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第九章〈二度目の戴冠式〉編
9.19 義弟のおねだり(2)大元帥と天才少年
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ランスの町は、シャルル六世の即位以来49年ぶりとなる「フランス王の聖別式」に沸き立ち、全市民の注目がノートルダム大聖堂に集まっていた。
式典の間、大聖堂から離れた場所はどこも閑散としていたが、人目につかずに暗躍するにはかえって都合がいい。
「失礼。なぜ、貴女がここにいるのです?」
フードを目深にかぶった男が、小柄な少年をとらえて問い詰めていた。
とらえたと言っても拘束しているのではなく、強い口調には困惑がにじんでいる。腕をつかむことさえ憚っているようで、まるで貴婦人に接するかのごとく紳士的な態度だ。
「もしかして、大元帥……?」
「……いかにも。その格好はなんですか!」
「変ですか?」
「当たり前でしょう。まさか、あの娘の男装に感化された訳ではあるまいし」
「ふっ、くくく……」
少年が肩を震わせて笑いをこらえる。
「誰かと勘違いしてませんか?」
大元帥と呼ばれたたくましい体格の壮年の男は、フードを持ち上げると怪訝そうに少年をまじまじと見つめた。当初よりも、ぶしつけな視線と態度だ。
「あの方によく似ているが、違う……」
「母様のこと? それとも姉様かな」
ひげが生える前で声変わりもしていない少年は、違和感なく異性装できる。
男は、その顔つきから主君の貞淑な妻——王妃が男装して紛れ込んでいるかと思ったが違ったようだ。男装した女性なら二十歳前後、少年なら十代半ばといったところか。
「こんな所で名前言えませんよね」
少年はくっくっくと笑うと、小声で「あなたが偏愛する主君と同じ名前の末弟です」と名乗った。
「姉様に似ているかもしれませんが、れっきとした男ですよ」
「供も連れずに、こんな所で何をしている」
「うわあ、態度があからさまに変わりましたね。まあいいや。大元帥閣下と同じですよ。シャルル兄様の栄光を見学しに来ました。あーあ、つかまらなければもっと近くで見ていられたのになぁ」
少年は、無邪気そうに男の腕に手を回すと「式典の後、次に向かうところはわかってます。ぼくと一緒に先回りしませんか」と誘ったが、男はかぶりを振った。
「私は、ここにいないことになっている」
「えー、つまんないの」
「聖別式を欠席する。それが陛下のご意志だ」
「でも、来ちゃった。そうでしょ?」
「偶然、通りかかっただけだ」
「うそつき。大元帥がそんなに暇なわけないもん」
「たまたま、暇ができた」
「ぼくは年がら年中暇ですよ。誰かさんのせいで領地がイングランドに奪られちゃったんでね。ぶっちゃけ、暇つぶしでーす!」
少年は軽薄そうに笑ったが、糸目の奥に狡猾な光を宿している。
「ぼくの領地がどうなってるか、知ってます? 取り返してくれませんか?」
男は質問には答えず、背を向けて歩き出した。
「え、うそ! まさか、もう帰っちゃうんですか?」
「陛下に姿を見られるわけにいかない」
「えぇ~、つまんないの……」
少年は退屈そうにあくびをした。
薄目に涙が浮かび、口元をむにゅむにゅさせながら、ノートルダム大聖堂の鐘楼と去りゆく男の背中を見比べた。しばし考えると「仕方ない。ぼくも帰るか」とつぶやいて後を追った。
「私に付き合わずとも行けばいい。義弟が来たと知れば、陛下も喜ぶだろう」
「実はぼくも、ここに来ていることがばれたらまずいんですよ。シャルル兄様は歓迎してくれるだろうけど、もう一人の兄様がうるさくてね。母様に言いつけられたらいろいろ面倒だ」
「貴殿は、立派な母君に守られていることを感謝すべきだ」
「えぇ~、あなたなら兄に子供扱いされる弟のキモチをわかってくれると思ったのに。あとね、ぼくもラ・トレモイユが嫌いなんですよ。シャルル兄様に謁見するともれなく付いてくるのがやだ!」
そう言って、ちらちらと男の顔色をうかがう。
「媚び売ってるの、わかります? 本当は大侍従のことはどうでもいい。大元帥閣下と組みたいんですよ。……あ、何が目的だって言いたそうな顔してる! シャルル兄様の役に立ちたいんですぅ~! ほんとほんと! 本気ですってば」
数年後、19歳の若さで大侍従ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユを失脚させ、ちゃっかり後釜に居座り「宮廷の寵児」となるメーヌ伯ことシャルル・ダンジューは早熟で才気あふれる少年だった。
(※)第九章〈二度目の戴冠式〉編、完結。
本作の執筆と並行して、ガストン・ボークール著『シャルル七世の歴史(Histoire de Charles VII)』全6巻(総ページ数が広辞苑以上!)を翻訳しています。1巻を読了して、今は2巻を読んでいる所。
目次の章タイトルが注目に値するのでご紹介すると——
・第三章 リッシュモン大元帥の統治とラ・トレモイユの台頭
・第六章 ラ・トレモイユの独裁とシャルル・ダンジューの台頭
このように、対比させる表題になっています。リッシュモンとラ・トレモイユの対立は有名ですが、二人の比較対象になるくらいシャルル・ダンジューも存在感があったようです。年齢に似合わない狡猾さを考えると、この時代トップクラスのおそろしい人材なのでは…。なお、作者はこんなイメージです→
マリー・ダンジュー:しっかり者
ルネ・ダンジュー:お人好し
シャルル・ダンジュー:腹黒い
リッシュモン:忠誠心が高く有能だが不器用
ラ・トレモイユ:忠誠心と能力はそこそこだがカネにがめつくて腹黒い
シャルル・ダンジュー:忠誠心が高く有能で腹黒い
式典の間、大聖堂から離れた場所はどこも閑散としていたが、人目につかずに暗躍するにはかえって都合がいい。
「失礼。なぜ、貴女がここにいるのです?」
フードを目深にかぶった男が、小柄な少年をとらえて問い詰めていた。
とらえたと言っても拘束しているのではなく、強い口調には困惑がにじんでいる。腕をつかむことさえ憚っているようで、まるで貴婦人に接するかのごとく紳士的な態度だ。
「もしかして、大元帥……?」
「……いかにも。その格好はなんですか!」
「変ですか?」
「当たり前でしょう。まさか、あの娘の男装に感化された訳ではあるまいし」
「ふっ、くくく……」
少年が肩を震わせて笑いをこらえる。
「誰かと勘違いしてませんか?」
大元帥と呼ばれたたくましい体格の壮年の男は、フードを持ち上げると怪訝そうに少年をまじまじと見つめた。当初よりも、ぶしつけな視線と態度だ。
「あの方によく似ているが、違う……」
「母様のこと? それとも姉様かな」
ひげが生える前で声変わりもしていない少年は、違和感なく異性装できる。
男は、その顔つきから主君の貞淑な妻——王妃が男装して紛れ込んでいるかと思ったが違ったようだ。男装した女性なら二十歳前後、少年なら十代半ばといったところか。
「こんな所で名前言えませんよね」
少年はくっくっくと笑うと、小声で「あなたが偏愛する主君と同じ名前の末弟です」と名乗った。
「姉様に似ているかもしれませんが、れっきとした男ですよ」
「供も連れずに、こんな所で何をしている」
「うわあ、態度があからさまに変わりましたね。まあいいや。大元帥閣下と同じですよ。シャルル兄様の栄光を見学しに来ました。あーあ、つかまらなければもっと近くで見ていられたのになぁ」
少年は、無邪気そうに男の腕に手を回すと「式典の後、次に向かうところはわかってます。ぼくと一緒に先回りしませんか」と誘ったが、男はかぶりを振った。
「私は、ここにいないことになっている」
「えー、つまんないの」
「聖別式を欠席する。それが陛下のご意志だ」
「でも、来ちゃった。そうでしょ?」
「偶然、通りかかっただけだ」
「うそつき。大元帥がそんなに暇なわけないもん」
「たまたま、暇ができた」
「ぼくは年がら年中暇ですよ。誰かさんのせいで領地がイングランドに奪られちゃったんでね。ぶっちゃけ、暇つぶしでーす!」
少年は軽薄そうに笑ったが、糸目の奥に狡猾な光を宿している。
「ぼくの領地がどうなってるか、知ってます? 取り返してくれませんか?」
男は質問には答えず、背を向けて歩き出した。
「え、うそ! まさか、もう帰っちゃうんですか?」
「陛下に姿を見られるわけにいかない」
「えぇ~、つまんないの……」
少年は退屈そうにあくびをした。
薄目に涙が浮かび、口元をむにゅむにゅさせながら、ノートルダム大聖堂の鐘楼と去りゆく男の背中を見比べた。しばし考えると「仕方ない。ぼくも帰るか」とつぶやいて後を追った。
「私に付き合わずとも行けばいい。義弟が来たと知れば、陛下も喜ぶだろう」
「実はぼくも、ここに来ていることがばれたらまずいんですよ。シャルル兄様は歓迎してくれるだろうけど、もう一人の兄様がうるさくてね。母様に言いつけられたらいろいろ面倒だ」
「貴殿は、立派な母君に守られていることを感謝すべきだ」
「えぇ~、あなたなら兄に子供扱いされる弟のキモチをわかってくれると思ったのに。あとね、ぼくもラ・トレモイユが嫌いなんですよ。シャルル兄様に謁見するともれなく付いてくるのがやだ!」
そう言って、ちらちらと男の顔色をうかがう。
「媚び売ってるの、わかります? 本当は大侍従のことはどうでもいい。大元帥閣下と組みたいんですよ。……あ、何が目的だって言いたそうな顔してる! シャルル兄様の役に立ちたいんですぅ~! ほんとほんと! 本気ですってば」
数年後、19歳の若さで大侍従ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユを失脚させ、ちゃっかり後釜に居座り「宮廷の寵児」となるメーヌ伯ことシャルル・ダンジューは早熟で才気あふれる少年だった。
(※)第九章〈二度目の戴冠式〉編、完結。
本作の執筆と並行して、ガストン・ボークール著『シャルル七世の歴史(Histoire de Charles VII)』全6巻(総ページ数が広辞苑以上!)を翻訳しています。1巻を読了して、今は2巻を読んでいる所。
目次の章タイトルが注目に値するのでご紹介すると——
・第三章 リッシュモン大元帥の統治とラ・トレモイユの台頭
・第六章 ラ・トレモイユの独裁とシャルル・ダンジューの台頭
このように、対比させる表題になっています。リッシュモンとラ・トレモイユの対立は有名ですが、二人の比較対象になるくらいシャルル・ダンジューも存在感があったようです。年齢に似合わない狡猾さを考えると、この時代トップクラスのおそろしい人材なのでは…。なお、作者はこんなイメージです→
マリー・ダンジュー:しっかり者
ルネ・ダンジュー:お人好し
シャルル・ダンジュー:腹黒い
リッシュモン:忠誠心が高く有能だが不器用
ラ・トレモイユ:忠誠心と能力はそこそこだがカネにがめつくて腹黒い
シャルル・ダンジュー:忠誠心が高く有能で腹黒い
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