羊頭狗肉のベルゼブブ

人の心無いんか?

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塔内編

塔内編その52

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「どうなのだ?アーセナルよ。」

 部屋から出るとすぐに声を掛けられる。大きな図体で不安そうにそう聞いてきたのは私達の仲間の優しき魔獣のてっちゃんだ。すぐ後ろには氷嚢を作ってくれた我らのお抱えアイドルのアイスエイジも不安そうにこちらを見ている。
 それに答えるように私は首を降った。

「今、眠ったけど・・・駄目ね、熱が下がらないわ。元々病気持ちだったし、それも相まって随分と体力を消耗してる。」

「ねえ?大丈夫だよね?良くなるよね?」

 不安そうに私を見つめるアイスエイジの頭を抱き寄せ撫でてあげる。

「大丈夫よ・・・。敵を倒せば絶対良くなる。その為に相手を探し出さないと・・・。」

 その言葉はアイスエイジに向けてなのか・・・自分自身に向けてなのか・・・。
 あの役場での一件の際にアドミラルは突然倒れた。彼女をすぐさま抱き起こし、額に手をやった時の熱さが今でも思い起こされる。
 兎にも角にもこれで仲間の命が掛かった事態となってしまった。

「私は犯人を追う。アイスエイジとてっちゃんはアドミラルをよろしくね。」

「待って!私も行く。このままじゃライブどころかアドミラルだって・・・。あの・・・だから・・・!」

 言葉を探してオタオタしながらもそう言う彼女は私にはとても可愛らしく映り、思わず抱きしめる。

「ん~~~~・・・!引き籠りの娘がこんなに立派になって!」

「わぷっ!む~・・・引き籠りじゃないし!」

 ぷくっと膨れる姿を見るとかつての拠点の若い子達を思い出す。宥めるように撫でてあげると甘えるように抱きついて来るんだから可愛らしい。

「はいはい。それじゃ、てっちゃん悪いけど・・・。」

「ああ、こっちは任せろ。宿のおかみさんも居るしな。」

「それじゃ、行きましょう。今は時間が惜しいわ。」

 私の言葉にアイスエイジとてっちゃんが力強く頷く。アドミラルはてっちゃんに任せて私達はトータルワークスとの待ち合わせの場所に急いだ。



__________________________________



「よお。随分と時間かかったな。」

 待ち合わせの通りに行くと彼の特徴的な身体全体を隠すような大きな外套を纏ったトータルワークスが佇んでいた。

「落ち着くまで時間が掛かったのよ。」

「どんな奴でも死ぬときゃ死ぬ。今は早く動いた方が賢い。」

「ちょっと!何よこいつ!こっちは仲間が倒れてるっていうのに!」

「おい、アーセナル。なんだこの小娘は?」

 トータルワークスの冷たい言い方にアイスエイジが噛みつく。反面、トータルワークスはそれに対し怒るわけでもなく相手にする素振りも無い。

「アイスエイジ。私達の仲間です。」

「役に立つのか?」

「戦闘面は問題ないかと・・・。」

 トータルは『ふーん・・・』とアイスエイジを上から下までジロジロと見ると、『フッ・・・』っと小さく笑ってから、そのまま先導しだす。

「ちょっと無視すんな!・・・アーセナル!あいつ何なの!?」

「トータルワークスですよ・・・。あなたも知っているでしょう?」

「あいつが!?・・・なんかヤな奴!イメージと違ったわ。」

 勝手に行ってしまった彼の背中を追いかけながらアイスエイジと会話する。彼女はトータルワークスだと知っても敵視むき出しで後ろからジロジロと背中を睨みつけるのだった。




「で、だ。アーセナルよ。アドミラルが倒れた心当たりは無いのか?」

 トータルワークスは私達の先を歩きながら後ろを振り返らずに聞いてくる。

「あの人は仕事人間で仕事以外で特に変わったことはしてませんでしたから・・・。」

「口にする物はどうだ?」

「食べ物も・・・食事はみんな同じものを食べてましたし・・・。一人でぶらりと買い食いなんてするタイプじゃ無いですよ?どちらかとこの子の方がそういうことします。」

 チラリと横のアイスエイジを見るとまだ『む~・・・』とトータルの背中を見てる。

「手掛かりなしか・・・。おっと・・・ここだ。」

 着いたのは二階建ての安そうなアパートメント。二階へ上がろうとするとアイスエイジがちょんちょんと私の服の裾を摘まんで聞いてくる。

「ねえ?ここで何するの?」

 その言葉を聞いてトータルが厳しい目でこちらを見てくる。その目は『言ってないのか』と抗議じみたものが孕んでいた。

「ここにトータルワークスさん所の従業員さんが住んでるのよ。あの原因不明の病気に掛かっている・・・ね。」

 件の人物は階段で二階に上がり一番奥の突き当りの部屋のようだ。トータルが軽くノックをすると割と元気な声で『はーい。』と返事がありドアが開け放たれる。出てきたのは2メートルにも届きそうなガタイの良い男性で、そのいかつい体格に似合わない優し気な目をしていた。

「来ていたのか、雷電。」

「社長!へえ、昼休憩を頂きまして・・・様子を見に。そろそろ作業所に戻ろうと思っていたところです。」

「いい。お前も同席してくれ。・・・こいつは雷電。病気になった谷風とずっとつるんでいた奴だ。」

(谷風に雷電って・・・この人達それで生産職なの???)

「初めまして、雷電です。・・・社長。このべっぴんさん方はどなたで?」

「栗毛のボインがアーセナルだ。青のチビペタがアイスエイジだな。」

「ちょっと!ちゃんとBあるのよ!ペタじゃないし!」

 彼女は反論するかのようにその可愛らしい双房を強調するため胸を反らす。

「そうか?すまんな。隣と比べると起伏がわからなくてな。フッ・・・許してくれ・・・フッ・・・。」

 半笑いで全く悪びれもせず謝るもんだからアイスエイジが『ムキーッ』と食ってかかるのを必死で押さえこむ。向こうも『社長!セクハラですよ!』と雷電さんが窘めていたが、横を向き全く聞いていなかった。このままだと話が進まなそうなので無理矢理進めることにする。

「と、とりあえず、中に入って調査しましょう!」

「調査・・・ですか?」

「ええ・・・。あなたの同僚さんの病気の原因を探りに来たのよ。」

「おお!お医者様なのですか!?今までどこの病院にかかっても良くならなくて・・・。」

「あー・・・医者ー・・・では無いのだけれど・・・。あなたの友人の力になれるよう善処するわ。」

 なんか勘違いされて勝手に期待を寄せられてるけど・・・やだなぁ・・・。こっちはこっちの都合でやってきてるのにそんな縋る様な目で見られると気が引けるじゃない。
 一先ず部屋に上がりこむと中は至って普通の風呂トイレ付きの1Kの物件。玄関すぐがキッチンで奥が部屋となっている。物は少なく、男の一人暮らしにしてはきちんと片づけられていて清潔感があった。

(ごちゃごちゃしていなくて良かったわ。これなら何かと探りやすい。)

「ちょっと様子を見てくるから、アーセナルと小うるさい青いのは何か無いか探してみてくれ。」

 トータルはそう言うと奥で寝かせている谷風さんの所に行ってしまった。

「あいついちいち勘に障るのよね!」

「社長はいつもあんな感じですから・・・。」

「ねえ?随分と片付いているけど谷風さんはいつも食事はどうしていたの?」

 キッチンを見てみると調理器具は殆どなく、簡単な小鍋があるくらいで食器も少なく、コップと箸スプーンに手ごろなどんぶり椀と大きめの平たい皿があるくらいだ。

「いつも外食ですね。俺と一緒に行きつけの店で食べてましたね。他は・・・」

「レトルト食品かな?」
 
 雷電さんの言葉を遮ったアイスエイジが戸棚でごそごそと漁ったものをテーブルの上に並べていく。缶詰、パウチ食品、カップスープ、クッキー式の固形簡易食料。どこでも売られているよく見る物ばかりだ。だがその中に・・・

「どれも普通・・・ん?これ・・・?」

「あ・・・アーセナルも気付いた?懐かしいでしょ?最近ついにCM流れてるのよ!」

 唯一食品ではない怪しげなラベルの瓶を手に取る。懐かしいって程でもないが、この街で活動し始めた頃、まだ全然名前も売れていないのにアイスエイジを起用してくれたんだっけ。

「あー!そういえばお嬢さんタフデラックスZの!はぇ~、通りで美人な訳ですなぁ~。芸能人でしたか。」

「そうでしょ~?オーラが違うでしょ?ふふんっ!サインあげよっか?」

 アイスエイジが無い胸を張って鼻高らかに得意げにしている。

「その恥ずかしい恰好もそれででしたか~。あ、サインは要らないっす。」

「え?」

「え??」

「・・・」

「???」

「ああっと!そ、そういえばこのタフデラックスZって効くのかしらね~。」
 
 二人してきょとんとして変な空気が流れかけたので全力で話題を逸らしに掛かった。

「いや~、俺は飲んだこと無いですな~。そういえば谷風の奴、以前に『仕事の疲れが残らず調子が良い』って言ってたけどこれの事だったのかな?」

「・・・ってことはこれは谷風さんだけが飲んでたものなのね・・・。」

 殆ど錠剤が無くなった瓶を手に持ってラベルを確認する。

(販売元、鳥取健康食品・・・)

「何か分かったか?」

 谷風さんの見舞いが終わったのかトータルがキッチンに戻ってくる。

「これ・・・谷風さんが飲んでいたそうです。」

 瓶をトータルに渡すと彼は瓶を回してラベルや中身を調べていく。

「最近CMを流しているやつだな。お前のところのアドミラルは?」

「使っている様子は無いですね。」

「元々お薬飲んでるしね。こーいうのって飲み合わせとか気を付けないと駄目なんでしょ?」

「ちょっと待て、青いの。薬?あいつ身体が悪かったのか?」

「うん、病気でね、詳しくは知らないけど。定期的に通院してるの。アーセナルがだいたいいつも付き添いしてるよ。ねー。」

 アイスエイジが同意を求めるように私に言うと頷いて肯定して見せる。彼女の言葉を聞いてトータルは考えるような素振りを見せた。

「元々服薬していた・・・か。ちょっと気になるな。」

 そう言うとトータルは瓶をテーブルに戻してから、携帯電話を取り出し、どこかに電話をし始めた。

「あなた・・・えっと雷電さんだっけ?これ頂いても良いかしら?」

「へ、へえ。俺の持ち物でもありませんし、谷風もあの様子じゃ使うこと無いでしょうに。いいんじゃありませんか?」

 了承を得てから数粒底だまりのタフデラックスZを手に取る。
 電話を終えたトータルが戻ってくると、短く私達に告げるのであった。

「よし、行くぞ。」

「ええ。」

「え?え?」

 キョロキョロするアイスエイジに私は手に持った瓶を振り、カラカラと音を立てる。

「ここよ、ここ。」
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