春風のインドール

色部耀

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幼馴染 浅野智子

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 それから私は生田先生について職員室へと向かう。もし学校で問題になりそうになってもそうして口裏を合わせることを条件に同行することになった。職員室までの道中、廊下では吹奏楽部が腹筋をしており外には運動部の声が響いている。まだ入る部活を決めていない私はそんな部活動生をどこか違う世界の住人かのように思ってしまう。別に部活に入らないと決めたわけではないけれど、このままどの部活にも入らなくても良いかもしれないと思っていた。キラキラしたものを今の私は手にすべきでないと思っていた。

「失礼します」

 ノックはしなかったが、生田先生も生徒たちと同じく職員室に入るときに挨拶をする。職員室の先生たちは陰鬱な雰囲気でパソコンに向かい、生田先生のことなど気にもとめない。忙しいのは分かるが、何だか冷たい感じもする。もちろん川村先生も同じくパソコンに向かい続けてこちらに視線すら向けない。二人で川村先生のそばまで来るとようやく川村先生は顔を上げる。

「川村先生こんにちは。こちらの細川さんがどうしても友人の浅野さんのことが心配で、私に様子を見てきてほしいと言うので家庭訪問をさせていただこうかと思うのですが。大丈夫でしょうか」

「ああ、はい。大丈夫ですよ。申請と記録は教頭のところでお願いします」

 川村先生は淡白に答えるとまたすぐにパソコンに向かった。本当に自分の生徒のことなどどうでも良いのだろうか――。そう思わされるほどに淡々とした語り口調だった。少し離れたところで生田先生は小声で私に耳打ちをする。

「川村先生は今PTA総会の資料作りで手一杯なのです。誰もやりたがらない仕事を引き受けてくれて助かっていますし、冷たい人というわけではないですよ」

 生田先生はそうフォローをしてくれていたが、私にとっては正直なところどうでも良かった。生徒に親身になってくれるかどうか――それ以外は先生という立場の人間に価値を感じることはできない。ただそれだけの話だ。そんなことを思っている内に教頭先生が座る席に到着した。教頭先生も教頭先生で忙しそうに書類をめくってはパソコンに何かを打ち込んでいる。

「教頭、本日一年二組の浅野智子さんの家に家庭訪問に伺おうと思うのですが……」

「何か問題でもあったのか?」

 教頭は書類をデスクにおいて鋭い視線を生田先生に向ける。その圧力に少し委縮してしまった私とは違い、生田先生は怯むこと無く堂々と答えた。

「こちらの細川さんから、イジメによる不登校の可能性があるので様子を見て欲しいと伺いまして。早いうちに本人から話を聞くことができれば問題にもならずに終えられるのではないかと思いまして」

「そうか。担任の川村はどうした?」

「PTA総会資料作成とPTA会長との事前打ち合わせがあって動けないとのことで、今日時間を作れる私が代わりに向かおうかと。話は通してあります」

「保護者への連絡はこれからするのか?」

「はい」

「分かった。報告書は今日中にメールで送るように。フォーマットは共有フォルダに入ってあるから参考にしなさい」

「ありがとうございます」

 生田先生は教頭に頭を下げるとその場を後にする。教頭からのプレッシャーの中堂々と話をする姿は少したくましく思えた。それは同じ教員同士だから当たり前なのかもしれないが、私には知りようのないことだった。そのまま生田先生は大量にファイルが立てられている棚にまで移動して智子の実家の電話番号を調べると、職員室に備え付けられている固定電話で電話を掛ける。電話には智子のお母さんが出たらしく、すぐに家庭訪問の許可が下りていた。

「では行きましょうか」

 私は職員室から出る生田先生の後ろについて行く。生田先生は車通勤らしく、智子の家まで車で行くために駐車場へと向かった。その途中、校庭に植えられている草花を指して生田先生は話をする。

「実は校内にある花壇も鉢植えも全部私が管理しているのですよ。一応園芸部の所持ということになっていますが、生憎幽霊部員しかいなくて実質私一人の活動なのです」

「全員幽霊部員なのに存在してるっておかしくないですか?」

 私は生田先生の話についツッコミを入れてしまった。所属だけして活動しないのならば退部なりなんなりすれば良いだけのはず。しかし先生は乾いた笑みを浮かべながら理由を説明してくれた。

「商業高校だからというのもあるのでしょうけど、入社試験や大学推薦のために名目上でも部活に入っておいた方が良いという慣習がありましてね。三年生になってから担任に強制される形でやる気は無いけどとりあえず入部……という人が多いのです。細川さんが良ければ入部して水やりの手伝いをしてくれれば助かるのですけど。部費で好きな花を買っても良いですし」

「……考えておきます」

 私の返事に対して初めから期待をしていなかったのか、生田先生はそうですかとだけ答えた。駐車場に着くと生田先生の車に乗り込む。車種までは分からないが、比較的新しい雰囲気の軽自動車。車の中には後部座席にもトランクにも物一つなく、新車のような香りがする。

「なんだか殺風景ですね」

「必要なものを運ぶとき以外はほとんど何も乗せていないだけです。この車自体も燃費だけを考えて購入したようなものですしね。少しでも軽い方が燃費も良いのです」

 多少の物が増えたところで燃費が変わるものだろうか? などと思いつつも私は先生の体を見て思ったことを口に出す。

「だから先生は痩せてるんですか? 太ったら車の燃費が悪くなるから」

「そう言われるとこれからも太ることができませんね」

 生田先生はそう言って笑みを浮かべる。今日だけで何度か先生の笑顔を目にしたが、そのどれもが作り物の笑顔に見える。生田先生は楽しいと思ったり嬉しいと思ったときに笑ったりするのだろうか。愛想笑いだけなのだとしたら少し面白みに欠ける。いつか本当に笑える状況を作ってみたいものだ。そんなことを思っている内に車はゆっくりと動き始める。

 生田先生の運転はとても穏やかで、隣に乗っていてついつい眠ってしまいそうになるほど静かだった。運転を始めた先生は口数も減り、集中して操作している様子。運転に慣れていないからという理由ではないと思うが、同時に複数のことをするのが苦手なタイプなのかもしれない。そう思って私も先生に話しかけることなくぼんやりと住み慣れた街並みを見ていた。

 こうして車の中からゆっくり街を眺めるのはいつぶりだろうか……。
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