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幸せの音色
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プシュっと小気味の良い空気が抜ける音。ビールの缶を開ける音はビールの缶を開けるときのような音と揶揄されるほどに有名な音。その音を聞いただけで誰もが幸せになれる音。多分体内で幸せホルモンが出るときの音と似ている。
八月七日真夏日。休日出勤の帰り道。ふと立ち寄った酒屋で見かけた見慣れない銘柄のクラフトビール。明日は代休。平日なのに休みである。だからこそ贅沢にアパートでゆっくりビールが飲みたい。そんなときに見つけたビールだった。幸いアパートには親戚から届いたお中元で燻製の詰め合わせがある。いつもの可愛い店員さんが気に入って沢山仕入れてきたのだと言っていた。これは飲むしかない。ほぼ迷わず購入したクラフトビール。
いつもよりも家まで歩く足が軽い気がした。
苦味と風味が強いと聞いたがどんな味だろう。まるで恋をしているかのように想いを馳せる家路だった。
アパートに着くとレジ袋ごとすぐに冷凍庫に突っ込む。少しでも早く冷やしたいからこその冷凍庫。この自由さは独身の特権だろう。一日中暑かったから汗で全身がベタつく。スーツを脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。もう今日はスーツのシワは気にしない。明日クリーニングに出せば良い。今はビールのことしか頭にない。
シャワーを終えるとキンキンに冷えたビールと燻製の詰め合わせが待っていてくれた。
ただいま。俺は君たちのために今まで生きてきたんだ。そう心の中で大袈裟に語る。
大皿に燻製を盛り、狭いベランダに出る。エアコンの室外機をテーブル代わりに使って一人ビュッフェスタイル。これが良い。
そして待ち望んだあの音。
プシュッ。
目と鼻から幸せが流れ込んでくる。泡が弾けるたびに吸い込まれるようなホップの香りが弾けて襲いかかってくる。これは負けた。理性が絶滅に追い込まれた。
家ではやっぱり缶からそのまま飲むのが一番。これが贅沢だ。しかし今日は初めて飲むクラフトビール。泡立ちと色合いも楽しみたい。滅多に使わないグラスにトクトクと音を立てて注ぐ。ビールと泡は七体三。平凡でありきたりだが王道であり黄金比だ。部屋の明かりに照らされてビールが黄金色に輝く。濃いゴールドカラーは見ただけで味の深みを想像させる。
グラスの向こう、アパートの三階から目の前に広がるのは一面の田んぼ。蝉の鳴き声とカエルの鳴き声。遠くからは花火大会の打ち上げ音が聞こえる。
風情以外に何もない。
ついに訪れるのはクライマックスでありプロローグ。そう、ビールの一口目だ。グラスを口元に近付けるとシュワシュワと泡が弾ける音が聞こえる。
そしてついにグッとビールをあおる。辛味、苦味、甘味、風味。押し寄せる数々の味が……
「かぁー! もうなんも言えねえ!」
グラスに注いだビールを一気に飲み干すと、次はお待ちかね。缶から直接だ。グラスより強く感じる炭酸。まるで味が違うようにすら思える。ひと口喉に通す……
「くぅー!」
可愛い店員さんがどんな味かを熱弁してくれたが、俺が何味か聞かれたらこう答えるだろう。
幸味!
俺はこの瞬間、過去、現在、未来、すべてにおける幸せを手に入れた気分になっていた。
八月七日真夏日。休日出勤の帰り道。ふと立ち寄った酒屋で見かけた見慣れない銘柄のクラフトビール。明日は代休。平日なのに休みである。だからこそ贅沢にアパートでゆっくりビールが飲みたい。そんなときに見つけたビールだった。幸いアパートには親戚から届いたお中元で燻製の詰め合わせがある。いつもの可愛い店員さんが気に入って沢山仕入れてきたのだと言っていた。これは飲むしかない。ほぼ迷わず購入したクラフトビール。
いつもよりも家まで歩く足が軽い気がした。
苦味と風味が強いと聞いたがどんな味だろう。まるで恋をしているかのように想いを馳せる家路だった。
アパートに着くとレジ袋ごとすぐに冷凍庫に突っ込む。少しでも早く冷やしたいからこその冷凍庫。この自由さは独身の特権だろう。一日中暑かったから汗で全身がベタつく。スーツを脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。もう今日はスーツのシワは気にしない。明日クリーニングに出せば良い。今はビールのことしか頭にない。
シャワーを終えるとキンキンに冷えたビールと燻製の詰め合わせが待っていてくれた。
ただいま。俺は君たちのために今まで生きてきたんだ。そう心の中で大袈裟に語る。
大皿に燻製を盛り、狭いベランダに出る。エアコンの室外機をテーブル代わりに使って一人ビュッフェスタイル。これが良い。
そして待ち望んだあの音。
プシュッ。
目と鼻から幸せが流れ込んでくる。泡が弾けるたびに吸い込まれるようなホップの香りが弾けて襲いかかってくる。これは負けた。理性が絶滅に追い込まれた。
家ではやっぱり缶からそのまま飲むのが一番。これが贅沢だ。しかし今日は初めて飲むクラフトビール。泡立ちと色合いも楽しみたい。滅多に使わないグラスにトクトクと音を立てて注ぐ。ビールと泡は七体三。平凡でありきたりだが王道であり黄金比だ。部屋の明かりに照らされてビールが黄金色に輝く。濃いゴールドカラーは見ただけで味の深みを想像させる。
グラスの向こう、アパートの三階から目の前に広がるのは一面の田んぼ。蝉の鳴き声とカエルの鳴き声。遠くからは花火大会の打ち上げ音が聞こえる。
風情以外に何もない。
ついに訪れるのはクライマックスでありプロローグ。そう、ビールの一口目だ。グラスを口元に近付けるとシュワシュワと泡が弾ける音が聞こえる。
そしてついにグッとビールをあおる。辛味、苦味、甘味、風味。押し寄せる数々の味が……
「かぁー! もうなんも言えねえ!」
グラスに注いだビールを一気に飲み干すと、次はお待ちかね。缶から直接だ。グラスより強く感じる炭酸。まるで味が違うようにすら思える。ひと口喉に通す……
「くぅー!」
可愛い店員さんがどんな味かを熱弁してくれたが、俺が何味か聞かれたらこう答えるだろう。
幸味!
俺はこの瞬間、過去、現在、未来、すべてにおける幸せを手に入れた気分になっていた。
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今夜はビールにします、ごちそうさまでした!
幸味の強いビールを是非!!
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