7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
163 / 225
第十一章〈異端審問と陰謀〉編

11.11 ジャンヌの本心(3)火刑の知らせ

しおりを挟む
「あの娘を連れてこなかったばかりか、火刑に処しただと……!」

 聖女死すの一報は、皇帝ジギスムントを激怒させた。

愚物ぐぶつどもめ! 余の計画を台無しにしおって!!」
「痛い、痛いです! どうかお心を鎮めて……、きゃーーー!!」

 怒り心頭で、イングランドの使節ジャン・ボーベールを折檻したが、ジャンヌに処刑判決が下された時点でボーベールはルーアンを離れていた。責任を問うのは酷である。しかし、ジャンヌを敵視して異端審問の途中まで関わっていたのは事実だったから、同情心は湧かなかった。

「あの娘はな! 十字軍を率いてフス派を殲滅し、余をローマに導いて戴冠させるになるはずだったのだ。余の、聖女をっ、返せっ!!」

 以前、私の方でも異端審問と同じ基準でジャンヌを審査した。
 審問官たちは、神の「声」について判断を保留したが、「ジャンヌの素行は善良で、邪悪なものは見られない」という最終報告書をまとめ、近隣の君主と司教区、そして教皇がいるローマ教会に詳しい経緯を書き送った。

 今回、異端審問から処刑に至った経緯について、同じ手順で報告書が送られるはずだ。今はまだ、第一報のみで詳細不明だ。

「誤報であれば良いのですが」

 ピッコローミニは気休めを言ったが、望みは薄いだろう。

 ボーベールは皇帝の折檻を痛がっているが、処刑の知らせに驚いている様子はなく、こうなることをわかっていたように見える。もしかしたら、皇帝の怒りがイングランド本国に向かないように生贄として送り込まれたのかもしれない。

 ジギスムントは気まぐれだ。
 さんざん八つ当たりすれば、それで気が晴れて忘れてしまうだろうから。

 私は急きょ、帰国することにした。
 ルーアンはフランス東部で、今いるバーゼルは西端の国境近くだ。距離が離れている分、情報の伝達が遅くなる。ルーアンに向かってノルマンディーを進軍しているデュノワとラ・イルの戦況も気になる。

「明朝、夜明けとともに発つ」
「お待ちください!」

 ピッコローミニに引き止められて、シャルティエの遺作のことを思い出した。

「貸すことはできないが、写本の続きはこちらで必ず完成させる」

 世話になったお礼に、あとで遺作の写本を送ろうと思ったのだが。

「その件でしたら大丈夫です。脳内に暗記しましたから」
「えっ、あの長編を全部覚えたのか……?」
「後半だけですが、記憶がはっきりしているうちに書き残せば問題ありません」

 さすが皇帝の側近。
 25歳の若さで、フランス王の饗応役に抜擢されただけのことはある。

「そのことではなくて……! シャルティエ様が主君であるシャルル王をどう思っていたか、その本心を知っていただきたいのです」

 そのことなら、遺作『希望の書』の中に「国王に失望した」という記述があるのだが、ピッコローミニは首を横に振った。

「数年前、あの方は皇帝陛下の前で、フランス情勢についてみごとな演説をしました。その内容をご存知ですか?」
「大体の内容は私が指示しているが……」

 演説のこまかい枝葉部分は、シャルティエの文才に頼っているところがあった。

「シャルティエは私について何か言っていたのか?」

 遺作には、自殺を考えるほど失望したと書いてあったのだ。
 名指しで私のことを何か言っていたとしたら——、怖いな。
 気になるが、知らない方がいいこともある。

「メーヌ伯が文学サロンをやるそうで、そのときに申し上げようと思ってましたが予定が変わってしまいました。もう時間がありません」
「その件も申し訳なかったね。また別の機会にでも……」
「決めました! 今夜は徹夜であの演説文を書き起こします。それを渡すまで、どうか旅立ちを待ってください!」
「えっ、ちょ……」

 言うが早いか、ピッコローミニは写本制作のために用意した書斎に閉じこもってしまった。




しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...