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第十二章〈二人のジャンヌの死〉編
12.12 処刑人(6)異端の再犯
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読者諸氏の時代および文化圏では「仏の顔も三度まで」らしいが、キリスト教の異端審問官はそれほど寛容ではない。異端の罪が赦されるのは一度きり。
再犯すれば、問答無用で火刑に処される。
最初の判決から4日後。ジャンヌは牢内で再犯を犯した。
囚われて以来ずっと着ていた男装を脱ぎ、教会が用意した女性の衣服を身につけた矢先に、再び男装をしたからだ。
キリスト教において「異性装」は罪だが、例外がないわけじゃない。
異端審問で男装を咎められた時、ジャンヌは「戦うために必要だから」と言っている。心証は良くないが、一応、筋は通っている。
しかし、改悛を誓って武装解除した状況下で男装したなら弁護は難しい。
「どうして……? 誰かに仕向けられたのか?」
嫌な予感がして、私は聞かずにいられなかった。
「男装せざるを得ない、何か事情があったのではないか?」
そういう疑問が浮かぶのは当然だろう。ジャンヌは19歳の若い生娘だ。辱めを受けるなど貞操の危機が迫っていたら男装だの女装だの関係ない。衣服どころか、ぼろぼろの端切れだとしてもないよりマシだ。
「あの子に何をした?」
私の剣幕に合わせて、ラ・イルが死刑執行人の胸ぐらを掴んだ。
「安心しろ。あんたが考えたようなことは起きてない」
「どうしてそう言い切れる?」
「処刑の日、俺はあの娘のすぐ近くにいたが暴行を受けた形跡はなかった」
抵抗する素振りも、動揺している兆しもなく、うそをついているようには見えない。
「一発くらい殴っとくか?」
ラ・イルが彼らしい暴力的な提案をして、死刑執行人は「それで気が済むなら」と頬を差し出したが、私は首を横に振った。
ひとまず安堵したが、あらためて疑問が浮かぶ。
なぜジャンヌは、再犯すれば今度こそ処刑だと知っていながらわざわざ男装したのか。男性は男らしく、女性は女らしく——それは聖書にも書かれている規範だ。信心深いジャンヌが、あえて聖書の規範から外れるようなことをするとしたら、その理由はなんだろう。
「神の声に、男装するように指示された……?」
もはや、それ以外に考えられない。
ジャンヌを男装するように仕向け、火刑に導いたのが「神の声」だとしたら……。心の奥でどす黒い感情が沸き起こる。
ああ、神よ。あれほど無邪気にあなたを信じ、その声に耳を傾け、言われるままに行動してきたあの子になんという仕打ちをしたのか!
神とは何だ? 神の声とは何だったのか?
ジャンヌはもっと報われるべきだった。救われるべきだった!
私は相変わらず疑問だらけで、問いかけに答える声は聞こえない。
私の目に見えなくとも、ジャンヌの魂はしっかり報われて、今ごろ昇天して神の元にいるのだろうか。イエス・キリストをはじめ、聖人たちは非業の死を遂げて伝説となった。ジャンヌの生涯もまた神のシナリオのひとつなのか。
「俺があの娘に会ったのは、最初の判決と火刑に処すときの2回だけだ。だから、それほどよく知っているわけじゃないが」
死刑執行人いわく、ジャンヌが「神」について言及したのは、火刑の終盤にピエール・コーションと対話した1度きりだという。
「俺の知る限りでは、再び男装したのは『ジャンヌ自身の意志』だと」
「そんな馬鹿な!」
「本人がそう証言している」
私はますます混乱した。少なくとも、私が知っているジャンヌ・ラ・ピュセルは「神の声」を根拠に行動していた。「自分の意志」を前面に押し出すことはあまりなかったように思う。
「本当にジャンヌなのか……?」
私は、処刑されたのはジャンヌではないと思いたかったのか。
ジャンヌらしくない言動に、ほんの少しだけ希望を見出しかけていた。
逃れた可能性があるならすがりたいと思った。
「俺が処刑した異端者が、あんたたちの探しているジャンヌかどうかわからないが……」
死刑執行人は、火刑の日について口火を切った。
再犯すれば、問答無用で火刑に処される。
最初の判決から4日後。ジャンヌは牢内で再犯を犯した。
囚われて以来ずっと着ていた男装を脱ぎ、教会が用意した女性の衣服を身につけた矢先に、再び男装をしたからだ。
キリスト教において「異性装」は罪だが、例外がないわけじゃない。
異端審問で男装を咎められた時、ジャンヌは「戦うために必要だから」と言っている。心証は良くないが、一応、筋は通っている。
しかし、改悛を誓って武装解除した状況下で男装したなら弁護は難しい。
「どうして……? 誰かに仕向けられたのか?」
嫌な予感がして、私は聞かずにいられなかった。
「男装せざるを得ない、何か事情があったのではないか?」
そういう疑問が浮かぶのは当然だろう。ジャンヌは19歳の若い生娘だ。辱めを受けるなど貞操の危機が迫っていたら男装だの女装だの関係ない。衣服どころか、ぼろぼろの端切れだとしてもないよりマシだ。
「あの子に何をした?」
私の剣幕に合わせて、ラ・イルが死刑執行人の胸ぐらを掴んだ。
「安心しろ。あんたが考えたようなことは起きてない」
「どうしてそう言い切れる?」
「処刑の日、俺はあの娘のすぐ近くにいたが暴行を受けた形跡はなかった」
抵抗する素振りも、動揺している兆しもなく、うそをついているようには見えない。
「一発くらい殴っとくか?」
ラ・イルが彼らしい暴力的な提案をして、死刑執行人は「それで気が済むなら」と頬を差し出したが、私は首を横に振った。
ひとまず安堵したが、あらためて疑問が浮かぶ。
なぜジャンヌは、再犯すれば今度こそ処刑だと知っていながらわざわざ男装したのか。男性は男らしく、女性は女らしく——それは聖書にも書かれている規範だ。信心深いジャンヌが、あえて聖書の規範から外れるようなことをするとしたら、その理由はなんだろう。
「神の声に、男装するように指示された……?」
もはや、それ以外に考えられない。
ジャンヌを男装するように仕向け、火刑に導いたのが「神の声」だとしたら……。心の奥でどす黒い感情が沸き起こる。
ああ、神よ。あれほど無邪気にあなたを信じ、その声に耳を傾け、言われるままに行動してきたあの子になんという仕打ちをしたのか!
神とは何だ? 神の声とは何だったのか?
ジャンヌはもっと報われるべきだった。救われるべきだった!
私は相変わらず疑問だらけで、問いかけに答える声は聞こえない。
私の目に見えなくとも、ジャンヌの魂はしっかり報われて、今ごろ昇天して神の元にいるのだろうか。イエス・キリストをはじめ、聖人たちは非業の死を遂げて伝説となった。ジャンヌの生涯もまた神のシナリオのひとつなのか。
「俺があの娘に会ったのは、最初の判決と火刑に処すときの2回だけだ。だから、それほどよく知っているわけじゃないが」
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「俺の知る限りでは、再び男装したのは『ジャンヌ自身の意志』だと」
「そんな馬鹿な!」
「本人がそう証言している」
私はますます混乱した。少なくとも、私が知っているジャンヌ・ラ・ピュセルは「神の声」を根拠に行動していた。「自分の意志」を前面に押し出すことはあまりなかったように思う。
「本当にジャンヌなのか……?」
私は、処刑されたのはジャンヌではないと思いたかったのか。
ジャンヌらしくない言動に、ほんの少しだけ希望を見出しかけていた。
逃れた可能性があるならすがりたいと思った。
「俺が処刑した異端者が、あんたたちの探しているジャンヌかどうかわからないが……」
死刑執行人は、火刑の日について口火を切った。
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