羊頭狗肉のベルゼブブ

人の心無いんか?

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塔内編

塔内編その48

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 人の多い繁華街から外れて、人がまばらになった少し立地の悪い薄暗い通りに坂下小児医院は建っている。小児科と言っているが実際小児程度の年の子なんてこの世界には殆どいないのだから小児科とも言えないのだが、どうもここの先生が元々子供相手に医療を行っていたようでこの名前だ。実際はどんな年齢の人でも診てくれている。
 私は痛む足を押して全力で走り、中心街へと舞い戻ってきていた。肩で息をしながら安っぽいドアを開けて病院に入ると、すぐさま受付の看護師さんに声を掛けられる。

「本日は受診ですか?お呼びしますのでこちらにお名前を・・・。」

「あ、いえ。同居人の付き添いで・・・。あ、いました。」

「え・・・でもその足・・・。」

 僅かな人数の待合室を見渡すと本を読みながら腰かける、いつもと変わらないアドミラルを見つけ、内心安堵する。何か言いたげな看護師をよそに私はアドミラルの傍まで行き声を掛けた。

「アドミラル。」

「アーセナル様。どうされたのですか?今日はヘッドシューター様の所に行かれたのでは?」

「実は・・・。」

 私は今日あった襲撃を掻い摘んで話した。

「そうですか・・・。私の所は何ともないですね。強いて言うなら今日はこの診療所にしては珍しく待合に人がそこそこ来ていたことぐらいでしょうか?後は宿で待っているてっちゃん様がどうか・・・。」

「診察が終わったら、会場の下見の前にてっちゃんを迎えに行きましょう。なるべく固まって行動した方がいいわ。」

「そうですね。もうそろそろ呼ばれると思います。」

 この病院とは付き合いが長い。この街に着いてすぐの頃、不調のアドミラルを診てもらえる所を探したのだが、街の中心部の病院はどこも人で溢れていて、中々診てもらうことが出来ず彷徨っていたところ発見したのがこの病院だ。
 辺鄙なところに建っているうえ小児科の看板を上げているものだから大丈夫かな?と思ったものだが、とにかく早く診てもらいたかったので背に腹は代えられず、とりあえず入ってみると人は少なく、誰でも診て貰えるし腕も良かった。こんな人気の無いところに建っているのも、私達と一緒でここの先生自身が最近この街に来て、良い不動産物件が無かったからだそう。とにもかくにも私達にとってすぐに診て貰えたのは幸運で、ここで薬を処方されて以後、アドミラルは復調した。

「次の方ー。」

 アドミラルに付いて診察室に入る。中には優し気な背の小さい女医さんが椅子に座って書類にペンを走らせており、私達に気付くと手を止めて話しかけてくる。

「やー。アドミラルさん。今日はお連れさんと一緒かね?」

「ええ。この後一緒に用事を済ませる予定でして。」

「ほー。最近患者さんからも聞くようになったよ。アイスエイジ君だっけ?働くのも程々にね。」

「分かってますよ、先生。」

「・・・全然分かって無いからもっと言ってやってください先生。」

「え?」
 二人の会話の途中、アドミラルが嘘をつくもんだからつい横から言葉が出る。ギロっとアドミラルに睨まれるが、横を向いて知らんぷりしてやった。急な私の言葉に一瞬先生が面を食らったのを見てアドミラルが苦笑いしながら話を続ける。

「そういえば先生。今日は珍しくそこそこ患者さんが来てましたね?」

(この女、話題を変えるつもりだな・・・。)

「あのねぇ・・・。一応、病院経営してるんだからそこそこ来てもらわないと困るの!・・・まー、今日確かに結構来たなー。皆似たような風邪みたいな症状だったし、流行ってるのかもしれないから、あなた達も気を付けてね。」

「風邪・・・ですか?そう言えば待合室でも咳き込んでいた人が居ましたね。」

「君も、体調の方はどうかね?」

「風邪は引いてませんよ?」

「そっちじゃなくて・・・。」

「ええっと・・・順調です。先生の薬でずいぶん楽になっています。」

「この世界の者たちをもってすれば本当は完治も出来ると思うんだが・・・それは嫌なんだろ?」

「すみません・・・先生。それは・・・。」

「わかっているよ。何か事情があるんだろう。患者の望まないことはしない。患者さんの笑顔が私達の最高の報酬だからね。これまで通り対処療法でいこう。また薬出しておくから無くなりかけたり、体調に変化があったら来なさいね。それと・・・。」

 先生が私の足をじっと見つめる。

「なんだね!その足は!しかも応急処置しかしていないじゃないか!全くどこで危ないことをしてきたのやら!」

「いやこれはその・・・あははは・・・」

 頬を掻きながら曖昧に笑いかけて誤魔化そうとしたが、思いっきり睨まれてしまう。まあ、あの見た目で睨まれても可愛いだけなのだが。

「君にも薬出しておくから!それじゃ、今日はもういいよ。」

「ありがとうございます。美久先生。」

「おい、下の名前で呼ぶな。」

「どうしてです?可愛いのに。それに偽名でしょう?」

 私が下の名前で呼ぶと、先生はジト目で睨んでくる。その様子が可愛らしくて、思わず笑いながらそう聞いた。すると意外な答えが返ってくる。

「本名だよ。この世界で本名を名乗るのは危険だと言われているが、私はこの仕事に誇りを持っているんだ。だから本名で活動している。」

「え・・・危険なんじゃ・・・。」

「じゃあ・・・」
「もしもの時は君たちが私を守っておくれ。」

 坂下先生はそう言って人懐っこい笑顔を見せるのであった。



 受付で薬を貰い、支払いを済ませて病院を出る。宿に帰る途中、私はふと疑問に思っていたことを口にした。

「そう言えば、あの病院なんであれでやっていけてるんでしょうか?人もまばらだし、診察料や薬代が高額って訳でもないのに・・・。」

「どうも先生は薬を作る方が得意みたいですね。本当はそっちの能力だとか。診察はあくまで自身の経験からのものだそうで。処方していただいてる薬もご自分で作られてるそうですよ。」

「てっきり医学系のスキルかと思ってましたけど、薬学系の人だったんですね。」

「それでも回復系は怪我や病気を治してしまう治癒能力のスキルを持った人がいる分、稼ぎはそんなに無いかと思います。」 

 そう。アドミラルが言うように回復系はそもそも問答無用に怪我・病気を治してしまう治癒系が最も重宝され、その下に診察や手術を行う医学系や薬を生成する薬学系が来る。拠点でドンパチしていた頃は、互いに敵の治癒師と言うのは優先的な抹殺対象になっていた。上手くバランスが取れてるのは治癒系の数は少なく、欠損部位を生やしたり限定的な蘇生能力を持つような強力な治癒能力は希少とされていることだろう。
 強力な治癒能力の数が絞られているあたり、この世界を作った神々は私達が死んでいくこと前提としているのだろう。案外誰が生き残るのかと神様が賭け事でもして楽しんでいるのかもね。

「さ、着きましたよ。てっちゃん様を呼んできますね。・・・アーセナル様?どうしました?何か良い事でも?」

「え?」

「なんだか笑っているように見えましたので。」

「そう?私、笑ってましたか?・・・ん~、生き残れたら何しようかな?って。」

「そう・・・ですか。生き残って・・・帰りたい・・・ですよね。」

 そう言い残してアドミラルはてっちゃんを呼びに宿に入って行く。だが、なぜだろう?ドアを閉める際の彼女の暗い表情。それを見た私の心には若干のしこりを残したのだった。 
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