春風のインドール

色部耀

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幼馴染 浅野智子

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 それから私は放課後に先生がいる生物準備室で話をする約束を取り付けてその場を後にした。進学校でもなんでもない商業高校であるこの学校では月曜日は六時間目で終わる。六時間目の終わりは午後三時半。先生と話をする時間はいくらでもある。私は六時間目の授業が終わるとすぐに生田先生がいる生物準備室に向かった。南側に面した新校舎の二階。窓からは昼休みに生田先生と会った花壇が見えるだろう。

「失礼します」

 ノックをして生物準備室の扉を開けると生田先生が返事をする。中に入ると生田先生はデスクに置かれている不格好に成長したサボテンに霧吹きで水やりをしていた。生物準備室は古い本棚の匂いが漂っている。古い木製の棚には古い資料といくつかの標本。骨格標本には大きな布がかけられていて足元しか見えない。風通しが良いのか、湿っぽい感じも埃っぽい感じもなくて昼休みとは違い不快になることはなかった。

「まあ、そこに座ってください」

 生田先生は霧吹きを自分のデスクに置くと、六人用の古い実験台を流用したかのような机を手で示した。そこに置かれているのは新校舎に似合わない木製の椅子。もちろんクッション素材なんかも付いていない。私は通学カバンを机に置くと椅子を引いて座り、反対側に座った生田先生の顔を見る。

「さて、困っていることと言われましてもイチ教師としてできる範囲でしか手伝えないかもしれませんが」

 生田先生は防波堤を築くように前置きをして話を切り出した。警戒されても仕方ない。それほどの言い方をしたのだから。

「大丈夫です。教師として手伝ってほしいことなので」

「それなら良かったです。話が長くなりそうなら何か飲み物でも出しましょうか? 紅茶、緑茶ならありますよ。あと一応コーヒーも」

 先生はそう言うと一度立ち上がってデスクの方に行くと透明なガラス製の瓶に入った茶葉を見せる。その姿は少しだけ嬉しそうに見えた。

「それでは紅茶を……」

「紅茶ですね。これは香り高くて美味しいですよ。大学時代の同級生が経営している茶畑で採れた茶葉を使っていますので。貰いものですが一級品ですよ」

 生田先生はそう言ってティーポットを取り出すと銀の匙で茶葉を入れていく。ティーポットも実験器具のような透明なガラス製だ。

「お洒落なティーポットですね」

 先生が電気ケトルからお湯を注いでいる間に私は暇になったのでそうして話を振る。すると先生はお湯が注がれたティーポットを軽く回して日の光にかざす。

「こう……透明なものって良いですよね。中で何が起こっているかが見えると、どうやって茶葉が溶けていくのだとか温度変化でどのような対流が起こっているのか考えることができるので。考えるきっかけが見えるものは美しく感じる性分なのです、私」

 生田先生は理論立てて美しさを語ったが、私は単純に日の光で優しい色を広げるティーポットが綺麗だと感じるだけなのだった。わざわざ理由を考えなくても綺麗なものは綺麗だ。お湯を注いでから二・三分経っただろうか。生田先生は私と自分自身の前に薄い透明ガラスのティーカップを置いて紅茶を注ぐ。二人分を注ぐと、計算されたかのように空になるティーポット。

「ミルクと砂糖はいりますか? なんならレモンもあるのでレモンティーにもできますよ」

「では砂糖だけ」

 生田先生はデスクに置いてあったスティックシュガーを四本取ると机に置く。私が一本しか使わないと先生は残りの三本を自分の紅茶に入れた。

「こう見えて甘党なのです」

 やせ細った体をアピールしながら生田先生は笑顔を作ってみせた。その姿に私が初めに抱いていた印象から変わっていく。少し人間味を感じる。先生が入れてくれた紅茶をひと口飲むと言われたとおり口の中から鼻の奥まで良い香りが広がっていく。焼いているわけでもないのに香ばしい紅茶独特の香り。生田先生も美味しそうに口にしている。

「早速本題なんですが」

 ひと口飲んだあとに、私はティーカップを机に置いて切り出した。生田先生も私とタイミングを合わせるかのようにティーカップを置いて聞く姿勢をとる。

「中学から仲の良かった友達が入学早々イジメにあって学校を休んだんです。先週の金曜日から休み始めて今日で二日目なんですけど……。時期が時期だけにこのまま学校辞めちゃうんじゃないかって不安で」

 私の話を聞いて生田先生はまたひと口紅茶を口に運ぶとぼそりと言った。

「高一クライシスってやつですね」
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