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本編8 向き合う二人 その1

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 あの後、 リコちゃんはショックのせいか、人形のように感情が無くなり、チンピラたちにされるがまま、連れていかれた。

 キリちゃんは床に座り込んで暫く泣き続け、動いたかと思うと、のろのろとベッドに入り布団を被って出てこなくなってしまった。
 あたしはキリちゃんもリコちゃんも、どちらもどうすることもできなかった。
 ただただ、無力感に苛まれ、血まみれの部屋を片づけ、眠りについた。



 翌日、キリちゃんは朝から荷物を纏めていた。
 オーダーで仕立て直した、初めて出会った時の制服に身を包み、ベッドに腰かけハルバードを磨いていた。

「よし・・・」
 磨き終えたのか、ハルバードを壁に立てかけ、あたしに磨きに使っていた”布”を投げて寄越した。
「おい、雑魚。後のは不要物だから捨てておいて頂戴。」
 
 投げて寄越した布はあたしがプレゼントした服だった。
 プレゼントしたときの想い出が蘇る。無邪気に喜んでくれたキリちゃんの姿が・・・
 床に投げ捨てられた、どろどろに汚れた甘ロリの服をじっと見つめる。
 そっか・・・雑巾代わりか・・・”不要物”か・・・ははは・・・
 涙が溢れだし床に零れる。

「ちっ・・・何泣いてるのよ、雑魚。早く言われた事しなさい。それが終わったら、お前には外まで荷物を運んでもらうんだから。」

「・・・あたしはあなたの召使いじゃない・・・」

「・・・何?」

「あたしは!!あんたの奴隷でも!!召使いでも無いのよ!!!」
 一度口に出してしまったら、気持ちが溢れて、もう止まらなくなってしまった。

「なんですって!雑魚!もう一回言ってみなさい!」
 あたしの言葉でキリちゃんは瞬間沸騰するかの如く、怒りを向けてくる。

「何度でも言ってやる!あたしは・・・」
 言葉の途中でキリちゃんに首を締め上げられる。でも本気じゃない。本気だったらあたしなんてもう死んでいる。

「あ・・・たしは・・・奴・・・隷じゃ・・・ない。あたしは・・・キリちゃんの・・・ともだ・・・ちになり・・・たかった。」

「友達ですって?私に友達は要らない!お兄ちゃんさえ居ればいいのよ!!!」

「その・・・お兄ちゃ・・・んは・・・どこに・・・居るの・・・よ。」

「こいつ!!!!」
 鋭い刃物の様な目で睨まれ、首にかかる力が増す。でもまだ瞳は黒いままだ。

「なれ・・・たと・・・思ったのに・・・友・・・達に。」
 涙が頬を伝い、首を締めるキリちゃんの手にかかる。

「違う!アンタなんか・・・友達じゃない。」

「じゃあ・・・殺せ・・・ば?・・・いつも・・・そう・・・してきたじゃない。」
 あたしは泣きながらキリちゃんを睨む。

「そうするわよ!ええ!!言われなくても・・・・そうするわよ!!!」
 言葉ではそう言うが、力は入らない。瞳は紅くならない。
「クソ!なんでよ!どうして!!」
 ポロポロとキリちゃんの黒い瞳から涙が伝う。表情がくしゃりと歪み、その顔はあたしの”友人”の面影があった。
(ああ・・・居るんだ、そこに居るんだ。消えてないんだね。キリちゃん・・・)

 込められている力が弱くなっていく。あたしの身体は不足している酸素を貪るように咳き込みながら息をした。
 キリちゃんは暫くベッドに腰かけ、力なく項垂れていた。
 どれくらいそうしていただろう、不意に
「カルディア・・・」
 あたしの名前を呼んだ。

「・・・・悪かったわ、カルディア。お願い・・・手伝ってちょうだい。」

「キリちゃん・・・エクレアさんでもいいよ。」
 さっき殺されかけたというのに微笑んであたしはそう言った。

「それはダメよ。私にとって”エクレア”は特別なの。だから”そう”は呼ばない。」
 力なく笑い、そう告げるキリちゃん。
 
(そっか・・・”特別”だったんだ・・・そっか・・・そっか。)
 はは・・・ホント不思議だ・・・かつてはあれほど名前で呼んでほしかったのに・・・な。
 涙がとめどなく溢れてくる。
(ありがとう・・・ありがとね、”キリちゃん”。)
 あたしは心の中でかつての友人にお礼を告げる。
 何度名前を名乗っても決して名前を呼んでくれなかった友人に。
 もう言葉で伝える機会はおそらく失われただろうから・・・



 あたしも荷物を纏めて準備を完了する。キリちゃんにプレゼントした服はボロボロでも捨てることが出来なくて畳んで荷物に詰め込んである。
 出入り口から部屋を振り返る。そこにはもう何も無い。
 ここともお別れになるだろう・・・。ほんの僅かの日々だった。それも殺し合いが間近にあるような、恐ろしい場所。しかし楽しい事もあった。それと、つらいことも・・・

「行くわよ。カルディア。」
 キリちゃんが促す。

「うん・・・」
 あたしは部屋の扉を閉じていく。その間もずっとあたしは部屋を見据える。だんだんと視界から部屋が消えてゆく。扉を閉じきるその瞬間まで、あたしは見つめていた。
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