婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

Kouei

文字の大きさ
9 / 14

第9話 オスカーの想い②

しおりを挟む
 
 その日は、もう夏休みに入っていた。

 僕は課題を置き忘れていた事を思い出し、朝早くに学院へ取りに行った。
 早い時間でもすでに陽射しは暑く、汗がにじみ出てくる。

 学院に着くと門が開いていた。
 夏休み期間中も教員が交代制で出勤するらしい。

 誰もいない静かな学院は気分が良かった。
 いつも誰かしらの視線を浴びており、息つく暇もない日々を過ごしていたから、この瞬間がとても新鮮に感じられた。

 せっかくだから…と普段はあまり行かない場所をウロウロ歩いて行くと花壇の傍に一人の女性がしゃがんでいた。
 それがリュシュエンヌだった。いや、この時はまだリュシュエンヌとは認識していなかったんだ。

 日よけ用の帽子を目深に被り、手袋をつけて、花壇の手入れをしていた彼女を女性教諭と思っていたから。
『夏休みなのに大変だな』そう思いながらそっとその場を通り過ぎ、課題を取りに教室へ向かった。


 数日が経って、何となく先日見た花壇が気になった。本当に何となく…

 きれいに手入れをされていた花を間近で見たくなり、そして誰もいないあの静寂に包まれた学院の空気をまた感じたくなった。

 例の花壇に向かうと、帽子を被った女性が今日もいた。
 水やりを終えた彼女は如雨露じょうろを置き、帽子を取りながら木陰に入って行った。

 女性教諭と思っていた人物は、学院の生徒だった。

 吹いてきた風にその身を任せると、彼女は気持ちよさそうに小さな笑みを浮かべながら目を閉じた。
 
 彼女の長い髪が風に靡く姿がとてもきれいだった。
 顔には土が付き、こめかみからは汗が流れている。

 貴族の令嬢が土いじりをして汗と土に塗まみれるなどありえない。
 僕の父が見たら、怒鳴り散らされるだろう。

 けれど、僕は彼女から目が離せなかった。

 今日の作業が終わったみたいだ。彼女は帽子をもう一度被り直し、使っていた道具を片付け始めた。
 そんなに両手いっぱいに持ったら危ないだろう…と思っていた矢先に

「きゃっ!」

 ガラガラン

 見事に転んで、手にしていた道具をぶちまけた。
 さすがに手伝おうと思い駆け寄ろうとしたが、すぐに引き返した。

 転んだ拍子に彼女のスカートが捲めくれあがっていたからだ。

 僕はあわてて建物の陰に隠れ様子を見ていた。
 すぐに起き上がり、スカートを直した彼女の顔は真っ赤になっていた。
 そして、あせるようにキョロキョロと周りを見渡すと、スカートのほこりを払った。 

『近づかなくて良かったかも…』

 彼女はもう一度道具を抱え直してその場からいなくなった。
 僕は彼女が手入れをしていた小さな花壇に近づいた。

 淡い色の花々が所狭しと咲いている。
 原色系の濃い色はほとんどなく、優しくやわらかい色合いの花が多かった。

 まるで彼女の性格を表しているかのように…

 それから夏休みの間、僕は時々早起きをして花壇へ行った。
 どうやら彼女は毎朝来て、30分ほど作業をして帰るみたいだ。

 いつも声をかけようと試みるも、結局何も出来ずに作業を終えた彼女を見送る…そんな事を何回繰り返したことか。

 それに毎回、ただ見ているだけって…かなりヤバいだろっ 
 普通なら、不審者扱いで自警団に付き出される案件だ。

 仮にも『白銀の薔薇貴公子』とか呼ばれている癖に、この為体ていたらく。

 いや、そもそもその異名で呼ばれるのは嫌なんだけどね。
 …全く、我ながら矛盾している。

 けれど今日は一つ収穫があった。彼女の姓が分かったのだ。

 サジェス教師せんせいが来て、彼女の事を「トルディ嬢」と呼んでいるのが聞こえた。
 そうなると当然、名前も知りたくなる。

 だから、明日こそっ 明日こそは声をかける!
 けどその決心は、家に帰り、予定表を見て脆くも崩れ去った。

「明日からダニエルと別荘だった…」

 そう。毎年恒例のナルデア子爵家が所有する別荘で夏休みを過ごす約束をしていたのだ。
 計画を立てた時は楽しみで仕方がなかったのに、今は、後ろ髪を引かれる思いだ。

 彼女は明日もあの花壇に来るだろう。
 花壇の手入れをするって事はやはり花や植物が好きなんだろうな
 別荘の近くには小さな森がある。珍しい花や植物が咲いているから、連れてきて見せたら喜ぶかな。

 そんな出来もしない事を妄想しながら、ノロノロと明日の準備を始めた
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

実兄の嘘で悪女にされた気の毒な令嬢は、王子に捨てられました

恋せよ恋
恋愛
「お前が泣いて縋ったから、この婚約を結んでやったんだ」 婚約者である第一王子エイドリアンから放たれたのは、 身に覚えのない侮蔑の言葉だった。 10歳のあの日、彼が私に一目惚れして跪いたはずの婚約。 だが、兄ヘンリーは、隣国の魔性の王女フローレンスに毒され、 妹の私を「嘘つきの悪女」だと切り捨てた。 婚約者も、兄も、居場所も、すべてを奪われた私、ティファニー16歳。 学園中で嘲笑われ、絶望の淵に立たされた私の手を取ったのは、 フローレンス王女の影に隠れていた隣国の孤高な騎士チャールズだった。 「私は知っています。あなたが誰よりも気高く、美しいことを」 彼だけは、私の掌に刻まれた「真実の傷」を見てくれた。 捨てられた侯爵令嬢は、裏切った男たちをどん底へ叩き落とす! 痛快ラブ×復讐劇、ティファニーの逆襲が始まる! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

処理中です...