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第十一章〈異端審問と陰謀〉編
11.19 シャルティエの演説(3)自然とは誰のことか
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皇帝ジギスムントは、後継となる息子がいないまま老境に差し掛かっている。
それを踏まえて、演説を締めくくるこの言葉——
「皇帝が自らの手でフランス王国を守り、不実な簒奪者の手に落ちるのを防ぐのは、皇帝自身の大義である」
ハンガリー王位をやるだの、息子だの言われて、私はかなり警戒したが、シャルティエの演説がジギスムントの満たされない父性愛を刺激したと考えると、あの豹変ぶりも腑に落ちる。
父王シャルル六世の狂気、兄たちに先立たれて最後に残った一人息子の境遇と、父子の縁の薄さを知っているなら、なおのこと、ジギスムントは擬似父子になりたがっていたのかもしれない。はた迷惑な皇帝だが、憎めない人だ。
*
さて、ピッコローミニのすすめに従って演説と比較するため、シャルティエの遺作『希望の書』のあらすじを再び手に取ってみよう。
============
私の怠惰な亡命生活10年目に
多くの嘆きと、多くの死の危険を乗り越えて——
孤独な亡命者である詩人は、病床で毛むくじゃらの異形の者を幻視する。ベッドのあしもとに「不信」「憤慨」「絶望」という名の3びきの魔物が現れて、詩人は恐怖に震えながらこれまでの人生を回想し、国王への失望とこの国の悲惨な惨状を打ち明ける。
毛むくじゃらの異形の者は、絶望する詩人に共感して自殺をすすめる。
しかし、詩人の枕元に気さくで誠実な自然が出現して、小さな窓から「信頼」「希望」「慈愛」を招こうとする。
窓は「忘却の石」で塞がれているが、詩人は自然と対話し、その言葉を信じて、大変な努力でその窓をこじ開けようとしている。
============
一説によると、後半から登場する「気さくで誠実な自然」とはジャンヌ・ダルクを指しているらしい。
そうなると、対比されている「毛むくじゃらの異形」は……、国王シャルル七世なのか? 不信、憤慨、絶望を招き入れて詩人を恐怖に陥れ、失望させ、自殺をそそのかす。『希望の書』単体で読めばありえる解釈だ。
しかし、ピッコローミニは、『希望の書』はシャルティエが神聖ローマ帝国でおこなった演説と共通項がある、そこに注目するようにと言っていた。
共通する単語は、「国王」と「この国(フランス王国)」、そして「自然」だ。
自然とは何か、あるいは誰なのか?
残念ながら、未完の『希望の書』には明確に記されていないが、演説で語られた「自然」は特定の人物を指している。少し照れ臭いが、もう一度書いてしまおう!
============
フランス王国が絶望に打ちひしがれることはない。
未熟な国王は病気で衰弱していたが、
幼少の頃から自然が育んだ気品と美貌を備えた
重厚な王子が後を受け継いだ。
フランスは敗北したが、滅亡したのではない。
敵はフランスを守る者たちを虐殺し、自らを疲弊させた。
============
どう見ても、「私」ことシャルル七世じゃないか!!
もしかしたら、『希望の書』とは、神聖ローマ帝国でおこなった演説を、祖国の大衆向けに寓話化した作品なのではないか? 演説と寓話という違いがあるものの、単語の共通点はもちろん、話の核心もほとんど同じだ。
そもそも、外国の王侯貴族に向けた演説が、自国の大衆に広まることはまずあり得ない。シャルティエはこの演説を気に入っていて、病床で大衆向けに再構成したのだろうか。
シャルティエいわく、「自然」は小さな窓から「信頼」「希望」「慈愛」を招こうとしているが、「忘却の石」で塞がれている。詩人は自然と対話し、その言葉を信じて、大変な努力でその窓をこじ開けようとしている。
物語は未完だ。窓は解き放たれていない。
私がシャルティエと初めて会ったのは、王太子になったばかりの14歳の時だった。無怖公のクーデターでパリから脱出した私を追いかけてきて、押しかけ家臣に居座った。軽薄なやつに見えるが、詩人の名声とパリ大学の籍を捨てて「不遇な王太子」に賭けたのだ。
シャルティエはふざけた性格だったが、私のために大変な努力をしていたことは確かだ。あの底なしに明るい性格も、とてつもない努力の賜物だったのだろう。『希望の書』の記述が事実なら、シャルティエは「国王に失望」し「祖国に絶望」して自殺を考えていたというのだから。
繰り返すが、遺作『希望の書』は未完だ。
シャルティエが熱心に語り、皇帝の心をつかんだ名演説——、その結末は、1431年時点ではまだ実現していない。
ジャンヌ・ラ・ピュセルの火刑、ブルゴーニュ公とオルレアン公の密約、親友デュノワの不透明な動向、捕らわれたルネ・ダンジュー、リッシュモンの告白。
私を取り巻く環境は、シャルティエが生きていた頃よりも混迷を極めている。
============
民衆の愚かな犯罪と、諸侯の弱さのために
敵に貶められて悪意に屈したフランス王国の後継者は
(中略)再び立ち上がることができる!
============
私はとてつもない希望を託されてしまったようだ。
死んでしまった忠臣からこんな風に励まされるなんて思わなかった。困惑と嬉しさ、感謝と寂しさで涙が止まらないじゃないか。
余談。
ということは、「毛むくじゃらの異形」とは、もしや父王シャルル六世を指しているのか? 発狂の一因となった「燃える人の舞踏会」で毛皮の端切れを貼り付けた着ぐるみを着て大惨事になった記録があったような……。
(※)第十一章〈異端審問と陰謀〉編、完結。
それを踏まえて、演説を締めくくるこの言葉——
「皇帝が自らの手でフランス王国を守り、不実な簒奪者の手に落ちるのを防ぐのは、皇帝自身の大義である」
ハンガリー王位をやるだの、息子だの言われて、私はかなり警戒したが、シャルティエの演説がジギスムントの満たされない父性愛を刺激したと考えると、あの豹変ぶりも腑に落ちる。
父王シャルル六世の狂気、兄たちに先立たれて最後に残った一人息子の境遇と、父子の縁の薄さを知っているなら、なおのこと、ジギスムントは擬似父子になりたがっていたのかもしれない。はた迷惑な皇帝だが、憎めない人だ。
*
さて、ピッコローミニのすすめに従って演説と比較するため、シャルティエの遺作『希望の書』のあらすじを再び手に取ってみよう。
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私の怠惰な亡命生活10年目に
多くの嘆きと、多くの死の危険を乗り越えて——
孤独な亡命者である詩人は、病床で毛むくじゃらの異形の者を幻視する。ベッドのあしもとに「不信」「憤慨」「絶望」という名の3びきの魔物が現れて、詩人は恐怖に震えながらこれまでの人生を回想し、国王への失望とこの国の悲惨な惨状を打ち明ける。
毛むくじゃらの異形の者は、絶望する詩人に共感して自殺をすすめる。
しかし、詩人の枕元に気さくで誠実な自然が出現して、小さな窓から「信頼」「希望」「慈愛」を招こうとする。
窓は「忘却の石」で塞がれているが、詩人は自然と対話し、その言葉を信じて、大変な努力でその窓をこじ開けようとしている。
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一説によると、後半から登場する「気さくで誠実な自然」とはジャンヌ・ダルクを指しているらしい。
そうなると、対比されている「毛むくじゃらの異形」は……、国王シャルル七世なのか? 不信、憤慨、絶望を招き入れて詩人を恐怖に陥れ、失望させ、自殺をそそのかす。『希望の書』単体で読めばありえる解釈だ。
しかし、ピッコローミニは、『希望の書』はシャルティエが神聖ローマ帝国でおこなった演説と共通項がある、そこに注目するようにと言っていた。
共通する単語は、「国王」と「この国(フランス王国)」、そして「自然」だ。
自然とは何か、あるいは誰なのか?
残念ながら、未完の『希望の書』には明確に記されていないが、演説で語られた「自然」は特定の人物を指している。少し照れ臭いが、もう一度書いてしまおう!
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フランス王国が絶望に打ちひしがれることはない。
未熟な国王は病気で衰弱していたが、
幼少の頃から自然が育んだ気品と美貌を備えた
重厚な王子が後を受け継いだ。
フランスは敗北したが、滅亡したのではない。
敵はフランスを守る者たちを虐殺し、自らを疲弊させた。
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どう見ても、「私」ことシャルル七世じゃないか!!
もしかしたら、『希望の書』とは、神聖ローマ帝国でおこなった演説を、祖国の大衆向けに寓話化した作品なのではないか? 演説と寓話という違いがあるものの、単語の共通点はもちろん、話の核心もほとんど同じだ。
そもそも、外国の王侯貴族に向けた演説が、自国の大衆に広まることはまずあり得ない。シャルティエはこの演説を気に入っていて、病床で大衆向けに再構成したのだろうか。
シャルティエいわく、「自然」は小さな窓から「信頼」「希望」「慈愛」を招こうとしているが、「忘却の石」で塞がれている。詩人は自然と対話し、その言葉を信じて、大変な努力でその窓をこじ開けようとしている。
物語は未完だ。窓は解き放たれていない。
私がシャルティエと初めて会ったのは、王太子になったばかりの14歳の時だった。無怖公のクーデターでパリから脱出した私を追いかけてきて、押しかけ家臣に居座った。軽薄なやつに見えるが、詩人の名声とパリ大学の籍を捨てて「不遇な王太子」に賭けたのだ。
シャルティエはふざけた性格だったが、私のために大変な努力をしていたことは確かだ。あの底なしに明るい性格も、とてつもない努力の賜物だったのだろう。『希望の書』の記述が事実なら、シャルティエは「国王に失望」し「祖国に絶望」して自殺を考えていたというのだから。
繰り返すが、遺作『希望の書』は未完だ。
シャルティエが熱心に語り、皇帝の心をつかんだ名演説——、その結末は、1431年時点ではまだ実現していない。
ジャンヌ・ラ・ピュセルの火刑、ブルゴーニュ公とオルレアン公の密約、親友デュノワの不透明な動向、捕らわれたルネ・ダンジュー、リッシュモンの告白。
私を取り巻く環境は、シャルティエが生きていた頃よりも混迷を極めている。
============
民衆の愚かな犯罪と、諸侯の弱さのために
敵に貶められて悪意に屈したフランス王国の後継者は
(中略)再び立ち上がることができる!
============
私はとてつもない希望を託されてしまったようだ。
死んでしまった忠臣からこんな風に励まされるなんて思わなかった。困惑と嬉しさ、感謝と寂しさで涙が止まらないじゃないか。
余談。
ということは、「毛むくじゃらの異形」とは、もしや父王シャルル六世を指しているのか? 発狂の一因となった「燃える人の舞踏会」で毛皮の端切れを貼り付けた着ぐるみを着て大惨事になった記録があったような……。
(※)第十一章〈異端審問と陰謀〉編、完結。
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