154 / 225
第十一章〈異端審問と陰謀〉編
11.2 バーゼル公会議(2)教皇不在
しおりを挟む
柄にもなく、意気込んで来たものの。
バーゼル公会議に乗り込んで早々、私の野望はあっけなく打ち砕かれた。
「教皇聖下が不在だと……?」
肝心のローマ教皇エウゲニウス四世が来ていなかったのだ。
神聖ローマ皇帝ジギスムントの側近で外交官のアエネアス・ピッコローミニがフランス王一行を出迎え、恐縮しながらバーゼルの状況を説明した。
「教会大分裂が解消して以来、新たな教皇聖下はローマ教会の権威を以前のように高めることに力を入れておられます。それは大いに結構なのですが……」
言葉は悪いが、統一教皇エウゲニウス四世は独裁体制をめざした。
その結果、話し合いで万事を決める「公会議」の解散を命じ、聖職者たちは教皇の横暴に反発して、またしても対立教皇を樹立するだとか、いっそのこと教皇を破門しろだとか、前代未聞の騒ぎになっていた。
「フス戦争にしろ英仏問題にしろ……、議題について話し合うどころではありません」
ちなみに、「百年戦争の調停」はバーゼル公会議における二大テーマのひとつだったにもかかわらず、当事者であるはずのイングランドとブルゴーニュの君主どころか代理人さえ不在で、和解も休戦もやる気がないのは明らかだった。
「由々しきことだ」
「フランス王じきじきにご足労いただきながら、申し訳ございません」
「いや、貴公のせいではない」
「公会議の首尾はともかく、皇帝陛下ならばいつでも謁見できます」
一瞬、言葉に詰まった。
神聖ローマ皇帝ジギスムントは若いころに無怖公とともに十字軍遠征した、いわば戦友の間柄で、以前から私のことをよく思っていない。無怖公の事件のあと、報復として「王太子領ドーフィネを攻撃する」と脅迫され、帝国内でフス戦争が起きてなければ侵略されていた可能性が高い。
その上、英仏百年戦争が再開した時に「フランスのために調停者になる」と宣言してロンドンへ渡り、当時のイングランド王ヘンリー五世に懐柔されて帰ってきた。油断も隙もない、ひどくいいかげんな人物だ。
私の沈黙を不服と捉えたのか、ピッコローミニは慌てて言い繕った。
「皇帝陛下はフランス王との会談を心待ちにしておられます。道中の安全を保証して盛大に歓待し、フランス王が望むことは何でも叶えるようにと申しつかっております。ですから、どんな些細なことでも構いません。遠慮なくお申し付けください」
多数参加の公会議ではなく二者会談と聞いて、ますます警戒心を強めたが、皇帝たっての希望を断るわけにもいかない。
「身に余る心遣いに感謝を申し上げる。謁見の日時調整については貴公に任せる」
「はっ、仰せのままに」
「公会議にしろ、謁見にしろ、私にできることがあれば善処しよう」
ピッコローミニはしばし考えると「恐れながら……」と切り出した。
「皇帝陛下の使者としてではなく、個人的なことになります」
「善処する。何でも言ってみよ」
「アラン・シャルティエ殿の遺作について伺ってもよろしいでしょうか」
聞けば、ピッコローミニは皇帝の側近かつ外交官でありながら、詩をたしなむ人文学者だそうで、数年前にシャルティエを神聖ローマ帝国に派遣したときに親交を深めたようだ。似たような立場ゆえに、強い思い入れがあるのも不思議ではなかった。
(※)アエネアス・シルウィス・ピッコローミニ:のちのローマ教皇ピウス二世。この人が著した『回想録』にジャンヌの異端審問にまつわるシャルル七世の動向と反応が書かれています。
バーゼル公会議に乗り込んで早々、私の野望はあっけなく打ち砕かれた。
「教皇聖下が不在だと……?」
肝心のローマ教皇エウゲニウス四世が来ていなかったのだ。
神聖ローマ皇帝ジギスムントの側近で外交官のアエネアス・ピッコローミニがフランス王一行を出迎え、恐縮しながらバーゼルの状況を説明した。
「教会大分裂が解消して以来、新たな教皇聖下はローマ教会の権威を以前のように高めることに力を入れておられます。それは大いに結構なのですが……」
言葉は悪いが、統一教皇エウゲニウス四世は独裁体制をめざした。
その結果、話し合いで万事を決める「公会議」の解散を命じ、聖職者たちは教皇の横暴に反発して、またしても対立教皇を樹立するだとか、いっそのこと教皇を破門しろだとか、前代未聞の騒ぎになっていた。
「フス戦争にしろ英仏問題にしろ……、議題について話し合うどころではありません」
ちなみに、「百年戦争の調停」はバーゼル公会議における二大テーマのひとつだったにもかかわらず、当事者であるはずのイングランドとブルゴーニュの君主どころか代理人さえ不在で、和解も休戦もやる気がないのは明らかだった。
「由々しきことだ」
「フランス王じきじきにご足労いただきながら、申し訳ございません」
「いや、貴公のせいではない」
「公会議の首尾はともかく、皇帝陛下ならばいつでも謁見できます」
一瞬、言葉に詰まった。
神聖ローマ皇帝ジギスムントは若いころに無怖公とともに十字軍遠征した、いわば戦友の間柄で、以前から私のことをよく思っていない。無怖公の事件のあと、報復として「王太子領ドーフィネを攻撃する」と脅迫され、帝国内でフス戦争が起きてなければ侵略されていた可能性が高い。
その上、英仏百年戦争が再開した時に「フランスのために調停者になる」と宣言してロンドンへ渡り、当時のイングランド王ヘンリー五世に懐柔されて帰ってきた。油断も隙もない、ひどくいいかげんな人物だ。
私の沈黙を不服と捉えたのか、ピッコローミニは慌てて言い繕った。
「皇帝陛下はフランス王との会談を心待ちにしておられます。道中の安全を保証して盛大に歓待し、フランス王が望むことは何でも叶えるようにと申しつかっております。ですから、どんな些細なことでも構いません。遠慮なくお申し付けください」
多数参加の公会議ではなく二者会談と聞いて、ますます警戒心を強めたが、皇帝たっての希望を断るわけにもいかない。
「身に余る心遣いに感謝を申し上げる。謁見の日時調整については貴公に任せる」
「はっ、仰せのままに」
「公会議にしろ、謁見にしろ、私にできることがあれば善処しよう」
ピッコローミニはしばし考えると「恐れながら……」と切り出した。
「皇帝陛下の使者としてではなく、個人的なことになります」
「善処する。何でも言ってみよ」
「アラン・シャルティエ殿の遺作について伺ってもよろしいでしょうか」
聞けば、ピッコローミニは皇帝の側近かつ外交官でありながら、詩をたしなむ人文学者だそうで、数年前にシャルティエを神聖ローマ帝国に派遣したときに親交を深めたようだ。似たような立場ゆえに、強い思い入れがあるのも不思議ではなかった。
(※)アエネアス・シルウィス・ピッコローミニ:のちのローマ教皇ピウス二世。この人が著した『回想録』にジャンヌの異端審問にまつわるシャルル七世の動向と反応が書かれています。
23
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】
しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】
※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。
※重複投稿しています。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる