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私 細川卯月
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生田先生は歯を食いしばったまま小さな声で何度も何度もそう言っていた。私のことを助けられたのかと何度も何度も聞いていた。助けてくれと頼んだのは私だ。その私が返し切れないと思えるほどの恩を感じている。それが答えだ。
「はい。生田先生のおかげで助かりました。……お父さんとお母さんの子供として産まれてきてよかったって思えました」
そうやって答えた私も先生に釣られるようにまた泣き始めてしまう。もしこの現場を知らない誰かが見たら異様な光景だっただろう。
「細川さんは……細川さんは、生きて、これからも幸せに向けて歩み続けてください」
「はい。生田先生のおかげでそう思えるようになりました」
「ありがとうございます……。ありがとうございます……。私の方こそ細川さんのおかげで救われました。この恩は教師人生だけでなく死ぬまで忘れることはないでしょう……」
恩を感じていたのは私のはずだったのに、生田先生から力強くそう告げられてしまった。生田先生のことを何も知らない人にとっては意味の分からない言葉だと思う。しかし私は以前生田先生の後悔と葛藤を聞いたことがあった。忘れもしない生田先生の家でバーベキューをしたときの話だ。悩みを解決したと思った生徒が目の前で亡くなった話……。だからこそ先生は今、私に生きて幸せになるように言ったのだろう。もしかするとそのときの生徒が私に似ていたのかもしれない。同じ女子生徒だというだけで重ねて見てしまっているのかもしれない。それでも、生田先生のトラウマのような経験を少しでも和らげることができたのだとしたら私も嬉しい。
循環型社会と言って例えてくれた話を思い出して、私たちが恩に感じていることも互いに循環しているのかもしれないと思った。見当違いかもしれないけれど。
「私だって負けないくらい恩に感じています。だからいつかちゃんとした形で先生に返せたらいいと思ってます」
「いいえ、細川さんは私に恩返しなど考えなくても構いません」
私の言葉は生田先生によってすぐに拒絶されてしまう。それはそれで少しショックではあり何か言い返そうとしたのだけれど、続く生田先生の話で何も言い返せなくなってしまった。
「私から細川さんへの恩は、また違う誰かへと返してください。それこそ循環型社会です。誰かを助けようとする気持ちが巡り巡ることが社会を良くしていくのだと私は信じていますから。生物環境だって二つの物の間だけで循環することはあり得ません。たくさんの場所たくさんのものの間で循環するからこそ上手く周り、恩恵も大きくなるのですから。それともう一つ私に恩返ししなくて良い理由を挙げるのならやはり……」
先生は涙を拭っていつもの営業スマイルを浮かべると続けて言った。
「困っている生徒に手を差し伸べるのは教師の務めですから」
何度も聞いた生田先生の口癖。そう言われると本当にもう何も言えなくなってしまう。だって先生がそう言った後は必ず問題が解決するのだから。
「はい。生田先生のおかげで助かりました。……お父さんとお母さんの子供として産まれてきてよかったって思えました」
そうやって答えた私も先生に釣られるようにまた泣き始めてしまう。もしこの現場を知らない誰かが見たら異様な光景だっただろう。
「細川さんは……細川さんは、生きて、これからも幸せに向けて歩み続けてください」
「はい。生田先生のおかげでそう思えるようになりました」
「ありがとうございます……。ありがとうございます……。私の方こそ細川さんのおかげで救われました。この恩は教師人生だけでなく死ぬまで忘れることはないでしょう……」
恩を感じていたのは私のはずだったのに、生田先生から力強くそう告げられてしまった。生田先生のことを何も知らない人にとっては意味の分からない言葉だと思う。しかし私は以前生田先生の後悔と葛藤を聞いたことがあった。忘れもしない生田先生の家でバーベキューをしたときの話だ。悩みを解決したと思った生徒が目の前で亡くなった話……。だからこそ先生は今、私に生きて幸せになるように言ったのだろう。もしかするとそのときの生徒が私に似ていたのかもしれない。同じ女子生徒だというだけで重ねて見てしまっているのかもしれない。それでも、生田先生のトラウマのような経験を少しでも和らげることができたのだとしたら私も嬉しい。
循環型社会と言って例えてくれた話を思い出して、私たちが恩に感じていることも互いに循環しているのかもしれないと思った。見当違いかもしれないけれど。
「私だって負けないくらい恩に感じています。だからいつかちゃんとした形で先生に返せたらいいと思ってます」
「いいえ、細川さんは私に恩返しなど考えなくても構いません」
私の言葉は生田先生によってすぐに拒絶されてしまう。それはそれで少しショックではあり何か言い返そうとしたのだけれど、続く生田先生の話で何も言い返せなくなってしまった。
「私から細川さんへの恩は、また違う誰かへと返してください。それこそ循環型社会です。誰かを助けようとする気持ちが巡り巡ることが社会を良くしていくのだと私は信じていますから。生物環境だって二つの物の間だけで循環することはあり得ません。たくさんの場所たくさんのものの間で循環するからこそ上手く周り、恩恵も大きくなるのですから。それともう一つ私に恩返ししなくて良い理由を挙げるのならやはり……」
先生は涙を拭っていつもの営業スマイルを浮かべると続けて言った。
「困っている生徒に手を差し伸べるのは教師の務めですから」
何度も聞いた生田先生の口癖。そう言われると本当にもう何も言えなくなってしまう。だって先生がそう言った後は必ず問題が解決するのだから。
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