7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
79 / 225
第六章〈ニシンの戦い〉編

6.7 デュノワの武勇伝(1)救援

しおりを挟む
 スコットランド軍は友好的な同盟軍だが、装備も戦い方も旧式だった。
 プレートアーマーではなく、いまだにチェーンメイル(鎖帷子)中心で、騎馬隊の突撃を好む。勇気を誇ると言えば聞こえがいいが、指揮官の意図も戦略も考えず、独断で飛び出して蛮勇を振るう。

「矢が刺さったくらいで怯むな! スコッツ魂を見せろーーー!!」

 その結果、ロングボウの弾幕を浴び、イングランド兵になぶり殺されている。
 檄を飛ばしていたスコットランド軍の司令官もすぐに戦死した。

 フランス軍は友軍の崩壊をしばらく見ていたが、行軍を再開した。
 命令に従わなかった愚かなスコットランド軍を見捨てることにしたのだ。

 あと40キロほどだから、順調に進めば日が沈む前にオルレアンに到着する。

 だが、情に流されて軽率に参戦すれば、たとえ勝ったとしてももう一晩、野営をせざるを得なくなり、オルレアンに近づいた分、攻囲しているイングランド軍に襲撃される危険が高まる。
 敗北すれば、兵站も援軍も指揮官もほとんど失ったあげく、新型火砲を含めた兵站がイングランドに渡る可能性も考えられる。

 だから、クレルモン伯の判断は悪くない。
 最悪の事態を回避し、最低限の任務を果たしたのだから。

 だが、このままならフランス軍は友軍を見捨てたと非難されただろう。

 死屍累々の戦場の真っただ中で、かろうじて生き残っているスコットランド兵を逃すために、デュノワは単騎で駆け出した。

「オルレアン公の紋章に白い斜線……、あいつは誰だ?」
「おそらく、シャルル・ドルレアンの異母弟でしょう」

 イングランド軍の輸送部隊を指揮するジョン・ファストルフの問いかけに、母妃イザボー・ド・バヴィエールの寵臣シモン・モリエが答えた。

「ああ、オルレアンの私生児か」

 王侯貴族は、血筋と個人を識別する紋章を持っている。
 サーコートや紋章旗を見れば、名門ならひと目でわかるし、専門の紋章官なら辺境の下級貴族さえ見分ける。

 同じ紋章が二つ以上あってはならない決まりで、分家や縁組でもとの図案をアレンジすることもあるが、基本的に同じ紋章を代々継承している。
 フランス王の紋章は、青地にフルール・ド・リスが三つ。父王シャルル六世の弟の血筋であるオルレアン公は、王家の紋章にレイブル(馬の垂れ飾り)を加え、庶子のデュノワ伯はさらに白い斜線を追加している。

「王族の血を引くとはいえ、私生児のくせにフランス軍総司令官を任されている。シャルルのお気に入りの寵臣だと聞いている。……見たところ、フランス軍は戦わずに行軍するようだが、あいつだけこっちに来るぞ?」

「手柄を立てて、シャルルの寵愛を得ようと考えているのでしょう」
「貴公がイザボー妃に取り入ったようにか?」
「さあ、どうでしょう。シャルルは秘密も噂話も多すぎて何が真実なのやら」

 イングランド兵たちは一斉にデュノワに狙いを定めた。
 おかげで、絶体絶命のピンチだったスコットランド兵は逃げる余裕ができたが、イングランド軍1500人がデュノワ一人を追いかけ始めたのだから、たまったものではない。

「俺、イングランド兵にモテモテ?」

 矢の弾幕が降ってくるが、プレートアーマーの装甲は強力だ。
 表面に彫られた溝はただの飾りではなく、武器の切っ先をそらす役目を果たす。
 デュノワは怯むことなく加速しながら戦場に突入すると歩兵を蹴散らし、スコットランド兵を傷つけたり捕らえようとしているイングランド兵めがけて馬上から槍を突き刺した。

「ぎゃあああ!」
「た、助かった……。あんたはオルレアンの……!」
「おう! 動けるならその辺にいる馬をつかまえて逃げろ。ここから離れるんだ!」

 簡潔に指示すると、他の生存者を探すためすぐにその場を離れた。
 向かってくる敵の歩兵は、軍馬の馬脚で容赦なく踏みつぶし蹴り飛ばした。
 馬鎧をつけているので防御力が高い上に、軽く踏まれただけでも致命傷になり得る。体当たりすればさらに威力が増し、絶大な破壊力を発揮する。

「悪いが、俺の好みはイングランド人じゃないんでね。全員お断りだ!」

 デュノワは、子供の頃に望んでいた通りの勇敢な騎士になった。
 ニシンの戦いは「デュノワの武勇伝」と呼べる戦いだが、単に蛮勇を振るったのではない。生きている友軍を助けるために危険を冒し、同時に、友であるクレルモン伯に初陣の任務を果たさせるために、機転を利かせて戦場を撹乱し、イングランド軍を翻弄した。

「……ふぅ。生き残っているのはあと何人だ?」

 デュノワは単騎で戦いながら辺りを見回して、生き残っている味方を探した。
 深追いするつもりはなく、スコットランド兵を回収したら撤退し、クレルモン伯が率いるフランス軍を追いかける計画だったようだ。
 多数のイングランド兵に追われ、遠くからは矢で狙い撃ちにされ、乱戦で足元はぐちゃぐちゃだった。しかも、先程の砲撃でそこらじゅうにニシンが散乱して生臭い。

「よし、そろそろ引き際だな?」
「逃がさんぞ、私生児ィ!!」
「しつこいっつーの!」

 その時、デュノワが騎乗する軍馬が、身の崩れたニシンを踏みつぶして足を滑らせた。馬は経験をすると臆病になり、落ち着きを取り戻すまで騎手の指示に従わなくなる。

「しまった!」

 デュノワは手綱を短く持ち替えて馬首を高く保とうとしたが、イングランド兵に囲まれている状況で、軍馬の心は戦闘の高揚から動揺へと変わってしまった。
 元来、馬という生き物は繊細で臆病だ。生臭く不快な馬場と殺気を帯びた知らない人間から逃れようと暴れて後ろ立ちになり、イングランド兵はデュノワを引きずり下ろそうとして、馬脚を避けながらつかみかかってくる。

「さわるな、離せ!」
「落ちろおぉぉぉーーー!!」

 邪魔な敵兵を槍で一突きしようとしたが、暴れる馬を制御しながらの攻撃は容易ではなく、不運にも取り落としてしまった。

「くそっ!」

 すぐに剣を抜いたが、騎乗しながら歩兵を攻撃するにはリーチが足りない。
 槍で突かれる危険がなくなったと見るや、イングランド兵は数人がかりでデュノワの足や腰に飛びかかり、また別の誰かが軍馬の足元を狙って手持ちの長い得物を突き出した。直接傷つけることができなくても怯えさせて、馬脚が絡まって転ばせることができれば十分だった。

 その頃、クレルモン伯は不安を抱えながら行軍を続けた。
 デュノワが追いかけてくるのを期待していたが、合流する前にオルレアンの町に到着してしまった。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...