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塔内編
塔内編その56
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「氷上さん。」
「なに?」
この子・・・誰だっけ?
「えー。なにその顔ー。同じクラスの森本だよぉ。ねーねー。氷上さん、ちょっとお願いがあるんだけど、この後いい?」
張り付いた笑顔。ニヤニヤと。またこの手の奴か・・・ただ都合よく利用するだけ。いつの間にか顔を見れば、どういう奴か分かるようになっていた。情緒不安定で八つ当たりばかりする、あの糞コーチの所為かも。
「別の学校の友達がさぁ、一緒に写真取ってほしいんだって。」
この手の奴は何も言ってないのに勝手に話を進める。そして・・・
「すぐに練習だから無理。」
「えー!ちょっとぐらいいいじゃん~。ね?」
「もう、行くから。
問答無用で席を立ち彼女の脇をすり抜けていく。ほら、断った時の顔も一様だ。後ろから聞こえる陰口も。馬鹿ばっかだ。
ああ・・・むかつく。勝手に寄ってくるな。才能あるこっちはお前ら凡才と違って忙しいんだ。時間の価値が違うんのよ。そんなことも解らない馬鹿だから、人生を無駄に浪費しているんだろうな。
「はぁ・・・めんどくさ・・・。学校なんて辞めてずっとスケート出来れば良いのに・・・。」
「・・・・い・・・おい!」
ハッとして、目覚める。覗き込んでいるのは今回の騒動の原因であるヴァリオラを追って行動を共にするトータルワークスだ。
「ごめん、あなたの車が気持ち良すぎて寝てた。」
身体を預けていたシートから身を起こし謝罪する。どうやら、既に街の中心部付近まで戻って来たみたいで車は既に停車していた。
「そう言われると悪い気はしないが、よくこの状況で寝れるな。」
「昔からどんな状況でも寝れるようにしてたの。いざという時モノを言うのは体力だもん。」
「そりゃ違いないな。良い夢見れたか?」
その言葉に静かに首を振る。
「夢見は最悪だったわ・・・。一番嫌いな自分の夢・・・。最低の自分・・・。」
「・・・ま、この世界に居れば色んな経験するからな。」
どうやらトータルはこの世界での事だと思ったらしい。彼にわざわざ説明する事もないので、そのまま黙って病院に向かって先導し始めた彼の後について行くことにした。
「アドミラルの通う病院ってのはこっちでいいんだな?」
「ええ・・・次の角を右ね。・・・って、なに・・・これ?」
いつもは閑古鳥が鳴いている病院が今日は患者が外まで溢れかえっており、皆一様に体調が悪そうで地べたを気にせず転がっていた。
「・・・行くぞ。」
トータルは顔を引き締めて病院の扉を開け放つ。中は人でごった返し、床に横たわる者、椅子に座って互いに身を支え合う者、その光景は外に溢れる患者達と変わらない。
「・・・どいつだ?」
辺りを見渡したり、受付の窓を覗いたりしたが、例の看護師が見当たらない。そのまま中に入りごった返す人に対応している看護師をチェックしていくが、やはりいない・・・。
「・・・おかしい・・・。居ないわ。いつもなら必ず居るのに。」
私の言葉を聞いたトータルは無言でずかずかと勝手に診察室まで入って行く。
「おい。勝手に入るな。診察中だぞ。」
診察中のこの病院の主、坂下先生が視線だけ動かしギロリと私達を睨みつけから、また診察に戻る。完全な不法侵入状態だが構っていられないほど切迫しているのだろう。
「ここで働いている看護師に用がある。」
「以前の奴なら先日辞めたよ。」
「くそっ!・・・折角の手がかりが!」
トータルは苛立ちを隠せず椅子を蹴とばす。それを冷ややかな目で見ながら先生は口を開いた。
「有名人だからって何しても良いわけじゃないぞ。・・・よーし・・・この薬を飲んで。さあ、楽になっただろう?」
患者を診ながら私達と会話をしているが、私達と患者に向ける顔は天と地ほどの差がある。当然と言えば当然だが・・・。しかしその表情に違和感を感じたのは患者とその付き添いがお礼を言って去った時だった。
「先生!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「ごほっ・・・助かり・・・ました・・・。」
「あくまで対処療法だから薬が少なくなったり容体が急変したらまた来なさい。」
「まるで神様・・・いや、天使様のようなお人だ。」
「いいんだよ。これが私のやりたいことなんだから。」
何度も頭を下げ、礼を言って退室する患者にニコリと笑いかけ椅子を回転させてカルテにペンを走らせる。
「先生・・・。」
「何だ?君たち、いい加減、仕事の邪魔だ。出て行ってくれ。」
「どうしてそんな顔しているんです?」
「顔?何がだい?訳の分からない事を・・・。」
「その笑い方・・・気付いてないんですか?」
私に言われてペタペタと自分の顔をまさぐる先生。
「おい・・・もしかして・・・。」
横で成り行きを見守っていたトータルも薄々感づいたらしい。
「教えてあげましょうか?美久先生。いや・・・ヴァリオラ!」
言うや否や私は足を踏み鳴らす。足裏から敵に向かって氷が走って行き、一瞬で相手の足を絡め捕る。
「おいおい・・・アイスエイジ君。何の冗談だい?」
「冗談でこんなことしないわよ。どうやってるのか知らないけど、背丈や人相は変えられても、そのどぶ臭い笑い方は変えられなかったみたいね。」
「先生さんよ?さっき、俺は看護師の事を聞いたが、何で”以前働いていた看護師を探している”と思ったんだ?」
「それは・・・探していると言ったから、そうだと思っただけだ!いきなりやって来てヴァリオラだ?訳の分からないことを・・・ぐああ!!!」
喋っている途中で氷のつららを飛ばし相手の太ももを貫く。完全に貫通して相手の足からは血がしたたり落ちた。騒ぎを聞きつけ他の看護師が診察室に入ってくるが、私が一瞥すると後ずさって大人しくなる。
「言い訳はもういいです。・・・先生、教えてあげると言ったでしょう?ねえ?気持ちよかった?自分で事件を起こして・・・。助ける。そして感謝される。ねえ?気持ち良かったですか?ねえ!」
「な、なにを・・・。」
「見ればわかるんですよ。その笑い・・・顔が言ってるんだよ!私は凄い。命を救っている私は尊い。感謝をされる私は誰よりも価値がある。気持ちがいい・・・気持ちがいいってね!!」
「何を馬鹿馬鹿しい!お前こそ、勝手に言いがかりを付けてこんな事をして!人殺しじゃないか!」
「そうですよ、先生。今から殺すんです。あなたを。」
「狂ってるのか!こいつ!トータル!辞めさせろ!」
「いや・・・俺はこいつの勘を信じる。それにこの世界じゃ殺人なんて軽いものさ。お前もこの世界の住人だったら散々見てきただろ?諦めな。」
手を前に掲げ氷のミサイルをゆっくりと形成していく。
狙いは頭部に定め、ジッと相手を見据えて、ドリルのように回転させる。
「やめ・・・やめろぉ!私は何も知らない!知らないんだあああああああ!!!」
腕を顔に被せるように頭部を守りながら、ついには失禁して泣き出す。しかし、それには乗らない。
「最後だ、ヴァリオラ。能力を解除しろ。命だけは助けてあげるわ。」
「ひぃ!ひいぃ!!」
鼻水を垂らし顔をぐしゃぐしゃにして泣きわめく。大した奴だ。ここまでできるなんて。
「・・・」
「・・・。はぁ・・・ここまでかー。分かった分かった。はいはい、こうさーん。解除しますよー、すればいいんでしょー。1番から32番まで解除っと。ちぇ、楽しくなってきたのになぁ~。」
無言で睨み続けると、急に叫び声をあげるのをやめ、腕の覆いを戻すと下から現れたのは不貞腐れた顔。 デカい溜息をつき小馬鹿にした態度で話し始めた。
「お前その姿は・・・。」
「ああこれ?神器なんだよ。便利でしょー?」
顔に手をやり、面を取り外すような動作をすると手に仮面を携えた高身長の女が現れる。あの神器、体格まで操作できるのか。
「装着すると背恰好や声色まで変わるのか。厄介な神器だな。」
「表情まではカバーできなかったみたいだけどね。あーあー、失禁までして見せたのに~。迫真の演技だったでしょ?なのに何でバレるかな~。トータルならまだしも、会ったことも無いやつに見抜かれるなんてね~。私の笑いってそんなに特徴的?」
「知らん。それよりもお前こんな大それた事をしておいて無事で済むと思っているのか?」
「思ってるよ。だって、殺人が軽いって言ったのはそっちでしょ~?さっきのことだよ。それに~・・・」
ふてぶてしい態度で言うもんだからそのまま氷漬けにして殺してやろうかと思ったけど、その時、診察室のドアが開け放たれる。
「先生!アドミラルが!・・・あ、あれ?なんだこの状況!先生は!?」
飛び込んで来たのは背にアドミラルを乗せたてっちゃんだった。
「ほいほい。そろそろだと思った~。はいはーい。こっちに連れてきてー。」
「駄目よ!!」
てっちゃんに対して手招きするヴァリオラ。それに私はてっちゃんを制止する。
「おいおい、死んじゃうぞー?」
「任せられるわけないでしょ!」
「そんなこと言って、死んだら元も子もないだろ?彼女を今まで安定させてきたのも私だよ?」
「どれだけの人が被害被ったと思ってるのよ!?快楽殺人鬼じゃない!」
「おいおい、心外だなー。私はね。皆から『ありがとう』とか『神様ー』とか感謝されたり、『大変な仕事だね』とか『大変だけど素晴らしい行いよね』とか同情されたり、尊敬されたりするのが、大好きなんだ。特に子供は良い。素直で素晴らしい!疑いも無く毒薬を飲んで私に治療させてくれて、本人が感謝し、そして周りの皆が称賛する。体力が無くてちょっと失敗すると簡単に死ぬのが玉に瑕なんだがねー。別に殺しを楽しんでるわけじゃない、目的の為に”たまーに”死人が出るだけさ。」
悪びれも無く、あっけらかんと言い放つ。大方、こいつは元居た世界でもこんなだったのだろう。その笑みには不気味などす黒さが滲み出ていた。
「サイコパスが・・・。」
「まー、いいさ。別に他所行っても。彼女が持てばの話だけど。」
「ぐ・・・。」
「・・・て、てっちゃん・・・速いって・・・。え・・・?何?この状況?」
後から追いかけて来たであろうヘッドシューターが肩で息をしながら診察室に飛び込んできた。彼女は中での状況に理解が追いつかずに少しマヌケな顔をしている。
もう一度てっちゃんの背に横たわるアドミラルを見る。顔に血の気は無く、呼吸も浅い。あいつの言う通り別の病院に行って持つかどうか・・・。
「・・・少しでも変な真似したら殺すからね!・・・てっちゃん、アドミラルを。」
「・・・あ、ああ・・・。」
てっちゃんがのっしのっしと中に入って来て、私が彼女を抱きかかえて、てっちゃんの背から診察ベッドに寝かせる。ヴァリオラが苦しそうに呼吸する彼女を手早く診ていく。
「ふむ・・・。連れてきたのは良い判断だったね。もう少し遅ければ手遅れだったよ。そこの新品の注射器を取りたまえ。私は誰かさんに足を怪我させられて歩きにくいんだ。」
「嫌味ったらしく言わなくていいのよ!」
言われた通り袋に入った新品の注射器を手渡す。彼女がプランジャーを引き、空気で満たされているであろう空のシリンジ部分を手で握る。手を開くと空だったシリンジ部分に薬液が満たされていた。
「便利だろう?液体、ガス、錠剤、粉末・・・毒であろうと薬であろうと、ほら!この通り。」
自慢げに見せつけてくるヴァリオラに舌打ちしてしてみせ、再度、釘をさす。
「毒だったら殺す。」
「わーってるよ、もう、しつこいなぁ~君も。」
手慣れた手つきで注射すると、暫くしてから幾分か顔色が良くなり、呼吸も少し落ち着いてくる。
「よかった・・・。これでもう安心ね。アドミラルも今回の事件も・・・。」
「いやぁ?そいつはどうかな?」
「どういうことよ!」
「今回のウイルスは能力で作った。解除によりそれは消えた。これは確か。でも免疫力を下げ自然のウイルスとを併発するように設計してたからね。アドミラル君のこの症状も合併症だよ。彼女、元々免疫力が著しく下がっていたからね。今回の件でも体力落ちてる者は命落とす奴も居るだろうね。あ・・・ちなみに今、打った注射も対処療法だから根治はしない。」
「何で治さないのよ!?」
「おいおい。それは患者の意思に反するな~。彼女がそれを望まない。だろ?何度も言うが、私は感謝されるのが大好きなんだ。根治させて彼女から恨み言を貰うために治療しているんじゃ無い。」
「それは・・・。」
「ま・・・あとは彼女の体力次第だね。さて・・・と、そいじゃ、私は・・・。」
「おい。逃げるなよ。」
トータルが睨みながら銃を突きつける。
「やだなぁ~。逃げないって。この足の治療するだけだよ。」
「・・・だいたい、状況が飲み込めたけど、治療が終わったらコイツを突き出すのね?」
ヘッドシューターも私とヴァリオラのやりとりで状況を把握したのか話しながらも、ふともものナイフホルダーに手をやり警戒を緩めない。
「おいおいー。そんなことしたら誰がアドミラル君を診るんだい?自慢じゃないが、私以上に彼女の望み通り治療できる者は居ないぞ?いいのかい?私を突き出せば彼女は死ぬか?それとも彼女を悲しませるか?どちらかだぞ?」
ヴァリオラは喋りながら足に刺さったつららを抜いて、治療をしていく。抜いた瞬間は大量に血が流れたが、自信で精製した薬を垂らすと、すぐさま出血は収まっていく。流石に開いた穴はすぐには塞げないようだが・・・。その後も彼女は手早く治療を済ませ、包帯で傷口を覆った。
「こいつ・・・。」
「まぁまぁ!私も負けたことだし、大人しくしておくよ。君たちの塒に案内したまえ。私がつきっきりで彼女の身体を診てあげよう。・・・ああ。私が心配なら監視でもなんでも付けておくれ。」
「また何かしでかさないという保証は?」
「今回のはアーカイブの作戦の一部でもある。元々あんな大規模なものは不自然極まりなく、足がつきやすい。私の趣味ではないな。アーカイブは一応の目的を果たせたようだし、私は十分貢献した。お暇を貰ってもいいだろう。」
「小規模ならやりかねないのね?」
「うーん・・・衝動に負ければ?」
「やはり危険だわ・・・彼女。ゴールドラッシュのところに突き出しましょう。」
ヘッドシューターはナイフでヴァリオラを差しながら顎で『歩け』と指示する。トータルも無言で『決まりだ』と言わんばかりに銃で外に出るよう促す。それに対して私は・・・
「待って!」
「アイスエイジ?」
「彼女を・・・連れていく・・・。」
「正気!?こいつの話を信じるの!?」
「ヴァリオラ。」
「何だい?アイスエイジ君。」
私はヴァリオラを呼び、こちらを向かせる。
「もうしないのね?」
「ああ。私は舞台から降りるとするよ。」
彼女の瞳を真っすぐに覗きながら聞くと、彼女もまた真っすぐに私を見つめてハッキリと言葉にする。それを確認して改めて私はヘッドシューターとトータルに言った。
「彼女を連れていく。」
「なに?」
この子・・・誰だっけ?
「えー。なにその顔ー。同じクラスの森本だよぉ。ねーねー。氷上さん、ちょっとお願いがあるんだけど、この後いい?」
張り付いた笑顔。ニヤニヤと。またこの手の奴か・・・ただ都合よく利用するだけ。いつの間にか顔を見れば、どういう奴か分かるようになっていた。情緒不安定で八つ当たりばかりする、あの糞コーチの所為かも。
「別の学校の友達がさぁ、一緒に写真取ってほしいんだって。」
この手の奴は何も言ってないのに勝手に話を進める。そして・・・
「すぐに練習だから無理。」
「えー!ちょっとぐらいいいじゃん~。ね?」
「もう、行くから。
問答無用で席を立ち彼女の脇をすり抜けていく。ほら、断った時の顔も一様だ。後ろから聞こえる陰口も。馬鹿ばっかだ。
ああ・・・むかつく。勝手に寄ってくるな。才能あるこっちはお前ら凡才と違って忙しいんだ。時間の価値が違うんのよ。そんなことも解らない馬鹿だから、人生を無駄に浪費しているんだろうな。
「はぁ・・・めんどくさ・・・。学校なんて辞めてずっとスケート出来れば良いのに・・・。」
「・・・・い・・・おい!」
ハッとして、目覚める。覗き込んでいるのは今回の騒動の原因であるヴァリオラを追って行動を共にするトータルワークスだ。
「ごめん、あなたの車が気持ち良すぎて寝てた。」
身体を預けていたシートから身を起こし謝罪する。どうやら、既に街の中心部付近まで戻って来たみたいで車は既に停車していた。
「そう言われると悪い気はしないが、よくこの状況で寝れるな。」
「昔からどんな状況でも寝れるようにしてたの。いざという時モノを言うのは体力だもん。」
「そりゃ違いないな。良い夢見れたか?」
その言葉に静かに首を振る。
「夢見は最悪だったわ・・・。一番嫌いな自分の夢・・・。最低の自分・・・。」
「・・・ま、この世界に居れば色んな経験するからな。」
どうやらトータルはこの世界での事だと思ったらしい。彼にわざわざ説明する事もないので、そのまま黙って病院に向かって先導し始めた彼の後について行くことにした。
「アドミラルの通う病院ってのはこっちでいいんだな?」
「ええ・・・次の角を右ね。・・・って、なに・・・これ?」
いつもは閑古鳥が鳴いている病院が今日は患者が外まで溢れかえっており、皆一様に体調が悪そうで地べたを気にせず転がっていた。
「・・・行くぞ。」
トータルは顔を引き締めて病院の扉を開け放つ。中は人でごった返し、床に横たわる者、椅子に座って互いに身を支え合う者、その光景は外に溢れる患者達と変わらない。
「・・・どいつだ?」
辺りを見渡したり、受付の窓を覗いたりしたが、例の看護師が見当たらない。そのまま中に入りごった返す人に対応している看護師をチェックしていくが、やはりいない・・・。
「・・・おかしい・・・。居ないわ。いつもなら必ず居るのに。」
私の言葉を聞いたトータルは無言でずかずかと勝手に診察室まで入って行く。
「おい。勝手に入るな。診察中だぞ。」
診察中のこの病院の主、坂下先生が視線だけ動かしギロリと私達を睨みつけから、また診察に戻る。完全な不法侵入状態だが構っていられないほど切迫しているのだろう。
「ここで働いている看護師に用がある。」
「以前の奴なら先日辞めたよ。」
「くそっ!・・・折角の手がかりが!」
トータルは苛立ちを隠せず椅子を蹴とばす。それを冷ややかな目で見ながら先生は口を開いた。
「有名人だからって何しても良いわけじゃないぞ。・・・よーし・・・この薬を飲んで。さあ、楽になっただろう?」
患者を診ながら私達と会話をしているが、私達と患者に向ける顔は天と地ほどの差がある。当然と言えば当然だが・・・。しかしその表情に違和感を感じたのは患者とその付き添いがお礼を言って去った時だった。
「先生!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「ごほっ・・・助かり・・・ました・・・。」
「あくまで対処療法だから薬が少なくなったり容体が急変したらまた来なさい。」
「まるで神様・・・いや、天使様のようなお人だ。」
「いいんだよ。これが私のやりたいことなんだから。」
何度も頭を下げ、礼を言って退室する患者にニコリと笑いかけ椅子を回転させてカルテにペンを走らせる。
「先生・・・。」
「何だ?君たち、いい加減、仕事の邪魔だ。出て行ってくれ。」
「どうしてそんな顔しているんです?」
「顔?何がだい?訳の分からない事を・・・。」
「その笑い方・・・気付いてないんですか?」
私に言われてペタペタと自分の顔をまさぐる先生。
「おい・・・もしかして・・・。」
横で成り行きを見守っていたトータルも薄々感づいたらしい。
「教えてあげましょうか?美久先生。いや・・・ヴァリオラ!」
言うや否や私は足を踏み鳴らす。足裏から敵に向かって氷が走って行き、一瞬で相手の足を絡め捕る。
「おいおい・・・アイスエイジ君。何の冗談だい?」
「冗談でこんなことしないわよ。どうやってるのか知らないけど、背丈や人相は変えられても、そのどぶ臭い笑い方は変えられなかったみたいね。」
「先生さんよ?さっき、俺は看護師の事を聞いたが、何で”以前働いていた看護師を探している”と思ったんだ?」
「それは・・・探していると言ったから、そうだと思っただけだ!いきなりやって来てヴァリオラだ?訳の分からないことを・・・ぐああ!!!」
喋っている途中で氷のつららを飛ばし相手の太ももを貫く。完全に貫通して相手の足からは血がしたたり落ちた。騒ぎを聞きつけ他の看護師が診察室に入ってくるが、私が一瞥すると後ずさって大人しくなる。
「言い訳はもういいです。・・・先生、教えてあげると言ったでしょう?ねえ?気持ちよかった?自分で事件を起こして・・・。助ける。そして感謝される。ねえ?気持ち良かったですか?ねえ!」
「な、なにを・・・。」
「見ればわかるんですよ。その笑い・・・顔が言ってるんだよ!私は凄い。命を救っている私は尊い。感謝をされる私は誰よりも価値がある。気持ちがいい・・・気持ちがいいってね!!」
「何を馬鹿馬鹿しい!お前こそ、勝手に言いがかりを付けてこんな事をして!人殺しじゃないか!」
「そうですよ、先生。今から殺すんです。あなたを。」
「狂ってるのか!こいつ!トータル!辞めさせろ!」
「いや・・・俺はこいつの勘を信じる。それにこの世界じゃ殺人なんて軽いものさ。お前もこの世界の住人だったら散々見てきただろ?諦めな。」
手を前に掲げ氷のミサイルをゆっくりと形成していく。
狙いは頭部に定め、ジッと相手を見据えて、ドリルのように回転させる。
「やめ・・・やめろぉ!私は何も知らない!知らないんだあああああああ!!!」
腕を顔に被せるように頭部を守りながら、ついには失禁して泣き出す。しかし、それには乗らない。
「最後だ、ヴァリオラ。能力を解除しろ。命だけは助けてあげるわ。」
「ひぃ!ひいぃ!!」
鼻水を垂らし顔をぐしゃぐしゃにして泣きわめく。大した奴だ。ここまでできるなんて。
「・・・」
「・・・。はぁ・・・ここまでかー。分かった分かった。はいはい、こうさーん。解除しますよー、すればいいんでしょー。1番から32番まで解除っと。ちぇ、楽しくなってきたのになぁ~。」
無言で睨み続けると、急に叫び声をあげるのをやめ、腕の覆いを戻すと下から現れたのは不貞腐れた顔。 デカい溜息をつき小馬鹿にした態度で話し始めた。
「お前その姿は・・・。」
「ああこれ?神器なんだよ。便利でしょー?」
顔に手をやり、面を取り外すような動作をすると手に仮面を携えた高身長の女が現れる。あの神器、体格まで操作できるのか。
「装着すると背恰好や声色まで変わるのか。厄介な神器だな。」
「表情まではカバーできなかったみたいだけどね。あーあー、失禁までして見せたのに~。迫真の演技だったでしょ?なのに何でバレるかな~。トータルならまだしも、会ったことも無いやつに見抜かれるなんてね~。私の笑いってそんなに特徴的?」
「知らん。それよりもお前こんな大それた事をしておいて無事で済むと思っているのか?」
「思ってるよ。だって、殺人が軽いって言ったのはそっちでしょ~?さっきのことだよ。それに~・・・」
ふてぶてしい態度で言うもんだからそのまま氷漬けにして殺してやろうかと思ったけど、その時、診察室のドアが開け放たれる。
「先生!アドミラルが!・・・あ、あれ?なんだこの状況!先生は!?」
飛び込んで来たのは背にアドミラルを乗せたてっちゃんだった。
「ほいほい。そろそろだと思った~。はいはーい。こっちに連れてきてー。」
「駄目よ!!」
てっちゃんに対して手招きするヴァリオラ。それに私はてっちゃんを制止する。
「おいおい、死んじゃうぞー?」
「任せられるわけないでしょ!」
「そんなこと言って、死んだら元も子もないだろ?彼女を今まで安定させてきたのも私だよ?」
「どれだけの人が被害被ったと思ってるのよ!?快楽殺人鬼じゃない!」
「おいおい、心外だなー。私はね。皆から『ありがとう』とか『神様ー』とか感謝されたり、『大変な仕事だね』とか『大変だけど素晴らしい行いよね』とか同情されたり、尊敬されたりするのが、大好きなんだ。特に子供は良い。素直で素晴らしい!疑いも無く毒薬を飲んで私に治療させてくれて、本人が感謝し、そして周りの皆が称賛する。体力が無くてちょっと失敗すると簡単に死ぬのが玉に瑕なんだがねー。別に殺しを楽しんでるわけじゃない、目的の為に”たまーに”死人が出るだけさ。」
悪びれも無く、あっけらかんと言い放つ。大方、こいつは元居た世界でもこんなだったのだろう。その笑みには不気味などす黒さが滲み出ていた。
「サイコパスが・・・。」
「まー、いいさ。別に他所行っても。彼女が持てばの話だけど。」
「ぐ・・・。」
「・・・て、てっちゃん・・・速いって・・・。え・・・?何?この状況?」
後から追いかけて来たであろうヘッドシューターが肩で息をしながら診察室に飛び込んできた。彼女は中での状況に理解が追いつかずに少しマヌケな顔をしている。
もう一度てっちゃんの背に横たわるアドミラルを見る。顔に血の気は無く、呼吸も浅い。あいつの言う通り別の病院に行って持つかどうか・・・。
「・・・少しでも変な真似したら殺すからね!・・・てっちゃん、アドミラルを。」
「・・・あ、ああ・・・。」
てっちゃんがのっしのっしと中に入って来て、私が彼女を抱きかかえて、てっちゃんの背から診察ベッドに寝かせる。ヴァリオラが苦しそうに呼吸する彼女を手早く診ていく。
「ふむ・・・。連れてきたのは良い判断だったね。もう少し遅ければ手遅れだったよ。そこの新品の注射器を取りたまえ。私は誰かさんに足を怪我させられて歩きにくいんだ。」
「嫌味ったらしく言わなくていいのよ!」
言われた通り袋に入った新品の注射器を手渡す。彼女がプランジャーを引き、空気で満たされているであろう空のシリンジ部分を手で握る。手を開くと空だったシリンジ部分に薬液が満たされていた。
「便利だろう?液体、ガス、錠剤、粉末・・・毒であろうと薬であろうと、ほら!この通り。」
自慢げに見せつけてくるヴァリオラに舌打ちしてしてみせ、再度、釘をさす。
「毒だったら殺す。」
「わーってるよ、もう、しつこいなぁ~君も。」
手慣れた手つきで注射すると、暫くしてから幾分か顔色が良くなり、呼吸も少し落ち着いてくる。
「よかった・・・。これでもう安心ね。アドミラルも今回の事件も・・・。」
「いやぁ?そいつはどうかな?」
「どういうことよ!」
「今回のウイルスは能力で作った。解除によりそれは消えた。これは確か。でも免疫力を下げ自然のウイルスとを併発するように設計してたからね。アドミラル君のこの症状も合併症だよ。彼女、元々免疫力が著しく下がっていたからね。今回の件でも体力落ちてる者は命落とす奴も居るだろうね。あ・・・ちなみに今、打った注射も対処療法だから根治はしない。」
「何で治さないのよ!?」
「おいおい。それは患者の意思に反するな~。彼女がそれを望まない。だろ?何度も言うが、私は感謝されるのが大好きなんだ。根治させて彼女から恨み言を貰うために治療しているんじゃ無い。」
「それは・・・。」
「ま・・・あとは彼女の体力次第だね。さて・・・と、そいじゃ、私は・・・。」
「おい。逃げるなよ。」
トータルが睨みながら銃を突きつける。
「やだなぁ~。逃げないって。この足の治療するだけだよ。」
「・・・だいたい、状況が飲み込めたけど、治療が終わったらコイツを突き出すのね?」
ヘッドシューターも私とヴァリオラのやりとりで状況を把握したのか話しながらも、ふともものナイフホルダーに手をやり警戒を緩めない。
「おいおいー。そんなことしたら誰がアドミラル君を診るんだい?自慢じゃないが、私以上に彼女の望み通り治療できる者は居ないぞ?いいのかい?私を突き出せば彼女は死ぬか?それとも彼女を悲しませるか?どちらかだぞ?」
ヴァリオラは喋りながら足に刺さったつららを抜いて、治療をしていく。抜いた瞬間は大量に血が流れたが、自信で精製した薬を垂らすと、すぐさま出血は収まっていく。流石に開いた穴はすぐには塞げないようだが・・・。その後も彼女は手早く治療を済ませ、包帯で傷口を覆った。
「こいつ・・・。」
「まぁまぁ!私も負けたことだし、大人しくしておくよ。君たちの塒に案内したまえ。私がつきっきりで彼女の身体を診てあげよう。・・・ああ。私が心配なら監視でもなんでも付けておくれ。」
「また何かしでかさないという保証は?」
「今回のはアーカイブの作戦の一部でもある。元々あんな大規模なものは不自然極まりなく、足がつきやすい。私の趣味ではないな。アーカイブは一応の目的を果たせたようだし、私は十分貢献した。お暇を貰ってもいいだろう。」
「小規模ならやりかねないのね?」
「うーん・・・衝動に負ければ?」
「やはり危険だわ・・・彼女。ゴールドラッシュのところに突き出しましょう。」
ヘッドシューターはナイフでヴァリオラを差しながら顎で『歩け』と指示する。トータルも無言で『決まりだ』と言わんばかりに銃で外に出るよう促す。それに対して私は・・・
「待って!」
「アイスエイジ?」
「彼女を・・・連れていく・・・。」
「正気!?こいつの話を信じるの!?」
「ヴァリオラ。」
「何だい?アイスエイジ君。」
私はヴァリオラを呼び、こちらを向かせる。
「もうしないのね?」
「ああ。私は舞台から降りるとするよ。」
彼女の瞳を真っすぐに覗きながら聞くと、彼女もまた真っすぐに私を見つめてハッキリと言葉にする。それを確認して改めて私はヘッドシューターとトータルに言った。
「彼女を連れていく。」
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