春風のインドール

色部耀

文字の大きさ
7 / 45
幼馴染 浅野智子

しおりを挟む
 ニカニカと笑いながら椅子を回転させた智子は流れるようにグラスを手に取るとオレンジジュースを飲む。私は思いのほか元気そうにしている智子を見て安心すると共に、なんで学校に来てくれないのかと疑問が膨らんだ。しかしその疑問も自分の中ですぐに答えが出た。イジメてくるクラスメイトがいないのだから当たり前だ。

「学校休んでるから心配して来たんだよ。でもなんか元気そうにしてて安心した」

 私はそう言うと智子と同じようにグラスを手に取ってオレンジジュースを口に入れる。砂糖や甘味料の甘さではない果汁百パーセントのオレンジの甘さ。私なんかにちゃんとしたジュースを出さなくても安物で良いのに……などと思いつつも、こうしたところに智子のお母さんの優しさを感じてしまう。少し大げさかもしれないけれど私はどうでも良い存在じゃないんだと感動してしまう。

「元気元気! 今も元気に仕事してたところよ。見て見て! 今私こんなことしてんの」

 椅子をずらして私にもパソコン画面が見えるように移動する智子。私は開けてくれた空間で中腰になって画面を覗き込む。するとそこには未完成な形のホームページが表示されていた。ホームページのタイトルロゴといくつかのリンク、画像などがあるが、全体的に隙間だらけというか不自然な印象がある。

「もうちょっと詳しく言ってくれないと分かんないんだけど……」

 私のその言葉に智子はごめんごめんと言って説明をしてくれた。

「ホームページ制作をする仕事なんだけど、お父さんに紹介してもらってベースから作ってるの。こんな感じで」

 智子はそう言いながらパソコンを操作すると画面に大量の英語が表示された。ホームページを作るためのプログラム言語だ。プログラム言語の種類までは分からないけれど、学校で少しだけ習ったことがある私では到底書ききれないようなもの。

「まだベースを作って会社に渡して、修正されたものが依頼者のところに届く形なんだけどさ。その初仕事。今週末が納期だから頑張ってるんだー」

 智子はそう言うと嬉しそうに笑った。先週学校では一度もこのような笑顔は見ていない。充実感に満ち溢れた表情。小学校のときに一緒に進めていたゲームでトロフィーを全てゲットしたときのような顔をしている。本当に楽しんでいると分かる。

「学校は……学校にはもう来ないの?」

 家で楽しそうに仕事をしていると知ると、もう学校に来ないのではないかとさっきまでの安心とは真逆の不安が押し寄せる。私は智子の顔を真っ直ぐに見つめて返事を待つ。すると智子は学校の存在自体を完全に忘れていたかのように、ああと言って答えた。

「もう行かなくていっかな。お父さんもお母さんも行きたくないなら行かなくて良いって言ってたし。プログラミングの勉強もできるからって下山商業に入ったけど、あんまりちゃんとした授業ないの分かったしね。それに将来的にゲームとか作りたいだけだから家で勉強してた方が効率いいんだよね」

「でも……」

 学校は行った方が良い……学校に来てほしい……そんな言葉を私は飲み込んだ。イジメられているときに声すらかけなかった私がどの面下げてそんな台詞を言うのか。月並みの価値観を押し付けるようなことはしたくない。それに今の智子はとても楽しそうにしている。そんな彼女の楽しみを奪ってまで学校に来るように言うのは憚られた。しかし……一つだけ……一つだけ確認させてほしかった。

「……学校に来なくなったのはやっぱりイジメられたから?」

 その言葉を発した瞬間、私は智子の目を見ることができなかった。純粋な後ろめたさ。助けるための行動を何一つとらなかった自分の罪へ言及されることへの恐れ。けれども、恐れながらも罰して欲しい気持ちがあるのも確かだった。私のことを責めてくれれば謝罪ができる。……自分で考えておきながらなんて卑怯で酷い人間なのかと嫌になる。しかし一度口にした言葉を取り消すことはできない。私はおそるおそる下げていた視線を上げる。すると智子はキョトンとした顔で首を傾げていた。

「いや、全然そんなことないけど?」

 なんの迷いもなく発せられた台詞に私はあっけにとられる。全く想定していなかった言葉で、それに対して何と返したら良いかも分からない。そんな状態で立ち尽くす私を見て智子は声を上げて笑い始めた。

「あはははは。おっかしー。なんか思いつめた顔してるなーって思ってたけど、そんなこと気にしてたの? 馬鹿じゃない?」

「ば、馬鹿って何よ! こっちは本気で心配してったっていうのに……」

「ああもう。泣かなくっても良いじゃん」

 気が抜けたからか、私の頬には涙が伝っていた。一方の相変わらず智子は笑い続けている。何を考えていればいいのか分からなくて、心配して来た私の方が情緒不安定な状態になっていた。一度大きく深呼吸して息を整えた私はしばらくして落ち着いてから智子に話の続きをする。イジメが原因じゃないと笑い飛ばされたからか、今度は負い目も何も感じずに質問をすることができた。その点に関しては笑ってくれたことに感謝かもしれない。

「先週、不良グループっぽい人たちに悪口言われたり暴力振るわれたりしてたから心配してたんだけど、本当にそれが原因じゃないの?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...