羊頭狗肉のベルゼブブ

人の心無いんか?

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塔内編

塔内編その49

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「ふざけた奴等だ!!」

 現在、今度予定されているライブの下見の為に会場に向かって移動中なのだが、その道すがら先程私の身に起こった、カルディアさんの関係者を消しに来た、という話を聞いててっちゃんは怒り心頭の様子。元々、人さらいするような奴等だしやってきそうではあるが・・・

「なんでそんなに消したがるんでしょうか?」

「そのアーカイブと言う人物像も噂程度でしか聞きませんし、カルディア様についても私もアーセナル様同様、出会ったばかりで詳しくありませんので・・・。てっちゃん様なら何故カルディア様が狙われているのか見当が付いているのでは?」

「それは・・・。」

 アドミラルにそう言われててっちゃんは急にトーンダウンして押し黙ってしまう。だが、それは半分答えているようなものだ。

「なるほど、理解しました。時に沈黙は雄弁ですからね。おいそれと言えないほどの秘密が彼女にはあるのでしょう。それならば攻略組が狙ってくるのも頷けます。元々、アーカイブとカルディア様はお知り合いだったようですし、案外、自分以外のカルディア様の知り合いを消してしまってカルディア様の居場所を自身に向けようという短絡的な発想なのかもしれません。」

「そんな事のためだけに私達は狙われたんですか!?」

「カルディア様の秘密次第では”そんな事”では済まないかもしれませんよ?・・・っと、着きましたね。まぁ、カルディア様の事は剣士様に任すしかありませんし、アーカイブの刺客に対して私達が先手を取れる訳でもありませんから、現状、私達は私達に出来ることをしましょう。」

「できることとは何なのだ?」
 
 会場の扉に手をかけたアドミラルの背にてっちゃんが問いかける。彼女はその問いに振り向き、顔の横で人差し指と親指で丸を作り微笑みながらこう言うのだった。

「資金調達。」




______________________________



「すみません。会場の下見をお願いしておりましたアドミラルです。よろしいでしょうか?」

「あ・・・その・・・。」

 施設に入り、受付のスタッフにそう話しかけたアドミラルだったが、どうも相手側の反応が芳しくない。

「何か?」

「それが・・・同じ日に出演予定のもう一組の方が今、視察されておりまして・・・。」

「この時間は私達が視させていただく事になっていましたが?」

 彼女はギロリと受付の人を睨みつける。受付の人は委縮してしまい小さくなると、アドミラルはスタスタと奥へと入って行く。受付の人は控えめに止めようとするが、気にも留めず行ってしまい、私たちも彼女について奥へと入って行った。

「アドミラルよ。今度のらいぶ?は我々だけではないのか?」

 てっちゃんがアドミラルに並んで歩きながら質問を投げかける。

「今度のライブは合同形式のものとなっています。他にも出演者がいくつか。様々な多くのファンが来るので、そこで彼女の魅力を発揮できれば、さらなるステップアップが可能でしょう。」

「なるほど・・・。その他の出演者がルールを無視していると言う訳だな。」

「ええ。」

 会場の大ホールに入ると多くの人が物を運んだり機材をチェックしたり、せわしなく動いている。下の一階席は立ち見になっており、二階椅子席まで備わった大きな会場だ。
 辺りを見渡すと下の立ち見の場所に簡単な椅子に座って舞台を眺める女の子おり、アドミラルもその子に気付いたようで近寄り話しかけた。

「すみません。責任者はどなたですか?」

「あ・・・えっと・・・その・・・。」
 
 背が高いが見た目に反して気弱そうで大人しそうな女の子だ。
 苛立っているのだろうか、そんな子に掛けたアドミラルの言葉には、声色に棘があり、それを察した女の子が委縮してしまう。すると奥から男性がやってくる。
 整った顔立ちにスラリとした長身で身に着けているスーツ、時計、眼鏡、すべてが高級そうに見えた。普段からそうなのだろう、それらを実にごく自然に着こなしているのだ。一発で金持ちであり、この集団を取り仕切っている責任者だと誰もが分かった。

「すみません。ファンの方でしょうか?申し訳ありませんが、今日はリハで関係者以外は立ち入らないようお願いしております。お出口はあちらですので、またライブ当日にお願いしますね。」

 私達を面倒なファンだと思ったのだろう。口調こそ柔らかかったが、苛立ちが見て取れた。

「この時間、”本来”ここを使わせていただくことになっていたアドミラルです。お出口はあちらですので関係者以外は退室をお願いします。」

 アドミラルが名乗った瞬間、二人の間にバチバチと視線と視線がぶつかる。しかしそれも一瞬。相手の男は見下すように鼻で笑い、

「ああ~、あのアイスエイジとかいう馬鹿っぽいアイドルを売り出している所ですよね。この間も商店の店先で鼻水垂れ流しながらかき氷作っていたとか?あっ、すみません、馬鹿っぽいのは”そういう戦略”でしたか?なんにせよ、アイドルよりかき氷屋さんでもなさった方が向いているんじゃないですか?なんなら物件をご紹介しますよ?」

「あれはあくまで”ライブ後”のファンとの交流の一環です。その日もちゃんとライブを行いましたから。それにあのかき氷イベントでかき氷シロップが沢山売れたと商店の方も喜んでいましたので。ちゃんとうちのアイスエイジは歌も踊りも出来ますから。」

 アドミラルは若干青筋を立てながら静かにまくし立てる。本当に人間っぽくなったな、この人。
 あと、アドミラルの馬鹿っぽいと言うところは全員の認識のようで誰も反論しないのね。本人がこの場に居なくて良かったわ。相手に掴みかかってそうだもの。

「おお~、そうでしたか!歌と踊り!へぇ~。漫才とお遊戯ではなくて?ふふ・・・すみません。うちの歌姫に比べたら児戯かと見紛うほどでしたので・・・。」

「は?」

 アドミラルが男を睨みつけるがその視線をものともしない。逆に男の隣に立つ、最初に話しかけた少女がますます小さくなった。

「おお!こわいこわい。そんなに睨まないでください。暴力に訴えられると私達はとても勝ち目がありませんから。」

 話していると男の部下だろうか?駆け寄ってきて耳打ちしている。微かに漏れる声から『見つけた・・・』『交渉・・・』『作らせている・・・』と聞き取れた。部下が去ると男は自信に満ち溢れた態度で私達に向かって、

「おっと・・・そろそろ私達の方も終わりそうです。それでは皆さん、また当日に。では、行きましょうか、”ローレライ”。」

 男は隣のビクビクとする少女をエスコートするように会場を去っていく。いつの間にか周りでせわしなく動いていた男の部下も居なくなっていた。

「ローレライ・・・あの女の子が・・・。」

 アドミラルが去っていく二人の背中を見つめながら呟く。そんな彼女にてっちゃんが話しかける。

「知っているのか?」

「最近、歌手活動を始めた気鋭の新人です。ローレライの名に相応しい歌唱力と言えます。実際に目にしたのは初めてですが・・・。」

「今度一緒にライブになるんだろ?大丈夫なのか?」

「アイスエイジには歌以外にも踊りやあのキャラクターがありますからそれで・・・なんとか・・・。」

 心配するてっちゃんにアドミラルが答えるが、その表情は冴えない。正直、厳しいのだろう。それにしても・・・

「にしても、あの付いていた男性。カッコよかったですね~。どこかの芸能人かと思いました。」

 去った後でも妙に脳裏に焼きついている。もう一度会ってみたいなぁ。彼の顔を思い浮かべると妙に気分がいいのだ。

「てっちゃん様。アーセナルにしゃくりあげ。」

「あい、わかった。」

 いきなり後ろからタックルされて宙を舞い、地面に激突する。せっかく良い気分で浸っていたのに台無しだ。

「・・・った~、何するんですか!」

「何してるんです・・・アーセナル様。それでもランカーですか。彼があの有名な”聖夜”ですよ。そんな目にハート浮かべていたらいいようにされますよ。」

 彼女は特大の溜息をつき『情けない』と呆れかえっていた。

「え?あれがですか・・・。確かに、物凄いイケメンでしたね。」

「思い出さないの。もう一回食らっておきますか?」

 彼女の言葉にてっちゃんがしゃくりあげの素振りを始めている。

「いやいやいやいや!そんな何回も食らっていたら骨がやられちゃいますよ!もう分かりましたから!」

「ともかく。相手は資金力も人脈もあります。ですが、アレに勝たねばトップアイドルの座は無いでしょうね。」

 なんだろう・・・アドミラル、ちょっと燃えてる?

「あのー、アドミラル?」

「はい?」

「このアイドル活動って資金調達の一環なんだよね?」

「そうですよ?」

「ちょっとムキになってない?もしかしてプロデュース業が楽しくなってきた?」

「・・・。そんなことないですよ?」

「何、今の間。ね~ね~。楽しくなってきたんでしょ?お姉さんに言ってみなさい?」

「知りません!」

 そう言って話を切り上げるかのように彼女は会場の設備や機材の下見と点検に行ってしまった。あんな可愛らしい姿、拠点に居た頃からは想像出来なかったな~。思わず笑みが零れる。

「アーセナル?何か良いことあった?」

 てっちゃんが私の顔を覗いてそう聞いてくる。

「ん?あ~良い事・・・うん。そうかもしれない。きっと良いことなんだよ。さ、私達も行こう。」

 さーて!それじゃアイスエイジとアドミラルの為にいっちょやりますか!
 気合いを入れなおして彼女の背を追いかけた。だがしかし・・・。



_________________________________



「なに・・・これ・・・。」

 ライブ当日。今日は大きなホールに沢山の人が詰めかけていた。さっきまでは・・・。

「おい!ロビーでこれから、さっき歌った子の物販だって!数量限定だから無くなっちまう!早く行こうぜ!」

 ”また”男二人組がそんな事を言いながらホールを小走りで出ていこうとする。あまり急ぐものだから私とぶつかってしまい。相手の子たちは頭を下げる。

「まっ・・・!」

 私は反射的に手を伸ばしてぶつかった男達に声をかけ手を伸ばそうとした。

「なに?お姉さん?」

「い、いえ・・・ごめんなさい・・・勘違いでし・・・た。」

 振り返った男達は面倒くさそうな表情をして私を見つめていた。勘違いだと言うとますます苛立った顔を残して走り去って行ったのだった。
 私は一体何をしようとしたのだろう。『待ってくれ。次の子の曲も聞いて欲しい。』とでも懇願しようというのか。それは舞台に立ち、戦う彼女に対する侮辱だ。舞台の方を見るとアイスエイジがまばらな、空白だらけのホールに向かって笑顔で挨拶をしている。だが、その笑顔はいつもよりもずっと硬い。曲のイントロが流れ、彼女が歌う。だが、今日の歌声はいつもよりもずっと酷い出来だ。こんな状態を見せられてショックじゃない訳が無いのだ。
 曲が終わり舞台から下がった彼女の様子を見に舞台袖に急ぐ。そこには向かい合ってアイスエイジと彼女の肩を抱く、アドミラルが居た。

「今日はこのまま帰りますか?」

「ううん。物販もやる・・・。」

「無理しなくて良いんですよ?」

「少しでもファンの人、残って居たから・・・。あの人たちの為にやる。」

「そう・・・ですか。」

 その後、僅かに売れただけの物販を収納して帰路についた。その日の晩、食事時になってもアイスエイジは部屋の布団から出てこようとしない。だが、それに対して彼女に声をかける者は誰も居ない、何も言わない。
 ずっと声を押し殺して、すすり泣く彼女の嗚咽が聞こえていたから・・・。
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