春風のインドール

色部耀

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クラスメイト 花岡 二宮

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 放課後になり、私は生物室で一人宿題をして生田先生たちの話が終わるのを待つことにしていた。生田先生が花岡さんたちを呼び出していた午後四時までは少しだけ時間がある。普段なら真紀と一緒に校庭の花へ水やりをし始める時間だ。真紀はいつも教室でクラスメイトと話をしてからくるのでだいたい四時くらいに合流している。四時くらいから生田先生と三人でのんびり水やりをするのが日常と化していた。私と真紀で先に始めていても良いが、別段急ぐこともないので待つのもアリかと考えている。するといつもより少し早めに真紀が生物室にやって来た。

「おはよー! 卯月ー! 寂しかった? 私は寂しかったよ!」

「おはよーって、もう四時だし。真紀は私以外にも友達いっぱいいるんだから寂しくないでしょ」

「あー、やっぱり卯月は寂しかったんだね。ごめんねー」

 そう言って真紀は私に抱き着く。初めて会ったときから物理的に距離の近かった真紀は今やこうしてスキンシップを取ってくるまでになった。私も正直なところ悪い気はしないので、いつもなら真紀からのスキンシップを受け入れている。しかし今は……

「真紀……。暑いからそろそろ離れて……」

 エアコンの効いていない七月の午後四時前に抱きしめられて心地いいはずがなかった。真紀も、だよねーと言ってすぐに離れると可愛らしいうちわを鞄から取り出して扇ぎ始める。私はうちわが禁止だった中学時代の癖でいまだにプラスチックの下敷きをうちわ代わりにして扇いでいる。そうこうしている内に隣の生物準備室に人が入っていく音が聞こえる。間違いなく花岡さんたちだろう。

「生田先生にここで待ってるように言われたんだけど、何かあるの?」

 何も知らないらしい真紀は私にそう訊ねる。どこからどの程度話したら良いものかと少し考えながらも私はゆっくりと口を開く。

「えっと……。今日私たちの理科の時間にちょっとした暴力沙汰みたいなのがあってね。それでその生徒と、理由を知ってそうな部活の顧問を呼んで話をすることになった……みたいな」

「なにそれ面白そうじゃん。こっそり聞きに行っちゃおうよ」

 真紀は悩みもせずにそう言うと生物室と生物準備室を直接繋ぐ扉を指さした。私も話の内容が気になりはするが、それはやっちゃいけないと思って踏みとどまっていたところ。しかし真紀は良いから良いからと言って私の手を引っ張ると扉を静かに少しだけ開けて耳を向けた。私もここまで来たらもう良いやと同じようにして聞き耳を立てる。

「新山先生もお忙しいところをすみません。今日はお話を聞かせていただこうと……いえ、お話をしていただこうと思って来ていただきました」

 真紀と頭を縦に並べてドアの隙間から中の様子を覗き見る。中には生田先生と同じくらいの若そうな男性教師がいた。本当に生田先生に似ていて、気弱そうで真面目そうな人。明らかに違うところと言ったらメガネをかけているという点くらいだろうか。名前を呼ばれた新山先生は生田先生よりも年下なのか、とても腰が低かった。

「こちらこそすみません。うちの部員がご迷惑をおかけしたみたいで」

 新山先生の隣には花岡さんと二宮さんが並んで座っている。二人は新山先生の言葉を聞きながらもムスッとした顔で視線を落としていた。典型的な説教を受ける生徒といった感じだろうか。普通ならこのまま話を聞いて謝罪の言葉でも口にすればおしまい――そんな流れだろう。しかし相手は花岡さんの苛立ちの原因まで探ろうとしている生田先生だ。そう簡単に終わるとは思えない。

「三人をここにお呼びしたきっかけは私からお話いたしましょう。私が大事に育てていたサボテンの鉢植えを花岡さんが投げて割ってしまったから……。簡単に言うとそれが理由です」

「花岡さん。生田先生に謝ったのか?」

 生田先生の言葉を聞いて新山先生はすぐさまそう言った。顔には怒りが映っており、花岡さんはそんな新山先生の方も見ずに答えた。

「すみませんでした」

 花岡さんが口から出したのは生田先生への謝罪の言葉。新山先生は花岡さんの言葉を聞くと生田先生の顔色を窺うように視線を向ける。私がいる位置からは生田先生の表情は見えないが、おそらく何の変化もないいつもの無表情なのだろう。新山先生も何も言えずに固まっていたのが何よりの証拠だ。そのまま少しの間沈黙が続いたが、生田先生が静寂を終わらせる。

「私は悪い意味でも理系人間です。事情と原因と今後の対策も聞かずに謝罪だけを受け入れることはできません。なぜ手当たり次第に物を投げてしまうほどに苛立っていたのか、その苛立ちの本当の原因は何なのか、今後も同じようなことが起こらないようにどうすればいいのか。それを話して頂きたいのです」
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