7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第九章〈二度目の戴冠式〉編

9.7 トロワ包囲戦(2)

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 トロワの町には、500~600人ほどの守備隊がいて、イングランドとブルゴーニュから派遣された司令官二人によって統治されていた。

 オルレアン包囲戦が終結する少し前、イングランド摂政のベッドフォード公は、トロワに駐留する司令官と司教をパリに呼びつけて援軍を派遣しようと画策していた。
 結局、援軍が実現する前にイングランド軍は敗北したが、シャルル七世のフランス軍と戦う意識を植え付けられていた。

 一方で、トロワの町の一般住民は、主に毛織物の工業生産で生計を立てていた。フランドルの市場を通じて取引・輸出するのだが、一昔前——私がまだ子供だったころ、イングランドの同業者にシェアを奪われていて、トロワはだいぶ落ち目だった。

 そんな折に、ブルゴーニュ派とアルマニャック派の対立の煽りを受けて、ブルゴーニュ無怖公と母妃イザボー・ド・バヴィエールがトロワに対立政府を樹立した。パリの東側に位置し、監視・攻撃しやすいから選ばれたのだろうが、政府として体裁を整えるために多額の援助を受けた。

 一年後、無怖公はクーデターでパリを奪ったためにトロワの政府はすぐに消滅したが、さらに一年後、王太子の家臣に無怖公が殺され、母妃イザボーと後継のブルゴーニュ公フィリップは「王太子を廃嫡して王位をイングランドに売り渡す」条約を調印した。その舞台となったのが、トロワの町だ。

 フランス王国を構成する地域として見れば、トロワの町は売国奴の汚名をかぶったも同然だ。

 ただ、この条約を調印した見返りに、イングランドは自国の毛織物業者がフランスに輸出することに制限をかけ、そのおかげでトロワの毛織物業者はシェアを大幅に回復。ブルゴーニュ公ともども、莫大な利益を得られるようになった。

 結局のところ、政治は建前にすぎない。

 自分たちに便宜を図ってくれるなら、イングランドでもフランスでもどちらでもいいのだ。「利益」を保証し、「建前」を整えれば、私にも勝機はある。





 7月4日、トロワの手前にあるサン・ファル村に着いてまもなく、トロワの司教と商工会から使者の一団が派遣されて来た。私はすぐに謁見した。

「陛下におかれましてはご機嫌うるわしゅう……」
「大義である。だがあなたがたの理屈では、私はまだ王太子なのでは?」
「いえ、決してそのようなことは……!」

 使者は滝汗をかきながら、イングランドの司令官がいる手前、シャルル七世を非難する体裁を取っているが町全体が同意しているわけではないと釈明した。

「実際、わたくしどもはこうして陛下に謁見できましたが、別ルートで合流するはずだった仲間がすでに何人も逮捕されています」
「それは、お気の毒なことだ」
「命がけでここに来ていることを、どうかご理解いただきたい」

 トロワ条約のおかげでフランスの戦火は激しくなり、私個人もずいぶん心を痛めてきた。ちくちく皮肉を言いたくなるが、個人を責めても仕方がない。
 そもそも、私怨を晴らすために来たのではないのだから。

「私はトロワを恨んでいない。むしろ同胞だと思っている」

 日和見主義といわれ、売国の汚名をかぶろうとも、こうして決死の覚悟で私に会いに来たのは、町を守ろうとしているからだ。王侯貴族の忠誠心とは少々違うが、これもひとつの郷土愛だろう。
 利害を重視するビジネスライクな駆け引きも嫌いじゃない。

「貴殿個人としても、収穫なしで帰るわけにいかないだろう? それから、貴殿と家族の身の安全のことも気がかりだ」

 指摘すると、しどろもどろで滝汗を拭いている。

「そこまで考えておられましたか。お気遣いいただき、恐縮です……」
「私はそちらでは無怖公を殺した王太子と呼ばれているが、暴力を解決手段にするのは好きじゃない。まずは、貴殿の安全を保障しよう」

 彼は守備隊の使者ではない。
 司教と商工会が、戦いを避けるためにここへ派遣した。

 イングランド司令官の監視の目をかいくぐり、仲間を犠牲にしてサン・ファル村まで来たこの使者も、トロワに戻って「シャルル七世に会った」ことが発覚したら処罰を免れないだろう。処罰を恐れて帰らなければ、家族が見せしめにされかねない。

「悪いようにはしないから安心してほしい。あなたの捕まっている仲間も助けよう」

 ラ・トレモイユは、毛織物で利益を得ているこの金満都市から、戦闘を回避する代わりに大金を献上させようと画策していたようだが、私には別の考えがあった。

「私たちはお互いのことをもっと知る必要がある。腹を割って、正直に望みを話し合おうか」

 気さくに話し合い、忖度抜きで腹を探り合った結果、私はフランス軍を展開してトロワを包囲することを決断した。
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