春風のインドール

色部耀

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同級生 上野真紀

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 それから生田先生は生物準備室に鍵をかけると私に付いてくるように言った。なんでも昼休みの水やりをしないといけないのだとか――

「学校中の植物の管理をほぼ一人でやっているので大変なのですよ。どうです? 園芸部に入って一緒に水やりは?」

「考えておきます」

 以前のやり取りのときとは違い、悩む間もなく私が答えると生田先生は残念そうに頭を垂れた。まず初めに向かったのは私と生田先生が初めて出会った校舎裏の畑だった。

「先月から比べると結構大きく育ってきたと思いませんか? トマトとキュウリなんかは来月辺りに良いものができそうです。それもこれもやはり栄養豊富な土壌の力あってのことだと思いますね」

 先月のような不快な臭いは無くなっているが、先生の台詞で思い出してしまう。臭いは記憶に強く結びつきやすいと聞いたことがあるけれど、逆に当時を思い出すことで臭いが実際に存在するかのように感じるとは思っていなかった。私がそんなことを思っているとは露知らず、生田先生は水を撒きながら話を続けた。

「同化という言葉はご存知ですか? 生物が栄養を自分の身体の一部にすることを言うのですが、栄養そのものが良いものだとやはりそれを元に育ったものは良いものになると思うのです」

 つまり、ここにある野菜は先生の糞尿を体の一部にしていると……。そう思うと絶対に食べたくないと決意させる。先生にとっては有機野菜という感じなのだろうけれど、私にとっては良いと思える要素が一つとしてなかった。基準値を超えて農薬が使用されている野菜の方がいくらかマシに思えてくる。

「それで、困ったことというのは何でしょうか」

 生田先生はじょうろを倉庫にしまって次の目的地へと移動しながら私に聞いた。私も先生の話を聞いている内に本題を忘れかけていたが、おかげで思い出すことができた。

「そうです。さっき教育実習の先生とぶつかって少し話をしてたんですが、なんだか悩みがあるみたいで……。その上寝不足で疲れている様子だったので心配なんです。生徒の私には話しづらいみたいなので、生田先生から何か助け舟を出してもらえたらと思って……」

「ほう……。その先生の名前は?」

「高木先生です」

 私から名前を聞いた生田先生は眉をひそめた。何か心当たりでもあるのだろうか。もし高木先生の悩みが学校での問題で、その問題について生田先生に心当たりがあるのだとしたら話が早い。

「私は一年六組の副担任をしているのですが、その関係で高木先生の指導教員なのですよ。これは……気付かなかった私にも責任があります。今日の放課後にでも詳しく話を伺っておきましょう。もしかすると私たちに心配をかけないように上手く隠していたのかもしれません」

 指導教員――。それなら安心して任せることができる。しかし、私は実際に解決できたかどうかの顛末まで知りたかった。野次馬精神というやつだろうか。心配しているのは間違いないけれど、そういった気持ちがあるのは否定できない。野暮だとは思うし、良くないことだとも思うが、高木先生がちゃんと眠れるようになったかどうか知りたい。

「先生。私も同席して良いですか? 高木先生のことが心配なんです」

「うーん」

 生田先生は以前私が一緒に家庭訪問に行きたいと言ったとき以上に唸り声をあげると、しばらくしてから答えた。

「流石に今回はすみません。ただ、心配していたということはお伝えしておきます。もしそれでもすぐに高木先生の悩みが解消されたかどうか知りたいようであれば、生物室で待っていてください。高木先生とお話をしてすぐに報告します」

 生田先生の中で妥協できるギリギリのラインだったのだろう。流石の私もそれ以上我儘を言うことはしない。後は生田先生を信じて生物室で待っているようにしようと思う。そう納得したところで生田先生は花壇からホースを引っ張り出すと、先端についているシャワーのノズルを私に手渡した。

「蛇口を開けてきますので持っていてください。水が出始めたら遠くから水やりをしてください。花壇の土に直接かけて全体の色が変わるくらいに撒いていただければ大丈夫です」

「……あの。私園芸部に入るとは言ってないんですけど」

「たまには困っている先生を助けてくれても良いかと思いましてね」

 たまには……。まあ、たまにと言うくらいなら構わないか。そう妥協して私は生田先生の指示どおり花壇に水を撒いたのだった。
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