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第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編
4.5 フランス軍の編成(4)兵站基地ブロワ城
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戦争とは、切った張ったの実力行使だけではない。
特に、時間のかかる包囲戦では、物資調達と補給路の確保が重要になる。
追加の兵、武器防具、食料、金銭など、「兵站」と呼ばれるものだ。
包囲戦の舞台となるオルレアンの町と、宮廷を移したばかりのシノン城。
その中間にあるブロワ城を、補給の拠点・兵站基地に定めた。
平時であればオルレアン公とその家族が住まう居城だが、後方支援を断つ目的でイングランド軍に襲撃される可能性があったため、ジャンヌ・ドルレアンはさらに後方へ避難させた。
入れ替わりに、オルレアンの町にはデュノワとブサック元帥が、ブロワ城にはヨランド・ダラゴンが入城した。ヨランドの手腕はよく知っているが、ジャンヌ・ドルレアンを後方に引かせたのに、女性を派遣することは矛盾している。
「わたくしを心配するなんて、陛下はお優しいのね」
ブロワ城には、常駐しているオルレアン公の兵がいる。
ヨランドが戦うわけではない。
だが、私はできることなら引き止めたかった。
「わたくしを誰だと思って?」
「アラゴン王女でアンジュー公妃で、私の義母でもある……」
「そう。わたくしの父・アラゴン王フアン一世は成人した子供が一人しかいなかった。情勢次第では、わたくしが王位を継承するかもしれないからと、貴婦人教育の他に帝王学も学んでいるの。だから、心配ご無用よ」
ヨランドはてきぱきと荷馬車の手配を指示している。
兵站と共に、ブロワ城へ行軍するのだと言う。
「公妃はただの義母じゃない。私を育ててくれた恩人で、母も同然なんです」
「まぁ、嬉しいわ。わたくしを慕ってくれるのは結構ですが……」
ヨランドが下から私の顔を覗き込んだ。
からかうような、いたずらっ子みたいな表情で笑っている。
出会った頃は、私がヨランドを見上げていたことを思い出す。上背が伸びて目線が逆転し、ヨランドは孫を持つ年齢になったが、この表情は昔から変わらない。
「わたくしに育てられたという自負があるなら、もっと王らしく、しゃきっとしなさい。そして、人を使うことに慣れなさいね」
「王らしくないのは自覚してます」
「あら、開き直るのね」
「人手が足りないのは事実です。だからって、公妃が行かなくても!」
「では、わたくしの代わりに誰をブロワに派遣するの? リッシュモン大元帥かしら。それとも大侍従かしら?」
リッシュモンは長らく宮廷に来ていない。
ラ・トレモイユは宮廷闘争に長けているが、戦地へ近づかないように工作し、「誰かを派遣する」話になりそうな時は必ず席をはずしている。大侍従は王の身の回りの世話をしなくてはいけないから、私が戦場へ行かないように画策しているのも、自分の保身のためなのだろう。
結局、戦闘以外のことで、ヨランド・ダラゴンに匹敵する人材は見つからなかった。
夏が過ぎていく。
宮廷移転のきっかけになったポワティエのペストは落ち着きを取り戻していた。例年なら、収穫期は九月以降だが、包囲戦の籠城に備えるために八月から収穫を始めた。イングランド軍が接近してきた場合は、オルレアンの城壁の外側にある家々と畑と残った収穫物に火をかけて、城壁の中に避難する。
イングランド軍は道中で略奪しながら進軍してくる。大切に育てた作物が、敵方の腹に収まるのは癪だ。
家畜も、労役につく牛や馬を残して、あらかじめ城壁内に運び入れた。
オルレアン郊外では、教会や修道院、使われていない水車小屋などを破壊している。イングランド軍に利用されるのを避けるためだ。
簡単に動かせない十字架や聖像を、オルレアンの人々が自らの手で……。
「どうか我らをお許しください。オルレアンをお守りください」
イングランド軍を退け、勝利した暁には、教会も十字架も聖像も再建する。
そして、これまで以上に献身することを約束し、神の加護を祈った。
*
事前に想定できる限りの対策を講じてしまうと、オルレアンの後方支援をするブロワ城のさらに後方に位置するシノン城にいる私ことシャルル七世は、すっかり暇になってしまった。
特に、時間のかかる包囲戦では、物資調達と補給路の確保が重要になる。
追加の兵、武器防具、食料、金銭など、「兵站」と呼ばれるものだ。
包囲戦の舞台となるオルレアンの町と、宮廷を移したばかりのシノン城。
その中間にあるブロワ城を、補給の拠点・兵站基地に定めた。
平時であればオルレアン公とその家族が住まう居城だが、後方支援を断つ目的でイングランド軍に襲撃される可能性があったため、ジャンヌ・ドルレアンはさらに後方へ避難させた。
入れ替わりに、オルレアンの町にはデュノワとブサック元帥が、ブロワ城にはヨランド・ダラゴンが入城した。ヨランドの手腕はよく知っているが、ジャンヌ・ドルレアンを後方に引かせたのに、女性を派遣することは矛盾している。
「わたくしを心配するなんて、陛下はお優しいのね」
ブロワ城には、常駐しているオルレアン公の兵がいる。
ヨランドが戦うわけではない。
だが、私はできることなら引き止めたかった。
「わたくしを誰だと思って?」
「アラゴン王女でアンジュー公妃で、私の義母でもある……」
「そう。わたくしの父・アラゴン王フアン一世は成人した子供が一人しかいなかった。情勢次第では、わたくしが王位を継承するかもしれないからと、貴婦人教育の他に帝王学も学んでいるの。だから、心配ご無用よ」
ヨランドはてきぱきと荷馬車の手配を指示している。
兵站と共に、ブロワ城へ行軍するのだと言う。
「公妃はただの義母じゃない。私を育ててくれた恩人で、母も同然なんです」
「まぁ、嬉しいわ。わたくしを慕ってくれるのは結構ですが……」
ヨランドが下から私の顔を覗き込んだ。
からかうような、いたずらっ子みたいな表情で笑っている。
出会った頃は、私がヨランドを見上げていたことを思い出す。上背が伸びて目線が逆転し、ヨランドは孫を持つ年齢になったが、この表情は昔から変わらない。
「わたくしに育てられたという自負があるなら、もっと王らしく、しゃきっとしなさい。そして、人を使うことに慣れなさいね」
「王らしくないのは自覚してます」
「あら、開き直るのね」
「人手が足りないのは事実です。だからって、公妃が行かなくても!」
「では、わたくしの代わりに誰をブロワに派遣するの? リッシュモン大元帥かしら。それとも大侍従かしら?」
リッシュモンは長らく宮廷に来ていない。
ラ・トレモイユは宮廷闘争に長けているが、戦地へ近づかないように工作し、「誰かを派遣する」話になりそうな時は必ず席をはずしている。大侍従は王の身の回りの世話をしなくてはいけないから、私が戦場へ行かないように画策しているのも、自分の保身のためなのだろう。
結局、戦闘以外のことで、ヨランド・ダラゴンに匹敵する人材は見つからなかった。
夏が過ぎていく。
宮廷移転のきっかけになったポワティエのペストは落ち着きを取り戻していた。例年なら、収穫期は九月以降だが、包囲戦の籠城に備えるために八月から収穫を始めた。イングランド軍が接近してきた場合は、オルレアンの城壁の外側にある家々と畑と残った収穫物に火をかけて、城壁の中に避難する。
イングランド軍は道中で略奪しながら進軍してくる。大切に育てた作物が、敵方の腹に収まるのは癪だ。
家畜も、労役につく牛や馬を残して、あらかじめ城壁内に運び入れた。
オルレアン郊外では、教会や修道院、使われていない水車小屋などを破壊している。イングランド軍に利用されるのを避けるためだ。
簡単に動かせない十字架や聖像を、オルレアンの人々が自らの手で……。
「どうか我らをお許しください。オルレアンをお守りください」
イングランド軍を退け、勝利した暁には、教会も十字架も聖像も再建する。
そして、これまで以上に献身することを約束し、神の加護を祈った。
*
事前に想定できる限りの対策を講じてしまうと、オルレアンの後方支援をするブロワ城のさらに後方に位置するシノン城にいる私ことシャルル七世は、すっかり暇になってしまった。
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