春風のインドール

色部耀

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私 細川卯月

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 そう言ったのはお母さんだった。私は言われるがまま何も考えずお母さんの方へと歩いていく。足取りは重く、歩幅も小さくとても遅い。それでもどうにかお母さんの隣に着くと、お母さんも立ち上がった。そして――

「卯月は死ぬまで大切な娘よ。ずっとずっとお母さんたちの娘よ。産まれてきてありがとう。ここまで立派に育ってくれてありがとう」

 苦しくなるほど抱きしめられながらお母さんは耳元でそう言った。抱きしめられるなんていつ以来だろうか。昔はお母さんの胸元に頭を埋めていたはずなのに、今や身長も同じになって顔が触れ合うような位置になる。だからかとても声が近く聞こえる。私もお母さんの背中に手を回して抱きしめ返した。昔感じていた大きな背中とは違って小さく感じる。否応なしにお母さんも自分と同じ人間だと思い知らされる。本当は頑張ってくれているだけで私と同じくらい弱いのかもしれない。

「うん……ずっとずっと娘でいて良いかな?」

「当たり前じゃない。ほら、お父さんにも聞いてごらんなさい」

 お母さんはそう言って私のことを話すと笑いながらお父さんの方へと背中を押す。お父さんは少し困ったような顔で立ち上がると一歩私の方へと近づく。

「えっと……。臭いかもしれないけど、お父さんもぎゅってして良いかな?」

「臭くても良い」

 照れ隠しで言ったのだろうけれど、私はそう言ってお父さんに抱き着いた。お父さんの鎖骨に頭を押し付けて力いっぱい腕を回す。お父さんは私の背中を優しくポンポンと叩きながらも軽く抱きしめ返してくれた。お母さんは後ろで呆れたように溜息をつくとお父さんの台詞について文句を言っていた。しかし別段怒っているような口調でもなかった。それにお父さんも言うほど臭くはない。

「卯月はこれからもずっとお父さんの子供だからな。お父さんもずっと卯月のこと愛してるからな」

 その言葉に――二人の言葉に私はとうとう甘えたことを言ってしまった。言うつもりじゃなかった言葉を口にしてしまった。

「本当はずっと三人家族でいたかった……」

 そう言ってしまった後にやってしまったと後悔をした。二人を困らせてしまう……。ずっとそれだけは避けてきたのにこれじゃ今までの我慢が無駄になる。そう思って咄嗟に無かったことにしようと謝った。

「ごめん。今の忘れて」

「まあ、一緒に暮らすのは無理だけどたまに三人でご飯食べるとかなら……なあ?」

「たまになら……ね」

 私の謝罪の方が無かったことにされた形でお父さんとお母さんがそう言った。

「一緒に生活するのに我慢の限界が来ただけで、何もお父さんの全部を嫌いになったって程じゃないからね」

「うん。まあ、お父さんもそんな感じかな」

 そう聞くと、離婚までしなくてもいいのではと思ってしまう。けれど、ううん。それ以上は言わないでおこう。

「離れて暮らすことになっても、卯月にとってはお父さんだしお母さんよ」

 お母さんはそう言って私を後ろから撫でてくれた。何となくこうしてお父さんとお母さんに挟まれていると昔三人川の字になって寝ていたあの頃を思い出す。思い出して涙が出る。涙だけではなく今まで生きてきて初めてかもしれない声を上げて泣いた。私に釣られて後ろでお母さんも泣いていた。
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