春風のインドール

色部耀

文字の大きさ
6 / 45
幼馴染 浅野智子

しおりを挟む
「細川さん。着きましたよ」

 私は生田先生の呼び声で目を覚ました。移動時間はせいぜい二十分程度だったはずなのについ眠ってしまっていた。

「寝不足なのですか?」

「最近ちゃんと寝られてなくて」

「睡眠は大事です。体や脳など全身の免疫力に関わってきますからね」

 てっきり夜更かしするなとか寝不足になるほど夜に何をしているのかといった説教があると思っていたが、生田先生はそれだけ言って他には何も言わなかった。説教臭い先生ではないのだろうとは思っていたけれど、このひと言だけで不思議と安心することができた。もし夜眠れない理由を聞かれていたとしても上手く答えられなかっただろうから、本当に深く追求してこられなくて良かったと思う。今は智子のことだけを考えていればいい。

 車から降りると、そこは近所のコインパーキングだった。徒歩二・三分だが智子の家からは少し離れている。

「智子の家は一軒家で駐車場もあったと思うんですけど」

「事前に許可を取っても良かったのですが、何か用事に使う予定だったものを無理に空けさせることになっていたかもしれませんし、こうしたちょっとした気遣いが大切だと思うのです」

 そういうものなのかな――と少し納得のいかない気持ちを持ちながらも私は先生の後ろをついて歩いた。

 智子の家に行くのは中学のとき以来なので約二か月ぶり。そのときも家の前に来ただけだったので、中に入るとなると小学生ぶりだろうか。小学六年生か五年生か。記憶が定かではないがそのくらいの頃。私が小学校に上がる頃に建てられた新しい家。庭はそんなにないけれど、玄関先にはいつも季節の花が植えられていた。専業主婦のお母さんがいつも家を綺麗にしていて、家に上がると好きなジュースを選ばせてくれた。智子はテレビゲームが好きで部屋にはたくさんのゲームがあり、小学校の頃はよく夕方まで一緒にゲームをしていた記憶がある。

 そんなことを思い出しながら歩いている内に智子の家に到着する。生田先生がインターホンを鳴らすと、聞き慣れた智子のお母さんの声。

「先程お電話させていただいた下山商業高校の生田と申します。急な訪問を受けていただきありがとうございます」

 生田先生がそう言って丁寧にお辞儀をすると、智子のお母さんも同じように頭を下げた。

「こちらこそご心配おかけしてすみません。どうぞ中にお入りください。……あれ? 卯月ちゃんも心配してきてくれたの?」

 智子のお母さんは生田先生の後ろにいた私を見て緊張がほぐれたのか、いつもの笑顔でそう言った。久しぶりということもあり、何の助けもしなかった後ろめたさもあって私も緊張していたのだが、その笑顔を見て少しだけ緊張が無くなった。

「はい。生田先生にお願いしてついて来ました」

「そう。ありがとね。何か飲む? 先生も何か飲み物召し上がりますか?」

「いえ、私は遠慮させていただきます。家庭訪問時には何もいただかないことにしていますので」

「そうですか。卯月ちゃんは何が良い?」

 そう聞かれて私は生田先生の顔を伺った。生田先生は私が飲み物を貰おうが断ろうがどちらでもいいみたいで、特に指示をするようなことはなかった。

「それじゃあ、智子と同じもので」

「うーん。じゃあオレンジジュース持って行ってもらおうかしらね。あ、先生はこちらへどうぞ」

 智子のお母さんはそう言って先生を客間に通す。私は一緒に台所に行くと二つのグラスにオレンジジュースを注いで貰い、お盆に乗せて渡される。

「ゆっくりして行って良いからね」

 私はそう言われてはいとだけ答えると、二階にある智子の部屋へと一人で向かった。緩やかにカーブを描きながら上がる階段。半吹き抜けのような構造で日の光が家中に満たされる。窓からはまだ青い空が見えるが、そろそろ夕方だし帰る頃には暗くなり始めているかもしれない。

 二階に上がって智子の部屋の扉をノックする。しかし中から返事はなく、私はおそるおそる扉を開けた。小学校のとき以来の智子の部屋だったが、昔から印象は変わらない。女の子らしい部屋という感じではなく、ゲームや少年漫画がたくさん置かれた部屋。その中で智子は私がいる扉側に背を向けて勉強机に向かっている。机の上にはパソコンのモニターとキーボード。足下にはデスクトップが置かれている。私の家にあるパソコンよりも高性能そうに見えた。智子は素早くキーボードを打ちながらヘッドホンで何かを聞いている。……だからノックの音が聞こえなかったのか。

「智子ー。遊びに来たよー」

 私が耳元でそう言うと、智子は驚いたように目を丸くしてヘッドホンを外した。その一連の動作で私は持ってきたオレンジジュースを溢しそうになるが、どうにか堪えて机の上に置いた。

「びっくりしたー。いきなりどうしたの?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...