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幼馴染 浅野智子
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ニカニカと笑いながら椅子を回転させた智子は流れるようにグラスを手に取るとオレンジジュースを飲む。私は思いのほか元気そうにしている智子を見て安心すると共に、なんで学校に来てくれないのかと疑問が膨らんだ。しかしその疑問も自分の中ですぐに答えが出た。イジメてくるクラスメイトがいないのだから当たり前だ。
「学校休んでるから心配して来たんだよ。でもなんか元気そうにしてて安心した」
私はそう言うと智子と同じようにグラスを手に取ってオレンジジュースを口に入れる。砂糖や甘味料の甘さではない果汁百パーセントのオレンジの甘さ。私なんかにちゃんとしたジュースを出さなくても安物で良いのに……などと思いつつも、こうしたところに智子のお母さんの優しさを感じてしまう。少し大げさかもしれないけれど私はどうでも良い存在じゃないんだと感動してしまう。
「元気元気! 今も元気に仕事してたところよ。見て見て! 今私こんなことしてんの」
椅子をずらして私にもパソコン画面が見えるように移動する智子。私は開けてくれた空間で中腰になって画面を覗き込む。するとそこには未完成な形のホームページが表示されていた。ホームページのタイトルロゴといくつかのリンク、画像などがあるが、全体的に隙間だらけというか不自然な印象がある。
「もうちょっと詳しく言ってくれないと分かんないんだけど……」
私のその言葉に智子はごめんごめんと言って説明をしてくれた。
「ホームページ制作をする仕事なんだけど、お父さんに紹介してもらってベースから作ってるの。こんな感じで」
智子はそう言いながらパソコンを操作すると画面に大量の英語が表示された。ホームページを作るためのプログラム言語だ。プログラム言語の種類までは分からないけれど、学校で少しだけ習ったことがある私では到底書ききれないようなもの。
「まだベースを作って会社に渡して、修正されたものが依頼者のところに届く形なんだけどさ。その初仕事。今週末が納期だから頑張ってるんだー」
智子はそう言うと嬉しそうに笑った。先週学校では一度もこのような笑顔は見ていない。充実感に満ち溢れた表情。小学校のときに一緒に進めていたゲームでトロフィーを全てゲットしたときのような顔をしている。本当に楽しんでいると分かる。
「学校は……学校にはもう来ないの?」
家で楽しそうに仕事をしていると知ると、もう学校に来ないのではないかとさっきまでの安心とは真逆の不安が押し寄せる。私は智子の顔を真っ直ぐに見つめて返事を待つ。すると智子は学校の存在自体を完全に忘れていたかのように、ああと言って答えた。
「もう行かなくていっかな。お父さんもお母さんも行きたくないなら行かなくて良いって言ってたし。プログラミングの勉強もできるからって下山商業に入ったけど、あんまりちゃんとした授業ないの分かったしね。それに将来的にゲームとか作りたいだけだから家で勉強してた方が効率いいんだよね」
「でも……」
学校は行った方が良い……学校に来てほしい……そんな言葉を私は飲み込んだ。イジメられているときに声すらかけなかった私がどの面下げてそんな台詞を言うのか。月並みの価値観を押し付けるようなことはしたくない。それに今の智子はとても楽しそうにしている。そんな彼女の楽しみを奪ってまで学校に来るように言うのは憚られた。しかし……一つだけ……一つだけ確認させてほしかった。
「……学校に来なくなったのはやっぱりイジメられたから?」
その言葉を発した瞬間、私は智子の目を見ることができなかった。純粋な後ろめたさ。助けるための行動を何一つとらなかった自分の罪へ言及されることへの恐れ。けれども、恐れながらも罰して欲しい気持ちがあるのも確かだった。私のことを責めてくれれば謝罪ができる。……自分で考えておきながらなんて卑怯で酷い人間なのかと嫌になる。しかし一度口にした言葉を取り消すことはできない。私はおそるおそる下げていた視線を上げる。すると智子はキョトンとした顔で首を傾げていた。
「いや、全然そんなことないけど?」
なんの迷いもなく発せられた台詞に私はあっけにとられる。全く想定していなかった言葉で、それに対して何と返したら良いかも分からない。そんな状態で立ち尽くす私を見て智子は声を上げて笑い始めた。
「あはははは。おっかしー。なんか思いつめた顔してるなーって思ってたけど、そんなこと気にしてたの? 馬鹿じゃない?」
「ば、馬鹿って何よ! こっちは本気で心配してったっていうのに……」
「ああもう。泣かなくっても良いじゃん」
気が抜けたからか、私の頬には涙が伝っていた。一方の相変わらず智子は笑い続けている。何を考えていればいいのか分からなくて、心配して来た私の方が情緒不安定な状態になっていた。一度大きく深呼吸して息を整えた私はしばらくして落ち着いてから智子に話の続きをする。イジメが原因じゃないと笑い飛ばされたからか、今度は負い目も何も感じずに質問をすることができた。その点に関しては笑ってくれたことに感謝かもしれない。
「先週、不良グループっぽい人たちに悪口言われたり暴力振るわれたりしてたから心配してたんだけど、本当にそれが原因じゃないの?」
「学校休んでるから心配して来たんだよ。でもなんか元気そうにしてて安心した」
私はそう言うと智子と同じようにグラスを手に取ってオレンジジュースを口に入れる。砂糖や甘味料の甘さではない果汁百パーセントのオレンジの甘さ。私なんかにちゃんとしたジュースを出さなくても安物で良いのに……などと思いつつも、こうしたところに智子のお母さんの優しさを感じてしまう。少し大げさかもしれないけれど私はどうでも良い存在じゃないんだと感動してしまう。
「元気元気! 今も元気に仕事してたところよ。見て見て! 今私こんなことしてんの」
椅子をずらして私にもパソコン画面が見えるように移動する智子。私は開けてくれた空間で中腰になって画面を覗き込む。するとそこには未完成な形のホームページが表示されていた。ホームページのタイトルロゴといくつかのリンク、画像などがあるが、全体的に隙間だらけというか不自然な印象がある。
「もうちょっと詳しく言ってくれないと分かんないんだけど……」
私のその言葉に智子はごめんごめんと言って説明をしてくれた。
「ホームページ制作をする仕事なんだけど、お父さんに紹介してもらってベースから作ってるの。こんな感じで」
智子はそう言いながらパソコンを操作すると画面に大量の英語が表示された。ホームページを作るためのプログラム言語だ。プログラム言語の種類までは分からないけれど、学校で少しだけ習ったことがある私では到底書ききれないようなもの。
「まだベースを作って会社に渡して、修正されたものが依頼者のところに届く形なんだけどさ。その初仕事。今週末が納期だから頑張ってるんだー」
智子はそう言うと嬉しそうに笑った。先週学校では一度もこのような笑顔は見ていない。充実感に満ち溢れた表情。小学校のときに一緒に進めていたゲームでトロフィーを全てゲットしたときのような顔をしている。本当に楽しんでいると分かる。
「学校は……学校にはもう来ないの?」
家で楽しそうに仕事をしていると知ると、もう学校に来ないのではないかとさっきまでの安心とは真逆の不安が押し寄せる。私は智子の顔を真っ直ぐに見つめて返事を待つ。すると智子は学校の存在自体を完全に忘れていたかのように、ああと言って答えた。
「もう行かなくていっかな。お父さんもお母さんも行きたくないなら行かなくて良いって言ってたし。プログラミングの勉強もできるからって下山商業に入ったけど、あんまりちゃんとした授業ないの分かったしね。それに将来的にゲームとか作りたいだけだから家で勉強してた方が効率いいんだよね」
「でも……」
学校は行った方が良い……学校に来てほしい……そんな言葉を私は飲み込んだ。イジメられているときに声すらかけなかった私がどの面下げてそんな台詞を言うのか。月並みの価値観を押し付けるようなことはしたくない。それに今の智子はとても楽しそうにしている。そんな彼女の楽しみを奪ってまで学校に来るように言うのは憚られた。しかし……一つだけ……一つだけ確認させてほしかった。
「……学校に来なくなったのはやっぱりイジメられたから?」
その言葉を発した瞬間、私は智子の目を見ることができなかった。純粋な後ろめたさ。助けるための行動を何一つとらなかった自分の罪へ言及されることへの恐れ。けれども、恐れながらも罰して欲しい気持ちがあるのも確かだった。私のことを責めてくれれば謝罪ができる。……自分で考えておきながらなんて卑怯で酷い人間なのかと嫌になる。しかし一度口にした言葉を取り消すことはできない。私はおそるおそる下げていた視線を上げる。すると智子はキョトンとした顔で首を傾げていた。
「いや、全然そんなことないけど?」
なんの迷いもなく発せられた台詞に私はあっけにとられる。全く想定していなかった言葉で、それに対して何と返したら良いかも分からない。そんな状態で立ち尽くす私を見て智子は声を上げて笑い始めた。
「あはははは。おっかしー。なんか思いつめた顔してるなーって思ってたけど、そんなこと気にしてたの? 馬鹿じゃない?」
「ば、馬鹿って何よ! こっちは本気で心配してったっていうのに……」
「ああもう。泣かなくっても良いじゃん」
気が抜けたからか、私の頬には涙が伝っていた。一方の相変わらず智子は笑い続けている。何を考えていればいいのか分からなくて、心配して来た私の方が情緒不安定な状態になっていた。一度大きく深呼吸して息を整えた私はしばらくして落ち着いてから智子に話の続きをする。イジメが原因じゃないと笑い飛ばされたからか、今度は負い目も何も感じずに質問をすることができた。その点に関しては笑ってくれたことに感謝かもしれない。
「先週、不良グループっぽい人たちに悪口言われたり暴力振るわれたりしてたから心配してたんだけど、本当にそれが原因じゃないの?」
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