羊頭狗肉のベルゼブブ

人の心無いんか?

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塔内編

塔内編その17

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(まずい!こんな細かい奴等防ぎようがない!壁を作って立てこもるか!?いや・・・それも結局は一時凌ぎにしかならない!どうすれば!)

「よっと!」

 コレクターさんが袋から赤い刀身の剣を取り出し、それを一振りすると、炎が舞い上がり蜂の群れを焼いていく。

「私が居てよかったね~、剣士君。今の死んでたでしょ?顔に出てるよ~。」

「た、助かりました・・・。」

「小型じゃ、このレーヴァティンの餌食だよ?ヴェスパ。それにこんな夜中じゃ蜂も集めにくいだろ?」

「忌々しい・・・。来い!鎌蜈蚣!甲鉄虫!」

 ヴェスパ様が手を掲げて呼ぶと暗闇から10メートル以上はあるムカデがその右腕に張り付き、左腕にはバックラーくらいの甲虫が張り付く。ムカデは顎が以上に発達していてまるで一対の鎌の様になっていた。

「武器と盾ってわけですか。あの頭が鎌のようになってるムカデが厄介そうですね。」

「気を付けなよ~。見るからに毒持ってそうよ?あれ。」

「でしょうね!・・・っと。」

 ヴェスパ様が右腕を振るとムカデが鞭のように襲い来る。僕が横に飛んで避けると、そのまま地面を張ってコレクターさんの方に襲いかかっていく。

(こいつを鞭のようにも振るえるし、こいつ自身が自走して襲うことも出来る。意思を持っている武器って訳か!でも・・・)

 コレクターさんの方までは遠い。そのまま届かない距離を飛び掛かろうとする。

「所詮、おつむは虫ってことかしら?・・・!?」

「ふっ・・・甘いですわよ。」

 不敵に笑うヴェスパ様。飛び掛かったムカデは体節と体節の間がギミックのように伸びて、射程が増した。

「!!」

 彼女はすんでの所で先端の双鎌だけは回避したが、足となっている歩肢の部分が腹部を掠めると鋭利な刃物で裂かれたようにパックリと切り傷が出来た。

「いや~、参ったね。鞭っていうより連接剣だね。こりゃあ・・・」

 彼女のは明るく言うが、掠った部分の裂けた衣服から覗く白い肌からは血と冷汗流れ出ている。彼女の反応があと少し遅れていたら致命傷だった。

「コレクターさん!毒は!?」

「あの足の部分には無い・・・と思いたいね。でも遅効性なら分かんないしな~。」

(確かに・・・遅効性ならすぐには症状は出ないし、毒のある無しが分からない以上、彼女の為にも早期決着をしなくては!)

 僕は彼女に走っていき接近戦を試みる。

「まさか正面から?舐められたものね!愚民が!!」

(来た!振りかぶり繰り出してきた初撃の双鎌を躱して距離を詰め・・・何ッ!?)

 初撃を躱してから距離を詰める算段だったが、計算が狂う。なんと相手がムカデを腕から外してその背にスケボーの様に乗り、逆に僕との距離を詰めてきたのだ。

「おいおい!お嬢様のやることかよ!それが!」
(予想外だが、願っても無いぜ!相手は盾のみの丸腰状態だ!利はこちらにある!)

「剣士君!後ろだ!」
 
 コレクターさんの声でハッとなる。後ろを振り返ると躱したムカデの頭の方が闇夜の中でターンしてきてまさに僕に飛び掛かろうとしていた所だった。

「す、ストラクチャー!」

 僕はムカデとの間に壁を出現させて防ごうとするがムカデは壁を削って食い破り、双鎌が迫ってくる。

「なんてパワーだ!」
 ぎりぎりのところを剣で受け流して躱すと同時に背中に衝撃と鈍痛が走り、コレクターさんの所まで吹っ飛ばされる。

「甲鉄虫はそこらの金属より遥かに硬いですから効きますでしょう?」

「し、シールドバッシュとは・・・お嬢・・・様らしくない・・・随分泥・・・臭い攻撃じゃないですか。」

「ふふ・・・無防備な背中へのクリティカルヒット。良い感触でしてよ?あなた立てますの?言葉も途切れ途切れで、肺の空気がぜーんぶ出ていってしまったのでしょう?うふふ・・・」

 ヴェスパ様の言う通りだ。今の一撃で下半身に力が戻らない・・・!骨がどうかしたかもしれないな。まずい・・・想像以上に強い!

「コレ・・・クターさん・・・さっきの炎剣でどうにか出来ませんか?」

「やめておいた方が良いよ?レーヴァティンの炎を見てから出した虫達だ。無対策って訳じゃ無いでしょうね。同じ手は効かないって見た方がいい。・・・と言っても今みたいに躱してから懐に飛び込んでも、正面と背後からの攻撃で非常に立ち回りにくい。」

 コレクターさんはごそごそと呑気に袋を漁りだす。ようやく僕も力が入るようになりつつあった。

「相談は終わりまして?来ないならこちらから行きますわよ!」

 走らないお嬢様が走ってらっしゃる!?・・・じゃなくて

「ちょっと!コレクターさん!来てます来てます!」
 
「どこだったっけな~・・・ああもう!剣士君、身体を揺らさないで~。・・・っとあったあった!お~、ちょうどいい距離。」
 袋から取り出したのは一見するとなんの変哲もない弩弓。コレクターさんはそれを構えて・・・
「バンッ!」
 矢を打ち出した。その矢は空中で分裂して散弾になってヴェスパ様に飛んで行く。

「さあ、その面積の少ない虫の盾でそのシューティングスターの射撃が躱せるかな?」

 お嬢様は少し驚いて立ち止まるが、その顔に焦りは無い。不敵な笑みを浮かべ、左腕を突き出す。

「甘いですわ!遠距離は対策済みですの!」

 腕でジッとしていた甲虫の羽が開き高速で動き出すと。凄まじい風が起こり、周辺のあらゆる物を吹き飛ばす。僕らも身を屈めて踏ん張らないと飛ばされそうになるくらいの風にコレクターさんの放った矢は全て押し戻され、僅かな灯りしかない視界の悪い中、跳ね返ってくる。

「ぐっ・・・きつい!す、ストラクチャー!」
 前方に壁を作り風や飛来物を避ける。次第に嵐のような風は収まり、辺りに静けさが戻った。

「・・・コレクターさん、大丈夫ですか?」

 横目で彼女を確認するが・・・

「いやー・・・やっちゃった。自分の放った攻撃に刺さるなんてマヌケだわ~。たはは・・・。レーヴァテインの炎を飛ばさなくて良かったよ、やってたら今頃消し済みだったね~。」

 『たはは~』笑うコレクターさんの腕とふとももにそれぞれ矢が刺さっている。おまけに彼女の被っていた帽子が吹き飛び、その下からエルフ耳が見えていた。って、そんなことよりも・・・

「すぐ手当を!」

「そんな間、無いわ!来るよ!」
 言われてヴェスパ様の方を見るとすでにこちらに肉薄してきている。

(くそ!コレクターさんを守りながらあのムカデの攻撃をいなせるだろうか?)

「でもまあ怪我の功名って言うの?勝ち筋見えたね。」

「え?」

「これを使いな。」
 そう言って一振りの刀を寄越してくれる。

「坊や、爆発力あるんでしょ?期待してるよん。んじゃ行くよ!」

 コレクターさんはシューティングスターを構える。

「何やってんだ!あんた!」

 止める間もなく矢を発射してしまう。また散弾となってヴェスパ様を襲うが・・・

「馬鹿ですの?別にクールタイムがあるわけでは無くてよ!」

 そして先程と同じように左腕を突き出す。僕は暴風に備え身構えるが、コレクターさんから檄が飛ぶ。

「ここは攻めだよ!迷わず突っ込め!風が出たらそれを抜きな!」

「ああもう!説明してよ!もうこうなりゃやるしかない!」
 先程と同じく甲虫が起こした暴風が襲い来る中、僕は防御姿勢を取らずに刀を抜き構える。

「馬鹿なの!?死にますわよ!」

 ホントだよ・・・。正気の沙汰じゃない。でも・・・さっき見たコレクターさんの目はやけっぱちの目じゃない。あれは勝利を確信した目だ!

「行くぜ!お嬢様!!」

 全力でヴェスパ様に向かって走っていく。
 おかしい。
 走れるわけが無いのにこんな強風のなか走れている!?
 放った矢はさっきみたいに跳ね返ってこず、力なく地面に落ちるだけだった。
 手元を見れば刀が風を吸収するように吸い込み、淡く光っている。

「こいつぁ凄い!行ける!!!」

「なんですって!?」
 
 風を突っ切り肉薄してくる僕に焦りを見せるお嬢様。予想外の出来事に右手の動きが遅れる。
 狙いが雑になったムカデの双鎌を避け、ヴェスパ様に迫る。

(あともう少し・・・!)

「貰いましたわ!」

 右手を振り上げムカデを切り返す。さっきと同様に背面から鋭い双鎌が襲ってくる。横目でお嬢様の方を見ると、さっきと同じくムカデの動きに合わせてこちらに向かってきている。

(だよな。切り返してくるよな。使いどころはここしかない!ちゃんと発動してくれよ!)

 ストラクチャーで攻撃を防ぐのは厳しい。ならば・・・

「避けるしかないでしょ!レバレッジ!!!」

(身体強化、反応強化、体幹強化、高速思考!)
 宣言と共に周りがスローモーションに映る。
(きた!ちゃんと発動している!)
 ムカデの発達した顎の双鎌が開き、僕を狙っているのがよく分かる。そのまま待ち構え、すんでの所で半身躱して、その頭を・・・
 刎ね飛ばした!

「な、何!?急に動きが!?先程とは別人のように速い!?」

 お嬢様は一瞬呆気にとられたが、僕の攻撃の隙を逃さず攻撃を仕掛けてきているのが、視界の端に映っている。僕はそのまま身体を反り、倒れこむようにして片手を地面につき・・・

(イメージは黄金都市でやり合ったインファイト!)

 そのまま身体を回転させて蹴りを繰り出す。予想外の体術に身体を仰け反らせて回避するお嬢様。このままだとあと僅かに届かない距離に勝利を確信した顔が見える。

「へ・・・僕の能力を知らないとそれが詰みになるんだよ・・・な!蹴撃、射程強化だ!」

 足からオーラのようなものが伸びてお嬢様の顎先を捉える。

「な・・・にが・・・」
 脳が揺れたのかふらつきながらも踏ん張る彼女に追撃を加える。僕の斬撃に辛うじて甲虫の盾を構えて迎える。

(これを防がせて、あとは体術で気絶させて詰みだ!)

 予想通り甲虫で斬撃をガードしにくるヴェスパ様。そのまま甲虫にコレクターさんから渡された刀を振り降ろすと・・・

 スパッ!!

 あれだけ硬かった甲虫がカステラを斬る如く何の抵抗も無しにヴェスパ様の左腕ごと斬ってしまう。

「ちょ!嘘だろ!?」

 この刀、なんて切れ味なんだ!?そのまま勢いあまって振り降りる刃。死を覚悟したヴェスパ様の表情。周りがスローモーションに感じられ、血の気が引く感覚。真っ白になる思考。

「剣士君!!」

 ハッとなり全身で刀を止めにかかり、何とか顔面すれすれで寸止めすることに成功した。冷汗が噴き出て顔を伝っていく。

(コレクターさんの声掛けがなければ危なかった・・・)

「何をしてますの?さあ、早く殺りなさいな。」

「もう勝負はついたでしょう?矛を収めてください。」

「甘い・・・ですわね!!」

 彼女は片腕で太ももに隠していたナイフを抜き襲ってくる。能力無くとも簡単に避けれただろうに・・・今の僕にはあまりにスローな攻撃を難なく躱すと、そのまま地面に倒れ、彼女の服は血と泥に塗れる。

「もうやめましょう!すでにあなたに勝機は無い!折角の服もそんなに汚れて・・・。」

「それがなんだと言うのです!こんなもの!幾ら汚れようともプライドや誇りが汚れることに比べれば些末なことですわ!」
 彼女は片手で震える足を堪えて立ち上がろうとするが膝から崩れる。僕は慌てて駆け寄りその身体を支えた。何が彼女をそこまで駆り立てるのか・・・。

「何をしていますの・・・まだ・・・戦いは終わっていませんわ・・・。」

 血を失った青い顔で、でも目だけはギラギラと闘志を宿して僕を睨む。

「いいや。終わりだよ女王蜂レギーナ・ヴェスパ。アンタがそう呼ばれる由縁のフェロモンもすでにその体力じゃ使えないんだろ?そんな玩具みたいなナイフなんか取り出しちゃってさ~。今のアンタはもうその辺の雑魚より酷いよ。アンタの負けだ。」
 コレクターさんが駆け寄り僕と一緒にヴェスパ様を支えて彼女の負けを促す。

「なら・・・殺しなさい・・・。」

「このままだと本当に死んじゃいますよ!早く手当を・・・。」

 その時だった。

 ビシッ!!!

 弾丸が地面に刺さる。すぐさま二射目が飛んできてヴェスパ様の胸を弾が貫いた。

「かはッ!」

「剣士君!壁を作って!!」

「ストラクチャー!!」

 僕らを守り囲むように360度ぐるりに壁を展開する。警戒する僕らに闇夜から声が降ってくる。

「あーあ・・・外しちまった。すでに虫の息の奴に当てちまうなんてな。やっぱりサードアイが居ないと本領は発揮できねえな。」

「ラピッド・・・ショット・・・。」

「悪く思わないでくれよ、ヴェスパ。俺も仕事をするとは思ってなかったぜ。まさかアンタが負けちまうなんてな。俺はアンタがそいつらを始末するのを確認してボスに報告するだけだと思ってたのにさ。妹もだからこそ呑気に宿屋でグースカ寝てるわけだし・・・。」

「こいつはアーカイブの指示なのかい!?」

「初めまして、コレクターさん。お噂はかねがね。質問の答えはYESさ。この街には別件で来ていたんだが、ヴェスパとシャークがそいつらに負けるようなら全員始末しろって緊急のお達しだったのさ。妹が居なかったせいでチャンスをフイにしてしまったがな。ま、アーカイブもついで程度に思っているだろうし、まぁいいか。そろそろ周りの奴も騒ぎ聞きつけて起きてきそうだしな。じゃーねー。」

 謎の狙撃者の気配が消える。夜の静けさが戻り、辺りはシンと静まり返っていた。

「リペアさん!!!」
 
 僕は壁を解除し大声で彼女を呼ぶ。植え込みから『はいは~い』と呑気な声がして駆け寄ってきた。

「重症ですね~。あ、斬り飛ばした腕を持ってきてくださーい。繋げちゃいますので。」

「ま、間に合いませ・・・ん・・・わ・・・。」

「まぁまぁ、そう言わずお任せくださいな~。・・・って気絶しちゃいましたねー。」
 僕は斬り飛ばした、腕を拾い上げてリペアさんに渡す。
 彼女が治療を始めると見る見るうちに傷ついた身体が治っていく・・・。いや・・・元に戻っている・・・ような・・・。なんだこの能力・・・どこかで・・・。駄目だ。考えればまた頭痛がしてくる。

「うふふ・・・剣士さん。調子悪そうですね~。私が治しましょうか?」
 リペアさんがニコニコと口角の上がった顔をこちらに向けてくる。

「僕が調子悪そうにしていると、あなたはいつも楽しそうですよね・・・。」

「そうですか?気の所為じゃないです?・・・はい、終わり。あとは安静にしておくくらいですね~。あ、次は剣士さんとコレクターさんを治しますね~。」

 リペアさんはコレクターさんの矢を抜いて治療してゆく。

「じゃあ、治療が終わったら解散かな~。あたしゃもう眠いよ~、ふああ・・・。君たちも面倒なことになる前に帰りな。あ、ヴェスパは任せていいかい?」

「あー・・・いや・・・その事なんですが・・・僕この街についたばかりで・・・。」

「まじ・・・?宿無し?」

「おいおいおいおい!そりゃ困るよ!俺はどうしたらいいんだ!」

「おわ!忘れてた・・・。」

「え?誰?こいつ?」
 コレクターさんはアルケミストを指さしきょとんとしている。

「ずっと居ただろ!・・・隠れてたけど・・・。」

「戦闘始まる最初のシーンに一応居ましたよ、彼・・・。」

「あ~!そういや居たね~。すっかり忘れてた!」

「おい!剣士!お金は!?宿は!?」

「いや~・・・女騎士さんの泊ってた宿に転がり込む予定してたから・・・その彼女が攫われて~。つまり・・・。」

「つまり・・・?」

「ノープランです!ごめんちゃい♪」

「~~」
 ふっ・・・僕の可愛すぎるてへぺろにアルケミストも声が出ないようだな・・・。ねえ?どすんの?どすんの?どーすんの!?
 いやホントどうしよ・・・?
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