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KAZU:五日目①
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次の日、俺はタイマーよりも早く目を覚まして携帯で時間を確認していた。そこへ見計らったかのようにHARUからのメッセージが届く。夜遅くまで連絡を取り合っていたというのに早起きなものだと感心しながら返信をする。
『おはようHARU。早起きなんだね』
『もしかして私のメッセージで起こしちゃった? 何だか緊張してあんまり眠れなかったの! って言っても実際に今日KAZUと会うのは今日の私じゃないんだけどね。何だか書いてて自分でもわけ分からなくなりそう』
確かに、行動するのが自分だけじゃなくて未来の自分となると些か混乱するのも仕方ない。しかし、緊張してあまり眠れなかったのは俺も同じだった。HARUのメッセージよりも早くに目を覚ましたのもその証拠だ。
『残念でした。HARUからのメッセージより先に起きてたよ』
『別に残念じゃないもん! もしかして、今日は朝早くから何かあったの?』
察しが良いのか、HARUがそんなことを聞いてくる。しかし、流石に朝早い理由を説明するのは恥ずかしい。HARUと会うことへの緊張も確かにあったかもしれないが、一番の理由はやはり朝一に心春へ想いを告げることなのだから。
『今日は早めに学校に行く用事があってね。ちょっと朝からバタバタしちゃってあんまりメッセージ送れないかもしれないから』
『そうなんだ。でも今日の約束はちゃんと守ってよね! 多分今日私は精一杯おめかしして行くと思うからちゃんと可愛いって言ってよね!』
『はいはい。じゃあ、また後で連絡する』
『はいは一回! これ言ってみたかった。うん。待ってるね』
そして少し早い起床からいつもどおりに身支度と朝食の用意をし、七時半になる少し前に家を出る。
「あら和樹、今日は早いのね。何かあるの?」
家を出る時に母さんがそう言ってきたが、うんとだけ言ってそのまま玄関をくぐった。いつもなら、また心春ちゃん? などと言って来るところだけど今日はそこまでは言われなかった。約束は七時半に家の前だったので丁度に家を出ても良かったのだが、念のため少しだけ早めだ。
待っている間の五分程度。普段なら小説サイトを開いて新作の編集やプロットを作っているところだが、今日は流石にそんなことはできなかった。いつもは架空の物語の会話を想像していることが多いのに、今はこれから話す現実の会話を想像していた。寝る前も起きてからもずっと考えてはいたが、こう言おうと決めたはずの言葉も何度もイメージしている内にもっと良い言い方があるのではないかと思ってしまう。それは小説でも同じだが、現実で自分の物語に関わってくるとなるとプレッシャーが別物だった。
想いをどう告げるかを考えていたところで、そろそろ時間なのではないかと携帯で時計を確認する。そこでデジタル時計の数字は予定時刻の七時半を超えていた。あれだけ念押ししていたのに心春の方が遅れている。何かあったのだろうかと思いながら俺は心春とのLINEの履歴を探る。しかし、武智心春のメッセージ履歴が消えてしまっていた。検索窓に名前を打っても出てこない。もしかして何かの拍子に間違って消してしまったのだろうか。まあ、それならそれで仕方ない。特に重要な内容を書いていた記憶もないのだし。そう割り切って心春に新規でメッセージを送ろうとするが、なぜか連絡先を検索しても出てこない。登録名を変えた? しかし、見覚えのない連絡先名も存在しない。そうなると、心春がアカウントを消してしまったか、俺が間違えて連絡先から消してしまったか。けれど、そんなことがあるだろうか。納得はできないが連絡先に無いのなら今すぐ確認することもできない。だが、待っていればその内心春が来るのだからまた連絡先を登録し直せば良いだけの話だ。
しかし、待てども待てども心春はやってこない。とうとう学校へ向かわないと間に合わない時間になってしまった。デッドラインの七時五十三分。早歩きでギリギリ教室に着く時間。流石に俺も待ちきれずに学校へ向かった。
小走りで教室に入り、席に着こうとする。ホームルーム開始ギリギリだったこともあり、心春がいつも参加している廊下での井戸端会議は既に解散している様子だった。席に座ったところで教室を見渡すが、心春の姿は無い。しかも、そのことに誰も触れたりしていない。俺が教室に入る前に話し終わっているだけなのかもしれないが……。
疑問に思いつつも座っていると、すぐに担任がやって来た。
「よーし。全員揃ってるなー。じゃあホームルーム始めるぞー。号令ー」
心春がいないことに対して先生は何の言及もせずにホームルームを始めた。俺は窓際の真ん中あたりの席にいるので、勘違いだったのかと思って何度も教室を見渡す。しかし、やはり心春の姿はなく、それどころか空いている席が一つもなかった。入学してからまだ席替えが無く、出席番号順に男子の列と女子の列が交互に並ぶ状態。クラスの女子のことも全員は覚えていないほどに交友関係が薄い俺だが、心春の席に座っているのは一つ後ろの席に座っていたはずの女子。確か、名前は武田さんだったと思う。
教室の席が全て埋まっているにも関わらず出席番号順で後ろの席にいた人がずれて前に来ているのだとしたら、それより後ろ――武田さんよりも後ろに人が増えているということか?
その考えに至った直後、武田さんの一つ後ろの席の女子と目が合った。その女子には見覚えがある。言葉も交わしたこともあるし、名前も覚えている。俺と目があった瞬間に小さく手を振って来た彼女は、図書委員会で同じ田中絵美だった。違うクラスのはずの彼女が周りに溶け込んで座っていた。
「以上でホームルームは終わりっと。号令ー」
ホームルームが終わってすぐ、俺が動くよりも先に田中さんが俺の下へとやって来た。心春が間にいるわけでもないのに俺に話しかけに来るなんてどういうことだ?
「和樹、なんかさっきからキョロキョロしてたけど何かあった?」
和樹? 田中さんは俺のことを下の名前で呼んでいたっけ?
「おう和樹。相変わらずいつも絵美と一緒だな。例えるなら脊柱起立筋の――」
「勘違いするようなこと言わないでよ! ただ、委員会が一緒で良く話してるだけなんだからね! ね? 和樹?」
絵美? いつも一緒?
「ちょっと、ちょっと待って。いつからそんなに仲良くなったんだ?」
混乱する俺のことを目をぱちくりさせながら見る智也と田中さん。二人は顔を見合わせてわけが分からないとでも言いたげな顔をする。わけが分からないのは俺の方だ。
「何? 和樹お前記憶喪失か何か?」
「冗談でもちょっとひどくない?」
とてつもない疎外感を感じると共に、目の前の景色全てが嘘のように思えてくる。偽物の世界の中にいるような気分になる。どういうことだ? 何がどうなっているんだ?
感覚もはっきりしている。記憶も曖昧になっていたりはしない。……夢ではなさそうだ。田中さんといつの間にか仲良くなっている……。どういう経緯で? いや、そんなことよりも大事なことがある。
「なあ、一個聞いていいか?」
自分でも声が震えているのが分かる。
「え? ああ」
心春と同じ部活の智也なら、もし違うクラスに行っていたとしても知っているはずだ。
「心春……武智心春はどこだ?」
何を言っているか分からないといった表情の智也。これが当たり前のことを聞くなという顔なのか、心春のこと自体を知らないという顔なのか。前者であることを祈りながら俺は智也の答えを待った。智也が口を開くまでが嘘みたいに長い時間に思える。時が止まったかのようだった。そして、智也はゆっくりと話し始める。
「すまん……。俺、そんな名前の人知らねーわ」
隣で田中さんは私も……とだけ言って口を噤む。
まるで世界から色が抜け落ちたかのようだった。予想していたくせに頭の処理が追い付かない。真っ白になっている。だからか俺は普段ならしないような行動を取っていた。
「誰か……誰か心春を知ってる奴は? なあ、知らないか? 心春だよ。いっつも髪の毛揺らしながらニカニカ笑ってる! ウザいくらい元気でさ。一回会ったら忘れられないような奴だよ。なあ、誰か知らない? なあ!!」
俺の席の近くにいた人から順にクラスメイトに詰め寄る形で何回も何回も心春のことを知らないか聞いて回っていた。もちろん答えは全員ノーで、心春が居ない事実がよりいっそう確かなものになっただけだった。
「落ち着け! 落ち着けって! 和樹! どうしたんだよ!」
力いっぱい肩を掴まれて智也に止められる。もし智也に捕まっていなければそのまま教室の外にも飛び出して行っていただろう。しかし、落ち着けと言われたところで落ち着くことはできない。
「わけ……わかんない。心春は……心春はどこ行ったんだよ……」
頭が沸騰しそうだ。感情が溢れて勝手に涙が零れる。声だけでなく全身が震える。何が……何が起きたって言うんだ……。こんなこと……こんな……こと? 前にもあったような……。
「テニス用具倉庫のトンボだ……」
思考が一瞬クリアになる。昨日起こったことと同じ。過去が変わって今あるべきものが無くなっているんだ。冷静に、冷静になって考えれば何か分かるかもしれない。過去が変わる。つまりその原因は……。
「HARUだ!」
その後、授業が始まったけれど何一つ頭に入らなかった。携帯を手にHARUと交わしたメッセージを遡る。内容は俺が覚えているものと何一つ変わらず、俺には幼馴染がいるとはっきり記してあった。昨日まで確かにいたはずの心春がいないということは、昨日のやり取りで何か大きく変わるような話をしてしまったということなのだろう。トンボや壁の落書きと同じく。
HARUの行動が変わることで俺がいる今が変わる。HARUが過去の人間で、俺のメッセージを読むことで現在が変わると分かった時点でもっと慎重に発言するべきだったんだ。実際のところ、心春が今どういう状況なのかははっきりと分からない。クラスが違ううえで部活にも入っていないのか、はたまた高校が違うのか。そういえば俺の連絡先から消えていたことも考えると、そもそも俺と出会ってすらいないほど前から遠くに住んでいる可能性だってある。
それと、考えたくはないが……。心春がこの世にいない可能性。死んでしまっている可能性だってあるんだ。
生きていてどこか遠くにいるのも耐えがたいけれど、この世にいないなんてことだけは絶対にあってはならない。できるだけ全てを元どおりに戻したい。もう一度過去を変えて、心春を取り戻したい。
そのためにはやはり、HARUに対して慎重にメッセージを送らなくてはならない。そのメッセージも、もちろん情報を集めた上で正確に。現在が変わるという現象をまだ二回しか経験をしていないけれど、おそらくそれは深夜から早朝にかけてのどこかのタイミングで起きていると思われる。昨日最後に心春の連絡先を目にしたのは、確か夜の十一時頃。それより後のはずだ。つまり、それまでにHARUの行動をあるべき状態に戻すことが必要だということ。
HARUのあるべき行動。俺とのメッセージが無ければ行わなかったこと。それはやはり――
「今日会う約束をしたことだよな……」
授業中に机の下で携帯を見ながら誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。安易な決断を下してしまったことによる後悔に潰されてしまいそうだ。
幸運なことに、HARUには朝あまり連絡ができないと伝えているため、しばらくメッセージを送らなくても不自然ではない。HARUの行動を思いもよらない方向へ変えないと確信を持った時以外はメッセージを送ることは控えよう。確かな情報を得るまでは――
『おはようHARU。早起きなんだね』
『もしかして私のメッセージで起こしちゃった? 何だか緊張してあんまり眠れなかったの! って言っても実際に今日KAZUと会うのは今日の私じゃないんだけどね。何だか書いてて自分でもわけ分からなくなりそう』
確かに、行動するのが自分だけじゃなくて未来の自分となると些か混乱するのも仕方ない。しかし、緊張してあまり眠れなかったのは俺も同じだった。HARUのメッセージよりも早くに目を覚ましたのもその証拠だ。
『残念でした。HARUからのメッセージより先に起きてたよ』
『別に残念じゃないもん! もしかして、今日は朝早くから何かあったの?』
察しが良いのか、HARUがそんなことを聞いてくる。しかし、流石に朝早い理由を説明するのは恥ずかしい。HARUと会うことへの緊張も確かにあったかもしれないが、一番の理由はやはり朝一に心春へ想いを告げることなのだから。
『今日は早めに学校に行く用事があってね。ちょっと朝からバタバタしちゃってあんまりメッセージ送れないかもしれないから』
『そうなんだ。でも今日の約束はちゃんと守ってよね! 多分今日私は精一杯おめかしして行くと思うからちゃんと可愛いって言ってよね!』
『はいはい。じゃあ、また後で連絡する』
『はいは一回! これ言ってみたかった。うん。待ってるね』
そして少し早い起床からいつもどおりに身支度と朝食の用意をし、七時半になる少し前に家を出る。
「あら和樹、今日は早いのね。何かあるの?」
家を出る時に母さんがそう言ってきたが、うんとだけ言ってそのまま玄関をくぐった。いつもなら、また心春ちゃん? などと言って来るところだけど今日はそこまでは言われなかった。約束は七時半に家の前だったので丁度に家を出ても良かったのだが、念のため少しだけ早めだ。
待っている間の五分程度。普段なら小説サイトを開いて新作の編集やプロットを作っているところだが、今日は流石にそんなことはできなかった。いつもは架空の物語の会話を想像していることが多いのに、今はこれから話す現実の会話を想像していた。寝る前も起きてからもずっと考えてはいたが、こう言おうと決めたはずの言葉も何度もイメージしている内にもっと良い言い方があるのではないかと思ってしまう。それは小説でも同じだが、現実で自分の物語に関わってくるとなるとプレッシャーが別物だった。
想いをどう告げるかを考えていたところで、そろそろ時間なのではないかと携帯で時計を確認する。そこでデジタル時計の数字は予定時刻の七時半を超えていた。あれだけ念押ししていたのに心春の方が遅れている。何かあったのだろうかと思いながら俺は心春とのLINEの履歴を探る。しかし、武智心春のメッセージ履歴が消えてしまっていた。検索窓に名前を打っても出てこない。もしかして何かの拍子に間違って消してしまったのだろうか。まあ、それならそれで仕方ない。特に重要な内容を書いていた記憶もないのだし。そう割り切って心春に新規でメッセージを送ろうとするが、なぜか連絡先を検索しても出てこない。登録名を変えた? しかし、見覚えのない連絡先名も存在しない。そうなると、心春がアカウントを消してしまったか、俺が間違えて連絡先から消してしまったか。けれど、そんなことがあるだろうか。納得はできないが連絡先に無いのなら今すぐ確認することもできない。だが、待っていればその内心春が来るのだからまた連絡先を登録し直せば良いだけの話だ。
しかし、待てども待てども心春はやってこない。とうとう学校へ向かわないと間に合わない時間になってしまった。デッドラインの七時五十三分。早歩きでギリギリ教室に着く時間。流石に俺も待ちきれずに学校へ向かった。
小走りで教室に入り、席に着こうとする。ホームルーム開始ギリギリだったこともあり、心春がいつも参加している廊下での井戸端会議は既に解散している様子だった。席に座ったところで教室を見渡すが、心春の姿は無い。しかも、そのことに誰も触れたりしていない。俺が教室に入る前に話し終わっているだけなのかもしれないが……。
疑問に思いつつも座っていると、すぐに担任がやって来た。
「よーし。全員揃ってるなー。じゃあホームルーム始めるぞー。号令ー」
心春がいないことに対して先生は何の言及もせずにホームルームを始めた。俺は窓際の真ん中あたりの席にいるので、勘違いだったのかと思って何度も教室を見渡す。しかし、やはり心春の姿はなく、それどころか空いている席が一つもなかった。入学してからまだ席替えが無く、出席番号順に男子の列と女子の列が交互に並ぶ状態。クラスの女子のことも全員は覚えていないほどに交友関係が薄い俺だが、心春の席に座っているのは一つ後ろの席に座っていたはずの女子。確か、名前は武田さんだったと思う。
教室の席が全て埋まっているにも関わらず出席番号順で後ろの席にいた人がずれて前に来ているのだとしたら、それより後ろ――武田さんよりも後ろに人が増えているということか?
その考えに至った直後、武田さんの一つ後ろの席の女子と目が合った。その女子には見覚えがある。言葉も交わしたこともあるし、名前も覚えている。俺と目があった瞬間に小さく手を振って来た彼女は、図書委員会で同じ田中絵美だった。違うクラスのはずの彼女が周りに溶け込んで座っていた。
「以上でホームルームは終わりっと。号令ー」
ホームルームが終わってすぐ、俺が動くよりも先に田中さんが俺の下へとやって来た。心春が間にいるわけでもないのに俺に話しかけに来るなんてどういうことだ?
「和樹、なんかさっきからキョロキョロしてたけど何かあった?」
和樹? 田中さんは俺のことを下の名前で呼んでいたっけ?
「おう和樹。相変わらずいつも絵美と一緒だな。例えるなら脊柱起立筋の――」
「勘違いするようなこと言わないでよ! ただ、委員会が一緒で良く話してるだけなんだからね! ね? 和樹?」
絵美? いつも一緒?
「ちょっと、ちょっと待って。いつからそんなに仲良くなったんだ?」
混乱する俺のことを目をぱちくりさせながら見る智也と田中さん。二人は顔を見合わせてわけが分からないとでも言いたげな顔をする。わけが分からないのは俺の方だ。
「何? 和樹お前記憶喪失か何か?」
「冗談でもちょっとひどくない?」
とてつもない疎外感を感じると共に、目の前の景色全てが嘘のように思えてくる。偽物の世界の中にいるような気分になる。どういうことだ? 何がどうなっているんだ?
感覚もはっきりしている。記憶も曖昧になっていたりはしない。……夢ではなさそうだ。田中さんといつの間にか仲良くなっている……。どういう経緯で? いや、そんなことよりも大事なことがある。
「なあ、一個聞いていいか?」
自分でも声が震えているのが分かる。
「え? ああ」
心春と同じ部活の智也なら、もし違うクラスに行っていたとしても知っているはずだ。
「心春……武智心春はどこだ?」
何を言っているか分からないといった表情の智也。これが当たり前のことを聞くなという顔なのか、心春のこと自体を知らないという顔なのか。前者であることを祈りながら俺は智也の答えを待った。智也が口を開くまでが嘘みたいに長い時間に思える。時が止まったかのようだった。そして、智也はゆっくりと話し始める。
「すまん……。俺、そんな名前の人知らねーわ」
隣で田中さんは私も……とだけ言って口を噤む。
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「誰か……誰か心春を知ってる奴は? なあ、知らないか? 心春だよ。いっつも髪の毛揺らしながらニカニカ笑ってる! ウザいくらい元気でさ。一回会ったら忘れられないような奴だよ。なあ、誰か知らない? なあ!!」
俺の席の近くにいた人から順にクラスメイトに詰め寄る形で何回も何回も心春のことを知らないか聞いて回っていた。もちろん答えは全員ノーで、心春が居ない事実がよりいっそう確かなものになっただけだった。
「落ち着け! 落ち着けって! 和樹! どうしたんだよ!」
力いっぱい肩を掴まれて智也に止められる。もし智也に捕まっていなければそのまま教室の外にも飛び出して行っていただろう。しかし、落ち着けと言われたところで落ち着くことはできない。
「わけ……わかんない。心春は……心春はどこ行ったんだよ……」
頭が沸騰しそうだ。感情が溢れて勝手に涙が零れる。声だけでなく全身が震える。何が……何が起きたって言うんだ……。こんなこと……こんな……こと? 前にもあったような……。
「テニス用具倉庫のトンボだ……」
思考が一瞬クリアになる。昨日起こったことと同じ。過去が変わって今あるべきものが無くなっているんだ。冷静に、冷静になって考えれば何か分かるかもしれない。過去が変わる。つまりその原因は……。
「HARUだ!」
その後、授業が始まったけれど何一つ頭に入らなかった。携帯を手にHARUと交わしたメッセージを遡る。内容は俺が覚えているものと何一つ変わらず、俺には幼馴染がいるとはっきり記してあった。昨日まで確かにいたはずの心春がいないということは、昨日のやり取りで何か大きく変わるような話をしてしまったということなのだろう。トンボや壁の落書きと同じく。
HARUの行動が変わることで俺がいる今が変わる。HARUが過去の人間で、俺のメッセージを読むことで現在が変わると分かった時点でもっと慎重に発言するべきだったんだ。実際のところ、心春が今どういう状況なのかははっきりと分からない。クラスが違ううえで部活にも入っていないのか、はたまた高校が違うのか。そういえば俺の連絡先から消えていたことも考えると、そもそも俺と出会ってすらいないほど前から遠くに住んでいる可能性だってある。
それと、考えたくはないが……。心春がこの世にいない可能性。死んでしまっている可能性だってあるんだ。
生きていてどこか遠くにいるのも耐えがたいけれど、この世にいないなんてことだけは絶対にあってはならない。できるだけ全てを元どおりに戻したい。もう一度過去を変えて、心春を取り戻したい。
そのためにはやはり、HARUに対して慎重にメッセージを送らなくてはならない。そのメッセージも、もちろん情報を集めた上で正確に。現在が変わるという現象をまだ二回しか経験をしていないけれど、おそらくそれは深夜から早朝にかけてのどこかのタイミングで起きていると思われる。昨日最後に心春の連絡先を目にしたのは、確か夜の十一時頃。それより後のはずだ。つまり、それまでにHARUの行動をあるべき状態に戻すことが必要だということ。
HARUのあるべき行動。俺とのメッセージが無ければ行わなかったこと。それはやはり――
「今日会う約束をしたことだよな……」
授業中に机の下で携帯を見ながら誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。安易な決断を下してしまったことによる後悔に潰されてしまいそうだ。
幸運なことに、HARUには朝あまり連絡ができないと伝えているため、しばらくメッセージを送らなくても不自然ではない。HARUの行動を思いもよらない方向へ変えないと確信を持った時以外はメッセージを送ることは控えよう。確かな情報を得るまでは――
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