春風のインドール

色部耀

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幼馴染 浅野智子

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「高一クライシス?」

 聞いたことのない単語だったため私は聞き返す。生田先生は視線を紅茶の水面に合わせながら説明をしてくれた。

「教育心理学の用語でね。高校進学後に環境の変化に適応できず不登校や退学に陥ってしまう現象のことを言うのです。毎年のように職員会議で話題に上がります」

「じゃあ智子のことは? 浅野智子のことは今日の職員会議で何か言ってました?」

 職員会議で毎年のように話題になるのなら、智子――イジメにあって学校に来なくなった友達の話が出ていてもおかしくない。

「まだ何も大々的に扱われていませんね。担任と学年主任あたりでは話し合われているかもしれませんが」

 今朝担任の先生に聞いたところ、イジメによる不登校とは言っていなかった。隠しているのか本人が言っていないだけなのか……。それでも先週は悪ふざけをするグループができていて、智子はそこから暴言や暴力を振われていたのは確かだ。怪我はしていなさそうだったけれど、良いものでは決してなかった。

「私も怖くて助けられなかったのが悪いけど、やんちゃなグループが智子に色々してたのは間違いないんです」

「怖くて助けられなかったことは何も悪いことではありません。しかしまあ……新しい環境になってグループを作り、自らと価値観や考え方の違う人間を攻撃するというのは褒められたことではありませんが種の保存という観点から見ると自然な行動でもあるのですよ」

 生田先生はそう言うと小さなホワイトボードに板書を始めた。A2サイズのホワイトボードは先生のメモ用に使われていたのか、何時にどこで会議だとか授業に使う器具の注文がいくつだとかが小さく書かれていた。その中で不要そうなものを消し、私に見やすいように文字を書く。

「テラフォーミングという言葉はご存知ですか?」

 あまり理系の勉強をしていない私には聞いたことのない言葉。首を横に振って否定すると先生は説明を続けた。

「ほとんどSFの世界の話ですが、地球以外の星を人間が住める環境に作り替えることを指す言葉なのです。火星にクロレラのような強い藻類やクマムシ・ゴキブリなんかを送り込んだり、大量の核爆弾を使って温暖化させたり……まあ今の技術では不可能という結論が出ていますけどね。火星には大気となり得る資源が乏しすぎるのだとか。まあその話は置いておいて」

 生田先生はいくつかホワイトボードに図解をしたものを消して咳払いをする。

「なぜテラフォーミングなんて言葉を使ったかというと、人間は他の生物以上に自らが生活できる環境を作り上げようという欲求が強いということを教えたかったからなのです。頭のいい学者たちだけではなく、高校生にだって同じ欲求が存在します。その手段の一つとして過ごしやすいグループを作り気にくわない人間を排斥するのです」

「すいぶんと……規模が小さいですね」

 馬鹿馬鹿しい。そう思ってしまうほどにくだらない理由のように思えた。ただ学校生活を送るだけなら他人を傷つけてまで自分が過ごしやすい環境を作る必要は無い。生きることができる環境を作るために他の星を開拓するのとはわけが違う。学校では他人を傷つけなくても十分生きていけるはずなのだから。

「規模が小さいと言いましたが、手段は違えどあなたも同じようなことをしようとしているのですよ?」

「え? 私がですか?」
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