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第十三章〈大元帥の復帰〉編
13.12 四月一日(8)解放された箍と罪
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(※)サブタイトルは『解放された箍(たが)と罪(とが)』
「とが」は本来なら「咎」ですが、視覚的にこっちがわかりやすかなあと。
————————————
これから自分の身に起きることに戦慄し、私は涙目でリッシュモンを見上げた。やや前屈みになったリッシュモンは、いつものように眉間にしわを刻んでいたが、明らかに困った表情をしていた。しかし、意を決したように言った。
「もうやめましょう」
「え……」
「あなたを傷つけたり困らせたりすることは、私の本意ではありません。もう十分です。あなたとここまで近づけた、それだけで私は……」
そう言って離れようとするリッシュモンの上半身に、私はあわてて抱きついて引き留めた。
「いいから!」
「ですが……」
今、私以上に恥ずかしい思いをしているのはリッシュモンだろう。
「離してください」
「いやだ」
リッシュモンは忠誠心を超える好意や欲望を自覚しつつも、自力で制御していた。万が一にも過ちを起こさないように、大侍従ラ・トレモイユとの政争を口実に、あえて私と距離を置いていた。
きまじめな彼が抱えている好意も欲望も、自制心も誠実さも不器用なところも、私は知っていた。
はじめはうっすらと、徐々に可能性は高まり、バーゼルの夜の告白で確信した。全部知っていながら、都合よく利用しようとしている。
(なんて顔してるんだよ……!)
私を傷つけたくないと言うが、いま、傷ついているのは明らかにリッシュモンじゃないか。
私の方から「欲しいものを与える」と提案して、結果的に誘惑して——、彼の自制心という枷を外しておきながら、このざまだ。中途半端なままで一番欲しいものを取り上げて、一方的に恥をかかせて苦しめるだけ苦しめて終わりにするのか?
「すまなかった。こういうことに慣れてない……というか、初めてのことだから少し驚いただけだ」
このまま何も与えずに引かせたら、それこそ主君の名折れだ。
「いいから、その……、最後までやれ!」
改めて腹をくくると、私は上目遣いでキッと睨みつけるように先を促した。
「まったく、あなたという人は……」
「な、何だよ……! うわっ!」
うろたえる私を、リッシュモンはぎゅうっと抱きしめてきた。
「若き国王を導こうと思っていたのに、気づけば私が導かれている。そんなことがこれまでに何度もありました」
「そ、そうか……?」
「繊細で傷つきやすくかよわい人かと思えば、誰よりも男らしく勇敢で優しい」
「なんだそれは……」
優柔不断なことは否定しないが、まるで私が一貫性のない二重人格みたいではないか。
「矛盾しているようですが、どちらの陛下もこよなく愛しています。どれだけ私を惑わせれば気が済むのですか」
「だから、陛下呼びはやめろって……。それに、私は特別なことは何もしていない」
「そうですね。自然体だからなおさらたちが悪い」
「あのなあ、前から思ってたんだが貴公は趣味が悪すぎるぞ。私なんかのどこがいいんだよ」
「誰かをどうしようもなく好きになることに理由などありません」
本人を前に、恥ずかしいことを抜け抜けと!
だが、仮面をはがし、枷をはずし、リッシュモンの本性を解放したのは私だ。
冷徹なブロンズ像に蹂躙されるか、荒々しいケダモノに襲われることも覚悟していたのに、素顔の彼はおもいのほか柔らかく、あたたかくも情熱的だった。
「承知しました」
ふいに、軽々と抱きかかえられたかと思えば、リッシュモンの真向かいで膝上に座らされた。
「今宵は、陛下の純潔と真心をありがたくいただきます」
腰に手を当てて抱き寄せたかと思えば、耳元で愛おしそうにささやかれて、私はかっと熱くなった。いつも聞いてる尊大な声とはまったく違う、とろけるような声色、甘い吐息——。このギャップ、この落差よ! なんかずるくないか?
「私の想いが少しでも届くように、今から全身全霊であなたを愛します。……覚悟してください」
有言実行な堅物大元帥の宣言に、私は鼻息荒く「おう、望むところだ」と答えたものの、内心では大いに戦慄し、武者振るいしていたのだった。
————————————
(※)『7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編】』本編終了後、青年期編を公開する前に書いた【番外編】コラムで、西洋占星術から見たシャルル七世とリッシュモンの性格と相性占いを解説しています。
当時(2022年時点)では、主従二人の関係をどうするか決めてませんでしたが、現在このような状況になっている理由の原点が書かれているといっても過言ではありません。
史実はともかく、本作におけるシャルル七世とリッシュモンの性格と相性を深く掘り下げたい方はぜひご一読ください。
▼リッシュモン大元帥のひとりごと(2)あとがきアストロロジー
https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/595255779/episode/4418209
「とが」は本来なら「咎」ですが、視覚的にこっちがわかりやすかなあと。
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これから自分の身に起きることに戦慄し、私は涙目でリッシュモンを見上げた。やや前屈みになったリッシュモンは、いつものように眉間にしわを刻んでいたが、明らかに困った表情をしていた。しかし、意を決したように言った。
「もうやめましょう」
「え……」
「あなたを傷つけたり困らせたりすることは、私の本意ではありません。もう十分です。あなたとここまで近づけた、それだけで私は……」
そう言って離れようとするリッシュモンの上半身に、私はあわてて抱きついて引き留めた。
「いいから!」
「ですが……」
今、私以上に恥ずかしい思いをしているのはリッシュモンだろう。
「離してください」
「いやだ」
リッシュモンは忠誠心を超える好意や欲望を自覚しつつも、自力で制御していた。万が一にも過ちを起こさないように、大侍従ラ・トレモイユとの政争を口実に、あえて私と距離を置いていた。
きまじめな彼が抱えている好意も欲望も、自制心も誠実さも不器用なところも、私は知っていた。
はじめはうっすらと、徐々に可能性は高まり、バーゼルの夜の告白で確信した。全部知っていながら、都合よく利用しようとしている。
(なんて顔してるんだよ……!)
私を傷つけたくないと言うが、いま、傷ついているのは明らかにリッシュモンじゃないか。
私の方から「欲しいものを与える」と提案して、結果的に誘惑して——、彼の自制心という枷を外しておきながら、このざまだ。中途半端なままで一番欲しいものを取り上げて、一方的に恥をかかせて苦しめるだけ苦しめて終わりにするのか?
「すまなかった。こういうことに慣れてない……というか、初めてのことだから少し驚いただけだ」
このまま何も与えずに引かせたら、それこそ主君の名折れだ。
「いいから、その……、最後までやれ!」
改めて腹をくくると、私は上目遣いでキッと睨みつけるように先を促した。
「まったく、あなたという人は……」
「な、何だよ……! うわっ!」
うろたえる私を、リッシュモンはぎゅうっと抱きしめてきた。
「若き国王を導こうと思っていたのに、気づけば私が導かれている。そんなことがこれまでに何度もありました」
「そ、そうか……?」
「繊細で傷つきやすくかよわい人かと思えば、誰よりも男らしく勇敢で優しい」
「なんだそれは……」
優柔不断なことは否定しないが、まるで私が一貫性のない二重人格みたいではないか。
「矛盾しているようですが、どちらの陛下もこよなく愛しています。どれだけ私を惑わせれば気が済むのですか」
「だから、陛下呼びはやめろって……。それに、私は特別なことは何もしていない」
「そうですね。自然体だからなおさらたちが悪い」
「あのなあ、前から思ってたんだが貴公は趣味が悪すぎるぞ。私なんかのどこがいいんだよ」
「誰かをどうしようもなく好きになることに理由などありません」
本人を前に、恥ずかしいことを抜け抜けと!
だが、仮面をはがし、枷をはずし、リッシュモンの本性を解放したのは私だ。
冷徹なブロンズ像に蹂躙されるか、荒々しいケダモノに襲われることも覚悟していたのに、素顔の彼はおもいのほか柔らかく、あたたかくも情熱的だった。
「承知しました」
ふいに、軽々と抱きかかえられたかと思えば、リッシュモンの真向かいで膝上に座らされた。
「今宵は、陛下の純潔と真心をありがたくいただきます」
腰に手を当てて抱き寄せたかと思えば、耳元で愛おしそうにささやかれて、私はかっと熱くなった。いつも聞いてる尊大な声とはまったく違う、とろけるような声色、甘い吐息——。このギャップ、この落差よ! なんかずるくないか?
「私の想いが少しでも届くように、今から全身全霊であなたを愛します。……覚悟してください」
有言実行な堅物大元帥の宣言に、私は鼻息荒く「おう、望むところだ」と答えたものの、内心では大いに戦慄し、武者振るいしていたのだった。
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(※)『7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編】』本編終了後、青年期編を公開する前に書いた【番外編】コラムで、西洋占星術から見たシャルル七世とリッシュモンの性格と相性占いを解説しています。
当時(2022年時点)では、主従二人の関係をどうするか決めてませんでしたが、現在このような状況になっている理由の原点が書かれているといっても過言ではありません。
史実はともかく、本作におけるシャルル七世とリッシュモンの性格と相性を深く掘り下げたい方はぜひご一読ください。
▼リッシュモン大元帥のひとりごと(2)あとがきアストロロジー
https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/595255779/episode/4418209
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