メガネをかけて、机で作業をしていた。その姿はなかなかおかしかったが、俺は今、笑える気がしなかった。
「ぬ? カツヒトではないか。むぐぅ……今日は貴様が来ると思っていたから、普段は着けぬメガネを着け、笑いを取ろうと思ったのだが……」
それネタだったのかよ。俺はあまりのくだらなさに肩を落とした。
「むぅ。鼻ヒゲメガネの方が良かったみたいだ。まあ良い。
それで、カツヒト。ラキアの様子はどうだった?」
俺はそれを聞かれて、一度大きくため息をついた。
「――それが、よ」
俺は、ユキアスから言われた事を余すことなく伝えた。魔王はそれにただ頷くだけで、最後まで、質問の一つもせずに聞ききった。
「……と、いうわけだ。正直、話したくなかった。娘がディスられてんのを見るのは嫌だと思うからよ」
だが、話さなかったからと言ってそれで問題が解決するわけじゃない。
結局、ラキアの問題ということで終わる話。あいつの問題なのだから、あいつに何とかしてもらうしかないのだ。俺はもう1度、深くため息をついた。
「――話は、よくわかった。むぐぅ、ラキアは毎日勉強に武術に魔術にと頑張っているのだが……しかし、何分成果が出ないのだよ」
「よくあることだ。頑張っても結果が出ないなんざ、俺がいた世界じゃざらだったぜ。……そりゃあもう、どんだけやっても、ちょっとした壁さえ乗り越えられないなんてな」
「ふむ? ……まあ、ラキアの話に戻すが――。
我はどうすればいいと思う?」
それを俺に聞くんじゃねーよ。俺は頭をかいた。
「簡単だろ。あいつの勉強とか、手伝ってやればいいんだよ。魔王なんだから、それくらいできるだろ?」
「いや……それは、ならん。ラキアは娘であり、次期魔王になるやもしれん。我が手を貸したのでは、あの子のためにならぬ。……壁というのは、自分で乗り越えるからこそ価値があるのだ」
「あ?」
俺は口を開けたまま閉じられなかった。こいつ、なんて言った?
「いやいや、おま、娘のことだぞ? 1人じゃどうにもできねー時に支えるのが親なんじゃねーのかよ? お前にはその力があるんだから、しっかりと――」
「力があるからこそ、ダメなのだ。我は……自分で言うのもなんだが、強大すぎる。そんな我が施しをすれば、壁を乗り越えるのも容易くなる。それでは、他の魔王候補にとって不平等だ。何よりラキアには、自分の力で壁を乗り越える強さを身につけてほしい。だから――我には、何もできぬ」
俺は呆れて物も言えなかった。魔界の連中ってのは、全員面倒な奴ばかりなのか?
俺は大きく嘆息すると、踵を返し、部屋の出口へと向かった。魔王が「カツヒト、どこへ行く?」と尋ねてくる。俺はそれに答えることなく、部屋を出て、扉を勢いよく閉めた。
0
あなたにおすすめの小説
無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !
恋せよ恋
ファンタジー
富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。
もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、
本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。
――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。
その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、
不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。
十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。
美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、
いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。
これは、
見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、
無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 エール📣いいね❤️励みになります!
🔶表紙はAI生成画像です🤖
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる