7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第七章〈救国の少女〉編

7.5 ジャンヌ・ダルクの諸説

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 読者諸氏の時代では、ジャンヌ・ダルク(Jeanne d'Arc)という名前で知られ、その表記から貴族ではないかと言われるが間違いである。

 当時はフランス語の表記法が定まってなかったため、発音とつづりが曖昧で、個人差・地域差が激しかった。その上、読み書きできない人間ならなおのこと、自分の名前の書き方など知らない。

 ジャンヌ・ダルクの姓がまさにそれで、古い時代の文献を紐解けば、Darc、Dars、Day、Dai、Darx、Dare、Dart、Tarc、Tard、Tartなどさまざまなバリエーションが出てくる。
 耳で聞いた「音」を文字に書き起こしたことは明らかだ。

 のちに、ジャンヌの一族は貴族に列席されるが、初めて謁見した時点ではせいぜい「豪農」くらいの身分だった。

 また、ジャンヌはシャルル七世の妹だという説もあるが、これも間違いだ。
 本作の第三章後半で、異母妹マルグリットとの再会について触れた。これはジャンヌと謁見するちょうど一年前のことで、二つの出来事を混同したために妹説がうまれたと考えられる。

 大衆向けの歴史物語は、感傷的でロマンチックなエピソードで読者・観客を魅了するが、実像とかけ離れた虚像が広まり、事実と異なるキャラクターにされたり、やってもいない悪行を批判されることがある。

 この物語は、私ことシャルル七世の立場から語っているため、イングランドはどうしても悪役になってしまうし、ジャンヌは清らかな聖人ではないかもしれない。
 敵・味方に関係なく、実在した人々への敬意を忘れず、過剰な悪印象を植え付ける描写をしすぎないよう自戒していきたい。





 さて、話を本編に戻そう。
 少なくとも、ジャンヌは自分のことを「ジャンヌ・ラ・ピュセル」と称していたため、本作ではこの呼び名を採用する。

 私はジャンヌの手を引いて、大広間に隣接する控室へ連れて行った。
 少し前まで、クレルモン伯をフランス王に扮装させようと侍従・侍女を動員して賑わっていたが、今は誰もいない。

「私がいいと言うまで、誰も近づけないように」

 控室の入り口に見張りを立たせると扉を閉めた。
 念のため、音漏れ防止を兼ねてタペストリーもおろしておく。

 振り返り、あらためて控室の中を見渡す。

 中央に置かれた長椅子には、今回使わなかった王の衣服が何着か。
 足元には、つま先が尖った流行りの革靴が何足か。

 少し散らかっているが、誰かが居残っている気配はなく、隠れる空間もない。
 大広間は息づかいと温もりに満ちていてむっとするくらいだったのに、ここは冷たくしんとしている。
 唯一の熱源である「暖炉」の炎はほとんど消えていたが、乾いた柴を投入して火かき棒でかきまぜるとすぐに火がつき、暖かさが戻ってきた。

「さあ、これでお嬢さんの望み通りになったかな?」

 春の兆しを感じる三月といえど、夜はまだ寒く、炎が消えた暖炉は煙突をつたって冷たい外気が入ってくる。
 部外者の侵入防止も兼ねて、燃やしておいた方がいいだろう。
 ずいぶん昔、ラ・イルは器用にも煙突から宿屋に侵入して私を驚かせたが、煙が充満した煙突と、火勢の強い暖炉なら、誰も入ってこれまい。

 




(※)ちなみに、「ジャンヌ・ダルク」と書かれている最古の文献はオルレアンにある裁判記録の写本で、そこには「Tart」と書かれています。ジャンヌ自身がこの姓を名乗ったことはなく、父親がジャック・ダルクと呼ばれていたことが由来のようですが、表記揺れのバリエーションは本編で指摘した通り。

ジャンヌ・タルトさん。ちょっと美味しそう🥧

余談ですが、『魔法少女たると☆マギカ』がジャンヌ・ダルクの話なのは、おそらくこの件が由来ではないかと。

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