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本編7 再臨する殺戮の天使

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 それはある日の事だった。
 あたしとキリちゃんとリコちゃんの3人で部屋で話していた時、

 コンコン!

 部屋の扉がノックされる。

「はい。誰ですか?」
 リコちゃんが、ノックの主に問いかけると、

「リコか!?俺だ。」

「お兄ちゃん!?」

 リコちゃんが扉に駆け寄り、開けると、

「きゃ!」

 そこに見知らぬガラの悪いチンピラの様な男たちが、ぞろぞろと入ってくる。

「邪魔するぜ。おい、この眼鏡がリコか?」

 リーダー格らしき人物が、廊下に俯きながら突っ立てる優男に声をかける。男は静かに首を縦に振った。

「よぉ!リコちゃん。君のお兄ちゃんはちょっとばかし俺たちに借金しててな。悪いが君が代わりに払ってくれないか。」
 
「い、いくらですか?」
 リコちゃんが怯えながら、リーダー格の男に尋ねると、男は下卑た笑みを浮かべながら、
「200万だ。」

「そ、そんな大金!?払えません!」

 ここじゃ、灯り、水、一般的な食事やお風呂や洗濯といった基本的なものは無料で提供されている分、支給されるお金は少な目で、お金のやり取りは嗜好品しこうひん等が中心になっている。そのため200万という数字はかなりの大金だ。

「じゃあ、しょうがない。ちょっとばかし君に働いてもらおうかな。」

「な、なにを・・・」

「泡にまみれるお仕事だよ。」

「そんな・・・い、嫌です!近寄らないで・・・」

「悪いな。もう兄貴がお前さんを”売ってる”んだよ。」
 その言葉を聞いてリコちゃんが廊下に立つ優男を見る。
 優男はリコちゃんの視線から逃げるように顔を背けた。

「ま、そう言うことだ。」

「ねーねー。リコちゃんどうしたの?」
 あたしのお腹に顔を埋めていたキリちゃんが顔を上げて、不安そうにあたしに尋ねてくる。

「り、リコちゃんは・・・」
 あたしは言えない・・・。この子の中身は11なのだ。言えないよ・・・そんなこと!

「こいつはなぁ!お兄ちゃんに売られたのさ!見捨てられたのさ!」
 あたしの背中に向かってリーダー格の男の部下が笑いながら言い放つ。丁度ごろつき共からキリちゃんの姿は死角になっていた。

「なんで・・・なんで!!お兄ちゃんはそんなことしないもん!!!」
 キリちゃんが立ち上がり、大声で否定する。
 その姿を目にした男ども全員が恐れおののく。

「ぴ、ピットブル・・・なんでこんな所に・・・クソ!この部屋だったのか!」

 キリちゃんは、部屋の外に居る優男の元に行き、
「見捨ててないよね!そんな事してないよね?」
 リコちゃんのお兄さんにしがみつきながら懇願するようにそう言う。

「ぼ、僕は・・・」
 リコちゃんのお兄さんは、その悲痛な目と言葉からただ逃げるように答えず目を逸らすだけだった。

「まぁ、俺たちも商売なんでね。悪いがこいつは貰っていくぜ?もう、うちの商品だからよ。」
 そう言ってリコちゃんの手首を掴み無理矢理連れて行こうとする。

「違うもん!お兄ちゃんは見捨てないもん!お兄ちゃんは守ってくれるもん!」
 キリちゃんは涙目になりながらリーダー格の男に食ってかかる。

「だから~!その兄貴が妹を売り飛ばしたんだよ!!どけ!邪魔すんな!」

 リーダー格の男はキリちゃんを押しのけて出ていこうとする。
 突き飛ばされたキリちゃんは転んでしまい、ついにギャンギャンと子供のように声を上げて泣き出し、あたしはなだめるため、キリちゃんの元に近寄り背中をさすった。
 その時だった。ピタッとキリちゃんが泣きやんだと思ったら、目が真っ赤だったのだ。泣いたからではない。その紅い瞳には怒りと憎しみが宿っている。

「雑魚が・・・好き放題四の五の言いやがって・・・私が違うっていうんだから違うんだよ、カス!!!」

 リコちゃんを連れて行こうとしていた男たちが驚いて一斉に振り返る。
 そして瞳に憤怒の赤い炎を宿すキリちゃんを視界に捕らえた者は・・・ただただ恐怖していた。

「ぴ、ピットブルだぁ!!!!!」
 チンピラの数人が動こうとして派手に転ぶ。恐らく逃げようとして、足がうまく動かずもつれたのだろう。

「な、なんだよ!俺たちは正当な権利があってこいつを連れて行くんだ!」
 リーダー格の男が抗議の声をあげる。

「だから?」

「な・・・!?」

「だから、何だっていうの?だいたいそんな眼鏡の雑魚どうだっていいさ。お前、何を私に口答えしてるのよ?ん?私が何か言ったら首は縦に動かせ?そうでしょ?」

「なにをいって・・・」

「手本が必要なの?こうするのよ!」
 キリちゃんはおもむろに手近にいた動けずにいるチンピラの頭を鷲掴みにして

 ゴキンッ!!!

 下に引き抜いた。
 チンピラの首はあらぬ方向に向いて、泡を拭いて倒れていた。足をバタつかせ首を掻きむしるチンピラは空気を求め、呼吸が出来ないようだった。
 その様子に一気に恐怖が伝播し、涙する者、失禁する者、立ったまま気を失う者、様々だった。
 
 キリちゃんはさらに半べそをかく別のチンピラに近寄り、その紅い瞳で笑いながら問いかける。
「ねぇ、お兄ちゃんは妹を見捨てない。妹を守る。そうでしょ?」
 
 問われたチンピラは答えることが出来ず、歯をガチガチと鳴らしながら泣くだけだった。
 その様子を見た、キリちゃんは、男の口に手を突っ込み、

 舌を引き千切った。

 チンピラが床に倒れ、口から出血する。

「答えられないから舌に異常でもあるかと思ったんだけど、大丈夫そうじゃない。あ、返すね。」
 そう言って、倒れてもがいている男に向かって引きちぎった舌を投げ捨てた。

 あたしは悟った。キリちゃんは戻ってしまったんだ。あの殺戮の天使に。

 キリちゃんはスタスタとリコちゃんのお兄さんの前に行き、
「見捨ててないよね?そうよね?」
 優しく語りかける。
「お兄ちゃんだもんね♪妹を守って当然よね。」
 ニコニコと笑いかけ、声色は確かに優しいのに、得体の知れぬプレッシャーがあった。それは嘘を許さない、真実だけを語らせる威圧感が。

「あ・・・・あ・・・・」
 リコちゃんのお兄さんはその姿に飲まれる。

「早く、言葉にして。」
 短く冷たい、もう一刻の猶予も許さない、ファイナルアンサーを引き出す言葉。

「お、俺は・・・り、リコを・・・い、妹を」
 青い顔をしたお兄さんの口が震え、目には涙が溜まっている。
「う、売り・・・ました・・・」

 その言葉を聞いた瞬間だった。リコちゃんのお兄さんの顔がはじけ飛んだ。鮮血が辺りに飛び散り、頭の無くなった首からは噴水のように血があふれ出る。

「いやあああああ!!!お兄ちゃん!お兄ちゃん!!!」
 リコちゃんが狂乱して、チンピラの手を振りほどき、お兄さんの元へ行こうとする。

 そんなリコちゃんにキリちゃんは
「違うよ?こいつはお兄ちゃんじゃないよ?こいつはただのクズだよ。」
 真顔で冷たくそう言い放つ。
 尚も泣き叫び「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」と呼ぶリコちゃんに
「うざい・・・殺すか。」
 苛立った表情でボソッとそう呟くキリちゃん。

 あたしはハッとしてリコちゃんとキリちゃんの間に手を広げて立つ。

「何?殺されたいの?」
 キリちゃんはあたしに向かってそう言うが、
 
 (何だか・・・威圧感が弱い?)

「し、死にたくないです・・・でもリコちゃんを殺さないで・・・」
 あたしは震えながら声を絞りだす。

 キリちゃんは頭のないお兄さんの遺体をつま先で蹴り、顎でリコちゃんを指しながら
「こいつはお兄ちゃんじゃない。あいつはお兄ちゃんを分かっていない。」
 そう言い放ち、
 続けておかしなことを口走りだした・・・いや、おかしくなってしまったのだ。
「本当のお兄ちゃんは私のお兄ちゃんのような・・・あれ?お兄ちゃんは?私のお兄ちゃん、どこ?」

 見る見るうちに不安げな表情になっていくキリちゃん。

「お兄ちゃん!!!お兄ちゃんどこ!?どこにいったの!?」
 その叫びは悲痛な叫びになっていく。いつの間にかキリちゃんの威圧感は薄れ、皆の身体はその圧迫感から解放されたにも関わらず、その異常な光景に誰も動けない。
 その時だった・・・

『へえ~。一時期から人格が安定したのって空想上のお兄ちゃんを作ってたからなのね~。イマジナリーフレンドならぬイマジナリーブラザーね』

 空中に天秤を持った女の子が浮いていた。嫌らしい笑い顔を貼り付けて。
 その姿を見たキリちゃんは長年追い求めていた宝を発見したかのように笑い出したかと思うと、次の瞬間には目に憎悪を溜めて天秤の子を睨みつけ向かって行く。しかしその様子にいつもの威圧感が無い。目も赤くならない。

『あー、無駄よ。妹ちゃん。アンタの”ジャイアントキリング”は発動しないわ。この姿は実体じゃないからね。映像と音声だけ送ってると思ってね。ホログラムみたいなもんよ。』

「天秤の神!!!出てこい!!勝負しろ!!!」

『いや~アンタの観察も中々面白かったわ。精神がいつまでも不安定なアンタがまさかイマジナリーブラザーを作ってそれを回避していただなんて。でも、もう居ないみたいじゃない?イマジナリーブラザー』
 そう言って笑い転げる天秤の神様。

「殺してやる!!!!!!!」
 泣きながら睨みつけ叫ぶキリちゃん。

『ま、面白いものも見せてもらったし、”実験”にも付き合って貰ったし、ご褒美あげないとね。いいわ。特別に勝負してあげる。』
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる天秤の神様。
『そうね~・・・黄金都市に”神の塔”を作るからそこに来なさい。』
 
 場所を指定し姿が薄くなっていく神様。しかしキリちゃんは正気を失い「殺してやる!殺してやる!」と目を血走らせながら繰り返し叫ぶだけだ。
 このまま神様を行かせるとまずい!肝心のことを聞いていない。あたしはキリちゃんの代わりに、
「ま、待ってください。その黄金都市にはどうやって行けばいいのですか?」

 あたしの問いに
『そうねぇ・・・一応この狭間世界にあるんだけど、あそこまではここからだと結構距離があるし・・・特別に”行きたい”と強く願えば、私の力で黄金都市まで飛ばしてあげるわ。東西南北どの方角に進んでもいい。ただ”行きたい”と強く願い歩めばたどり着くようにしておいてあげる。私って優しいわね~。』
 そう言って今度こそ消えていった。

「待て!勝負しろ!戦え!私と戦え!逃げるな・・・逃げるな・・・クソ・・・クソ・・・」
 キリちゃんは崩れ落ち、手足をついて泣き崩れていた。ずっと・・・ずっと泣いていた。
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