サイコミステリー

色部耀

文字の大きさ
60 / 65

59.手紙

しおりを挟む
 お父さんの言葉を受けて美波さんは押し黙ってしまう。親子揃って困惑し合っているのが分かる。俺には何か言えることはないのか。普通ならここで何を言うのか。考えても答えが出ない。

「聖奈は……生き返ってから今まで……幸せに過ごせたかい?」

 恐る恐るといった感じでお父さんは美波さんに聞いた。それは俺も少し気になっていた。生きている意味も価値もないと言ったのは、あくまで美波さん自身が考えている客観的な評価でしかない。美波さん自身が実際に感じているものとはまた違うだろう。
 美波さんは突然受けた質問に目を閉じて考え込む。思い返すように、記憶を辿るように。俺が美波さんと過ごした時間はたったの二日間。それ以前のことは知らない。

「私は……」

 ゆっくりと、確かめるように。噛み締めるように。

「生き返って記憶がなくなってから……。会う人みんな困るくらい優しくしてくれて……。顔も覚えていない親戚も、病院の人も。父親も体が弱いのに嘘みたいに私のことばかり気にかけてて……。たった一人で不安だった学校も、真壁君がいて、先生がいて……。みんな、みんな、私に親切にしてくれて……。一人ぼっちじゃないって思わせてくれて……」

 美波さんは感情が昂って言葉も途切れ途切れだ。一人が不安。一人ぼっちが辛い。その気持ちは俺もよく分かる。美波さんが話しかけてくれて、俺だって助けられた気持ちがある。恥ずかしくて言葉にはできないけれど。
 そこまで言って美波さんは言葉を止め、代わりのように涙を流し始めた。声を押し殺して。

「幸せじゃなかったはずがないじゃないですか」

 その言葉が堰を切ったかのように、声を上げて泣き始めた。美波さんは自分の感情を爆発させないように今まで我慢してきたのだろう。この二日間でもそれは分かった。美波さんが感情を抑えるときはいつも何かをぎゅっと握りしめていた。今、その手は自らの目を覆って隠している。

「そうか。それなら良かった。本当に良かった。聖良も絶対に喜んでる」

 お父さんはそう言って安心したように笑った。

「ほら、こっちにおいで」

 ベッドに横たえたまま手だけを出して美波さんを呼ぶ。

「覚えてないかもしれないけど、昔のようにまた手を握ってくれないか」

 美波さんはそばまで歩くとお父さんの手を両手で力一杯握りしめる。

「ああ、そんなに泣いちゃって。渡してたハンカチは持ってる?」

 心配そうに言われて美波さんは片手を離すとスカートのポケットに手を入れた。その瞬間、後ろから表情まで分からないが動きが止まった。何かに気がついたかのような――。
 美波さんがゆっくりとポケットから手を出すと、握られていたのはハンカチではなく二つの便箋。あれは昨日美波さんの部屋で見つけた二通の手紙だ。

「なんだいそれは」

「……私の部屋で見つけたんです。今日渡そうと思っていたのをすっかり忘れてました」

 一通をポケットにしまい直し、もう一通をお父さんに渡す美波さん。お父さんはそれを受け取ると目を見開いて上体を起こした。体力が衰えているせいか、緩慢で苦しげではあったが姿勢を正したいという気持ちが伝わってくる。亡き妻からの手紙にはそれほどの力があるのだろう。もう聞くことのできない相手からの言葉にはそれほどの力があるのだろう。

「聖良……」

 宛名を見つめながらそう呟いたお父さんは、一度美波さんの方へと視線を向ける。

「開けて……読んでみてください」

 お父さんは恐る恐る封を切る。遠目で何が書かれているかまでは分からないが、中から取り出された手紙が三枚もあることから文量も多そうだ。
 それをお父さんは黙々と読む。美波さんは隣で覗き込むでもなく立ち尽くしている。俺も当然一緒に読むわけにいかないので離れた位置で待っている。しかし、ただ待っているだけだというのに緊張して息が詰まる。
 あれは一種の遺言書だ。死んだ後だからこそ伝えられる本音が書かれているのは間違いない。もしそれが生前に話されたという恨み言を歯に絹着せない形での文章として残されていたのだとしたら……。そう考えると冷や汗すら出る。
 手紙を二枚目、三枚目とめくったところでお父さんは嗚咽を漏らしてすすり泣き始めた。涙の理由はなんだろう。恨み言からか、それとも……。

「少し……一人にしてくれないか……」

 お父さんの言葉を受けて美波さんが振り返って俺を見る。俺は頷いて病室から出るべく歩みを進めると、美波さんも後ろから駆け寄ってくる。病室の扉を閉めた後、中からは我慢しきれなくなった泣き声が聞こえてきた。

「受付ロビーで待ってようか」

「はい……」

 美波さんを追って走ったときとは打って変わってゆったりとした足取り。それなのに心の中はゆったりとはしていない。考えることが多すぎて嵐のようだ。美波さんのお母さんの本心について、美波さんとお父さんの関係について、美波さんに宛てられた手紙について、特殊能力について……。本当に考えることが多い。
 美波さんも同じなのだろう。受付について二人でソファに座ってしばらく経ってもお互いに口を開けないでいた。何から話をしたらいいのか、そもそも何かを話すべきなのか。こういう時に普通はどうしたらいいのか。例外的な状況すぎて分からない。

「真壁君……私、真壁君に話しておきたいことがあるんです」

 話を切り出したのは美波さんの方だった。正直言って助かった。沈黙が苦痛だとか気まずいだとかそんなことを思うほどの余裕はなかったが、混沌とした思考が一つのことに向くのはありがたかった。しかし……

「話しておきたいこと?」

 俺はその言い方に少し違和感を覚えた。

「ええ、最後になるかもしれませんので」

 最後になるかもしれない……。ああ……。そういうことか……。

「ちゃんと言葉にして真壁君に感謝を伝えておきたいんです」

 美波さんのお父さんと話していた時にもっと詳しく聞こうとしてそのままになっていたもの。だが、お父さん確かにこう言っていた。自分が死ぬと同時に能力は解除され美波さんも死んでしまうと――

「まだ! まだ方法がないって決まったわけじゃない。それにお父さんの容体だって良くなるかもしれない!」

 俺はつい声を張って立ち上がってしまった。せっかく学校に入ってできた友達が。同じ未確定能力者の仲間が。長年会えず、久しぶりに会えた幼馴染が――

「私は死んでしまうので」

 なんて言葉を言うのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

花鳥見聞録

木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。 記憶を取り戻して真実を知った時、ルイとモクの選ぶ道は?

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

処理中です...