7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第十一章〈異端審問と陰謀〉編

11.2 バーゼル公会議(2)教皇不在

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 柄にもなく、意気込んで来たものの。
 バーゼル公会議に乗り込んで早々、私の野望はあっけなく打ち砕かれた。

「教皇聖下が不在だと……?」

 肝心のローマ教皇エウゲニウス四世が来ていなかったのだ。
 神聖ローマ皇帝ジギスムントの側近で外交官のアエネアス・ピッコローミニがフランス王一行を出迎え、恐縮しながらバーゼルの状況を説明した。

「教会大分裂が解消して以来、新たな教皇聖下はローマ教会の権威を以前のように高めることに力を入れておられます。それは大いに結構なのですが……」

 言葉は悪いが、統一教皇エウゲニウス四世は独裁体制をめざした。
 その結果、話し合いで万事を決める「公会議」の解散を命じ、聖職者たちは教皇の横暴に反発して、またしても対立教皇を樹立するだとか、いっそのこと教皇を破門しろだとか、前代未聞の騒ぎになっていた。

「フス戦争にしろ英仏問題にしろ……、議題について話し合うどころではありません」

 ちなみに、「百年戦争の調停」はバーゼル公会議における二大テーマのひとつだったにもかかわらず、当事者であるはずのイングランドとブルゴーニュの君主どころか代理人さえ不在で、和解も休戦もやる気がないのは明らかだった。

「由々しきことだ」
「フランス王じきじきにご足労いただきながら、申し訳ございません」
「いや、貴公のせいではない」
「公会議の首尾はともかく、皇帝陛下ならばいつでも謁見できます」

 一瞬、言葉に詰まった。
 神聖ローマ皇帝ジギスムントは若いころに無怖公とともに十字軍遠征した、いわば戦友の間柄で、以前から私のことをよく思っていない。無怖公の事件のあと、報復として「王太子領ドーフィネを攻撃する」と脅迫され、帝国内でフス戦争が起きてなければ侵略されていた可能性が高い。
 その上、英仏百年戦争が再開した時に「フランスのために調停者になる」と宣言してロンドンへ渡り、当時のイングランド王ヘンリー五世に懐柔されて帰ってきた。油断も隙もない、ひどくいいかげんな人物だ。

 私の沈黙を不服と捉えたのか、ピッコローミニは慌てて言い繕った。

「皇帝陛下はフランス王との会談を心待ちにしておられます。道中の安全を保証して盛大に歓待し、フランス王が望むことは何でも叶えるようにと申しつかっております。ですから、どんな些細なことでも構いません。遠慮なくお申し付けください」

 多数参加の公会議ではなく二者会談と聞いて、ますます警戒心を強めたが、皇帝たっての希望を断るわけにもいかない。

「身に余る心遣いに感謝を申し上げる。謁見の日時調整については貴公に任せる」
「はっ、仰せのままに」
「公会議にしろ、謁見にしろ、私にできることがあれば善処しよう」

 ピッコローミニはしばし考えると「恐れながら……」と切り出した。

「皇帝陛下の使者としてではなく、個人的なことになります」
「善処する。何でも言ってみよ」
「アラン・シャルティエ殿の遺作について伺ってもよろしいでしょうか」

 聞けば、ピッコローミニは皇帝の側近かつ外交官でありながら、詩をたしなむ人文学者だそうで、数年前にシャルティエを神聖ローマ帝国に派遣したときに親交を深めたようだ。似たような立場ゆえに、強い思い入れがあるのも不思議ではなかった。






(※)アエネアス・シルウィス・ピッコローミニ:のちのローマ教皇ピウス二世。この人が著した『回想録』にジャンヌの異端審問にまつわるシャルル七世の動向と反応が書かれています。

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