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58.父の望み
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「えっ?」
すぐさまそう言った俺に美波さんは意表を突かれたように目を丸くした。美波さんが分からないからといって俺に分かるというものでもない。しかし、実際に生き返らせた張本人なら分かることもある。
「お父さんに聞きに行こう。素直な美波さんの気持ちも伝えてさ」
俺にはそれ以上の解決策は思い浮かばなかった。時間もあまり多くない。だから二人は話をするべきだ。お父さんが俺に懺悔するのも、どうすればいいか分からないと言って距離を置いてしまう美波さんも、歪な状態だ。
「二人ならきっと分かり合える。行こう」
美波さんの手を取ると、不安なのかこれでもかというほどに強く握り返して来た。懐かしい気持ちだ。今なら昨日のことだけでなく、幼い頃のことも思い出す。俺はこの手に握った女の子を一人にしないと約束したのだ。
病室に戻ると、安堵のため息をついたお父さんが申し訳なさそうに手で自分の目を塞ぐ。
「聖奈……黙っていてすまなかった」
お父さんの第一声は謝罪だった。
「大丈夫です……」
そもそも美波さんは怒っているわけでも恨んでいるわけでもない。お父さんもそれは分かっていたのかも知れないが、謝らずにはいられなかったのだろう。
「辛い思いをさせてすまなかった。これから辛い思いをさせることもすまない」
「大丈夫……です……」
「なにか……言いたいことがあるならなんでも言ってくれ」
責めるようなことを言われたいのかも知れない。俺にはそう見えた。先ほどまでずっと自分で自分を責めていたのだ。他人から……申し訳ないと思っている相手から責められることで救われることもある。だが、美波さんは決して責めるようなことは言わない。なぜなら彼女も自分が存在していることを申し訳なく思っているのだから。二人を許し、二人を責めることができるのはここにいない母親だけだろう。
「少し……聞きたいことがあります」
美波さんはそう言って口を開いた。自分の価値が分からない。自分が生き返って何をすればいいか分からない。その答えを聞くために戻ってきたのだ。しかし美波さんの口は重たかった。それから先の言葉がなかなか出ない。
しばらくの沈黙の後、美波さんは絞り出すようにして口を開いた。
「なぜ……私を生き返らせたんでしょうか」
聞きたいことを全て聞くことができる質問。俺にはそのように思えた。しかし、答える方にはかなり難しい質問のようにも思えた。
「なぜ……か。そうだな……」
やはりすぐに答えられるものではない。お父さんは小さな声で呟くと考え始めた。ここまで来て嘘で誤魔化すことはしないだろう。したくないだろう。しかし言葉は選びたいのだろう。
「妻の、聖良の頼みだったというのはある」
「ただ頼まれたから……ですか」
「いや、最後まで聞いて欲しい」
お父さんの第一声に落胆する様子を見せた美波さんだったが、すぐに否定が入る。美波さんも何か期待するような眼差しを向けていた。
「最終的に選んだのは俺だ。俺自身が聖奈に生き返って欲しいって思ったから」
美波さんが求めているのはお父さん自身がそう思った理由。美波さんも真剣な眼差しでお父さんの言葉に耳を傾けている。
「妻と娘、どちらの方を愛してるか、どちらに生きていて欲しいか。正直なところ決められるはずがない。でも、それでも、俺が聖奈を選んだのは……。健康に不自由なく生きる時間を……少しでも……過ごして欲しかったから……かな」
「健康に不自由なく生きる時間……」
「ああ。聖奈は幼い頃から頻繁に病院に通っていて、友達と時間を忘れて遊ぶような経験もできなかった。自分で自分の幸せを選ぶこともできなかった。だからたとえ短い時間であろうと、聖奈には健康に生きる時間を経験して欲しかった」
「それだけ……?」
「それだけだ」
お父さんは迷わず断言した。嘘でも誤魔化しでもない。声は弱々しくも言葉は強かった。だが、美波さんの顔には困惑が見える。
「私は……私はどうしたらいいんですか。母親の代わりに生き返って、何かやらないといけないことがあるんじゃないんですか? 目的は、義務は、何かないんですか?」
「健康に生きて、幸せに過ごしている姿を見せてくれたら、それでいいんだよ。あまり話してはくれなかったけれど、特にこの二日間はそんな姿を見せてくれた。ありがとう」
「感謝されるようなこと……何もしていません! 私は……私は何もできていません……。私には生きてる価値も意味もないです!」
「そんなこと言われたら辛いじゃないか……」
美波さんからの強い言葉を受けてお父さんの表情は苦痛に歪んだ。今にも泣き出しそうな表情だ。大人だからといって泣いてはいけないとまでは思っていないが、美波さんの言葉がそこまで衝撃的な発言には思えず不思議な感覚だった。理解が追いついていなかった。
「子供には元気で健康で幸せになって欲しいんだよ。できればずっとそばにいて欲しいけど、流石にそれは叶わないと分かってる。俺も聖良もいつも言ってたんだ。聖奈には産まれてきて良かったって思える人生を歩んで欲しいって」
お父さんの声は弱々しく震えている。言っていることは理解できる。だが声が震えるほど、苦しそうな表情を隠せないほどに辛いとまでは分からない。
「親というのはね。全て犠牲にしても子供が元気に生きるためだけに行動できる生き物なんだよ。それは自分の命を犠牲にしても。聖奈が産まれてからは聖奈のためだけに働いたと言っても過言ではない。聖良だって聖奈のためだけに自分の時間を全て使っていたと言ってもいい」
「見返りとか、何かないんですか……」
どちらかというと俺は美波さんの疑問に寄り添っている形だった。何の見返りもなく全てを捧げるなんて理解も納得もできなかった。
「幸せに生きて、元気な顔を見せてくれる。それが一番の見返りだ。嘘でも大袈裟でもない。親になってみないと分からないかもしれないけどそれだけだよ。本当に」
すぐさまそう言った俺に美波さんは意表を突かれたように目を丸くした。美波さんが分からないからといって俺に分かるというものでもない。しかし、実際に生き返らせた張本人なら分かることもある。
「お父さんに聞きに行こう。素直な美波さんの気持ちも伝えてさ」
俺にはそれ以上の解決策は思い浮かばなかった。時間もあまり多くない。だから二人は話をするべきだ。お父さんが俺に懺悔するのも、どうすればいいか分からないと言って距離を置いてしまう美波さんも、歪な状態だ。
「二人ならきっと分かり合える。行こう」
美波さんの手を取ると、不安なのかこれでもかというほどに強く握り返して来た。懐かしい気持ちだ。今なら昨日のことだけでなく、幼い頃のことも思い出す。俺はこの手に握った女の子を一人にしないと約束したのだ。
病室に戻ると、安堵のため息をついたお父さんが申し訳なさそうに手で自分の目を塞ぐ。
「聖奈……黙っていてすまなかった」
お父さんの第一声は謝罪だった。
「大丈夫です……」
そもそも美波さんは怒っているわけでも恨んでいるわけでもない。お父さんもそれは分かっていたのかも知れないが、謝らずにはいられなかったのだろう。
「辛い思いをさせてすまなかった。これから辛い思いをさせることもすまない」
「大丈夫……です……」
「なにか……言いたいことがあるならなんでも言ってくれ」
責めるようなことを言われたいのかも知れない。俺にはそう見えた。先ほどまでずっと自分で自分を責めていたのだ。他人から……申し訳ないと思っている相手から責められることで救われることもある。だが、美波さんは決して責めるようなことは言わない。なぜなら彼女も自分が存在していることを申し訳なく思っているのだから。二人を許し、二人を責めることができるのはここにいない母親だけだろう。
「少し……聞きたいことがあります」
美波さんはそう言って口を開いた。自分の価値が分からない。自分が生き返って何をすればいいか分からない。その答えを聞くために戻ってきたのだ。しかし美波さんの口は重たかった。それから先の言葉がなかなか出ない。
しばらくの沈黙の後、美波さんは絞り出すようにして口を開いた。
「なぜ……私を生き返らせたんでしょうか」
聞きたいことを全て聞くことができる質問。俺にはそのように思えた。しかし、答える方にはかなり難しい質問のようにも思えた。
「なぜ……か。そうだな……」
やはりすぐに答えられるものではない。お父さんは小さな声で呟くと考え始めた。ここまで来て嘘で誤魔化すことはしないだろう。したくないだろう。しかし言葉は選びたいのだろう。
「妻の、聖良の頼みだったというのはある」
「ただ頼まれたから……ですか」
「いや、最後まで聞いて欲しい」
お父さんの第一声に落胆する様子を見せた美波さんだったが、すぐに否定が入る。美波さんも何か期待するような眼差しを向けていた。
「最終的に選んだのは俺だ。俺自身が聖奈に生き返って欲しいって思ったから」
美波さんが求めているのはお父さん自身がそう思った理由。美波さんも真剣な眼差しでお父さんの言葉に耳を傾けている。
「妻と娘、どちらの方を愛してるか、どちらに生きていて欲しいか。正直なところ決められるはずがない。でも、それでも、俺が聖奈を選んだのは……。健康に不自由なく生きる時間を……少しでも……過ごして欲しかったから……かな」
「健康に不自由なく生きる時間……」
「ああ。聖奈は幼い頃から頻繁に病院に通っていて、友達と時間を忘れて遊ぶような経験もできなかった。自分で自分の幸せを選ぶこともできなかった。だからたとえ短い時間であろうと、聖奈には健康に生きる時間を経験して欲しかった」
「それだけ……?」
「それだけだ」
お父さんは迷わず断言した。嘘でも誤魔化しでもない。声は弱々しくも言葉は強かった。だが、美波さんの顔には困惑が見える。
「私は……私はどうしたらいいんですか。母親の代わりに生き返って、何かやらないといけないことがあるんじゃないんですか? 目的は、義務は、何かないんですか?」
「健康に生きて、幸せに過ごしている姿を見せてくれたら、それでいいんだよ。あまり話してはくれなかったけれど、特にこの二日間はそんな姿を見せてくれた。ありがとう」
「感謝されるようなこと……何もしていません! 私は……私は何もできていません……。私には生きてる価値も意味もないです!」
「そんなこと言われたら辛いじゃないか……」
美波さんからの強い言葉を受けてお父さんの表情は苦痛に歪んだ。今にも泣き出しそうな表情だ。大人だからといって泣いてはいけないとまでは思っていないが、美波さんの言葉がそこまで衝撃的な発言には思えず不思議な感覚だった。理解が追いついていなかった。
「子供には元気で健康で幸せになって欲しいんだよ。できればずっとそばにいて欲しいけど、流石にそれは叶わないと分かってる。俺も聖良もいつも言ってたんだ。聖奈には産まれてきて良かったって思える人生を歩んで欲しいって」
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「親というのはね。全て犠牲にしても子供が元気に生きるためだけに行動できる生き物なんだよ。それは自分の命を犠牲にしても。聖奈が産まれてからは聖奈のためだけに働いたと言っても過言ではない。聖良だって聖奈のためだけに自分の時間を全て使っていたと言ってもいい」
「見返りとか、何かないんですか……」
どちらかというと俺は美波さんの疑問に寄り添っている形だった。何の見返りもなく全てを捧げるなんて理解も納得もできなかった。
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