13 / 45
同級生 上野真紀
3
しおりを挟む
それから生田先生は生物準備室に鍵をかけると私に付いてくるように言った。なんでも昼休みの水やりをしないといけないのだとか――
「学校中の植物の管理をほぼ一人でやっているので大変なのですよ。どうです? 園芸部に入って一緒に水やりは?」
「考えておきます」
以前のやり取りのときとは違い、悩む間もなく私が答えると生田先生は残念そうに頭を垂れた。まず初めに向かったのは私と生田先生が初めて出会った校舎裏の畑だった。
「先月から比べると結構大きく育ってきたと思いませんか? トマトとキュウリなんかは来月辺りに良いものができそうです。それもこれもやはり栄養豊富な土壌の力あってのことだと思いますね」
先月のような不快な臭いは無くなっているが、先生の台詞で思い出してしまう。臭いは記憶に強く結びつきやすいと聞いたことがあるけれど、逆に当時を思い出すことで臭いが実際に存在するかのように感じるとは思っていなかった。私がそんなことを思っているとは露知らず、生田先生は水を撒きながら話を続けた。
「同化という言葉はご存知ですか? 生物が栄養を自分の身体の一部にすることを言うのですが、栄養そのものが良いものだとやはりそれを元に育ったものは良いものになると思うのです」
つまり、ここにある野菜は先生の糞尿を体の一部にしていると……。そう思うと絶対に食べたくないと決意させる。先生にとっては有機野菜という感じなのだろうけれど、私にとっては良いと思える要素が一つとしてなかった。基準値を超えて農薬が使用されている野菜の方がいくらかマシに思えてくる。
「それで、困ったことというのは何でしょうか」
生田先生はじょうろを倉庫にしまって次の目的地へと移動しながら私に聞いた。私も先生の話を聞いている内に本題を忘れかけていたが、おかげで思い出すことができた。
「そうです。さっき教育実習の先生とぶつかって少し話をしてたんですが、なんだか悩みがあるみたいで……。その上寝不足で疲れている様子だったので心配なんです。生徒の私には話しづらいみたいなので、生田先生から何か助け舟を出してもらえたらと思って……」
「ほう……。その先生の名前は?」
「高木先生です」
私から名前を聞いた生田先生は眉をひそめた。何か心当たりでもあるのだろうか。もし高木先生の悩みが学校での問題で、その問題について生田先生に心当たりがあるのだとしたら話が早い。
「私は一年六組の副担任をしているのですが、その関係で高木先生の指導教員なのですよ。これは……気付かなかった私にも責任があります。今日の放課後にでも詳しく話を伺っておきましょう。もしかすると私たちに心配をかけないように上手く隠していたのかもしれません」
指導教員――。それなら安心して任せることができる。しかし、私は実際に解決できたかどうかの顛末まで知りたかった。野次馬精神というやつだろうか。心配しているのは間違いないけれど、そういった気持ちがあるのは否定できない。野暮だとは思うし、良くないことだとも思うが、高木先生がちゃんと眠れるようになったかどうか知りたい。
「先生。私も同席して良いですか? 高木先生のことが心配なんです」
「うーん」
生田先生は以前私が一緒に家庭訪問に行きたいと言ったとき以上に唸り声をあげると、しばらくしてから答えた。
「流石に今回はすみません。ただ、心配していたということはお伝えしておきます。もしそれでもすぐに高木先生の悩みが解消されたかどうか知りたいようであれば、生物室で待っていてください。高木先生とお話をしてすぐに報告します」
生田先生の中で妥協できるギリギリのラインだったのだろう。流石の私もそれ以上我儘を言うことはしない。後は生田先生を信じて生物室で待っているようにしようと思う。そう納得したところで生田先生は花壇からホースを引っ張り出すと、先端についているシャワーのノズルを私に手渡した。
「蛇口を開けてきますので持っていてください。水が出始めたら遠くから水やりをしてください。花壇の土に直接かけて全体の色が変わるくらいに撒いていただければ大丈夫です」
「……あの。私園芸部に入るとは言ってないんですけど」
「たまには困っている先生を助けてくれても良いかと思いましてね」
たまには……。まあ、たまにと言うくらいなら構わないか。そう妥協して私は生田先生の指示どおり花壇に水を撒いたのだった。
「学校中の植物の管理をほぼ一人でやっているので大変なのですよ。どうです? 園芸部に入って一緒に水やりは?」
「考えておきます」
以前のやり取りのときとは違い、悩む間もなく私が答えると生田先生は残念そうに頭を垂れた。まず初めに向かったのは私と生田先生が初めて出会った校舎裏の畑だった。
「先月から比べると結構大きく育ってきたと思いませんか? トマトとキュウリなんかは来月辺りに良いものができそうです。それもこれもやはり栄養豊富な土壌の力あってのことだと思いますね」
先月のような不快な臭いは無くなっているが、先生の台詞で思い出してしまう。臭いは記憶に強く結びつきやすいと聞いたことがあるけれど、逆に当時を思い出すことで臭いが実際に存在するかのように感じるとは思っていなかった。私がそんなことを思っているとは露知らず、生田先生は水を撒きながら話を続けた。
「同化という言葉はご存知ですか? 生物が栄養を自分の身体の一部にすることを言うのですが、栄養そのものが良いものだとやはりそれを元に育ったものは良いものになると思うのです」
つまり、ここにある野菜は先生の糞尿を体の一部にしていると……。そう思うと絶対に食べたくないと決意させる。先生にとっては有機野菜という感じなのだろうけれど、私にとっては良いと思える要素が一つとしてなかった。基準値を超えて農薬が使用されている野菜の方がいくらかマシに思えてくる。
「それで、困ったことというのは何でしょうか」
生田先生はじょうろを倉庫にしまって次の目的地へと移動しながら私に聞いた。私も先生の話を聞いている内に本題を忘れかけていたが、おかげで思い出すことができた。
「そうです。さっき教育実習の先生とぶつかって少し話をしてたんですが、なんだか悩みがあるみたいで……。その上寝不足で疲れている様子だったので心配なんです。生徒の私には話しづらいみたいなので、生田先生から何か助け舟を出してもらえたらと思って……」
「ほう……。その先生の名前は?」
「高木先生です」
私から名前を聞いた生田先生は眉をひそめた。何か心当たりでもあるのだろうか。もし高木先生の悩みが学校での問題で、その問題について生田先生に心当たりがあるのだとしたら話が早い。
「私は一年六組の副担任をしているのですが、その関係で高木先生の指導教員なのですよ。これは……気付かなかった私にも責任があります。今日の放課後にでも詳しく話を伺っておきましょう。もしかすると私たちに心配をかけないように上手く隠していたのかもしれません」
指導教員――。それなら安心して任せることができる。しかし、私は実際に解決できたかどうかの顛末まで知りたかった。野次馬精神というやつだろうか。心配しているのは間違いないけれど、そういった気持ちがあるのは否定できない。野暮だとは思うし、良くないことだとも思うが、高木先生がちゃんと眠れるようになったかどうか知りたい。
「先生。私も同席して良いですか? 高木先生のことが心配なんです」
「うーん」
生田先生は以前私が一緒に家庭訪問に行きたいと言ったとき以上に唸り声をあげると、しばらくしてから答えた。
「流石に今回はすみません。ただ、心配していたということはお伝えしておきます。もしそれでもすぐに高木先生の悩みが解消されたかどうか知りたいようであれば、生物室で待っていてください。高木先生とお話をしてすぐに報告します」
生田先生の中で妥協できるギリギリのラインだったのだろう。流石の私もそれ以上我儘を言うことはしない。後は生田先生を信じて生物室で待っているようにしようと思う。そう納得したところで生田先生は花壇からホースを引っ張り出すと、先端についているシャワーのノズルを私に手渡した。
「蛇口を開けてきますので持っていてください。水が出始めたら遠くから水やりをしてください。花壇の土に直接かけて全体の色が変わるくらいに撒いていただければ大丈夫です」
「……あの。私園芸部に入るとは言ってないんですけど」
「たまには困っている先生を助けてくれても良いかと思いましてね」
たまには……。まあ、たまにと言うくらいなら構わないか。そう妥協して私は生田先生の指示どおり花壇に水を撒いたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
なぜか水に好かれてしまいました
にいるず
恋愛
滝村敦子28歳。OLしてます。
今空を飛んでいたところをお隣さんに見られてしまいました。
お隣さんはうちの会社が入っているビルでも有名なイケメンさんです。
でもかなりやばいです。今インターホンが鳴っています。
きっと彼に違いありません。どうしましょう。
会社の帰りに気まぐれに買ったネイルをつけたら、空を飛べるようになって平凡じゃなくなったOLさんのお話。
オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、
毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。
ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。
「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると……
生えてきたのは植物ではなく、人間!?
咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。
人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、
家族、別れ、再生。
ほんのり不思議で、少しだけ怖く、
それでも最後には、どこかあたたかい。
人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。
あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか?
またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
青春リフレクション
羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。
命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。
そんなある日、一人の少女に出会う。
彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。
でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!?
胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる