春風のインドール

色部耀

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私 細川卯月

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「真紀さん。正門周りの花壇だけで良いので水やりをお願いできないでしょうか。それが終わったら帰宅して構いませんので。私は今から細川さんのお宅に行きます」

「良いですよ。てか、どうせ帰っても暇だし全部やっときますよー。ただし」

 真紀はそう言うと人差し指を立てた。

「次買う花は私に選ばせてください」

「ええ。お任せします。では細川さん。行きましょうか」

 生田先生はそう言って私に手を差し伸べる。その手を握ることはなかったが、私は生田先生と並ぶように隣に立った。まだ頭がパンパンになってるような感覚は収まっていない。全身の感覚が少し麻痺しているかのような感じもする。

 それでもまっすぐ歩くことができているのは、少し前を生田先生がゆっくり歩いてくれているからだろう。そのまま私たちは生田先生の車まで来た。

「ご存知のとおり本来は家庭訪問をする際に許可がいるのですが……。今回は少しでも急いだ方が良さそうなのでこのまま行きましょう」

 バレたら問題になるのかもしれない。そう思ったが、私は指摘することなく黙って助手席に乗り込んだ。生田先生も運転席に座ると、すぐにエンジンをかけて校門から出る。先生はいつもならばほとんど話をせずに黙々と運転をするのだけれど、今日は違っていた。

「細川さん。親御さんがいるところでは話せないこともあるかと思います。ですので今聞けることは聞いておきたいのです。涙の理由や原因を」

 涙の理由や原因……。そう言われても自分の中で答えは出ていない。答えられないでいると、生田先生は続けてこう言った。

「電話越しに聞こえた内容から察するに、ご両親が別居されるのではと思います。やはりい、その引っ越しに対する不安なのでしょうか」

「引っ越しの不安……。それは確かにあります。お父さんとお母さん、どっちと暮らすことを選んでも転校することになるって言われてますし……」

 でもそれだけじゃない気がする。

「離婚するんです。お父さんとお母さん。でも何年も前から喧嘩ばっかりで私も一緒にいるのが無理なんだったら別れたらいいって思ってましたし……。離婚するって聞いたときは納得もしてたんです。なのに……なんでなんでしょう……」

 今は落ち着いてきて涙が出るといったことはない。話をしている内に少しずつ頭の中が整理できてきているような気もする。

「離婚問題ですか……。実は私も両親が幼い頃に別れていましてね。理由は分かりませんが小学生の頃でした」

「生田先生も……ですか?」

「ええ。かなり昔の感情なので曖昧にしか覚えていませんし、細川さんの気持ちに寄り添えるか分かりませんが、当時の私は寂しかったように思います」

 寂しかった……。そう言われると私もその感覚がないわけではない。ほぼ毎日会っていた親のどちらかはもう会えなくなる――。そう思うと喪失感と言えるような寂しさもある。しかし、それは今生田先生に言われて実感したことであってさっき感じていた正体不明の感情とは違う気がする。

「こんな性格ですから、当時私は学校に友達もおらず話し相手と言えば両親くらいなものです。別れてからというもの、母は仕事に出ている時間も長くなって家で一人の時間が増えました。そのときたまたま学校の先生から貰ったのがサボテンでした。話し相手と愛情に飢えていたのかもしれません。それから毎日がサボテンとの日々でした」

「いつも準備室に置いてあるあのサボテンですか?」

「半分正解といったところでしょうか。成長して株分けしてというのを繰り返しているので子孫という感じですね。彼で十五代目になります。当時はサボテンの面倒を見始めたことで自分の存在意義を持つことができたのです。このサボテンは生田君がいないと生きていけないんです――そう教えてくれた先生のおかげで今の私があるのかもしれませんね」

 だから生田先生はあんなにサボテンを大切にしていたのか。幼少時代の存在意義……そこまで言えるものだからこそ今日は熱くなっていたのだろう。

「私がこの世界にいても良いと思わせてくれた存在。それがサボテンだなんて、聞く人によっては笑ってしまいますかね」

 生田先生はそう言って自嘲気味に笑った。しかし私はその言葉が心に響いた。この世界にいても良いと思わせてくれる存在……。頭の中で繰り返したところで私の頬に自然と涙が伝う。

 ――ああそうか。そういうことだったのか。
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