殺生神

色部耀

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未知との夏祭り

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 翌朝、翌朝と言っても日は高々と登り、巷では「こんにちは」だとか「ハロー」なんかの挨拶が交わされるであろう時間に起きた俺は、炬燵机の上に書かれたダイイングメッセージの様なものを見ていた。

 彼女の場合はダイイングと言うよりデッドな気がする。

 木目をイメージした机に直接書かれたそれは狂気的で、何とも寝覚めの悪いものだった。

 机に真っ赤なペンキで書かれていたのだ。御丁寧に垂れる字体で……。


「何がフラグ回収してきますだよ」


 正確には、そんな丁寧な書き方では無かったのだが、内容的には相違ない。

 九月なのに、夏の暑さがUターンならぬVターンならぬIターンで戻って来たような炎天下だった。

 その上、やる気を無くさせるメッセージ付きだ。

 ……これはもう寝るしかあるまい。

 俺は、扇風機の風量メモリを最大まで上げ、タオルケットを投げ出して枕に顔を埋めた。


「そう言えば、今日は夏祭りだよな」


 枕に顔を埋めたまま、自分に言い聞かせるように独り言を呟く。どうかイイネ! を押してくれたまえ。

 ……どうでもいいね。

 そして俺は、枕元に置いてある年代物の目覚まし時計に手を伸ばす。


「こいつ、どんな音が鳴るんだっけ……」


 もう何年も目覚まし機能を使っていない為、もはや音が出るかすらも怪しい。鳴るかどうか確かめるのが無難なのだろうか……。


「まあ、鳴らなかったら鳴らなかっただな」


 十七時にタイマーを設定し、さっさと夢の国に旅立った。


「ほら! 起きろよセッちゃん! 起きないとキスしちゃうぞ!」


 目を開けると、ブチュー星人もびっくりな蛸の口をした幽霊が俺の顔を覗いていた。俺は脊髄反射で洗濯ばさみを手に取ると、今にも墨を吐きそうなそれに封印を仕掛けた。


「んーーーーっっ!!!!」


 蛸が目から透明な墨を吐きながら踊っている。あっ、みくるビームか? ……早く取れば良いのに。

 時計を見ると、短い針が五の字を。長い針が三の字を指していた。どうやら、タイマーは機能しなかったようだ。


「もう準備できてるんだな。さあ、行くか」


 俺は頭を掻きながら布団から立つと、そのまま玄関に向かった。しかし、ドアノブを持つか持たないかの瞬間に背後から腕を掴んで引き止められた。


「せめて寝癖だけでも直してはくれませぬか? どうか! どうかお願いします!」


 ……なぜか必死な幽霊である。必死とは必ず死ぬと書くが、死んでるやつにも必死な感じは醸し出せるようだな。


「別に気にするなよ」


「ダメ! あたしは初祭りなんだから気にするわよ! さては、初めてはちゃんとシャワーを浴びてからじゃないと嫌だって言う乙女心が分からないのね! だからいつまでたっても」


「それ以上言うな。寝癖直してくる」


 なぜだろう。あれ以上喋らせたら取り返しのつかないことになりそうな気がした。


「早くしてよね。急がないと金魚が全部すくわれちゃう」


「大丈夫だよ。どうせ、一日中客が来ても大丈夫なくらい予備がいるから」


「嘘だッッ!!」


「祭りとは言っても綿流し祭じゃないぞ。ネタ的には時期が良いが、そんなレナばりの大声を出されたら、大家さんがびっくりするだろ」


 それに、綿流し祭は六月だ。


「ほら、さっさと行くぞ」


 寝癖が完全に直らなかった俺は、言い方次第で無造作ヘアと名乗れるギリギリのラインで妥協した。礼子に何も言われなかったところを見ると、ギリギリマスターになれたようだ。

 祭りの会場は、例に漏れず河川敷である。俺と礼子は、仲良く手を繋ぐことなく、歩いて屋台が立ち並ぶエリアに向かった。

 屋台通りの入口には、お面屋とたこ焼き屋が向かい合わせに店を構えていた。


「あっ! あのお面欲しい!」


 礼子が指差したお面は、まっくろくろすけの毛を全て引っこ抜いて、代わりに波平さんのてっぺんの毛を十本くらい適当に移植したような気持ち悪いお面だった。

 思わず鳥肌がスタンディングオベーション。


「駄目だ。あれだけは絶対に駄目だ。他のなら妥協してやらんでもない」


 ゴシップストーンと話が出来るようになるやつとか。


「じゃあ、いらないや」


 どれだけあの気色悪いお面がよかったんだよ。

 俺は、背後からお面の視線を感じながらたこ焼きを買っていた。


「お前も食べるか? 一つだけならやらんこともないぞ」


 俺が優しく言った側から、俺が口に運ぼうとしていたたこ焼きを見事にかっさらっていった。


「あふい!」


「当たり前だろ。焼きたてなんだから。と言うか、爪楊枝は二本あるんだから自分でつついて食べろよ」


「あたしはたこ焼きハンターなの。敢えて困難なものを狩ってこそよ」


 メンチも吃驚だよ。


「ちなみに変化系能力者よ。必殺技はグルグルガム」


 ヒソカもギランも吃驚だよ。


「よし! 次行ってみよーー!」


 まあ、俺は大して目的がある訳じゃないし、礼子の行きたいところに付いていくか。

 動きにくいはずの浴衣で、着崩すこと無く器用に跳び跳ねる幽霊を見ていると、少しだけ心が和む気がする。

 空色の浴衣に夕焼けが綺麗に映えていた。

 先程まで空は礼子の浴衣と同じ色をしていたはずなのに、いつの間にか時間が経ち、礼子を置いて色を変える。

 橙色、それは目には淡く優しく。しかしその本当の波長と同じで、時間の移ろいを感じさせるには強い色であった。強すぎる色であった。

 ……こいつの時間は止まってしまっているんだよな。


「セッちゃん! まだまだいっぱい屋台あるんだから急がないと! 金魚は待ってはくれないのだよ! 戦いは常に、二手先三手先を読んで行うものだ」


 そりゃ、連邦も苦労するはずだ。


「ああ、全部まわってやるか」


「おっ! セッちゃんもいつの間にかやる気だねぇ。何かいいことでもあったのかい?」


 ああ、ちょっと優しくしてやっても良いかと思っただけだよ。忍野。


 屋台の人混みの前で子供のように目を輝かせる礼子は、本当に嬉しそうで、連れてきた甲斐があったと言うものだ。俺自身も、礼子を見ていて悪い気はしなかった。

 無邪気にはしゃぐ幽霊をしばらく眺めているのも一興だったが、俺の目に、それ以上に輝くものが飛び込んできた。それは、俺が祭りに求めるメインイベントの一つであり、譲れないもの。それだけの為に祭りに足を運んでも良いと思えるほどだ。

 そう。そのメインイベントと言うものは、白いあれである。人の頭より大きなビニール袋を被せられ、いくつか客引き用に陳列されたそれを目にしたときは今でも心踊る。

 たった一本の頼りない割り箸に支えられた巨大な白は、体積に対して異様なほどに重さがなく、かと言って物足りなさと言うものは微塵も感じさせない。

 原材料は至極単純にグラニュー糖だけなのだが、編まれていない絹糸のように空気を伴って形を保ったそれには夢がロマンが優しさが詰まっていた。

 体積中で原材料を分析するなら、糖以外に夢とロマンと優しさが含まれているのだと断言できる。

 そして、雲のように自由なのだ。

 そう。俺は綿菓子が大好きなのである。初めての祭りに胸を踊らせている礼子を傍目に、俺は勝手に綿菓子を購入していた。


「おじさん、綿菓子一つ! 出来たてをお願い」


「あいよ!」


 俺の注文に快く返事をしてくれたおじさんは、一般的なサイズより大きめな綿菓子を作ってくれた。

 後で神の奴に、運を良くするように伝えといてやるよ。おじさんには近い内に何か良いことが起こるだろう。


「ん? 礼子?」


 俺が目を離したらこれだ。……早速迷子になりやがった。


「おーい! 礼子!?」


 取り敢えず声を上げてみたが返事もなければ反応もない。返事がないのであれば仕方がないので、俺は綿菓子を食べながら人混みを進むことにした。

 綿菓子を口に運ぼうとした瞬間。俺は気付いた。下げた腕に持っていた綿菓子の大きさが小さくなっていると言うことに。


「綿菓子って砂糖の鎌足って聞いてたけど、思ってたより美味しいね」


 いつの間にか後ろでしゃがんでいた礼子は、勝手に綿菓子を食べた上に、勝手に感想を述べた。

 藤原鎌足みたいな言い方しやがって、最後の美味しいって言葉がなかったら洗濯機に入れて回すところだ。


「どうだ美味しいだろ? いるなら全部やるぞ。俺は新しいやつを買ってくるから」


「そんなにはいらない。セッちゃんが持ってて。ぶっちゃけ、あたしはセッちゃんの物に食い付くのが楽しいだけだから」


 どうでも良いけど、それってつまり、食べ物は全て俺が持たなければいけないと言うことだよな。

 ……神に荷物持ちをさせるとは何てやつだ。神主達が聞いたら激怒するぞ。

 俺は綿菓子を一つ平らげると、予備にもう一つ買って次へと向かった。

 次と言っても、屋台を端から順番にまわって行くだけの話である。


「いよいよ来ましたよ! ほら! 金魚すくい!」


 出発前から散々口にしていた金魚すくいである。目の前に店があったならばテンションが上がって当然だろう。全身で喜びを露にして、ドジョウすくいを踊る幽霊に救いの余地はない。


「セッちゃん! ほら、早くすくうのだよ! 沢山いるよ。選り取り緑だよ。金魚銀魚パール魚プレゼントだよ!」


 よく分からんが、すくうのは俺らしい。ここで渋ってもどうせ時間の無駄だと分かっているので素直に従う。


「おじちゃん。一回頼む」


「あいよ」


 無愛想なおじさんは、緩慢な動きでポイを俺に渡してくれた。

 そして、俺はゆっくりと水槽にポイを浸した。いざターゲットの金魚をすくおうと近付いたその時。


「何でこんなタイミングで出やがる」


 金魚水槽の中に妖怪じみた禿げたおっさんの霊が浸かっていた。……なぜこんなところにいる。そしてじっと俺を見つめていた。

 こっち見んな。

 そして、驚くべき速度で俺のポイに人差し指を刺して破いた。


「…………」


「…………」


 俺とおっさんは一瞬時間が止まったかのように見つめ合った。


「成仏しやがれ」


 俺は唐突にそう言っておっさんの顔面を鷲掴みにし、力を送って強制成仏させた。その後、客が金魚をすくう確率が急上昇したのは言うまでもない。


「ちょっとセッちゃん! 一匹くらいとってよね」


 そんな文句を言われても取れないときは取れない。取り敢えず、もう一回分金を払ってポイを受け取った。

 慎重に金魚に狙いを定めて近付くが、またしてもポイは簡単に破られる。今度の犯人はブルーギルだ。……なぜこんなところにいる。


「セッちゃん次! 何か捕まえるまでやめちゃ駄目だからね」


 鬼畜以外何者でもない台詞を吐く幽霊。ブルーギルに狙われる水槽でどうしろと……。

 しかし、そこで新たな客が水槽に入り込んだ。大きな水しぶきと共に俺の目の前に飛び込んだ。……なぜこんなところにいる。


「おっさん。このセキセイインコみたいな奴も、すくえば貰えるの?」


「もちろん」


 なぜ俺の前にばかり変なものがいるのかは不明だが、現れたものは仕方ない。……すくうか。


「…………」


「…………」


 俺とインコはしばらくの間睨み合った。……こっち見んな。


「こんな狭いところで、刀そんな風に握っちゃ駄目だよ」


「鳥が喋った! あたし、あいつ欲しい! 取って!!」


 それにしても、懐かしい台詞を吐く鳥野郎じゃないか。……久々に燃えてきたぜ。


「何を背負う? 強さの果てに何を望む!? 弱き者よ!!」


 無駄に良い声と綺麗な滑舌で喋るインコには若干恐怖を感じたりもした。しかし、全くもっていちいちムカつく鳥野郎である。

 首根っこにわっかを引っ掻けて袋に詰めてやる。

 俺は手首のスナップを最大限に生かしてポイをインコに向かって振りかぶった。風を切る音が金魚すくい屋台の中に響き渡る。


「生き急ぐな。若き力よ!」


 半回転、体を一瞬にして翻したインコは、ポイを避けて飛び上がり。ポイの風圧によりミルククラウンのように跳ね上がった水面に再び着水した。その後、インコはドヤ顔でそう言ったのである。

 しかし、そこで終わらないのがイレギュラーと言うものだ。そう礼子である。

 彼女が俺の振り終わったポイを持つ手を握って方向転換させ、インコを弾き飛ばした。

 弾き飛んだインコは、丁度俺のお椀の中に入り、いったい何が起こったのか分からないように口を開けていた。


「見事!」


「やられて威張るなインコ」


 どこまでもよくしゃべるインコだった。それからインコは、俺の肩に乗って片方の羽だけを格好良く広げている。……ここまで中二病な鳥は初めて見た。


「我が名はダークフレイムマスター。闇の炎に抱かれて消えろ」


 お前が消えろ、中二インコ。


 インコが仲間に加わってから、俺達は人混みの中で屋台を求めてさ迷い続けた。

 フランクフルトに焼きそば、射的にくじ引き。ヨーヨー釣りや松山名物東京ケーキなんかもあった。

 どの屋台でも、俺が買ったものを礼子が横取りしてきた。ヨーヨーは釣れなかったから手元には無いが、くじ引きで当てた変なビニール人形や、射的で当てた良く分からないカセットテープは俺が全て持っていた。


「そろそろ花火の時間だな。礼子、少し歩くけど良い場所があるんだ。行くか?」


「行く行く!」


 少し歩くと言っても、近くにある電波塔である。本来ならば立入禁止だが、以前の仕事で世話をしてやった男が管理者の為、俺だけは登らせてくれるのだ。

 徒歩で三分もかからない内に着いた電波塔には鍵がかかっており、守衛室の男に鍵を借りる。


「あんたが花火を見に来るなんて久しぶりだな。また塔の上で昔話でもするか?」


 顔に幸せそうな笑い皺を年輪のように刻んだ男は俺に親しみを込めてそう言った。


「いや、今日は連れがいるから今度だな」


「また仕事か? 相変わらず人がいいねー」


「んなこたねぇよ」


 俺は鍵を受けとると後ろ手を振って守衛室を後にする。

 俺は、電波塔の扉の前で待つ礼子の横を通り抜け、鍵を扉に差し込み、ゆっくりと回した。


「お前には何も分かるまい……。何も知らない者が何を見ても……。そう……何も理解できない」


 そう唐突に低い声で言い放ったインコ。鍵だからって安直な発想だな。さすが鳥頭。


「ちょっとそのインコ黙らせて。手元のキーブレードでも使ってさ」


 なぜかいつもと違ってテンションが低くなった礼子がそう言った。


「こうか?」


 鳥あえず、敢えて鳥あえず鍵を鳥の口に突き刺した。すると、苦しそうな声を上げて抵抗したが、どうにか黙った。


「どうしたんだ? いつものお前らしくないぞ」


 俺の礼子に対する問い掛けに、彼女が答える素振りはない。


「まあ、言いたくないなら別に良いけど……。成仏に関係ない話ならだが」


 その言葉を聞いた礼子は一瞬口を開いた後、きつく口を結び、再び笑顔へと戻った。

 何だよ。あからさまに事情ありじゃねぇか。


「実は、セッちゃんに秘密にしてたことがあるの」


 作り笑顔。……誰の目から見ても明らかなそれは遠くから聞こえる祭り囃子も相まって、えも言えぬ非現実味を持った姿となった。


「実は……」


 礼子が口を開いて言葉を吐き出そうとした瞬間。カーボン紙を敷き詰めたような夜空に、明るく輝く大きな花が一輪咲いた。


「話は後だな。初めての祭りなんだろ? さっさと登れよ。特等席だぞ」


 礼子は俺の言葉に小さく頷くと、十一秒フラットの駿足で階段を駆け上がった。


「さて、内緒の事とは何の事やら……」


 階段を登るのが面倒な俺は、空中浮遊で天辺まで飛んだ。

 電波塔の上にまで飛ぶと、そこには階段で上がったにも関わらず俺より早く登頂し終えて次々と上がる花火に目を爛々と輝かせる幽霊がいた。

 花火以上にその目は輝いていた事は言うまでもない。

 鉄柵から身を乗り出して食い入るように目を見開く彼女は、初めての祭りと言う事なので、もしかしたら打ち上げ花火を間近で見るのも初めてなのかもしれない。


「あれがラピュタの雷か!! 目がっ目がーっ!! メガローーーン!!」


 ムスカの真似か、一護とルキアにフィギュアを砕かれたオタクの幽霊の真似かハッキリしてくれ。

 それより、先程までの暗い雰囲気から一転し、いつも通りの……アホオタクなテンションに戻ってくれたようだ。


「へっ! 汚ねぇ花火だ。ぽっぽ、またバイトからやり直しだ」


 文句っぽいパロディネタを使ってるが、そんなに嬉しそうに笑ってるなら敢えて突っ込みまで入れる必要はないだろう。


「セッちゃん! あたし決めた! あたし三日後に消えるから。安心して」


 突然決意に道溢れた顔をこちらに向けて礼子は言った。


「これは決定事項よ。断固として曲げない。断固桜木よ」


「そうか、俺は後三日おまえの迷惑極まりない存在を我慢すればいいのか」


「おわふ! あたしの存在がぞんざいな扱いを受けてる! ちなみに聞いときたいんだけど、あの世ってどんなところ? 楽しそうなら良いなー。まあネットがありゃ最悪のパターンは逃れられるわ」


 成仏前の霊には禁則事項だ。……あの世と言っても、死神が事務作業的に魂を初期化して転生させるための処理場みたいなところだからな。

 自我自体、長くても一日程度しか維持されないだろう。人間なら、魂の初期化後に三歳児くらいの子供にぶち込まれる。……よっぽどの強い意志が残って死んだならば、潜在意識として残る可能性がある程度。

 あの世がどんなどころかワクワクしている霊に、消されるだけなんて言えない。


「行ってみれば分かるよ。それより、悔い無く逝けるんだろうな?」


「当たり前! 最後にちょっとセッちゃんの助けを借りるかもだけど。あの世に行ったら、またセッちゃんち行くからね。せいぜい掃除しとくんだね」


 ああ、悔いが残らないようならそれで構わない。


「さっ! 帰ろっか」


 花火が全て終わり、独特の硝煙臭が薄煙と共に降り注ぐ。

 祭りの屋台はほとんどまわったし、十分満喫したと言えるだろう。

 俺は一足先に塔から飛び降りようとすると礼子に両足を掴まれて盛大に転けた。


「っつ!! 何するんだよ」


「あたしも飛びたい」


「飛べば?」


「何その飛び降り自殺する人に、度胸を試すように煽る言葉は!」


「飛べば?」


「何その鍋パみたいな気軽な物言いは!」


「飛べば?」


「壊れたファービーかよ!」


「飛べば?」


「あい! きゃん! ふらい! いやっっふぁぅぅう!!」


 あーあ。本当に飛びやがった。……仕方ないな、空中で拾ってやるか。


「セッちゃん酷い」


 地上に降り立つや否や、幽霊はそんな事を呟く。


「そんなに気にするな。ちゃんと空中で捕まえたし、空も飛べただろ」


「君と出会った奇跡がこの胸に溢れてるよ」


 そりゃ空も飛べるはずだよ。

 それから帰り道は、これ見よがしに上空高くを飛んで礼子の後ろを付いていった。

 普通なら何もない帰り道のはずだが、流石のイレギュラーちゃんは何故か犬に追われていた。

 自慢の十一秒フラットも形無しの慌てっぷりだった。

 慌てながらも犬に追い付かれないように逃げていることが素直に凄い。追っている犬は野生のボルゾイか……。手強そうだな。どんな犬か分からない人はレッツ・グーグル。


「はははっ! ここまでは追って来れまい! 愚民め、このぷっちょ愚民め! 我が魅力的なおしり様でも眺めてな!」


 礼子は電信柱にしがみつきながら犬に吠えていた。どっちが弱い犬かは明らかだ。礼子だ。

 一方、強い犬ことボルゾイの方はと言うと、大人しく牙を剥いてお座りをしていた。いつまでも待つつもりらしい。

 あっ。礼子が掴まっていた電信柱の取っ手が折れた。そしてジリジリと落下を始めた。


「待て犬! 話せばわかる。あたしたちは人間だ! あたしを解き放て!」


 犬からは、心なしか黙れ小僧と言う言葉が聞こえる。


「ヘイ! リッスン! サリアはハイラル城に何かあるって言ってたわ! 多分ペティグリー・チャムじゃないかしら」


 犬からは、心なしかペティグリーよりキャットフードを寄越せと聞こえる。

 それにしても、必死だが、無駄な台詞しか吐いていない。……真性のアホだ。

 結局のところ、俺が礼子を助ける羽目になるのだった。


「セッちゃんありがとう! ホントあたしの神だわ」


「リアル神だよ」


 可愛い大家さんが住んでそうなボロアパートに着くと、第一声から感謝の言葉が述べられた。


「そうね。RGね」


 そして第二声がこれだよ。リアルゲイみたいに言うな。


「あたし、明日の朝から一気にフラグ回収してくるから、今日は早く寝るね。三日後の夜、例の公園に来てくれる?」


「わざわざお別れでも言ってくれるのか? そりゃ嬉しいな」


「最後にセッちゃんを利用します。以上、おやすみ」


 最後に礼子はそう言ってコタツムリになった。俺はあまり事情を深く聞こうとは思わなかった。

 強い未練があるからこそ霊になったのだ。そんな奴がはぐらかそうとしている事。……此方から聞くべきではない。

 実体のあるイレギュラーな幽霊として存在し、俺と出会い、未練を断つために行動を共にする……。巡り合わせと言うのは数奇な物だ。

 俺自身が、殺生神になった経緯を思い出す。未練があり、実体がある幽霊……。懐かしいな。

 礼子が望むなら、魂の初期化などせずに、俺の後輩になるって道もアリかもな。

 普通の幽霊は無理だが、実体のある彼女なら……。

 俺は、そんな有らぬ妄想をしながら眠りに着いた。目が覚めたときにはもう礼子は出て行っていないだろう。

 次に会うのは三日後だ。
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