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幼馴染 浅野智子
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突然自分のことを言われてつい大きな声を出してしまった。自分たちが楽しく過ごすために智子に暴力を振っていた奴らと私が同じ……。まったく思い当たる節がない。私は誰にも暴力を振ったことはないし暴言を吐いたこともない。教室では人畜無害に大人しくしているタイプだ。
「あなたは自分が学校生活を楽しく過ごすために、クラスでのイジメ問題を解決して友人である智子さんを学校に連れ戻そうと考えている。それもテラフォーミングのように環境を自分にとって過ごしやすいものに変えようという考え方なのです。その手段はイジメと違って素晴らしいことだと思いますけれどね」
自分にとって過ごしやすいものに変えようとしている……。言われてみれば確かにそうだ。私は智子と一緒にいる時間がとても過ごしやすい。お互いに気を遣うこともなく自然体でいられ、それでいて不快なことが全くない。智子のそばで智子と共に学校生活を送れたらどんなに良いことだろうか。本当に先生の言うとおりだ。
「その友人がイジメられている瞬間に助けることができなかったのは、これもまた自らの生活環境を悪化させないための自己防衛本能に他なりません。イジメているグループと敵対することが自分の生活環境を悪化させることだと本能で理解してしまったのでしょう。だから仕方ありません。あなたは何も悪くないのです」
生田先生の説明を受けて、私はほんの少しだけ安心をしていた。助けられなかった自分が悪い。助けられなかった自分の心が弱い。そう思って一人自分で自分を責め続けていたから。だから自分は悪くないと理論立てて説明してくれたことにより、自分の罪から解放されたような気持ちになったのだ。しかし、その安堵を自覚したところで、私は頭を振ってその安堵を否定した。それじゃダメだ。安心してハイおしまいというわけにはいかないのだ。
「それでも先生。私は智子が学校に来られるようにしたいんです。生徒が困っていたら手を差し伸べてくれるっておっしゃいましたよね? 私のことをなだめて終わりなんて許しませんよ」
あくまで強気でそう言った私に対して、生田先生は困りましたねーと呟いて窓の外を見た。日はまだ高く、時計の針は四時を過ぎたところを指している。
「やはり本人の気持ちや考えを知ることから始めないといけませんね。あと、こちらの都合として担任と教頭、保護者の許可を得ないと私自身が動くことができません。担任と教頭に話をした時点で担任が動いてくれるようであれば、それに越したことはないのですが」
生田先生はそう言ったが、私の印象としては担任の川村先生はそうした問題を解決するために動くような教師に見えない。だからこそこうして無理矢理他の先生を頼る道を選んだのだから。しかし、生田先生もその辺りはなんとなく察しがついているようで小さな溜息をついていた。その仕草だけを見るとあまりいい印象は持てないが、これまでの真摯な話、誤魔化すことなく丁寧に接してくれる姿勢から、少し信頼に足る教師なのではないかと思える。
「この後職員室に向かいますが、あなたはここで待っていてくれますか?」
「細川です。細川卯月(ほそかわうづき)です。一年二組です」
今更ながら生田先生に何度もあなたと呼ばれていたことに気付いて自己紹介をする。すると生田先生も思い出したかのように、ああと言って口を開ける。
「一年二組と言ったら川村先生か。それなら許可を取るのにあまり苦労しないかもしれませんね」
そう言うと生田先生はティーカップに注がれた紅茶を飲み干して流し台に向かう。
「使い終わった器具はすぐに洗っておかないと汚れが染みつきやすいのです。細川さんも飲み終わったら持ってきてください」
「あ、はい」
話題が変わって少し慌ててしまったが、生田先生にそう言われてすぐに紅茶を飲み干すと流し台へと急いだ。流し台の前に着くと先生はスポンジと洗剤を私に手渡す。洗い物までやってくれるというわけではないようだ。
「生物や化学を専攻する人間が得る最も生活に役立つ技能は、洗い物が早くなることだと思うのです。逆に言えば洗い物が早くなれば生物や化学を専攻する場合も楽ということです。コツはこれ」
生田先生は洗剤の入ったボトルを振るとそう言った。私は理系科目が苦手なので生物も化学も専攻で学ぶつもりはないが、洗い物のコツは知っておいて損はない。家でも嫌と言うほど洗い物をする機会はあるのだから。
「ボトルに初めから希釈した状態で洗剤を入れておくことです。手荒れ予防にもなりますし。ただ、長期保存には向いてないのでこのくらいずつ継ぎ足していくのがいい感じです」
ボトルの四分の一ほどまで入った洗剤。生田先生はその洗剤を豪快にスポンジにかけるとティーポットを洗った。私が普段家で使っている洗剤と同じだとしたら、今先生が使った量をスポンジにつけると逆に泡立たないんじゃないかと思うほど。
「五倍くらいに薄めているので、この量の洗剤も一日か二日で使い切るペースですね。試してみてください」
先生に言われたとおりにスポンジに洗剤を出す。いつもなら水をかけてから泡立てて使うところが、そのままスポンジを握るだけで泡立つ。……これは確かに良いかもしれない。そのまま自分のティーカップを洗うと、近くの乾燥棚に置く。
「よし、それでは職員室に行ってきます」
「私も行きます」
私の発言に驚いたのか、生田先生は唸り声をあげながら立ち尽くす。
「浅野さんの家にまでついてこられるおつもりですか?」
「もちろんです」
そう言うと生田先生は深い溜息をついて頭を抱えた。
「家庭訪問に他の生徒が付いて行くことは認められていません。しかし……」
生田先生はそこまで言って含みを持たせると小さな声で呟くように続けた。
「私が家庭訪問に伺うタイミングでたまたま友人である細川さんが家にいたということであれば問題はないでしょう」
「あなたは自分が学校生活を楽しく過ごすために、クラスでのイジメ問題を解決して友人である智子さんを学校に連れ戻そうと考えている。それもテラフォーミングのように環境を自分にとって過ごしやすいものに変えようという考え方なのです。その手段はイジメと違って素晴らしいことだと思いますけれどね」
自分にとって過ごしやすいものに変えようとしている……。言われてみれば確かにそうだ。私は智子と一緒にいる時間がとても過ごしやすい。お互いに気を遣うこともなく自然体でいられ、それでいて不快なことが全くない。智子のそばで智子と共に学校生活を送れたらどんなに良いことだろうか。本当に先生の言うとおりだ。
「その友人がイジメられている瞬間に助けることができなかったのは、これもまた自らの生活環境を悪化させないための自己防衛本能に他なりません。イジメているグループと敵対することが自分の生活環境を悪化させることだと本能で理解してしまったのでしょう。だから仕方ありません。あなたは何も悪くないのです」
生田先生の説明を受けて、私はほんの少しだけ安心をしていた。助けられなかった自分が悪い。助けられなかった自分の心が弱い。そう思って一人自分で自分を責め続けていたから。だから自分は悪くないと理論立てて説明してくれたことにより、自分の罪から解放されたような気持ちになったのだ。しかし、その安堵を自覚したところで、私は頭を振ってその安堵を否定した。それじゃダメだ。安心してハイおしまいというわけにはいかないのだ。
「それでも先生。私は智子が学校に来られるようにしたいんです。生徒が困っていたら手を差し伸べてくれるっておっしゃいましたよね? 私のことをなだめて終わりなんて許しませんよ」
あくまで強気でそう言った私に対して、生田先生は困りましたねーと呟いて窓の外を見た。日はまだ高く、時計の針は四時を過ぎたところを指している。
「やはり本人の気持ちや考えを知ることから始めないといけませんね。あと、こちらの都合として担任と教頭、保護者の許可を得ないと私自身が動くことができません。担任と教頭に話をした時点で担任が動いてくれるようであれば、それに越したことはないのですが」
生田先生はそう言ったが、私の印象としては担任の川村先生はそうした問題を解決するために動くような教師に見えない。だからこそこうして無理矢理他の先生を頼る道を選んだのだから。しかし、生田先生もその辺りはなんとなく察しがついているようで小さな溜息をついていた。その仕草だけを見るとあまりいい印象は持てないが、これまでの真摯な話、誤魔化すことなく丁寧に接してくれる姿勢から、少し信頼に足る教師なのではないかと思える。
「この後職員室に向かいますが、あなたはここで待っていてくれますか?」
「細川です。細川卯月(ほそかわうづき)です。一年二組です」
今更ながら生田先生に何度もあなたと呼ばれていたことに気付いて自己紹介をする。すると生田先生も思い出したかのように、ああと言って口を開ける。
「一年二組と言ったら川村先生か。それなら許可を取るのにあまり苦労しないかもしれませんね」
そう言うと生田先生はティーカップに注がれた紅茶を飲み干して流し台に向かう。
「使い終わった器具はすぐに洗っておかないと汚れが染みつきやすいのです。細川さんも飲み終わったら持ってきてください」
「あ、はい」
話題が変わって少し慌ててしまったが、生田先生にそう言われてすぐに紅茶を飲み干すと流し台へと急いだ。流し台の前に着くと先生はスポンジと洗剤を私に手渡す。洗い物までやってくれるというわけではないようだ。
「生物や化学を専攻する人間が得る最も生活に役立つ技能は、洗い物が早くなることだと思うのです。逆に言えば洗い物が早くなれば生物や化学を専攻する場合も楽ということです。コツはこれ」
生田先生は洗剤の入ったボトルを振るとそう言った。私は理系科目が苦手なので生物も化学も専攻で学ぶつもりはないが、洗い物のコツは知っておいて損はない。家でも嫌と言うほど洗い物をする機会はあるのだから。
「ボトルに初めから希釈した状態で洗剤を入れておくことです。手荒れ予防にもなりますし。ただ、長期保存には向いてないのでこのくらいずつ継ぎ足していくのがいい感じです」
ボトルの四分の一ほどまで入った洗剤。生田先生はその洗剤を豪快にスポンジにかけるとティーポットを洗った。私が普段家で使っている洗剤と同じだとしたら、今先生が使った量をスポンジにつけると逆に泡立たないんじゃないかと思うほど。
「五倍くらいに薄めているので、この量の洗剤も一日か二日で使い切るペースですね。試してみてください」
先生に言われたとおりにスポンジに洗剤を出す。いつもなら水をかけてから泡立てて使うところが、そのままスポンジを握るだけで泡立つ。……これは確かに良いかもしれない。そのまま自分のティーカップを洗うと、近くの乾燥棚に置く。
「よし、それでは職員室に行ってきます」
「私も行きます」
私の発言に驚いたのか、生田先生は唸り声をあげながら立ち尽くす。
「浅野さんの家にまでついてこられるおつもりですか?」
「もちろんです」
そう言うと生田先生は深い溜息をついて頭を抱えた。
「家庭訪問に他の生徒が付いて行くことは認められていません。しかし……」
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