春風のインドール

色部耀

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私 細川卯月

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 あれ? そういうつもりはない。泣くつもりなんてないし、自分でも意味がわからない。手のひらで拭っても拭っても涙が止まらない。

「細川さん……」

 生田先生は再度私の名前を呼んで近づいてくる。水やりができないことを怒られるのだろうか。それが怖くて泣いているわけじゃないのは確かだけれど、涙の理由は分からない。

「すみません……先生……。早く帰らないといけないんです……」

 声も震えてしまっている。情緒不安定にもほどがある。怒らせるだけじゃなく困らせてもしまう。この場から早く離れた方が二人に迷惑をかけない。そう判断した私は体を翻して二人とは反対方向に足を踏み出す。

「細川さん!」

 しかし、その瞬間に生田先生は今まで聞いたことのないような大声で私の名前を呼んだ。驚きで体が硬直する。進もうと踏み出した足が止まる。

「私の話を聞いてください」

 次は押し殺すような声でそう言われる。振り返った私はそこで初めて生田先生が悲しそうな表情を浮かべていることに気づいた。生田先生もそんな顔をするんだ……なんてことを思いながらも相変わらず私は何が起こっているのか分からなかった。

 生田先生のことも――私自身のことも――

「細川さん。あなたは今、自分の心を守るために無意識に向き合わなくても良いことについてばかり考えた結果、水やりの話をしたのだと思います。自分一人ではどうしようもできない問題を抱えてしまっているのだと思います」

 自分の心を守るために向き合わなくても良いことを考えている? 自分一人でどうしようもできない問題を抱えている?

 いまいち理解できない。というより理解するために頭が回っていないのだと思う。でも、そうだとしても何だというのだろう。それが私の問題なのだとしたら先生には関係のない話だ。先生にとって大切なのは校内の畑や鉢植えのはずだ。だから私のことなんかどうだって……

「私のことなんかどうだっていいじゃないですか。先生には私より大切な畑があるじゃないですか」

「ありません! 私には、今目の前で困っているあなたより大切にするべきものなんてありません!」

「私、困ってるなんて言ってません」

「困っている人が誰しも困っていると言えるわけではありません。私の目には細川さんが困っているように見えます。助けを求めているように見えます」

 ああ、そういえば昼休みにも同じような話をしたっけ……。本当に助けて欲しいときほど助けて欲しいと言えないって思ったんだったっけ……。

「じゃあ先生……。最後のお願いです。初めて会ったときのこと、これでチャラにします」

「なんでしょう?」

 私は生田先生の優しい声に応えるように震える声を振り絞って言った。

「私を……助けてください……」

 すると生田先生はいつもと変わらない落ち着いた声と嘘っぽい微笑みで答えてくれたのだった。

「困っている生徒に手を差し伸べるのは教師の務めですから」

 その言葉は、これ以上ない安心を私に与えてくれたのだった。
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