7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第八章〈オルレアン包囲戦・終結〉編

8.6 戦勝祝い(1)ゲクランの孫

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 ジャンヌとの約束では、オルレアン包囲戦に勝ったら、次はランスでの戴冠をめざすことになっていたが——。

 重臣たちは、戦勝の勢いに乗じてパリ奪還をすすめた。
 しかし、予算の都合上、年内に大規模な軍事作戦を実行するのは難しい。
 また、二年前まで戦っていたアンジューとブルターニュとノルマンディーの支配権をめぐる防衛線も気になる。ブルターニュ公の日和見主義をなだめるのは、公弟のアルテュール・ド・リッシュモンの役目だが、私たちは長らく会っていない。

 公の場で対面したのがいつだったか、すでに忘却の彼方だ。リッシュモンの妻マルグリット・ド・ブルゴーニュとシノン城で会ったのも1年以上前になる。オルレアンで思いがけず再会したのは半年前。

 どこで何をしているのか、とんと音沙汰がない。

「まあ、別にいいか」
「陛下?」
「大元帥がいなくても問題ない」
「軍事力が心細いなら、微力ながら私も兵を出しましょう」

 大侍従ラ・トレモイユは、オルレアン包囲戦に関わることに消極的だった。
 しかし、今回の勝利と論功行賞を目の当たりにして「自分だけ損をした」とでも考えたのか。それとも、政敵リッシュモンへの対抗意識からか。
 次の行軍に参戦したいと申し出た。

「戴冠式で『国王のマント』を用意するのは大侍従の務めですから」
「ランス行軍の前に、オルレアン周辺の掃討作戦をやるが大丈夫か?」
「ゲクランの孫を同行させます」

 以前、シノン城でのいきさつで、大侍従の後妻カトリーヌ・ド・トレーヌとジル・ド・レのただならぬ関係を察していたが、ラ・トレモイユは「名将ゲクランの孫」を配下にしていることを表沙汰にして、大侍従派の武力を誇示する方針に切り変えたようだ。

 正式には姪の曽孫だが、ジル・ド・レは「名将ゲクランの孫」という触れ込みのおかげで、ジャンヌに次ぐフランス軍新参者の注目株になった。

 なお、本物のゲクランの孫もいるにはいた。
 ギイとアンドレという名の兄弟で、シノン城で門番をしていたときにいとこのジル・ド・レに見張り台から突き落とされた。あの二人だ。

 大侍従の後押しで、ジルとともに参戦することが決まった。
 兄弟は戦いで武名を挙げるよりも、噂の聖女ジャンヌ・ラ・ピュセルを見ることに熱心だった。

「うおおおお、あれがオルレアンの乙女か!」
「俺らとあんまとし変わんなくね?」
「やっべ、サインもらおっかな」
「農民の子だから字書けないんだって」
「だったら、俺たちが教えてあげればいいんじゃね?」
「それだ!!」

 祖父の時代から仕えるフランス王に謁見したときよりもずっとはしゃいでいたのは微笑ましいというか、呆れるというか、なんとも複雑な気分だ。

 伝説の英雄の孫と、新たな伝説となる乙女。

 この組み合わせはフランス軍兵士たちの興味を引いたようで、後日、ジャンヌと顔合わせを兼ねて酒宴を設けた。ジャンヌは共に戦う戦友を歓迎し、兄弟は「近いうちにパリで祝杯をあげよう」とノリノリで誓った。

 普通に考えれば、他愛のない約束だろう。

 ジャンヌの当初の目標は「オルレアン勝利」と「ランスでの戴冠式」だった。
 しかし、神に誓ったことを撤回できず、実現しなければ気のすまないジャンヌは、この時点から「パリ奪還」という新たな目標にとらわれてしまったのかもしれない。






(※)ゲクランの孫・ギイとアンドレ兄弟は今後活躍する可能性が低いため、覚えなくても大丈夫です。

(※)ちなみに、ベルトラン・デュ・ゲクランは賢明王シャルル五世に仕えた人で、百年戦争時代のフランス軍における三大名将のひとり。残る二人はオリヴィエ・ド・クリッソンとリッシュモン。
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