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59.手紙
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お父さんの言葉を受けて美波さんは押し黙ってしまう。親子揃って困惑し合っているのが分かる。俺には何か言えることはないのか。普通ならここで何を言うのか。考えても答えが出ない。
「聖奈は……生き返ってから今まで……幸せに過ごせたかい?」
恐る恐るといった感じでお父さんは美波さんに聞いた。それは俺も少し気になっていた。生きている意味も価値もないと言ったのは、あくまで美波さん自身が考えている客観的な評価でしかない。美波さん自身が実際に感じているものとはまた違うだろう。
美波さんは突然受けた質問に目を閉じて考え込む。思い返すように、記憶を辿るように。俺が美波さんと過ごした時間はたったの二日間。それ以前のことは知らない。
「私は……」
ゆっくりと、確かめるように。噛み締めるように。
「生き返って記憶がなくなってから……。会う人みんな困るくらい優しくしてくれて……。顔も覚えていない親戚も、病院の人も。父親も体が弱いのに嘘みたいに私のことばかり気にかけてて……。たった一人で不安だった学校も、真壁君がいて、先生がいて……。みんな、みんな、私に親切にしてくれて……。一人ぼっちじゃないって思わせてくれて……」
美波さんは感情が昂って言葉も途切れ途切れだ。一人が不安。一人ぼっちが辛い。その気持ちは俺もよく分かる。美波さんが話しかけてくれて、俺だって助けられた気持ちがある。恥ずかしくて言葉にはできないけれど。
そこまで言って美波さんは言葉を止め、代わりのように涙を流し始めた。声を押し殺して。
「幸せじゃなかったはずがないじゃないですか」
その言葉が堰を切ったかのように、声を上げて泣き始めた。美波さんは自分の感情を爆発させないように今まで我慢してきたのだろう。この二日間でもそれは分かった。美波さんが感情を抑えるときはいつも何かをぎゅっと握りしめていた。今、その手は自らの目を覆って隠している。
「そうか。それなら良かった。本当に良かった。聖良も絶対に喜んでる」
お父さんはそう言って安心したように笑った。
「ほら、こっちにおいで」
ベッドに横たえたまま手だけを出して美波さんを呼ぶ。
「覚えてないかもしれないけど、昔のようにまた手を握ってくれないか」
美波さんはそばまで歩くとお父さんの手を両手で力一杯握りしめる。
「ああ、そんなに泣いちゃって。渡してたハンカチは持ってる?」
心配そうに言われて美波さんは片手を離すとスカートのポケットに手を入れた。その瞬間、後ろから表情まで分からないが動きが止まった。何かに気がついたかのような――。
美波さんがゆっくりとポケットから手を出すと、握られていたのはハンカチではなく二つの便箋。あれは昨日美波さんの部屋で見つけた二通の手紙だ。
「なんだいそれは」
「……私の部屋で見つけたんです。今日渡そうと思っていたのをすっかり忘れてました」
一通をポケットにしまい直し、もう一通をお父さんに渡す美波さん。お父さんはそれを受け取ると目を見開いて上体を起こした。体力が衰えているせいか、緩慢で苦しげではあったが姿勢を正したいという気持ちが伝わってくる。亡き妻からの手紙にはそれほどの力があるのだろう。もう聞くことのできない相手からの言葉にはそれほどの力があるのだろう。
「聖良……」
宛名を見つめながらそう呟いたお父さんは、一度美波さんの方へと視線を向ける。
「開けて……読んでみてください」
お父さんは恐る恐る封を切る。遠目で何が書かれているかまでは分からないが、中から取り出された手紙が三枚もあることから文量も多そうだ。
それをお父さんは黙々と読む。美波さんは隣で覗き込むでもなく立ち尽くしている。俺も当然一緒に読むわけにいかないので離れた位置で待っている。しかし、ただ待っているだけだというのに緊張して息が詰まる。
あれは一種の遺言書だ。死んだ後だからこそ伝えられる本音が書かれているのは間違いない。もしそれが生前に話されたという恨み言を歯に絹着せない形での文章として残されていたのだとしたら……。そう考えると冷や汗すら出る。
手紙を二枚目、三枚目とめくったところでお父さんは嗚咽を漏らしてすすり泣き始めた。涙の理由はなんだろう。恨み言からか、それとも……。
「少し……一人にしてくれないか……」
お父さんの言葉を受けて美波さんが振り返って俺を見る。俺は頷いて病室から出るべく歩みを進めると、美波さんも後ろから駆け寄ってくる。病室の扉を閉めた後、中からは我慢しきれなくなった泣き声が聞こえてきた。
「受付ロビーで待ってようか」
「はい……」
美波さんを追って走ったときとは打って変わってゆったりとした足取り。それなのに心の中はゆったりとはしていない。考えることが多すぎて嵐のようだ。美波さんのお母さんの本心について、美波さんとお父さんの関係について、美波さんに宛てられた手紙について、特殊能力について……。本当に考えることが多い。
美波さんも同じなのだろう。受付について二人でソファに座ってしばらく経ってもお互いに口を開けないでいた。何から話をしたらいいのか、そもそも何かを話すべきなのか。こういう時に普通はどうしたらいいのか。例外的な状況すぎて分からない。
「真壁君……私、真壁君に話しておきたいことがあるんです」
話を切り出したのは美波さんの方だった。正直言って助かった。沈黙が苦痛だとか気まずいだとかそんなことを思うほどの余裕はなかったが、混沌とした思考が一つのことに向くのはありがたかった。しかし……
「話しておきたいこと?」
俺はその言い方に少し違和感を覚えた。
「ええ、最後になるかもしれませんので」
最後になるかもしれない……。ああ……。そういうことか……。
「ちゃんと言葉にして真壁君に感謝を伝えておきたいんです」
美波さんのお父さんと話していた時にもっと詳しく聞こうとしてそのままになっていたもの。だが、お父さん確かにこう言っていた。自分が死ぬと同時に能力は解除され美波さんも死んでしまうと――
「まだ! まだ方法がないって決まったわけじゃない。それにお父さんの容体だって良くなるかもしれない!」
俺はつい声を張って立ち上がってしまった。せっかく学校に入ってできた友達が。同じ未確定能力者の仲間が。長年会えず、久しぶりに会えた幼馴染が――
「私は死んでしまうので」
なんて言葉を言うのだから。
「聖奈は……生き返ってから今まで……幸せに過ごせたかい?」
恐る恐るといった感じでお父さんは美波さんに聞いた。それは俺も少し気になっていた。生きている意味も価値もないと言ったのは、あくまで美波さん自身が考えている客観的な評価でしかない。美波さん自身が実際に感じているものとはまた違うだろう。
美波さんは突然受けた質問に目を閉じて考え込む。思い返すように、記憶を辿るように。俺が美波さんと過ごした時間はたったの二日間。それ以前のことは知らない。
「私は……」
ゆっくりと、確かめるように。噛み締めるように。
「生き返って記憶がなくなってから……。会う人みんな困るくらい優しくしてくれて……。顔も覚えていない親戚も、病院の人も。父親も体が弱いのに嘘みたいに私のことばかり気にかけてて……。たった一人で不安だった学校も、真壁君がいて、先生がいて……。みんな、みんな、私に親切にしてくれて……。一人ぼっちじゃないって思わせてくれて……」
美波さんは感情が昂って言葉も途切れ途切れだ。一人が不安。一人ぼっちが辛い。その気持ちは俺もよく分かる。美波さんが話しかけてくれて、俺だって助けられた気持ちがある。恥ずかしくて言葉にはできないけれど。
そこまで言って美波さんは言葉を止め、代わりのように涙を流し始めた。声を押し殺して。
「幸せじゃなかったはずがないじゃないですか」
その言葉が堰を切ったかのように、声を上げて泣き始めた。美波さんは自分の感情を爆発させないように今まで我慢してきたのだろう。この二日間でもそれは分かった。美波さんが感情を抑えるときはいつも何かをぎゅっと握りしめていた。今、その手は自らの目を覆って隠している。
「そうか。それなら良かった。本当に良かった。聖良も絶対に喜んでる」
お父さんはそう言って安心したように笑った。
「ほら、こっちにおいで」
ベッドに横たえたまま手だけを出して美波さんを呼ぶ。
「覚えてないかもしれないけど、昔のようにまた手を握ってくれないか」
美波さんはそばまで歩くとお父さんの手を両手で力一杯握りしめる。
「ああ、そんなに泣いちゃって。渡してたハンカチは持ってる?」
心配そうに言われて美波さんは片手を離すとスカートのポケットに手を入れた。その瞬間、後ろから表情まで分からないが動きが止まった。何かに気がついたかのような――。
美波さんがゆっくりとポケットから手を出すと、握られていたのはハンカチではなく二つの便箋。あれは昨日美波さんの部屋で見つけた二通の手紙だ。
「なんだいそれは」
「……私の部屋で見つけたんです。今日渡そうと思っていたのをすっかり忘れてました」
一通をポケットにしまい直し、もう一通をお父さんに渡す美波さん。お父さんはそれを受け取ると目を見開いて上体を起こした。体力が衰えているせいか、緩慢で苦しげではあったが姿勢を正したいという気持ちが伝わってくる。亡き妻からの手紙にはそれほどの力があるのだろう。もう聞くことのできない相手からの言葉にはそれほどの力があるのだろう。
「聖良……」
宛名を見つめながらそう呟いたお父さんは、一度美波さんの方へと視線を向ける。
「開けて……読んでみてください」
お父さんは恐る恐る封を切る。遠目で何が書かれているかまでは分からないが、中から取り出された手紙が三枚もあることから文量も多そうだ。
それをお父さんは黙々と読む。美波さんは隣で覗き込むでもなく立ち尽くしている。俺も当然一緒に読むわけにいかないので離れた位置で待っている。しかし、ただ待っているだけだというのに緊張して息が詰まる。
あれは一種の遺言書だ。死んだ後だからこそ伝えられる本音が書かれているのは間違いない。もしそれが生前に話されたという恨み言を歯に絹着せない形での文章として残されていたのだとしたら……。そう考えると冷や汗すら出る。
手紙を二枚目、三枚目とめくったところでお父さんは嗚咽を漏らしてすすり泣き始めた。涙の理由はなんだろう。恨み言からか、それとも……。
「少し……一人にしてくれないか……」
お父さんの言葉を受けて美波さんが振り返って俺を見る。俺は頷いて病室から出るべく歩みを進めると、美波さんも後ろから駆け寄ってくる。病室の扉を閉めた後、中からは我慢しきれなくなった泣き声が聞こえてきた。
「受付ロビーで待ってようか」
「はい……」
美波さんを追って走ったときとは打って変わってゆったりとした足取り。それなのに心の中はゆったりとはしていない。考えることが多すぎて嵐のようだ。美波さんのお母さんの本心について、美波さんとお父さんの関係について、美波さんに宛てられた手紙について、特殊能力について……。本当に考えることが多い。
美波さんも同じなのだろう。受付について二人でソファに座ってしばらく経ってもお互いに口を開けないでいた。何から話をしたらいいのか、そもそも何かを話すべきなのか。こういう時に普通はどうしたらいいのか。例外的な状況すぎて分からない。
「真壁君……私、真壁君に話しておきたいことがあるんです」
話を切り出したのは美波さんの方だった。正直言って助かった。沈黙が苦痛だとか気まずいだとかそんなことを思うほどの余裕はなかったが、混沌とした思考が一つのことに向くのはありがたかった。しかし……
「話しておきたいこと?」
俺はその言い方に少し違和感を覚えた。
「ええ、最後になるかもしれませんので」
最後になるかもしれない……。ああ……。そういうことか……。
「ちゃんと言葉にして真壁君に感謝を伝えておきたいんです」
美波さんのお父さんと話していた時にもっと詳しく聞こうとしてそのままになっていたもの。だが、お父さん確かにこう言っていた。自分が死ぬと同時に能力は解除され美波さんも死んでしまうと――
「まだ! まだ方法がないって決まったわけじゃない。それにお父さんの容体だって良くなるかもしれない!」
俺はつい声を張って立ち上がってしまった。せっかく学校に入ってできた友達が。同じ未確定能力者の仲間が。長年会えず、久しぶりに会えた幼馴染が――
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