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塔内編
塔内編その54
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「あれ?お店・・・どうしたんだろ?」
アイスエイジがそう言ったのはトータルワークスと別れて宿泊している宿まで帰ってきた時だった。まだ宿まで距離があり遠目だがいつもなら既に暖簾を出して近所の客がチラホラ飲みに来ているような時間なのに、妙な人だかりが出来ていて何やら騒がしい。そのまま近づき手近な野次馬の一人に声を掛けることにした。
「なんの騒ぎです?」
「ああ・・・いや・・・。なんか店が襲われたらしいって・・・。」
「え!?どういうことです!?けが人は!?」
「えっと・・・怪我人は居ないよ。襲われたって言い方は大袈裟だったね。正確には嫌がらせさ。最近流行ってるみたいなんだよ。」
一先ず誰も怪我をしていないという情報を得てほっと胸を撫でおろす。しかし、隣のアイスエイジは私とは対照的で見る見るうちに怒りを露わにする。
「何でよ!何でそんなことを!」
アイスエイジが興奮して野次馬の男の胸ぐらに食ってかかると、彼は困った顔でこちらに助けを求める目を向ける。
『やめなさい!』とアイスエイジの服の襟を掴みグイっと引っ張るとアイドルとは思えない潰れたカエルのような声が漏れた。男は身だしなみを整えながら話の続きをする。
「今、病気騒ぎでみんなピリピリしてるんだよ。それで過激な奴は人が集まりそうな店とかに嫌がらせをしてるみたいだな。やだねぇ・・・。」
野次馬の男が話し終えたタイミングで人だかりの奥から聞き馴染みのある声がした。
「掃除の邪魔だからどいてちょうだい!」
その女性の声で野次馬達はぞろぞろと散っていく。人だかりが消えお店の入口が露わになると隣に立つアイスエイジから声が漏れた。
「酷い・・・。」
窓ガラスは何かが投げ込まれた様に割れており、引き戸には『人殺し!』『営業ヤメロ!』等の張り紙がされてあり、入口には生ごみが撒かれて、それをおかみさんが箒とちりとりで掃除していた。
「手伝います。」
アイスエイジがおかみさんに声をかけながら掃除用具を持とうとすると、
「やめてちょうだい!!!」
おかみさんから思わぬ拒絶を喰らう。予想だにしなかった拒絶に『ポカン…』とするアイスエイジを見て、おかみさんはハッとなり、今度はしおらしく
「お願いだから・・・何もしないでちょうだい・・・。」
そう言って掃除に戻ってしまった。
「行きましょう。」
「うん・・・。」
固まるアイスエイジの手を引いて宿の中に入る。おかみさんの脇を通り過ぎる瞬間消え入りそうなか細い声が聞こえた。
『ごめんなさい・・・』と・・・
中に入るといつもなら数人が既に席について出来上がっているという、いつもの光景は無く、シンと静まり返っている。恐らく外から投げ入れられた物が酒瓶にでも当たったのだろう床には何かがこぼれた痕があり、それをおかみさんが掃除したであろう痕跡が見て取れた。
一先ず、アドミラルの様子を見るため二人して二階に上がり部屋へと行くと、そこにはてっちゃん以外に隊長とぼんぼんさんが来ていた。そして何故か皆一様に難しい顔をしていたのだ。
「何かあったんですか?」
「アドミラルを診て貰うのにこの二人に協力してもらったのだ。受診が終わって帰ってきたのだが・・・」
そこまで言うとてっちゃんが俯いた。代わりに隊長が説明をしてくれるが、歯切れが随分悪い。
「あのね・・・。今、起きてる流行病でね・・・その・・・。この宿も攻撃されてるみたい・・・『店を開けるな』って・・・。」
「いまさっき目の当たりにしたところです・・・。」
「酷すぎる!あんなの!だいたいこの騒動は能力なんだから普通に移ることは無いのに!!」
「解決しないことには証明出来ないわ・・・。大半の人は移る病気だと恐れている。それでね・・・。」
噛みつくように言うアイスエイジに対して、冷静に状況を説明する隊長。しかしその言葉は歯切れが悪い。私は話を進めるため尚も言葉をぶつけようとするアイスエイジを遮って隊長に聞いた。
「なんとなく解りました。罹患者が出ている私達に『出ていけ』って事ですか?」
私の問いに3人は頷いた。それに対しアイスエイジは怒り心頭だ。
「何よそれ!」
「宿泊の方でも影響が出てるらしいわ・・・。『病気の者は追い出せ』って苦情が他の宿泊客から出てるそうよ・・・。」
「いい人だと思っていたのに!文句言ってくる!!」
「やめなさい。」
「なんでよ!」
「おかみさんにだって生活があるのよ!?あなた責任持てるの!?」
「それは・・・。」
窘めるとアイスエイジは熱が冷めて、下を向いて静かになった。
「ま、良い人だと思うわ。本当はそんな事言いたくなかったんでしょうね。だいぶ遠回しに、申し訳なさそうに言ってきたから・・・。」
さっきの『ごめんなさい』はそういうことか・・・。
「それで先輩、アドミラルさんをどうしましょう・・・?ぼく達の家では何かあった時、病院まで遠すぎますし・・・。」
「そうなのよねぇ・・・。・・・うーん。仕方がない。コレクターのお家を貸してもらいましょう。」
「寝かせられるでしょうか・・・。」
「そこなのよねぇ・・・。」
どうやら、コレクターの家はそんなに広い家ではなく既に3人が住んでいるとのこと。その点がネックになっているようだが、他に案も無いのでコレクターの家に向かうことに決定した。
私達は身支度を済ませてから今までお世話になったお礼をおかみさんに伝えるため彼女の私室を尋ねた。
最後おかみさんに挨拶に部屋を訪れた時、ゴミ箱には丸められた紙が大量に捨てられており、全文は見えなかったが、『店を開けるな!』とか『ウイルス食堂』という文字が見え隠れしていた。あれは表に張られていたものや、投げ入れられた物にくっ付けていたのだろう。
椅子に腰かけるおかみさんも表情が憔悴しきっており、私達にも申し訳なさそうに頭を下げてくれた。
隊長も言っていたが皆それぞれ生活がある。今回の事も彼女の本意では無いのだろう。この騒動だって分からない人にとっては恐怖でしかない。幾ら、私達が自然のウイルスではないと言ってもこの事態を収めないことには聞き入れてもらえないだろう。
やるせなさを感じながら私達は長い間、逗留した宿を後にした。
_________________________________
「え、なにこれ・・・。」
隊長の案内でコレクターさんの家の前までやって来たのだが、何があったのだろう?案内してくれた本人が家を見て驚いている。
改めて家を見ると・・・特におかしな点は無さそうだが・・・。しかし、話に聞いているよりも大きな家だ。手狭と聞いていたが・・・。
隊長は入口の扉を開け放つと、中に向かって呼びかけた。
「おーい!居るー?」
「・・・だ、誰!?・・・あ!ヘッドシューターさん?それにぼんぼんさん。」
「いや・・・ぼくはぼんぼんじゃなくて・・・まあ今はいいか。アルケミスト・・・でしたっけ?この前、来た時と随分違うのは・・・これは・・・。」
「ははは・・・り、臨時収入がありまして・・・。人ん家だけど増築させてもらったんです。」
「あんた、随分金回り良いのね?あのピンク髪の子は?」
「彼の治療中ですよ。食事と睡眠以外は殆ど付きっきりでやってますけど・・・って、ひぃ!ま、魔獣!?・・・ん?そちらの方・・・随分と体調が悪そう・・・ですけど?」
アルケミストと呼ばれた男が私とアドミラルを背に担ぐてっちゃんに気付く。てっちゃんに驚いたのも束の間、大人しいてっちゃんを見て、すぐに危険はないことは察したのだろう。だがその背のアドミラルを見て顔が硬くなる。彼は恐る恐る言葉を選んで聞いてきたが、顔が引きつってる辺り見当はついているらしい。
「今、流行ってる病気よ。療養にここ使わせてもらうわ。」
「こ、困りますよ!・・・巷じゃ移るって話ですし・・・。」
隊長は断る彼を無視して勝手に上がり、喋りながら手近な部屋を開け放つ。その部屋は光が入らないようになっており、中は真っ暗で独特の臭いが漂っていた。
「移んないわよ!能力による攻撃なんだから。・・・ん?何、この部屋・・・。」
「薬くさーい。」
後ろでアイスエイジが眉間に皺を寄せながら鼻を摘まんでいる。てっちゃんも鼻が利く分、しかめっ面をしている。
「ちょ!そこは俺の仕事場だ!・・・あ、いや・・・なのです。」
「あんた・・・今回の首謀者じゃないでしょうね!?」
「へ・・・?」
「薬の類から広まった説あるのよ?あんたじゃないでしょうね!?これ作ったの?」
隊長はアイスエイジからタフデラックスZの瓶を受け取るとアルケミストの顔に『ずずい』押し付ける。後ろではぼんぼんさんが緊迫した面持ちで既に手に魔力を込めていた。
「お、俺じゃありませんって・・・。それにこういう薬類作る奴なんて、この街にごまんと居ますよ・・・。」
「ほんとに?」
「本当ですって~。」
瓶を押し付けられたまま半泣きで弁解するアルケミスト。彼を助けたのは意外な人物だった。
「そいつの言ってること本当だよ。そいつは本当に何も知らないわ。」
後ろに居たアイスエイジがそう呟きながら家に上がって他の部屋を開けて調べていく。何部屋か開け放った後『ここ使えそうだよー』っと、てっちゃんを手招きして呼んだ。
「何故、彼が嘘言っていないって分かるの?」
隊長がアイスエイジに問うと、彼女は顎に指を当てて『う~ん・・・』と考え、
「表情かな?そういうの分かるの。勘って言われればそれまでだけど。でもよく当たるの。私の勘。後ね~・・・そいつ、今回の流行り病の件は関係ないけど・・・」
一旦、言葉を切り、アルケミストの前まで行くと、前かがみの低い姿勢からアイドルらしく上目使いで可愛らしく、
「別件で後ろめたいことしてる・・・。でしょ♪あの真っ暗な部屋開けられた時のあなたの顔、随分焦っていたわ。今もほら、私に言われて・・・。透けてるのよ?あなたの顔から。・・・私達に危害が無ければ良いけど、そうでなかったら・・・殺すから♪」
そう言う彼女は可愛くも妖艶な雰囲気を帯びていて、目は全く笑っていなかった。へなへなと座り込むアルケミストをよそに彼女は私達に言う。
「さ、アドミラルを寝かせてあげよう。」
振り向くアイスエイジの顔はいつもの彼女に戻っていた。時折、妙に迫力があるのよね・・・まぁ、実力はあるし、場数も踏んでるんでしょうけど・・・っと、あ、あれ・・・?
「わっ!!!」
上がりこもうとした時、一瞬眩暈がしてバランスを崩し、素っ頓狂な声が出る。そのまま床に倒れるかと思ったが、すかさず隊長が支えてくれたおかげで床に激突せずに済んだ。
「大丈夫?疲れが出たんじゃない?」
「はは・・・そうかもしれません。ありがとうございます。もう大丈夫です。」
隊長にお礼を言った後、私は使えそうだという部屋に入り、マジックポーチから寝具や所持品を取り出すとアドミラルを寝かせた。ついて来てくれた隊長やぼんぼんさんも手伝ってくれたので比較的早く準備が整う。アイスエイジはアドミラルが心配なのか氷嚢を作り、てっちゃんが彼女を守護するかのようについてくれていた。
ひと段落したところでぼんぼんさんが口を開いた。
「それじゃあ、ぼくは一旦戻ります。先生が心配だし。先輩はアーセナルさん達と一緒に居てあげてください。」
「そうね。手が要るだろうしね。」
「それじゃあ、皆さん。ぼくはこれで。」
「色々ありがとう、ぼんぼんさん。」
「待って・・・ください・・・。トッリクスター・・・。」
彼を見送ろうとしたとき、アドミラルが上体を起こしてか細い声でぼんぼんさんを呼び止める。宿を出た時は比較的症状が落ち着いていたアドミラルだが、今は顔色も悪く、呼吸も荒い。
(移動が負担になってしまったか・・・)
「アドミラルさん!横になってなきゃ駄目ですよ!」
ぼんぼんさんが彼女を再度寝かしつけると、アドミラルは彼に対して頼みごとをした。
「・・・街の様子を見て来てください・・・ませんか?」
「どういう事です?何を見れば良いんですか?」
「ただ、ありのままを・・・。報告は今度会うときにでも・・・。」
それだけ言うと彼女は再び目を閉じて、また息苦しそうに呼吸しだした。
「ごめん、アイスエイジ。彼を見送ってくるからアドミラルの事お願い。」
「分かったわ。」
アドミラルをアイスエイジに任せて、隊長と一緒に外までぼんぼんさんを見送りに出る。彼の姿が見えなくなるまで手を振って見送った後、隊長が口を開いた。
「さ・・・行ったわね。私達も早めに身体を休めましょ。これだけ増築されていれば私達が寝る所も・・・って、アーセナル?」
「・・・へ?何か言いました?隊長?」
「あなた、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んでくる隊長の顔がブレる。
(まただ・・・なんだこれ・・・?)
「大丈夫・・・大丈夫です・・・よ・・・。」
激しく視界が回り衝撃と共に天井が映る。身体が上手く動かない・・・。なん・・・で・・・?私を覗き込む隊長が焦って誰かを呼んでいる。大丈夫・・・大丈夫ですってば・・・。そう思っているのに声に出来ない。
その時、流石に私にも自覚があった。”ああ・・・やられた”・・・と。
アイスエイジがそう言ったのはトータルワークスと別れて宿泊している宿まで帰ってきた時だった。まだ宿まで距離があり遠目だがいつもなら既に暖簾を出して近所の客がチラホラ飲みに来ているような時間なのに、妙な人だかりが出来ていて何やら騒がしい。そのまま近づき手近な野次馬の一人に声を掛けることにした。
「なんの騒ぎです?」
「ああ・・・いや・・・。なんか店が襲われたらしいって・・・。」
「え!?どういうことです!?けが人は!?」
「えっと・・・怪我人は居ないよ。襲われたって言い方は大袈裟だったね。正確には嫌がらせさ。最近流行ってるみたいなんだよ。」
一先ず誰も怪我をしていないという情報を得てほっと胸を撫でおろす。しかし、隣のアイスエイジは私とは対照的で見る見るうちに怒りを露わにする。
「何でよ!何でそんなことを!」
アイスエイジが興奮して野次馬の男の胸ぐらに食ってかかると、彼は困った顔でこちらに助けを求める目を向ける。
『やめなさい!』とアイスエイジの服の襟を掴みグイっと引っ張るとアイドルとは思えない潰れたカエルのような声が漏れた。男は身だしなみを整えながら話の続きをする。
「今、病気騒ぎでみんなピリピリしてるんだよ。それで過激な奴は人が集まりそうな店とかに嫌がらせをしてるみたいだな。やだねぇ・・・。」
野次馬の男が話し終えたタイミングで人だかりの奥から聞き馴染みのある声がした。
「掃除の邪魔だからどいてちょうだい!」
その女性の声で野次馬達はぞろぞろと散っていく。人だかりが消えお店の入口が露わになると隣に立つアイスエイジから声が漏れた。
「酷い・・・。」
窓ガラスは何かが投げ込まれた様に割れており、引き戸には『人殺し!』『営業ヤメロ!』等の張り紙がされてあり、入口には生ごみが撒かれて、それをおかみさんが箒とちりとりで掃除していた。
「手伝います。」
アイスエイジがおかみさんに声をかけながら掃除用具を持とうとすると、
「やめてちょうだい!!!」
おかみさんから思わぬ拒絶を喰らう。予想だにしなかった拒絶に『ポカン…』とするアイスエイジを見て、おかみさんはハッとなり、今度はしおらしく
「お願いだから・・・何もしないでちょうだい・・・。」
そう言って掃除に戻ってしまった。
「行きましょう。」
「うん・・・。」
固まるアイスエイジの手を引いて宿の中に入る。おかみさんの脇を通り過ぎる瞬間消え入りそうなか細い声が聞こえた。
『ごめんなさい・・・』と・・・
中に入るといつもなら数人が既に席について出来上がっているという、いつもの光景は無く、シンと静まり返っている。恐らく外から投げ入れられた物が酒瓶にでも当たったのだろう床には何かがこぼれた痕があり、それをおかみさんが掃除したであろう痕跡が見て取れた。
一先ず、アドミラルの様子を見るため二人して二階に上がり部屋へと行くと、そこにはてっちゃん以外に隊長とぼんぼんさんが来ていた。そして何故か皆一様に難しい顔をしていたのだ。
「何かあったんですか?」
「アドミラルを診て貰うのにこの二人に協力してもらったのだ。受診が終わって帰ってきたのだが・・・」
そこまで言うとてっちゃんが俯いた。代わりに隊長が説明をしてくれるが、歯切れが随分悪い。
「あのね・・・。今、起きてる流行病でね・・・その・・・。この宿も攻撃されてるみたい・・・『店を開けるな』って・・・。」
「いまさっき目の当たりにしたところです・・・。」
「酷すぎる!あんなの!だいたいこの騒動は能力なんだから普通に移ることは無いのに!!」
「解決しないことには証明出来ないわ・・・。大半の人は移る病気だと恐れている。それでね・・・。」
噛みつくように言うアイスエイジに対して、冷静に状況を説明する隊長。しかしその言葉は歯切れが悪い。私は話を進めるため尚も言葉をぶつけようとするアイスエイジを遮って隊長に聞いた。
「なんとなく解りました。罹患者が出ている私達に『出ていけ』って事ですか?」
私の問いに3人は頷いた。それに対しアイスエイジは怒り心頭だ。
「何よそれ!」
「宿泊の方でも影響が出てるらしいわ・・・。『病気の者は追い出せ』って苦情が他の宿泊客から出てるそうよ・・・。」
「いい人だと思っていたのに!文句言ってくる!!」
「やめなさい。」
「なんでよ!」
「おかみさんにだって生活があるのよ!?あなた責任持てるの!?」
「それは・・・。」
窘めるとアイスエイジは熱が冷めて、下を向いて静かになった。
「ま、良い人だと思うわ。本当はそんな事言いたくなかったんでしょうね。だいぶ遠回しに、申し訳なさそうに言ってきたから・・・。」
さっきの『ごめんなさい』はそういうことか・・・。
「それで先輩、アドミラルさんをどうしましょう・・・?ぼく達の家では何かあった時、病院まで遠すぎますし・・・。」
「そうなのよねぇ・・・。・・・うーん。仕方がない。コレクターのお家を貸してもらいましょう。」
「寝かせられるでしょうか・・・。」
「そこなのよねぇ・・・。」
どうやら、コレクターの家はそんなに広い家ではなく既に3人が住んでいるとのこと。その点がネックになっているようだが、他に案も無いのでコレクターの家に向かうことに決定した。
私達は身支度を済ませてから今までお世話になったお礼をおかみさんに伝えるため彼女の私室を尋ねた。
最後おかみさんに挨拶に部屋を訪れた時、ゴミ箱には丸められた紙が大量に捨てられており、全文は見えなかったが、『店を開けるな!』とか『ウイルス食堂』という文字が見え隠れしていた。あれは表に張られていたものや、投げ入れられた物にくっ付けていたのだろう。
椅子に腰かけるおかみさんも表情が憔悴しきっており、私達にも申し訳なさそうに頭を下げてくれた。
隊長も言っていたが皆それぞれ生活がある。今回の事も彼女の本意では無いのだろう。この騒動だって分からない人にとっては恐怖でしかない。幾ら、私達が自然のウイルスではないと言ってもこの事態を収めないことには聞き入れてもらえないだろう。
やるせなさを感じながら私達は長い間、逗留した宿を後にした。
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「え、なにこれ・・・。」
隊長の案内でコレクターさんの家の前までやって来たのだが、何があったのだろう?案内してくれた本人が家を見て驚いている。
改めて家を見ると・・・特におかしな点は無さそうだが・・・。しかし、話に聞いているよりも大きな家だ。手狭と聞いていたが・・・。
隊長は入口の扉を開け放つと、中に向かって呼びかけた。
「おーい!居るー?」
「・・・だ、誰!?・・・あ!ヘッドシューターさん?それにぼんぼんさん。」
「いや・・・ぼくはぼんぼんじゃなくて・・・まあ今はいいか。アルケミスト・・・でしたっけ?この前、来た時と随分違うのは・・・これは・・・。」
「ははは・・・り、臨時収入がありまして・・・。人ん家だけど増築させてもらったんです。」
「あんた、随分金回り良いのね?あのピンク髪の子は?」
「彼の治療中ですよ。食事と睡眠以外は殆ど付きっきりでやってますけど・・・って、ひぃ!ま、魔獣!?・・・ん?そちらの方・・・随分と体調が悪そう・・・ですけど?」
アルケミストと呼ばれた男が私とアドミラルを背に担ぐてっちゃんに気付く。てっちゃんに驚いたのも束の間、大人しいてっちゃんを見て、すぐに危険はないことは察したのだろう。だがその背のアドミラルを見て顔が硬くなる。彼は恐る恐る言葉を選んで聞いてきたが、顔が引きつってる辺り見当はついているらしい。
「今、流行ってる病気よ。療養にここ使わせてもらうわ。」
「こ、困りますよ!・・・巷じゃ移るって話ですし・・・。」
隊長は断る彼を無視して勝手に上がり、喋りながら手近な部屋を開け放つ。その部屋は光が入らないようになっており、中は真っ暗で独特の臭いが漂っていた。
「移んないわよ!能力による攻撃なんだから。・・・ん?何、この部屋・・・。」
「薬くさーい。」
後ろでアイスエイジが眉間に皺を寄せながら鼻を摘まんでいる。てっちゃんも鼻が利く分、しかめっ面をしている。
「ちょ!そこは俺の仕事場だ!・・・あ、いや・・・なのです。」
「あんた・・・今回の首謀者じゃないでしょうね!?」
「へ・・・?」
「薬の類から広まった説あるのよ?あんたじゃないでしょうね!?これ作ったの?」
隊長はアイスエイジからタフデラックスZの瓶を受け取るとアルケミストの顔に『ずずい』押し付ける。後ろではぼんぼんさんが緊迫した面持ちで既に手に魔力を込めていた。
「お、俺じゃありませんって・・・。それにこういう薬類作る奴なんて、この街にごまんと居ますよ・・・。」
「ほんとに?」
「本当ですって~。」
瓶を押し付けられたまま半泣きで弁解するアルケミスト。彼を助けたのは意外な人物だった。
「そいつの言ってること本当だよ。そいつは本当に何も知らないわ。」
後ろに居たアイスエイジがそう呟きながら家に上がって他の部屋を開けて調べていく。何部屋か開け放った後『ここ使えそうだよー』っと、てっちゃんを手招きして呼んだ。
「何故、彼が嘘言っていないって分かるの?」
隊長がアイスエイジに問うと、彼女は顎に指を当てて『う~ん・・・』と考え、
「表情かな?そういうの分かるの。勘って言われればそれまでだけど。でもよく当たるの。私の勘。後ね~・・・そいつ、今回の流行り病の件は関係ないけど・・・」
一旦、言葉を切り、アルケミストの前まで行くと、前かがみの低い姿勢からアイドルらしく上目使いで可愛らしく、
「別件で後ろめたいことしてる・・・。でしょ♪あの真っ暗な部屋開けられた時のあなたの顔、随分焦っていたわ。今もほら、私に言われて・・・。透けてるのよ?あなたの顔から。・・・私達に危害が無ければ良いけど、そうでなかったら・・・殺すから♪」
そう言う彼女は可愛くも妖艶な雰囲気を帯びていて、目は全く笑っていなかった。へなへなと座り込むアルケミストをよそに彼女は私達に言う。
「さ、アドミラルを寝かせてあげよう。」
振り向くアイスエイジの顔はいつもの彼女に戻っていた。時折、妙に迫力があるのよね・・・まぁ、実力はあるし、場数も踏んでるんでしょうけど・・・っと、あ、あれ・・・?
「わっ!!!」
上がりこもうとした時、一瞬眩暈がしてバランスを崩し、素っ頓狂な声が出る。そのまま床に倒れるかと思ったが、すかさず隊長が支えてくれたおかげで床に激突せずに済んだ。
「大丈夫?疲れが出たんじゃない?」
「はは・・・そうかもしれません。ありがとうございます。もう大丈夫です。」
隊長にお礼を言った後、私は使えそうだという部屋に入り、マジックポーチから寝具や所持品を取り出すとアドミラルを寝かせた。ついて来てくれた隊長やぼんぼんさんも手伝ってくれたので比較的早く準備が整う。アイスエイジはアドミラルが心配なのか氷嚢を作り、てっちゃんが彼女を守護するかのようについてくれていた。
ひと段落したところでぼんぼんさんが口を開いた。
「それじゃあ、ぼくは一旦戻ります。先生が心配だし。先輩はアーセナルさん達と一緒に居てあげてください。」
「そうね。手が要るだろうしね。」
「それじゃあ、皆さん。ぼくはこれで。」
「色々ありがとう、ぼんぼんさん。」
「待って・・・ください・・・。トッリクスター・・・。」
彼を見送ろうとしたとき、アドミラルが上体を起こしてか細い声でぼんぼんさんを呼び止める。宿を出た時は比較的症状が落ち着いていたアドミラルだが、今は顔色も悪く、呼吸も荒い。
(移動が負担になってしまったか・・・)
「アドミラルさん!横になってなきゃ駄目ですよ!」
ぼんぼんさんが彼女を再度寝かしつけると、アドミラルは彼に対して頼みごとをした。
「・・・街の様子を見て来てください・・・ませんか?」
「どういう事です?何を見れば良いんですか?」
「ただ、ありのままを・・・。報告は今度会うときにでも・・・。」
それだけ言うと彼女は再び目を閉じて、また息苦しそうに呼吸しだした。
「ごめん、アイスエイジ。彼を見送ってくるからアドミラルの事お願い。」
「分かったわ。」
アドミラルをアイスエイジに任せて、隊長と一緒に外までぼんぼんさんを見送りに出る。彼の姿が見えなくなるまで手を振って見送った後、隊長が口を開いた。
「さ・・・行ったわね。私達も早めに身体を休めましょ。これだけ増築されていれば私達が寝る所も・・・って、アーセナル?」
「・・・へ?何か言いました?隊長?」
「あなた、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んでくる隊長の顔がブレる。
(まただ・・・なんだこれ・・・?)
「大丈夫・・・大丈夫です・・・よ・・・。」
激しく視界が回り衝撃と共に天井が映る。身体が上手く動かない・・・。なん・・・で・・・?私を覗き込む隊長が焦って誰かを呼んでいる。大丈夫・・・大丈夫ですってば・・・。そう思っているのに声に出来ない。
その時、流石に私にも自覚があった。”ああ・・・やられた”・・・と。
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