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第八章〈オルレアン包囲戦・終結〉編
8.12 王のいない戴冠式
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ジャンヌが唐突にリッシュモンを推してきたので、私は当惑していた。
「今の話は……、リッシュモンの告白は間違いないのか?」
「間違いありません!」
「ジャンヌがいう『神の声』以上に、信じられないのだが?」
「聖女は嘘をつきません!」
ジャンヌは力強く断言したが、私は疑り深いのだ。
人づての告白など信用できるものか。
「神に誓って、大元帥の告白は真実です!」
「そこまで?!」
しかし、悲しいかな、ジャンヌは天才的に押しが強く、私はいつも受け身だった。今のジャンヌは、宮廷によくいる恋物語を愛好する令嬢や侍女そのもの。
「わ、私の気持ち……?」
「はい、聞かせてください!」
「リッシュモンとの仲を取り持つ……?」
「はい、あたしに任せてください!」
話を整理しよう。
私とリッシュモンは、フランスとブルターニュにおける地政学的な都合から、ビジネスライクな主従関係を結んだ。宮廷闘争やら派閥やら陰謀やら……の都合上、最近は距離を置いている。あくまでも主従関係であって、忠誠心や報恩の気持ちはあるが、恋愛や劣情はない。
(ないはずだ……よな?)
リッシュモンの内心まではわからないが、興味本位で暴くのはよくない。
何にせよ、かねてよりジャンヌ・ラ・ピュセルは思い込みが激しく、行動力に長け、しかも周囲への影響力がすさまじい。早急に勘違いを正さなければならない。
「私は別にリッシュモンを嫌ってない。信頼しているから、彼は大元帥なのだよ」
「じゃあ、どうして何年も会ってないんですか?」
「それは色々と事情があってだな……」
実は半年前にオルレアンで会っているが、あれは機密事項だ。
「王太子さまがそっけないから! 大元帥はフランス軍のみんなにいじめられてるんですよ!」
みんなではあるまい。大侍従派の人間だけだ。
しかし、宮廷闘争の派閥について説明しても、ジャンヌは理解できないだろう。
「あの親切なアランソン公まで……!」
ジャンヌは勘違いしている。
アランソン公が優しいのは女性限定で、宮廷では大侍従派だ。
最近はジャンヌがお気に入りのようだから、日頃からジャンヌに向けるやや下心のある感情と、リッシュモンに向ける冷徹な感情の温度差に驚いたのだろう。
「仲間同士でいがみ合うのは良くないです」
「それには同意する」
「あっ! あたしの声が名案を教えてくれました。ランスの戴冠式に大元帥を招いて、みんなの前で二人が仲良しであることを証明してみましょう!」
例の声を出しに使って、決定事項のように言う。
「確認するが、リッシュモンは戴冠式に出たいと言っていたのか?」
「あんなに王太子さまのことを愛してるんですもの。王太子さまの栄光を見たいに決まってます!」
私はジャンヌの提案を却下した。
「どうして?」
「大元帥としてやるべき仕事を放棄して、私情を優先して戴冠式にのこのこ現れたら、私はリッシュモンに失望するだろう」
「王太子さまが招かないなら、あたしが呼びます」
「リッシュモンが出席するなら、私は戴冠式を欠席する」
歴代フランス王が戴冠式をおこなうランスの大聖堂は、フランス西部にある。
イングランドと同盟を結んでいるブルゴーニュ公が支配している地域だ。
私がランスに向かって行軍している間、フランス東部——ノルマンディー、ブルターニュ、アンジューなどの紛争地域——に隙ができる。王に次ぐ権力を持つ大元帥が睨みを効かせてなければ、ランスに行ってる場合ではないのだ。
「そんなことを言わないでください……!」
「お嬢さん、私は本気だよ」
戴冠する主役である王がいない戴冠式——。
実現したら、愚王として私の名がフランス史に残るだろう。
天邪鬼な私は「傑作な思いつきだ」と内心で満足していたが、ジャンヌは私の頑なな態度に相当ショックを受けたようだ。
「今の話は……、リッシュモンの告白は間違いないのか?」
「間違いありません!」
「ジャンヌがいう『神の声』以上に、信じられないのだが?」
「聖女は嘘をつきません!」
ジャンヌは力強く断言したが、私は疑り深いのだ。
人づての告白など信用できるものか。
「神に誓って、大元帥の告白は真実です!」
「そこまで?!」
しかし、悲しいかな、ジャンヌは天才的に押しが強く、私はいつも受け身だった。今のジャンヌは、宮廷によくいる恋物語を愛好する令嬢や侍女そのもの。
「わ、私の気持ち……?」
「はい、聞かせてください!」
「リッシュモンとの仲を取り持つ……?」
「はい、あたしに任せてください!」
話を整理しよう。
私とリッシュモンは、フランスとブルターニュにおける地政学的な都合から、ビジネスライクな主従関係を結んだ。宮廷闘争やら派閥やら陰謀やら……の都合上、最近は距離を置いている。あくまでも主従関係であって、忠誠心や報恩の気持ちはあるが、恋愛や劣情はない。
(ないはずだ……よな?)
リッシュモンの内心まではわからないが、興味本位で暴くのはよくない。
何にせよ、かねてよりジャンヌ・ラ・ピュセルは思い込みが激しく、行動力に長け、しかも周囲への影響力がすさまじい。早急に勘違いを正さなければならない。
「私は別にリッシュモンを嫌ってない。信頼しているから、彼は大元帥なのだよ」
「じゃあ、どうして何年も会ってないんですか?」
「それは色々と事情があってだな……」
実は半年前にオルレアンで会っているが、あれは機密事項だ。
「王太子さまがそっけないから! 大元帥はフランス軍のみんなにいじめられてるんですよ!」
みんなではあるまい。大侍従派の人間だけだ。
しかし、宮廷闘争の派閥について説明しても、ジャンヌは理解できないだろう。
「あの親切なアランソン公まで……!」
ジャンヌは勘違いしている。
アランソン公が優しいのは女性限定で、宮廷では大侍従派だ。
最近はジャンヌがお気に入りのようだから、日頃からジャンヌに向けるやや下心のある感情と、リッシュモンに向ける冷徹な感情の温度差に驚いたのだろう。
「仲間同士でいがみ合うのは良くないです」
「それには同意する」
「あっ! あたしの声が名案を教えてくれました。ランスの戴冠式に大元帥を招いて、みんなの前で二人が仲良しであることを証明してみましょう!」
例の声を出しに使って、決定事項のように言う。
「確認するが、リッシュモンは戴冠式に出たいと言っていたのか?」
「あんなに王太子さまのことを愛してるんですもの。王太子さまの栄光を見たいに決まってます!」
私はジャンヌの提案を却下した。
「どうして?」
「大元帥としてやるべき仕事を放棄して、私情を優先して戴冠式にのこのこ現れたら、私はリッシュモンに失望するだろう」
「王太子さまが招かないなら、あたしが呼びます」
「リッシュモンが出席するなら、私は戴冠式を欠席する」
歴代フランス王が戴冠式をおこなうランスの大聖堂は、フランス西部にある。
イングランドと同盟を結んでいるブルゴーニュ公が支配している地域だ。
私がランスに向かって行軍している間、フランス東部——ノルマンディー、ブルターニュ、アンジューなどの紛争地域——に隙ができる。王に次ぐ権力を持つ大元帥が睨みを効かせてなければ、ランスに行ってる場合ではないのだ。
「そんなことを言わないでください……!」
「お嬢さん、私は本気だよ」
戴冠する主役である王がいない戴冠式——。
実現したら、愚王として私の名がフランス史に残るだろう。
天邪鬼な私は「傑作な思いつきだ」と内心で満足していたが、ジャンヌは私の頑なな態度に相当ショックを受けたようだ。
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