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第九章〈二度目の戴冠式〉編
9.2 戴冠式のマーチ(2)サンスとオセールの町
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私が率いる本隊が出発する2日前。
ブサック元帥、ラ・イル、ジル・ド・レの先遣隊がランスまでの途上にある町々を先回りして、「シャルル七世が戴冠式をおこなうために行軍すること」と「本隊が来たら歴代国王の慣例にならって迎えること」を知らせて回った。
おふれの告知だけでなく、偵察の任務も兼ねている。
なじみのロワール川流域を離れて、セーヌ川の支流ヨンヌ川へ。
この辺りはブルゴーニュ公の支配地域になる。私はフランス国内と認識しているが、ブルゴーニュ派を標榜している町は「侵略されている」と感じるかもしれない。
安全を確保しつつ、こちらに敵意がないことを示しながら慎重に進まなければならない。一度でも戦闘になったら、他の町々も抵抗してくるだろう。戴冠式どころではなくなる。
最初の町サンスでは「国王軍が来たら快く開門する」と約束したにもかかわらず、いざ本隊が近づくとブルゴーニュとイングランドの旗を掲げたため、安全を期して迂回することにした。
ジャンヌは「もし、あたしに指揮を任せてくれたら大砲を向けられても絶対に戦ったのに!」とくやしがった。
次の町、クラムシーは川沿いに工房が立ち並んでいて、パリに材木と薪を供給する拠点だが、ひどく荒廃しており、運河は腐った流木で埋まっていた。教会まで放棄されていることから、ペストが流行って人が離れたと考えられる。
「長居は無用だ」
私たちは早々に立ち去った。
病気への恐怖心からか誰もが口をつぐみ、陰気な行軍が続いた。
*
7月1日、私たちは高台からオセールの町を見下ろしていた。
整備された城壁や塔、教会の鐘楼など、豊かな町並みを感じてほっとする。
初夏の日差しを浴びて、町の周囲に広がるぶどう畑や麦畑のみずみずしさがいっそう映える。よく手入れされているのに辺りは無人だった。
「作物は町の所有物だ。勝手に盗まないように」
どさくさに紛れて略奪を働かないように、警告しながら進軍する。
おそらく、郊外在住の人間は「国王の軍が攻めてくる」と考えて、オセールの町の中に避難したのだろう。オルレアン包囲戦が始まる前、こちらが取った行動と同じことが起きている。
(オセールの住民は、私を侵略者だと認識しているのか……?)
言葉にすると、ジャンヌが怒って豹変するかもしれない。
混乱を避けるためにジャンヌを後方に下げ、私は何も言わずに粛々と城門の前まで本隊を進めた。
「お待ちしておりました」
ただひとり、大司教の装いをしている人物が出てきて私を迎えた。
彼の話が真実ならば、大司教はシャルル七世を支持しているが、他の聖職者と町の有力者はブルゴーニュ派だった。先遣隊のジル・ド・レからランス行軍について聞き、実際に国王軍の本隊が近づいてきたのを見て、オセールの町は恐怖に包まれているという。
「申し訳ありませんが、あなた様を迎える準備ができておりません」
大司教の背後にある城門は固く閉ざされていて、中の様子は窺い知れないが、先ほど高台から覗き見たときは、荒廃した雰囲気は感じられなかった。
「なにとぞ、お立ち退きくださいませ」
大司教は、いきなり革袋を差し出した。
こちらが心配になるほどひどく青ざめ、ひたすらに低頭平身して懇願した。
「お詫びの印に金銭をかき集めてきました。愚かなこの町を、民を説得できなかったこの私を許してください……」
私は「武力を背景に、金銭や生命を奪いに来たと思われている」のだと察した。しかも、略奪者に対峙するかのように、金銭と引き換えに命乞いをされている。
「もしこれで足りなければ、陛下のお怒りは私の命をもって償います。ですから、どうか町には手を出さないでいただきたい……!」
私の沈黙を、怒りのあらわれと受け取ったのか。
大司教の振る舞いは自己犠牲のたまものか、それとも町の人たちから交渉を強要されているのか。どちらにしても、このような態度は心外だった。
「こんなことをやらせるために立ち寄ったのではない……」
「陛下……? 今、なんと……?」
くやしくて涙が込み上げてきた。
どうしてこの国はこんなことになってしまったのか……?
なぜ、私は暴君のように思われているのか……!
「大司教の誠意です。ありがたくいただきましょう」
私が感情的になっているのを察したのか、大侍従ラ・トレモイユはこの場を収めるために革袋を取り上げると、大司教に手を差し伸べてねぎらい、謝意を伝えた。
「大丈夫ですか」
「す、すみません。恐怖で足が震えてしまって……」
「陛下はお優しい方です。あなたの命を奪ったりしませんよ」
「ああ、よかった。ありがとうございます、ありがとうございます……!」
大司教が決死の交渉をしている間、町の反対側の門がひらかれて使者がトロワへ向かった。
ブサック元帥、ラ・イル、ジル・ド・レの先遣隊がランスまでの途上にある町々を先回りして、「シャルル七世が戴冠式をおこなうために行軍すること」と「本隊が来たら歴代国王の慣例にならって迎えること」を知らせて回った。
おふれの告知だけでなく、偵察の任務も兼ねている。
なじみのロワール川流域を離れて、セーヌ川の支流ヨンヌ川へ。
この辺りはブルゴーニュ公の支配地域になる。私はフランス国内と認識しているが、ブルゴーニュ派を標榜している町は「侵略されている」と感じるかもしれない。
安全を確保しつつ、こちらに敵意がないことを示しながら慎重に進まなければならない。一度でも戦闘になったら、他の町々も抵抗してくるだろう。戴冠式どころではなくなる。
最初の町サンスでは「国王軍が来たら快く開門する」と約束したにもかかわらず、いざ本隊が近づくとブルゴーニュとイングランドの旗を掲げたため、安全を期して迂回することにした。
ジャンヌは「もし、あたしに指揮を任せてくれたら大砲を向けられても絶対に戦ったのに!」とくやしがった。
次の町、クラムシーは川沿いに工房が立ち並んでいて、パリに材木と薪を供給する拠点だが、ひどく荒廃しており、運河は腐った流木で埋まっていた。教会まで放棄されていることから、ペストが流行って人が離れたと考えられる。
「長居は無用だ」
私たちは早々に立ち去った。
病気への恐怖心からか誰もが口をつぐみ、陰気な行軍が続いた。
*
7月1日、私たちは高台からオセールの町を見下ろしていた。
整備された城壁や塔、教会の鐘楼など、豊かな町並みを感じてほっとする。
初夏の日差しを浴びて、町の周囲に広がるぶどう畑や麦畑のみずみずしさがいっそう映える。よく手入れされているのに辺りは無人だった。
「作物は町の所有物だ。勝手に盗まないように」
どさくさに紛れて略奪を働かないように、警告しながら進軍する。
おそらく、郊外在住の人間は「国王の軍が攻めてくる」と考えて、オセールの町の中に避難したのだろう。オルレアン包囲戦が始まる前、こちらが取った行動と同じことが起きている。
(オセールの住民は、私を侵略者だと認識しているのか……?)
言葉にすると、ジャンヌが怒って豹変するかもしれない。
混乱を避けるためにジャンヌを後方に下げ、私は何も言わずに粛々と城門の前まで本隊を進めた。
「お待ちしておりました」
ただひとり、大司教の装いをしている人物が出てきて私を迎えた。
彼の話が真実ならば、大司教はシャルル七世を支持しているが、他の聖職者と町の有力者はブルゴーニュ派だった。先遣隊のジル・ド・レからランス行軍について聞き、実際に国王軍の本隊が近づいてきたのを見て、オセールの町は恐怖に包まれているという。
「申し訳ありませんが、あなた様を迎える準備ができておりません」
大司教の背後にある城門は固く閉ざされていて、中の様子は窺い知れないが、先ほど高台から覗き見たときは、荒廃した雰囲気は感じられなかった。
「なにとぞ、お立ち退きくださいませ」
大司教は、いきなり革袋を差し出した。
こちらが心配になるほどひどく青ざめ、ひたすらに低頭平身して懇願した。
「お詫びの印に金銭をかき集めてきました。愚かなこの町を、民を説得できなかったこの私を許してください……」
私は「武力を背景に、金銭や生命を奪いに来たと思われている」のだと察した。しかも、略奪者に対峙するかのように、金銭と引き換えに命乞いをされている。
「もしこれで足りなければ、陛下のお怒りは私の命をもって償います。ですから、どうか町には手を出さないでいただきたい……!」
私の沈黙を、怒りのあらわれと受け取ったのか。
大司教の振る舞いは自己犠牲のたまものか、それとも町の人たちから交渉を強要されているのか。どちらにしても、このような態度は心外だった。
「こんなことをやらせるために立ち寄ったのではない……」
「陛下……? 今、なんと……?」
くやしくて涙が込み上げてきた。
どうしてこの国はこんなことになってしまったのか……?
なぜ、私は暴君のように思われているのか……!
「大司教の誠意です。ありがたくいただきましょう」
私が感情的になっているのを察したのか、大侍従ラ・トレモイユはこの場を収めるために革袋を取り上げると、大司教に手を差し伸べてねぎらい、謝意を伝えた。
「大丈夫ですか」
「す、すみません。恐怖で足が震えてしまって……」
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